大規模なオフィスや商業施設ビルでは、部屋やドアが増えるほど「セキュリティの管理」が難しくなる。これまでは、全てのドアに防犯用の配線を通す必要があり、莫大な工事費用と「大量の社員証」が当たり前だった。そのため、業界では「ビルのセキュリティを完全にワイヤレス(無線)化するのは不可能」とさえ言われてきた。

そんな常識を覆したのが、インドで創業したスタートアップ、Spintly(スピントリー、本社:米国カリフォルニア州)だ。彼らは、機器同士がバケツリレーのように電波を繋ぎ合う無線技術(BLEメッシュネットワーク*)をビル管理用に独自にカスタマイズして導入。面倒な配線工事をいっさい無くし、スマホをかざすだけで安全に入退室できる「完全ワイヤレスの鍵」を実現した。さらに、万が一の停電時でも問題なくドアが開閉し、記録も残る高い信頼性も備えている。

使い捨てのプラスチック社員証をなくすサステナブルな取り組みで、世界的な大企業からも注目を集めるスピントリー。「ワイヤレス技術は無限の可能性を秘めている」と語る、CEOのロヒン・パーカー(Rohin Parkar)氏に、独自技術の強みと、彼らが描く未来のオフィスについて話を聞いた。

*BLE(Bluetooth Low Energy)メッシュネットワークとは:低消費電力の無線通信規格を用い、複数のデバイスが相互に通信・中継し合うことで、広範囲かつ安定したネットワークを構築する仕組み。

目次
印・米でワイヤレス技術分野を極め、2018年に会社設立
特許も取得!大規模ビルを管理する完全ワイヤレスアクセス制御システム
地元の大学で学生をスカウト、インターンシップから人材育成
「答え」はいつも現場にある
世界中で需要が高まるワイヤレス技術、日本市場参入にも意欲的

印・米でワイヤレス技術分野を極め、2018年に会社設立

―経歴と創業のきっかけを教えてください。

 私はインドで生まれ育ち、学生時代は電子工学と通信工学を学びました。

 私が最初にワイヤレス(無線)技術に興味を持ったのは、2000年頃のことです。当時はスマートフォンが普及し始めた時期で、通信の仕組みが「2G、3G、4G」と次々に進化し、開発が最も盛り上がっていました。世界を変えるような画期的な技術に夢中になった私は、2002年に大学を卒業後、ワイヤレス技術のエンジニアとしてキャリアを歩み始め、インドでは財閥タタ・グループ、アメリカではモトローラなどに勤務し、ワイヤレス技術分野一筋のキャリアを築いて現在に至ります。

 創業の直接的なきっかけとなったのは、2018年にインドに戻った際に、当社の共同創業者であり、幼い頃からの友人でもあるマルコム(Malcolm Dsouza)氏と商業施設に出かけたことでした。そこではビルの中に入る際、誰もがプラスチック製のアクセスカードを使用していて、ビルの中のシステムは非常に複雑に配線されていました。私たちは、それを見て、「モバイルベースのアクセスソリューションを使えば、このシステム全てをワイヤレス化できるのではないか」と直感したのです。

 私たちは、すぐにBluetooth(近距離の無線通信)とIoT技術に関する知識を活用する解決策を考え出すことにしました。これがスピントリーの始まりです。

Rohin Parkar
Co-Founder & CEO
インド生まれ。ゴア工科大学で電子通信工学の学士号取得。その後、アメリカのテキサス大学ダラス校のナヴィーンジンダル経営大学院にて組織リーダーシップとマーケティングを専攻し、経営学修士を取得。ワイヤレス技術分野で20年以上の豊富な経験を持ち、ワイヤレスメッシュ技術の専門家として、さまざまな電気通信規格やプロトコルの開発と実装に幅広く携わる。2018年にインドでSpintlyを共同設立。ワイヤレス技術に関する深い知見と、情熱的な起業家精神を持ち、スマートビルディング革命の最前線で確固たる地位を築いている。

特許も取得!大規模ビルを管理する完全ワイヤレスアクセス制御システム

―御社のソリューションとその特徴について教えてください。

 当社は、大規模オフィスや商業施設などに導入する、完全ワイヤレスの「アクセス制御システム(入退室管理システム)」を提供しています。当社のシステムの1番の強みは、独自にカスタマイズした「BLEメッシュネットワーク」と、それを支える特許技術です。

 従来の大規模なビルの入退室管理システムでは、ビルの各ドアに設置されたカードリーダーから、中央にある大きな制御装置(親機)まで、壁の裏側に長い専用の配線(ケーブル)を張り巡らせる必要がありました。しかし、この方法では建物が大きくなればなるほど、必要なケーブルや機器の量が膨大になってしまいます。結果としてシステムの構造が複雑になり、導入工事のコストも跳ね上がってしまうのが課題でした。

 それに対して当社のシステムは、中央の制御パネルや複雑なケーブルをいっさい必要としません。それぞれのドアに設置された端末同士が、ワイヤレスで自律的にデータをバケツリレーのように繋ぎ合い、建物全体に網の目(メッシュ)のような分散型のネットワークを構築します。

 これにより配線工事が不要になるため、ビルの運営側は初期のシステム導入費だけでなく、その後の運用費や、メンテナンスにかかる人件費まで大幅に削減することができるのです。

Image : Spintly CTOのMalcolm Dsouza氏㊧。CEOのRohin Parkar氏㊨

地元の大学で学生をスカウト、インターンシップから人材育成

―技術面以外で、御社が特に力を入れている強みはありますか?

