シリコンバレーでラボ拠点を立ち上げ、コンストラクションテック・コミュニティづくりを推進している大林組(昨年記事:【初公開】建設スタートアップと協業を実現した「大林チャレンジ」)。スタートアップだけでなく、研究機関のSRIや建設業界特化VCとも協業を進める同社は、次にどんな展開を進めていくのか。「建設プロセスのデジタル化で建設業の競争領域は大きく変わる」と語る佐藤寛人氏に、大林組のシリコンバレー活用や建設業界の未来像などについて語ってもらった。(モデレーター:Stanford University APARC 櫛田健児氏)
※本記事は2019年11月に開催した「Silicon Valley - New Japan Summit」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

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建設業界が抱える「恥ずべき事実」

櫛田:大林組さんが、シリコンバレーの建設コミュニティでどんなチャレンジを続けているのかお聞きしていきます。昨年からのアップデートも含めてお話ししてもらえますか。

佐藤:大林組がシリコンバレーで行っていることは、一言で言うと“Digitalized Obayashi”です。大林組をデジタル化したらどうなるのか、デジタルという新しいプロセスとプラットフォーム上で、建設会社はどう変わるのかという取り組みです。そして建設業をより魅力的にしていこうとチャレンジしています。

 大林組について話す前に、まず建設市場を見ていきましょう。建設市場の成長率は過去5年、CAGR(年平均成長率)5.2%と好調ですが、これから先5年の予測は2.2%と厳しくなる見通しです。

 ただ、それでも「建設デジタル」の領域は高い成長率となると予測されています。たとえばリアリティキャプチャーやドローン、BIM(Building Information Modeling)といった分野が20%以上の成長率で伸びます。これらはわれわれの建設市場のすぐ隣の領域で起きているのです。

 われわれには苦い記憶があります。2000年頃に建設業は建設現場にインターネットを導入しようとしましたが、生産性は大きく変わりませんでした。対して他の産業は1.5〜2倍ぐらい大きく生産性を伸ばしたのです。われわれはこれを「恥ずべき事実(Shameful Facts)」と呼んでいます。

 しかしながらわれわれは、今度こそ建設現場のイノベーションは「インターネット+デジタル」で起きると考えています。例えば、建設資材を特定の場所に運ぶという作業を7つのステップに分解します。①エンジニアが作業手順を決め、②現場全体を見て把握し、③到着した資材の大きさ、量などを確認し、④図面や行程情報を統合し、⑤予定と現状の整合性を図って最適化した指示を出します。その後、⑥作業を実行させ、⑦作業の完了をチェックします。

 ①と⑦は人がやるべきことなので、将来も変わりません。インターネットが有効だったは④のみで、情報を引き出したり比較することは得意なのですが、それ以外の②③⑤⑥に関しては、作業プロセスを変えることができませんでした。

 しかし、デジタルテクノロジーではそれらを一変させることができます。②リアリティキャプチャーで現場の現況を把握でき、③ポイントクラウドでモノを認識できるようになります。また⑤AIが②、③、④の情報をもとに最適な作業内容を推測して、⑥ロボットが運搬を実行します。

 結果としてインターネットとデジタルで②〜⑥までを行えるようになります。2000年のインターネット化では残念ながら建設現場の生産性は変わりませんでしたが、2020年以降のデジタル化では建設現場は大きく変わるのです。

佐藤 寛人(さとう ひろと)
OBAYASHI SVVL
COO/CFO
慶應義塾大学環境情報学部(SFC)卒業後、1994年に株式会社大林組に入社。IT戦略企画室にて社内業務フロー改革、社内ベンチャー制度で新会社の立ち上げ・事業化などを経験。米国MBA留学を経て、2011年3月より北米統括事務所(サンフランシスコ)に赴任し、北米事業の再構築、米国企業の買収などを行う。2016年12月にシリコンバレーのテクノロジーを建設業に取り込むための拠点としてSilicon Valley Ventures & Laboratoryを提案。2017年3月に組織化、10月にサンカルロスに拠点を開き活動を本格始動。現在、米国子会社と一体となって、シリコンバレーにおけるConstruction Techのコミュニティ形成を図る。
櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

「ない」を「ある」に変えるチャレンジ

佐藤:もともと私は2011年3月にシリコンバレーにやって来ました。当初は北米建設事業の管理部門の駐在員としての赴任でしたので技術開発などは全く期待されていません。契機が訪れたのは2012年で、JETROとNEDOのフォーラムに参加し、そのときに「オープンイノベーション」という言葉に出会いました。

 大林組は40年前にサンフランシスコでトンネル工事を受注して以降、ゴールデンゲートブリッジの耐震補強工事や、トランスベイトランジットセンター駅などいくつもの大型建設プロジェクトを遂行してきました。そんな大林組ですが、シリコンバレーは近くて遠い存在でした。当時の北米統括事務所はシリコンバレー企業とコラボレーションする文化はなく、調整者がいないどころか、技術開発など求められていない状況で、ともかく「ないないづくし」の状況でした。しかし、この時代の革新的技術、イノベーションから、建設業だけが置いていかれないようにするために、「ない」を「ある」に変えるチャレンジは絶対に必要であると考えました。

 いずれシリコンバレーでR&D活動をするからには、スタートアップやローカルVCとの協業、直接投資などをやっていきたい。しかし、当時はシリコンバレーのエコシステムプレイヤーたちにとって、建設業は魅力的な産業ではなかったようでした。シリコンバレーの投資や技術はほとんどが建設業以外の産業の方を向いていました。

