東南アジアのスタートアップというと、以前まではシリコンバレーや日本で流行ったサービスのタイムマシン経営的なものが主流のイメージだった。たとえばレストラン予約サイトや旅行予約サイト、人材採用サイトなど。どちらかというとBtoCのWebサービスが主流で、テクノロジーオリエンティッドなスタートアップは皆無の印象だった。しかし、ここにきてシンガポール政府の後押しもあり、AIやFintechなどのDeepTech領域でのスタートアップの存在感が目立ち始めた。東南アジアで随一の投資実績を誇るDFJグループのベンチャーキャピタルWavemakerのポール・サントス氏に話を聞いてみた。

Paul Santos
Wavemaker
Managing Partner
1971年、フィリピン生まれ。東南アジア随一の投資実績を誇るベンチャーキャピタル「Wavemaker」のマネージングパートナー。経験豊富なシリアルアントレプレナーの経験を活かし、アーリーステージの投資家として活躍。過去に6社もの会社を共同設立し、うち3社が企業売却に成功。投資実績としては、Luxola(LVMHが買収)、Pie(Googleが買収)、ArtofClick(Xurpasが買収)など。また過去に50社以上の東南アジアスタートアップへの投資実績を持つ。また世界的な著名投資家Tim Draper氏が率いるDraper Venture Networkの取締役ボードメンバーと、Singapore-MIT Alliance for Research and Technology(略してSMART)イノベーションセンターのアドバイザリーボードも務める。

東南アジアの夜明け。世界的に最もホットな投資地域

―最近、日本のメディアなどでも東南アジアのスタートアップエコシステムが注目を浴びています。

 そうですね。まずマクロ的にみて、東南アジアの経済は非常に伸びています。特に所得の多い中産階級が増加してきています。また彼らはインターネットなどのテクノロジーにも慣れているので、ネットサービスなどが堅調に推移しています。先進的なネットサービスの普及とともに、社会が近年急速に変化してきています。

 世界中どこを見渡しても、東南アジアほどホットな地域は無いと私は思います。こんなにチャンスにあふれている地域は他にないでしょう。今まさに東南アジアに夜明けの日の出がのぼってきている状態です。これは起業家だけでなく、わたしたち投資家にとっても非常に大きなチャンスなんです。

 また、東南アジアは先進的なサービスが続々と出ているものの、社会インフラが整っていない部分もまだまだあり、非常にベーシックな社会課題もまだまだ多く残っています。こういった状況は先進国ではありえず、逆にここに大きなビジネスチャンスがあります。

―なるほど。東南アジアは起業家にとっても、投資家にとっても世界で最もホットな地域なんですね。

 投資家として投資をするうえで、マクロ的な視点は非常に大事です。企業経営も同じだと思います。どんなに個々人が頑張っても、そもそも戦う土俵を間違えてしまえば元も子もありません。

 市場自体が伸びている。市場自体にビジネスチャンスが多くある。戦う土俵を選ぶことが、まず何よりも大事だと思います。

―ポールさんは東南アジア、特にシードステージのスタートアップに投資をしていますよね。ポールさんの投資基準を教えてください。

 やはり人ですね。それに尽きます。いかに早期に“ずば抜けて”優秀な起業家を見つけ、投資するか。世の中に優秀な起業家はたくさんいます。単に優秀な起業家では意味がありません。そうではなくて、私たちは“ずば抜けて”優秀な起業家に投資をするのです。経験豊富で、人的ネットワークもすでに豊富に持っていて、鋭い洞察力と圧倒的な能力を持つ起業家。そういった起業家を早期に見つけて投資する。

―ポールさんが注目している業界はありますか?

 一言でいうとDeepTechですね。定義はいろいろありますが、技術的なイノベーションもしくは科学的発見を礎とする先進的なテクノロジーのことです。FintechやAIなどが含まれます。

イノベーションは予測できない。だからこそ人に投資をする

―ポールさんの投資ポートフォリオの中にDeepTechも数多くありますね。

 そうですね。最近になってFinTechやAIなどがBuzzword(流行語)になっていますが、私たちはFinTechやAIが一般的に流行り始める前から、そういった企業に投資していました。

 では、なぜそれが可能だったのか。それは、私たちが“業界”に投資をしているのではなく、“人”に投資をしているからです。

 実際のところ、イノベーションを予測することはできないと思います。次にどんなテクロノジーが来るのか。これは誰も予測できないことです。でも、そのイノベーションを生み出す人をある程度予測することはできます。

 先ほども話したように、私たちは“ずば抜けて”優秀な起業家を探し出し、投資します。素晴らしい起業家に投資をするからこそ、結果的に彼らが生み出したイノベーションに投資をすることできるのです。

―ちなみにどんなDeepTech企業に投資をしているのですか?

