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インターネットの原型となるArpanet(アーパネット)、コンピューターマウス、遠隔操作手術システム「ダ・ビンチ」や、音声アシスタント機能「Siri」など、人々の生活を変える技術を生み出してきた研究機関SRIインターナショナル。本国アメリカのほか唯一の海外法人を日本に設け、日本企業のイノベーション創出をサポートしている。日本法人代表のYoussef Iguider(イギデル・ユセフ) 氏に、同社が確立したイノベーションの原則について聞いた。

Youssef Iguider(イギデル・ユセフ)
SRIインターナショナル
日本代表 兼 ビジネス デベロップメント担当バイスプレジデント
約30年にわたりITC業界の日米トップ企業で勤務。技術革新のさまざまな分野で、シリコンバレーと日本の架け橋として25年以上の経験を持つ。現在はSRIインターナショナルの日本代表として、日本の産学官協力を通して大型のグローバルパートナーシップを組み、SRIのイノベーションを事業化することを主な責任としている。2007年SRIインターナショナル入社。前職ではDatacraft Japan ソリューションセールスディレクター、Cisco Systemsプロダクトマーケティングマネージャー、Panasonicでは多様なエンジニア職を歴任。オデッサ州立工科大学 情報工学修士号取得。国立大学法人電気通信大学 情報工学 博士課程修了。英語、日本語、フランス語、ロシア語、アラビア語が堪能。

<目次>
SRIが生み出した有名な技術
「死の谷」を超えられる確率は約3%
イノベーションを起こす5つの原則
日本人ならではの3つの強みが、イノベーションを加速させる

SRIが生み出した有名な技術

 SRIインターナショナルは、もともとはスタンフォード大学が1946年に設立した、非営利の研究機関です。約1500人のスタッフほぼ全員が研究者で、GAFAやNASAのほか、米国政府から依頼されたプロジェクトが全体の9割ほどを占めます。

 毎年1,000プロジェクトほどを手がけており、うち5~10社がスピンオフ。ただし、私たちは製品化をしません。SRIが発明した技術を顧客が自身のビジネスモデルなどに応用し、製品化させていきます。企業にとっては、かなり少額の予算で開発が行えることもメリットです。

 おそらく皆さんは日々、私たちが生み出した何らかの技術を使っているはずです。最も有名なのは、コンピューターマウスでしょうか。インターネットの先駆けであるArpanet(アーパネット)も、私たちの技術です。

 ロボティクスも各種手がけており、低侵襲の遠隔操作手術システムも私たちのもとで生まれ「ダ・ビンチ」としてスピンアウトしましたSiri(シリ)もスピンアウトし、Appleが買収してiPhoneに搭載しました。また、一見関係のなさそうな分野ですが、ディズニー兄弟も、ディズニーランドをつくる際にSRIへアドバイスを求めています。

Photo: Tada Images / Shuttersrtock

 私たちのミッションは単にテクノロジーを生み出すことではなく、「人々がより安全に、より健康的に、より生産的になるイノベーションを創出する」というものです。そして、来年、再来年の技術ではなく、20年、30年先を見越したアドバンステクノロジーを手がけています

 SRIが展開する唯一の海外オフィスが日本法人であり、今年で58年目になります。「SRIのような組織を作りたい」という依頼から設立されたNRI(野村総合研究所)が、日本初のプロジェクトです。

 以降、ヤマハ、トヨタ、資生堂など、ほぼ民間企業のプロジェクトを手がけてきました。最近では、「テクノロジーだけでなくイノベーション文化やマインドセットなど、イノベーション戦略的な考え方をサポートする」というコンセプトのもと、野村SRIイノベーション・センターを設立しました。10月にオープニングセレモニーを行う予定です。

「死の谷」を超えられる確率は約3%

 イノベーションにはいくつかのステップがあります。

 一番大事なのは顧客のニーズです。漠然とした希望や主観的欲求だけでなく、「なぜそれが必要か」という「なぜ」をいろいろと引き出し、イノベーションの目的をはっきりさせることがはじめの一歩です。