 私たちは、社員の採用と教育には並々ならぬ情熱を注いでいます。企業にとって「社員の成長」こそが、他社に負けない競争力を生み出す最大のカギです。ですから、経営の要となる優秀なエンジニアを育てるための時間やコストは、いっさい惜しみたくありません。

 私と共同創業者のマルコムは、自分たちの手で優秀な学生を見つけ、社内でじっくりと育て上げていくことをずっと大切にしてきました。私たちは自ら地元の大学へ足を運び、才能豊かな学生たちに直接声をかけています。そして、早い段階から彼らと多くの時間を共有し、学業と両立しながら実務を学べるように、まずは「インターン」として迎え入れるのです。インターンとして在学中から現場の経験を積んでもらうことで、大学卒業後に正社員として入社したときには、すでに即戦力として大活躍してくれます。

 実際、当社が創業期に初めて採用したエンジニアの学生は、現在、ハードウェア部門の責任者を務めています。彼は入社してからの5年間で、エンジニアリングチーム全体を引っ張るリーダーへと見事に成長してくれました。

 当社のビジョンに共感し、会社の未来のために知恵を絞ってくれる仲間が増えていくことは、経営者としてこの上ない喜びです。そんな熱意あふれる社員たちこそが、私の一番の誇りですね。

Image : Spintly

「答え」はいつも現場にある

―御社の経営理念を教えてください。

 当社の経営理念は「顧客第一、顧客満足、顧客感動」です。

 私はどんなビジネスにおいても、顧客第一主義が最優先されるべきだと考えていて、顧客が抱える課題を解決することを一番のモチベーションにできる組織づくりを心がけています。顧客満足度が高まるほど、口コミでの紹介の機会も増えていき、ビジネスは自然と成長していくものです。

 私は、この理念を体現するために創業当初から顧客への直接ヒアリングに力を入れています。現在は、その方針をチーム全体に浸透させ、最近ではカスタマーサクセスチームだけでなく、エンジニアリングチームのメンバーも顧客に会いに行くようになりました。

 製品の改善・改良を担当するエンジニア本人が顧客の声を直に聞く価値は想像以上に大きいです。

―地道なヒアリングの努力が奏功して、たくさんの顧客に選ばれているんですね。

 その通りです。おかげさまで、当社のソリューションは非常に大きな反響をいただいています。母国インドでは、約200社にソリューションを導入していただいており、インド国内においては業界のリーダー的存在だと自負しています。当社の顧客には、カナダ系のブルックフィールド・プロパティ・パートナーズや米国のブラックストーンのほか、タタ・グループのような大手企業グループがいます。

 どんな製品・サービスでも同じだと思いますが、顧客のニーズに寄り添う本当に良いものの価値は、派手な広告や宣伝がなくとも、必ず広まっていきます。

 地道なヒアリングを繰り返す中で得ることができる顧客の生の声ほど確かなものはなく、その声に応えていくことこそが成功への一番の近道だと確信しています。

―今後の大きな目標は何ですか?

 現時点で、私たちはやらなければならないことのほんの数パーセントほどしか達成していないのだろうと思うほど、やらなければならないことは山積みですが、いつか物理セキュリティの領域やビルディングオートメーション領域のグローバルプレーヤーとして市場を牽引する存在になることを目標にしています。

 昨今、ワイヤレス技術分野の進歩は目まぐるしく、数週間単位でのアップデートも珍しくありません。完全クラウド対応のワイヤレスソリューションも、今後世界中で当たり前の存在になっていくと予想されますが、私たちはどんな変化の中でも「顧客ニーズに寄り添う」という本質的なことを見失うことなく、目の前の小さな目標を一つ一つ確実に達成して、市場での存在感を高めていくつもりです。

Image : Spintly

世界中で需要が高まるワイヤレス技術、日本市場参入にも意欲的

―世界各国に販路を広げていますね。

 ワイヤレス技術には無限の可能性があり、近年世界中でその需要が高まっています。

 私たちは主拠点であるインドやアメリカだけでなく、可能なかぎり全世界規模でビジネスを展開したいと考えていて、海外の展示会には頻繁に参加しています。直近では、ドバイで開催された展示会「Intersec Dubai 2026」でブースを出展しました。

 不動産業界やセキュリテイ業界の展示会に参加すると、人々がいかにワイヤレス技術に関心があるかを肌で感じることができます。

―日本市場への参入は考えていますか?

 もちろんです。

 私たちはすでにフィリピンをはじめとする東南アジアの各国に多くの顧客を抱え、アジア地域でも強い存在感を示し始めていていると思います。

 そして、近い将来、日本市場への本格進出も強く望んでいます。

 私たちの技術は、特に大規模なオフィスビルや商業施設で有効活用できます。日本には大規模オフィスビルの不動産物件が非常に多いですから、私たちのビジネスとの親和性はとても高いのではないかと期待しています。

 ワイヤレス技術は、設備を設置するスペースを減らせることで、人件費・導入費・運用費を大幅に削減できます。当社の事業にご関心のある日本企業の方は、ぜひお気軽にご連絡いただければ幸いです。



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