「オープンイノベーション」は、2003年に経営学者のヘンリー・チェスブロウ氏が発表した概念であり、いまや世界中の多くの企業で活用されている。チェスブロウ氏は、若き日に日本企業と仕事をしたことがあり、その後も長年にわたり日本企業の調査、支援に携わってきた。今回はオープンイノベーションの概念が生まれた背景、日本企業の特徴や課題、日本の未来に向けたメッセージなどを語ってもらった。

なぜ私は「オープンイノベーション」を世界で初めて提唱したか

――チェスブロウさんは「オープンイノベーション」の提唱者として有名です。「オープンイノベーション」という概念をどのように生み出したのでしょうか。

 私はハーバード大学で教えていた時に、様々なケーススタディーを行いました。例えば、半導体業界でIBMと競合するIntel。通信業界でLucentと競合するCisco。XeroxとXerox PARC(パロアルト研究所)や、ライフサイエンス業界で競合するEli LillyとGenentechなどの事例を研究し、業界に関係なく共通する「規則性」を見つけました。それは、自前主義で研究開発に最も投資した企業が必ず勝てるわけではないという点です。

 研究開発を全て自社内で行う企業は、製品の市場投入までに時間がかかります。一方で、研究開発に多くの投資をせず、自社と外部の知識を組み合わせて活用できる企業は、製品をより早く市場投入でき、結果を出していたのです。

Henry Chesbrough
UC Berkeley Haas School of Business
Faculty Director
経済学者。イェール大学で経済学学士、スタンフォード大学でMBA、UCバークレーで経営と公共政策の博士号を取得。シリコンバレーの企業で製品企画や戦略的マーケティングを担当。ハーバード大学の助教授に就任。2003年に著書『オープンイノベーション』でオープンイノベーションの概念を提唱。同年よりUCバークレー校HaaSビジネススクール内、ガーウッド・センター・フォー・コーポレート・イノベーションにてFaculty Directorを務める。オープンイノベーションの第一人者として、数多くの論文や著書を発表。
 この時に発見した「規則性」を発表するにあたり、その概念を説明するための名称として考えたのが「オープンイノベーション」です。当時から一部の企業は、外部のアイデアや技術を自社内で活用しイノベーションを起こしていました。また、社内では進められないアイデアを他社に提供し、その会社がビジネスで使うことを許していました。

 当時の「オープンイノベーション」として、最も有名な事例がXerox PARCです。

 Xerox PARCでは、素晴らしい技術が数多く生み出されましたが、親会社のXeroxはコピー機やプリンターメーカーだったため、既存のビジネスモデルに活用できない技術が多くありました。そこで、Xeroxとは違うビジネスモデルを持つ他社が、これらの技術を製品化し市場に投入しました。例えば、AppleのMacintosh、Adobeのポストスクリプト、イーサネットで使われている技術の一部はXerox PARCで開発されたものです。

 オープンイノベーションは、外部の知識や技術などを取り入れ、自社の技術と併せて活用する「アウトサイド・イン(Outside-in)」アプローチと、既存のビジネスモデルにはまらない知識や技術でも、価値があるものを外部と連携して活用する「インサイド・アウト(Inside-out)」アプローチの2つです。インサイド・アウトでは新しいビジネスモデルを考え、試すプロセスが必要になりますね。

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コロナ禍でもオープンイノベーションは活用されている

――「オープンイノベーション」が生まれた2003年当時と、現在では経営環境は大きく変化しています。オープンイノベーションの概念は、当時と現在で何か違いはありますか?

 現代のオープンイノベーションは、20年前のケーススタディーをもとに語ることはできません。私自身、環境適応できない「恐竜」にならないよう、今も年に1本はケーススタディを行うようにしています。

 私がオープンイノベーションを提唱した当時も多くの先進技術がありました。しかし、当時はスマートフォンもありませんでしたし、今のように、オールウェイズ・オン(Always-on)の文化もありませんでした。ディープセンサーネットワーク、インダストリー4.0やデジタルツインは最近の新技術です。

 しかしだからといって、オープンイノベーションが時代遅れになったわけではありません。イノベーションが新しい方向に進んでいる現代においても、多くの企業にとってオープンイノベーションは有効だと考えています。

 例えば、現在の新型コロナウイルスにおいて、ライフサイエンス分野では、既存治療薬が新型コロナウイルスの治療にも役立つかどうかの治験が行われています。新型コロナウイルスのワクチンとして100以上の化合物が開発されていますが、これら化合物に使われている元素の多くは既存のもので、既知の薬効や副作用を利用するドラッグリパーパシング(再利用)です。マスク、手袋や手指消毒剤などの個人用保護具は、急激に高まった需要に対応するため、企業が既存の設備や能力を再利用して生産しています。

 通常、イノベーションではコストが重視されますが、パンデミックにおいてはコストよりも時間の方がはるかに重要です。患者数が日々増加している時は、ワクチンの開発が数日早まれば、患者数を大幅に減らすことができます。既存の知識を本来の目的と異なるコンテクストで応用しようとしているからこそ、コストだけでなく時間を削減するために、オープンイノベーションは有効なのです。