 その後に行うのは、アイディエーション・ワークショップ。アイデア出しをしながら、ニーズの解決策を探っていくプロセスのことです。Siriや「ダ・ビンチ」なども、アイディエーション・ワークショップで生まれました。

Photo: GaudiLab / Shutterstock

 次の段階がプルーフ・オブ・コンセプト(PoC)です。その技術やアイデアで実際に課題解決ができるかを検証し、製品化する場合はプロトタイプの作成を行います。SRIはここまでを行う組織であり、ここで生まれたテクノロジーは依頼した顧客に提供されます。

 「イノベーション」には、「インベンション」と「イノベーション」の両方が含まれるケースが多いと思います。前者は新しいアイデアや技術を生み出すことを指し、後者は企業などが行う実際の製品化・事業化、さらにその製品で生活を変えることまでを指します。

 ただし、インベンションをイノベーションまで進めることは非常に難しく、この移行段階は「死の谷」とも呼ばれます。アメリカで死の谷を超えられるケースは約3%、日本はさらに一桁低いとも言われています。SRIでは、「死の谷」を越えるための技術応用も担っています。

イノベーションを起こす5つの原則

 インベンションを価値あるイノベーションに変えていくには、5つの要素が不可欠です。SRIでは5つの原則に基づいてイノベーションを進めており、これらをまとめた書籍『イノベーション5つの原則』は日本でもたくさんの人に読まれています。

『イノベーション5つの原則』
著者:カーティス・R・カールソン
世界最高峰の研究開発機関SRIインターナショナルの実践知。コンピュータのマウスやインターネットのURL、ロボット手術システム「ダ・ヴィンチ」などを生みだしたSRIは、なぜ立て続けにイノベーションを起こせるのか?試行錯誤を経るなかで体得されたイノベーション実現のプロセスを、「5つの原則」として解き明かす。(「BOOK」データベースより)

 5つの原則とは、先述の「顧客のニーズ」に加え、「価値の創出」「イノベーションをリードするチャンピオン」「イノベーションチーム」「組織の方向づけ」です。この5つを高いレベルで結び付けられないと、イノベーションの実現は難しいでしょう。

 また、この5つは足し算ではなく、掛け算で考えます。ひとつでもゼロがあれば、ほかがどれだけ高いレベルだったとしても、すべてがゼロになってしまうのです。順番に説明しましょう。

 1つ目は顧客のニーズです。世の中に「面白いニーズ」はたくさんありますが、「重要なニーズ」はそれほど多くはありません。

 また、面白いニーズの場合は「解決方法があればうれしい」という程度ですが、重要なニーズの場合は「絶対に解決方法が必要」です。たとえば、「歯の健康を保つ」というニーズに対しては、「ビタミンを摂取する」という解決方法もあるでしょう。ただし、「歯が痛い」という場合には「痛み止め」が必要です。ビタミンではなく、鎮痛剤がないとダメなのです。つまり、イノベーションを起こす側は、顧客にとっての「痛み止め」にならないといけません。

 2つ目は価値の創出です。「NABC」という4つの価値基準を用いて考えていきます。NABCとは「N(Needs):重要な顧客と市場のニーズ)」「A(Approach):ニーズに合致した製品・サービスの顧客への売り込み」「B(Benefits-per-cost:費用対効果)」「C(Competition):競合や代替品と比べてどのくらい優れているか)」です。

 多くの場合、「A」の「顧客への売り込み」を大事にしますが、あくまでも「顧客のニーズと合致する」ことが大前提であり、またこの4つは同分配で行われなければなりません。

 余談ですが私の経験上、「C」の最も厳しい競争相手とは顧客のマインドセットであり、2番目に厳しい競争相手とは、同業他社の技術ではなく全く別の業界・別のやり方であることが多いです。