 たとえばSTRUCTOという会社。STRUCTOはシンガポールに本社を置く歯科領域に特化した高性能3Dプリンターのソリューションプロバイダです。現在、急速に成長しています。顧客もシンガポール国内や東南アジアだけでなく、アメリカなどグローバルに展開しています。

 他にはワイヤレス監視のAckcioや、VR×AIのLemnis、最先端レーザー通信のスタートアップのTranscelestialなどに投資しています。

DeepTechをシンガポール政府も力強く支援

―シンガポール政府もDeepTechへの投資を後押ししていると聞きました。

 その通りです。現在、DeepTechへの投資や成長支援はシンガポール政府が強く後押ししています。私たちベンチャーキャピタルとの共同投資や成長支援など手厚く支援を開始しています。ベンチャー育成などに取り組むSPRING(シンガポール規格生産性革新庁)もDeepTechへの投資を始めています。今後もこの流れは加速していくでしょう。

 ただ、DeepTech領域の投資となると専門的な知見が必要となるため、ほかの多くのベンチャーキャピタルでは投資できていないのも現状です。ちなみに手前味噌ですが、私たちWavemakerは技術的に高度な専門知識をもった外部アドバイザリーネットワークを持っているので、DeepTechへの投資が可能になりました。今年2018年も私たちはDeepTechへの投資をさらに増やしていく予定です。

―2018年、東南アジアはどんな年になりそうですか?

 多少のアップダウンはあるにせよ、先ほども言ったようにマクロ的に見て東南アジア全体の経済は、これからも順調に成長し続けるでしょう。しかし、いくらマクロ環境が堅調だといっても、実際にビジネスを動かしていくのは人です。特にスタートアップのエコシステムにおいて起業家の存在は欠かせません。もっともっと多くの“ずば抜けて”優秀な起業家が、世界中からこの地に集まってくれることを期待しています。

 私自身、2012年から東南アジアでスタートアップ投資をし始めて、世界中からどんどん優秀な人材がこの地に流入してきているのを肌で感じます。私も今年は起業家たちともっともっと会っていきます。世界中の起業家たちが、とてつもない大きなチャンスを秘めているこの地を目指して飛び込んできているのですから。

課題はシリーズB以降の投資が少ないこと

―東南アジアのスタートアップエコシステムについてはどうですか?

 東南アジアのスタートアップエコシステムは年を経るごとに発展し、層を重ねて強くなってきています。ただ、課題としてあるのはシリーズB以降のグロース投資(成長投資)の部分が弱い点ですね。

 ほとんどの投資がシード期やシリーズAなどに集中しており、より大きな投資金額が必要となるシリーズB以降のファイナンスが難しいのが課題としてあります。このグロース投資の担い手が増えて、シリーズB以降の投資件数がもっと増えれば、東南アジアのエコシステムがもっと活気づくと思います。

 これは東南アジアのスタートアップがよりグローバルに戦うためにも必要です。だからこそ、こちら側から積極的にアメリカやヨーロッパ、日本、そして中国に出向いて投資家を探していく必要もあると思います。

存在感があるのは、やはり中国IT企業

―ちなみに、どの国の投資家が存在感を出していますか?

 アメリカやヨーロッパ、日本も、積極的に東南アジアのスタートアップに投資をしていると思います。ただ、やはり一番は中国ですね。中国が最も積極的に投資をしています。大きな資金調達のニュースを見ても、出てくるのは中国企業が多いです。アリババ、テンセント、滴滴出行(DiDi)など。他の国の企業もM&Aや大型投資などをしていますが、中国企業ほど多くはない印象ですね。

 中国企業のおかげで東南アジアのスタートアップエコシステムが活気づいていますが、よりほかの国の企業がもっと参加することで、さらに活気づくことを私たちも期待しています。

 特に日本企業にもっと投資をしてほしいと願っています。日本企業が東南アジアのスタートアップに投資をすることで、両社にとって様々なシナジーが期待できます。日本の先進的なノウハウやグローバルな顧客ネットワークによって、東南アジアのスタートアップがより成長し、逆に日本企業も東南アジアのスタートアップエコシステムに入り込むことで将来への投資が可能となります。

 実際、アメリカやヨーロッパから視察をしに来たら、東南アジアのスタートアップの隆盛をみて、みんな一様に驚いています。いちどぜひ日本企業の方々にも視察に来てもらいたいですね。

 中国企業が目の前に広大な中国市場があるのに、あえて東南アジアに進出してきているのにも理由があるんです。それは彼らが大きなビジネスチャンスを東南アジアで発見し、そこに目を付けたからです。ぜひ日本企業にも、この大きなチャンスを肌身で感じてもらいたいと思います。待ってます。



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