Image:Mongkolchon Akesin / Shutterstock

オープンイノベーションでNASAの科学者が自信喪失

――オープンイノベーションはメリットばかりが注目されがちですが、一方で気をつけるべき点、リスクとなる点はありますか。

 NASAが良い事例になると思います。彼らは、自前で解決できていない課題をWebサイトに掲載し、それらに対する解決策を募りました。これはオープンイノベーションのアウトサイド・インのアプローチです。

 集まった解決策の中に、太陽フレアの予測に関わる非常に良い提案がありました。太陽フレアは噴出すると大量の放射線を発生させ、非常に危険です。太陽フレアの噴出を予測できれば、ダメージを受けないよう予防措置を取ることができます。

 NASAが提供したデータから太陽フレアのパターンを発見したのは、1人の気象予報士でした。彼が地上で見ていた雨や風などの予報パターンと太陽フレアの噴出に類似点を見つけ、その素晴らしい洞察力によりNASAが抱えていた課題を解決したのです。

 NASAは、外部から得た成果を広く公開し、提案者に賞を贈りました。そして、受賞者の貢献に感謝の意を表した頃から、技術部門で働くNASAのスタッフたちが動揺し始めたのです。彼らは航空宇宙学を研究する技術者や科学者であり、航空宇宙分野は非常に高度な技術を扱う分野です。全く違う分野出身の気象予報士から解決策を得たことに対し、NASAの専門家たちは自信を失い、アイデンティティークライシスに陥ってしまったのです。

 この事例からわかることは、オープンイノベーションを使う時は、組織外の他者からの貢献を受け入れ、認める必要があるということ。それと同時に、組織内のアイデンティティーを育み、強化する必要があります

 外部からのアイデアは、そのまま使えるわけではありません。実際に大規模で使えるソリューションの一部として修正を行い、統合しなければ使えません。外部からのアイデアを成果として高く評価するのと同様に、内部のスタッフが行う修正や統合などの技術力や作業も高く評価しなければなりません。外部から良いアイデアを得ても、プロジェクトを推進する内部スタッフにリーダー的な存在がいなければ、アイデアや技術を製品に落とし込み、市場に投入するまでに至りません。

シリコンバレーで見つけた技術が、日本に持ち帰って「死んだ」理由

――チェスブロウさんは日本企業のオープンイノベーション事例を多く分析してきました。チェスブロウさんから見た、日本企業の特徴、課題は何でしょうか。

 日本企業の特徴は、技術を深く掘り下げることに長けている点です。これは、技術的な観点から見ると日本企業の強みであり、素晴らしいことだと思いますが、だからこそオープンイノベーションは日本企業にとっては、“不自然な取り組み”と言えます。

 7年前、シリコンバレーに研究所を設けている日本企業15社を対象に、12ヶ月間で4回の調査を行ったことがあります。参加企業は、10年以上研究所に資金を費やしており、皆同じ“症状”を訴えていました。

 それは、シリコンバレーの研究所では、業界をリードできる技術を見つけられるが、それを日本に持ち帰ると死んでしまうという“症状”でした。

 研究所の親会社は、自らが10年以上投資し、部下から得たインプットを「活用しきれなかった」あるいは「しようとしなかった」または「活用方法を知らなかった」のです。

 研究所の職員は、10〜15年のキャリアがある人材で、日本の本社から派遣されていました。彼らは、シリコンバレーで5年過ごした後は日本に戻ることが決まっており、日本の本社とも深いつながりがあったにも関わらず、研究所で生まれた価値をものにできなかった。いまだに多くの伝統的な日本企業にとって、オープンイノベーションは不自然な取り組みなのです。

 しかし、日本でも若い企業では、オープンイノベーションはより受け入れられています。特にソフトウェア企業は、オープンイノベーションに対して抵抗がなく、ゲーム業界などの若い企業でより多く活用されています。

――苦労しているのは日本の伝統的な企業ですね。何が問題なのでしょうか。

 組織の問題が大きいでしょう。

 ある日本企業は、全社を挙げてデジタル化に取り組んでおり、若手エンジニアにデータサイエンスやデータアナリティクスについて学ばせるために、UCバークレーで3週間のトレーニングを実施しました。トレーニングに参加した若手エンジニアは、興奮してやる気に満ち、トレーニングで得たスキルを実際のビジネスに応用する心づもりでいました。

 しかし、彼らの上司はトレーニングを受けていなかったため、デジタル化という新しい取り組みについて、どうすればいいのか理解していませんでした。そのため、トレーニングを終えて出社した若手エンジニアたちに対して「休暇はどうだった?重要なプロジェクトが遅れているからすぐに仕事に戻れ」と言っていたのです。

 若手エンジニアたちは既存のプロジェクトに戻され、トレーニングで得た新しい力を発揮する場を与えられず、非常に落胆していました。若手エンジニアにトレーニングを受けさせたのは、研究開発部門でしたが、彼らには業務プロセスを再構築する権限がなかったのです。