写真:Rod Searcey

 理由を考えてみると、それはわれわれ自身が建設業の抱える課題(ペイン)を自分たちで抱え込み、建設現場の仮囲いの中を外に見せてこなかったからだと考えました。ペインをオープンにしてこなかったので、最新の技術を持つスタートアップが建設現場にペインが存在することすら知らず、協業を提案する機会などなかったのではないか。そこで、私たちは建設業界のペインをシリコンバレーの研究機関やスタートアップ企業と共有し、そのペインを解決することでビジネスチャンスがある、大林組はその用意があるということをシリコンバレーに知ってもらおうと考えました。

 仮に建設業界のペインに興味を持ってくれるシリコンバレー企業が出てきたとして、次になぜその組むべき相手が日本の大林組なのか、その提案理由を3つに整理しました。

 1つ目は技術研究所。世界的に見て、建設会社で技術研究所を社内組織に備えているのは日本の建設会社の特徴です。社内には研究員がいて、研究開発のための予算もある。その研究員と予算をシリコンバレーに向けることも可能と言えば魅力的に映るはずです。

 2つ目は北米グループ会社の存在。特にサンフランシスコには3つの子会社があり、試作品のデータコレクションに彼らの現場を提供することが可能です。また日本市場に興味がない企業とも米国仕様でビジネス展開を提案できます。

 3つ目は北米市場での建設ビジネスの経験。当社は北米建設市場で40年もの間、建設事業を継続してきた実績を持っており、つまり逃げない、ということは重要なはずです。「これら3つの要素を全て備えた建設会社は世界に大林組だけだ。だからわれわれはあなたと組む価値がある」と言えると思いました。

「大林チャレンジ」でパートナー探しを推進

佐藤:建設現場は大きな歯車のようなもので、着工時には工期、予算が決まっており、いったんその大きな歯車が動き出すと止まりません。また予算から原価を引いて余ったのが利益という引き算のビジネスです。ですから工期に影響するような不確実なものは極力避けなければいけません。一方でスタートアップは小さな歯車のようなもので、高回転で試行錯誤を繰り返して、失敗を経験しながらスピーディに回転数を調整し、成長していく文化を持っています。

 この両者の文化のギャップこそが建設業にイノベーションが起こらなかった原因であり、このギャップを埋めるために中間の歯車、つまり「試行錯誤を繰り返し、失敗を受け入れることができる建設現場」をつくる必要がありました。それが2017年10月に設立した「Silicon Valley Ventures & Laboratory(OBAYASHI SVVL)」です。

 このSVVLの開所式の際に当時はまだシリコンバレーにはなかったコンストラクションテック・コミュニティを形成していくという意向を発表しました。そして「大林チャレンジ」というプロジェクトを開催し、2017年12月にはスタートアップや研究機関を対象にテクノロジースカウトイベントを行いました。全部で13チームから提案があり、結果として6つのチームとの協業がスタートしました。

 大林チャレンジはスタートアップ探しが目的だと思われがちですが、そうではありません。翌2018年の大林チャレンジでは戦略的パートナー探しがテーマとなりました。日本からCTOをはじめ各事業部の責任者数十人を招き、2日間のディスカッション、14のプログラムを通じて、2つの建設業特化型のベンチャーキャピタル(Brick & Mortar Ventures, Building Ventures)、1つの研究機関(SRI International)との戦略的パートナーシップを固めました。このパートナーシップを通じて、私たちは今後、デジタルイノベーションの荒波の中で正しい航路を進んで行くための“地図とコンパス”を手に入れたと言えます。

 2019年のテーマはビジネスパートナー探しです。私たちのこれからのチャレンジはPoC、社内試作品から製品化へ向かうことです。建設会社は一品生産ビジネスと言われます。現場は1つで図面は1つ、建物も1つです。2つと同じ建物は作らない。だから製品化、商品化、量産化という言葉が社内にありませんし、経験がありません。しかしわれわれは現在のプロジェクトは2020年には製品化していきたいと考えています。

 現在、製品化に向けて取り組んでいる共同開発プロジェクトの例を紹介します。SRIと進めているデジタル配筋検査システムです。

 現在、建設業界では設計段階ではデジタル化(BIM化)が進んでいますが、現場に入った途端、まだほとんどのデータ処理作業を人に頼っています。この製品を使うことで、現場の状況を瞬時にデジタル化し、設計段階のデータと“デジタルvsデジタル”で比較することを可能にします。現場で短時間に図面との整合性が図れるため、検査にかかる時間が飛躍的に短縮化され、生産性が向上すると考えています。

建設業界の未来トレンド「MACRO」

佐藤:最後に、建設業界のデジタル化におけるキーワードについて考えてみたいと思います。自動車業界の「CASE」のように、私たちが考えてみたのがこれです、「MACRO」です。

 「M」はNew Materialで、これまでの鉄とコンクリート以外の新しい材料。「A」はAutonomousでAIを使った自動設計や自律ロボット。「C」はConfigurationで生産性を高めるための標準化。「R」はReality Captureで現場の瞬時のデジタル化。「O」はOff-Site Constructionで、工場で作られた部材を利用して現場で効率よく建設されていくプレファブ化、モジュール化です。

 いま、この「MACRO」の波が建設業界に訪れています。私たちはこのトレンドを掴みながら、シリコンバレーからコンストラクションテックの未来をリードしていきたいと考えています。

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