 「顧客のニーズや価値をどうとらえるか」については、グラフ化すると分かりやすいでしょう。横軸を「顧客・上司や経営陣・その他の利害関係者から見た価値の高低」、縦軸を「自分や自社から見た価値の高低」とし、世に出そうとしているサービスや製品をマッピングしていくのです。すると、自身にとっては大きな価値があっても、顧客にとってはそうでもないもの、その逆のものなどが、客観的に見えてきます。イノベーションまでたどり着くには、横軸・縦軸ともに高い位置にあるものに取り組まなければなりません。

 当たり前だと思われるかもしれませんが、実際にプロセスを進めていくうちに、置き去りにされてしまいがちな問題でもあります。もし、横軸・縦軸ともに高い位置に入っているものがない場合、どのように価値を高めるかを考えることも、意味があるでしょう。

 価値(カスタマーバリュー)の測り方はいろいろありますが、SRIでは「顧客から見た利益÷顧客から見たコスト」、つまり「顧客から見たコストあたりの利益」で考えます。たとえば、牛肉を使った料理を提供したい場合、顧客がベジタリアンだったら利益はゼロ。コストが1円だとしても、価値はゼロということです。

 3つ目はイノベーションをリードするチャンピオンです。これは非常に大事です。チャンピオンとはプロジェクトをリードするマネージャーのことですが、マネージャーというと、どちらかというと予算・スケジュール・手法・設計書など一定の枠内で管理していくイメージです。

 一方のチャンピオンとは、自らの強い意志や衝動のもと、顧客課題やニーズ、市場の可能性などを見据えてプロジェクトを引っ張っていく存在です。日本では、ソニーの盛田昭夫さんなどが偉大なチャンピオンだったと言えるでしょう。SRIの言葉を使うと、「No champion, No project, No exception(チャンピオンなくして、プロジェクトは決して進むことはない)」なのです。

 4つ目はイノベーションチームです。チャンピオンだけではなく、チームメンバーがいなくてはイノベーションを起こせません。集団的知性を備え、同じ方向へ進んでいけるチームをつくることが大事です。

 チームとしての取り組み方やコラボレーションの方法は様々ですが、ビジョンや褒賞を共有しながら、ユニークで相補的なチームをつくれるといいでしょう。日本では古くから、「生きがい」という概念が大事にされています。こういった概念も、チーム作りに使えるかもしれません。

Photo: G-Stock Studio / Shutterstock

 5つ目は組織の方向づけです。最大限の効果を発揮するには、当たり前ですがみんなが同じ方向を向かないといけません。私の経験では、日本企業はこの要素を一番重視していると感じます。無駄のなさ、失敗への寛容さ、組織的なサポートといった要素も、日本企業ならではの強みだと言えるでしょう。

日本人ならではの3つの強みが、イノベーションを加速させる

 イノベーションの5原則はすべてが人に関係するものであり、イノベーションとは文化です。ですから、日本・アメリカ・ヨーロッパ、それぞれ文化が異なるため、やり方も異なります。

 日本でも「オープンイノベーション」と叫ばれるようにはなってはいるものの、まだ外部の組織や人材などを、信用しきれていないように感じます。また、日本はグローバルな考え方・視点をもつことも必要です。自分たちの小さな範疇にこだわることは、危険なことでもあります。

 イノベーションを起こすにあたって、日本は自分たちの強みを生かすべきです。まず日本の強みは、世界レベルで見ても教育システムが成熟していること。ただ、しっかりと教育を受けた人材をフルに活用できているとは言えません。たとえば、新入社員をイノベーション人材として活用するなどの取り組みを、もっと進めてもいいのではないかと思います。

 2つ目は、1つのアイデアにこだわるのではなく、いろいろなアイデアを組み合わせることが得意だということ。私の子どもはフランスに留学中なのですが、フランスは「自分の考え方、自分が1番。ほかの人は2の次」という考え方です。相手の考え方を取り入れ、自分の考え方と組み合わせてより良いものにしていける柔軟性も、日本人の強みでしょう。

 3つ目は真面目だということ。そして、いい人が多いです(笑)。真面目さと人の好さが備わっている。こうした3つの日本人の強みは、イノベーションを起こすうえで非常に重要な要素だと思います。



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