 組織変更プロセスにおいて、こうした問題は日本企業だけでなく、どの業界のどの企業でも起こり得ることです。文化的やプロセスなど、どのような変更であっても、新しい取り組みを始めようとする時には、現場の社員だけでなく、彼らを管理する管理職の理解も得なければなりませんし、組織全体で関与する必要があります。また、人事評価における指標も改めなければなりません。

 多くの大企業では、組織のサイロ化が進んでいるため、技術部門と研究開発部門、製造部門と品質管理部門も異なる目標があり、マーケティング、営業、財務、オペレーション、人事などの部門とも異なります。組織変更を行うためには、部門間の境界線を超えなければならず、これが難題です。

中国シャオミに学べ

――昨年出版した著書「Open Innovation Results」では、アメリカや中国、そしてインドにおけるケーススタディーが多く含まれていました。日本にとって特に役立つ企業事例は何でしょうか。

 今回の本には日本企業は事例に含まれていません。

 私が出会った日本企業の多くは、日本国内で成功を収めている企業でした。問題は、継続的な成長です。日本は、高齢化が進み、人口も減り続けており、国内だけでは経済成長が見込めなくなっています。日本経済を成長させるためには、国外で事業を育てる必要があります。

 その際に参考になるのが、中国のXiaomi(シャオミ)です。Xiaomiは、インドでの展開を現地で採用したインド人に任せています。その結果、インドのスマートフォン市場でトップシェアを獲得しました。

 難しいかもしれませんが、国外で成長するためにはXiaomiと同じように現地の人間を取締役などとして迎え、長期的に関わりを持つ必要があります。オープンイノベーションは、新しい市場に自分自身を紹介し、得た知識を活用できるネットワークやつながりを構築することであり、それを社内の知識や技術と融合させる方法でもあります。

 企業の幹部から全社的にマインドセットを変えても、企業文化が変わるまでに時間がかかりますし、簡単ではありません。また、変化には痛みが伴いますが、必要なことです。

――UCバークレーのエグゼクティブ教育プログラムに開設されたオープンイノベーション講座は、日本企業向けにも提供しています。

 この講座は、企業のエクゼクティブなど管理職にある方を主な対象にしており、オープンイノベーションの概念、課題に触れます。そして、自社において実際にどのように応用できるか考え、取り組みます。理論的な学びだけでなく、実践的な内容を含み、受講者は自社内のオープンイノベーションにおいてリーダーシップを発揮できるようになります。

Image:Sundry Photography / Shutterstock

――実際に応用できる、より実践的な内容ということですね?

 そうです。通常、私の講座では、オープンイノベーションの基本概念を理解することから始めます。次に、実際にオープンイノベーションを活用している企業の方をお呼びし、それぞれの状況における活用方法など、経験を発表してもらいます。それと、BtoC企業とBtoB企業の事例を紹介します。事例になる企業はシリコンバレーにはたくさんあります。

 講座の参加者には、異なる業界の他社の取り組みを見てもらいます。なぜかというと、異業界の事例は、自分がいる業界で「再利用」できるかもしれないからです。ご自身の業界ではまだ誰もやっていない取り組みであれば、それをご自身の業界に持ち込むことは潜在的に価値があります。

大学と企業の関係を構築せよ

――最後に、日本の読者にメッセージをもらえますか。

 新しい技術が急激に進歩しているのに、G7における生産性は低下しています。これを指数関数のパラドックス(Exponential Paradox)と呼んでいます。

 指数関数のパラドックスには、原因となる2つの重要な要素があります。1つは、「最高の企業」と「それ以外の企業」があり、生産性の統計は「最高の企業」だけでなく、全ての企業を対象にしたものだということです。「最高の企業」はその技術で、生産性を指数関数的に向上させ続けていますが、「それ以外の企業」には波及していません。

 2つ目は、インフラの整備が追いついていません。例えば、米国の研究開発やイノベーション用のインフラは、第二次世界大戦後に整えられました。当時はインフラを強化するために多くの政策がありましたが、過去40年以上に渡りインフラへの投資は行われていません。米国政府が研究開発やインフラに拠出している費用は減少傾向にあり、米国ではかつてのようにインフラを活用できなくなっています。

 日本のインフラは米国より新しく、日本政府による強力なインフラプログラムがあり有望ですが、福島第一原子力発電所事故では非常に残念なことが多くありました。回復は一様ではないと思います。しかし、日本の大学システムは一流ですし、技術や企業も一流です。日本には活用可能なインフラがたくさんあります。

 日本の大学と企業の関係性に関しては、米国ほど良くないでしょう。日本社会では、大学と企業の間に溝ができており、改善する必要があります。アメリカは企業と大学の関係構築に成功したモデルケースです。日本の未来のために、私たちは役に立ちたいと考えています。

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※TECHBLITZを運営するIshin Groupは「UC Berkeley Executive Education」の日本展開パートナーを務めています。



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