建設業界の生産性低下の元凶は、1990年代から本質的な進化が止まったとされる「分断された設計ツール」にある。この業界の常識を、圧倒的な技術力で打ち破ろうとしているのが米国発のSnaptrude(スナップトゥルード)だ。

最大の差別化要因は、そのアーキテクチャにある。同社は、高性能な専用PCを必要とせず、10万平方メートル規模の巨大な3Dモデルであってもウェブブラウザ上で軽快に処理できる独自のクラウド技術を確立した。さらに、内蔵されたAIが法規制の調査から空間レイアウトの自動生成までを「優秀な助手」として担う。作成した3Dモデルは再入力の手間なくそのままBIM(建築情報モデル)データとしてRevitなどの実務フローへ連携でき、企画からプレゼン、詳細設計までのプロセスを一気通貫させる。

建設関係者の「サイロ化」を破壊し、設計時間を50〜60%短縮するというこの次世代プラットフォームは、すでに世界各地の大手企業で導入が進んでいる。テクノロジーは建築設計のパラダイムをどう変えるのか、CEOのアルタフ・ガニハール(Altaf Ganihar)氏に聞いた。


目次
世界遺産「ハンピの建造物群」が起業の原点
ブラウザで3Dモデルが処理できる独自技術
“テスラ車のように”建築設計を半自動運転
「20分でプロポーザル完成」 ユーザー数は30倍に急成長
最大の壁は建設業界の行動変容を促せるか

世界遺産「ハンピの建造物群」が起業の原点

―まず、ご経歴と、スナップトゥルードを創業するに至った経緯をお聞かせください。

 私の出発点は、幾何学とコンピュータービジョンの学術研究です。学生時代、ユネスコ世界遺産「ハンピの建造物群」の遺跡をゼロから3Dで再建するプロジェクトに参加する機会がありました。そこで建築家たちと共に作業するなかで、彼らがAutoCADやSketchUp、Revitといった、いずれも1990年代に設計された古いソフトウェアを使っているのを目の当たりにしたのです。

 インターネットが普及し、他の業界ではコラボレーションが当たり前になっているのに、建築設計のツールは25年前のままでした。「これなら新しいスタートアップがゼロから作り直す大きなチャンスがある」と考え、2017年末にスナップトゥルードを立ち上げました。

―既存ツールが使われ続けることで、建設業界にはどのような問題が生じていたのでしょうか。

 建設業界は市場規模が約14兆ドルの巨大産業ですが、過去30年間にわたり生産性が下がり続けています。金融やソフトウエア開発など他の業界が生産性を高めるなか、建設業は時代を逆行しているとも言えます。その結果、建設プロジェクトは予算を超過し、工期が延び続けるのが常態化しています。

 最大の原因は、関係者の「サイロ化(分断)」です。設計者、エンジニア、施工業者が別々の古いソフトウエアを使い、それぞれの視点だけで意思決定をしているため、全体最適化が機能しません。全員が同じ情報を共有し、リアルタイムで意思決定できるモダンな環境を作ること──それが私たちの出発点でした。

Altaf Ganihar
Founder & CEO
インド出身。BVブーマラッディ工科大学(現:KLE工科大学)でエンジニアリングの学士号を取得。学生時代にユネスコ世界遺産「ハンピ(Hampi)」の3D再建プロジェクトに参加し、既存の建築設計ツールが抱えるコラボレーションの限界を直接体験したことを機に起業を決意。2017年にSnaptrudeを創業し、CEOに就任。

ブラウザで3Dモデルが処理できる独自技術

―スナップトゥルードは具体的にどのような解決策を提供しているのでしょうか。

 スナップトゥルードは、関係者全員が1つのブラウザ上で同時に設計・編集ができるクラウドプラットフォームです。専用の高性能PCは不要で、どのデバイスからもアクセスできます。さらにAIが設計プロセスを支援するため、構想から設計案の完成までの時間を、従来比で50〜60%短縮することが可能です。

 また、AutoCADやSketchUpからのデータ読み込み(DWG、PDFなど)や、BIM(建物の3次元情報を統合管理する手法)ツールであるRevit形式(RVT)への書き出しにも対応しており、既存の業務フローへスムーズに組み込める点も特徴です。

“テスラ車のように”建築設計を半自動運転

―スナップトゥルードの「AIドリブン」とは、具体的に何を指しているのでしょうか。

 AIは、設計者の「コラボレーター」として機能します。テスラの自動運転をイメージしてください。自分でハンドルを握って細かく操作することもできれば、AIに運転を任せることも可能です。

 たとえば、「この都市の、この土地に何を建てるべきか」と自然言語で尋ねると、AIが自動で法規制(ゾーニング)を調査し、建物の高さ制限や周辺の平均所得、最寄り駅、想定される予算などを瞬時に割り出します。通常なら行政のウェブサイトを何時間も調べて集める情報を、AIが対話を通して代行してくれるのです。AIが計画案を作成し、「この方針でよいですか」と確認した上で実行に移す、エージェントのような操作感です。

―AIモデルは独自開発しているのでしょうか、それとも外部のものを活用しているのでしょうか。

 用途に応じて使い分けています。自然言語での対話部分には、OpenAIなどの汎用的な大規模言語モデル(LLM)を活用しています。

 一方で、建物の構造は物理的に非常に複雑です。そのため、フロアプランの生成や日照シミュレーションなど、幾何学や物理計算が求められる領域には、私たちが独自開発した専用のAIモデルを使用しています。特に病院のような複雑な間取りの設計には、この独自システムが不可欠です。

Image : Snaptrude HP

「20分でプロポーザル完成」 ユーザー数は30倍に急成長

―顧客はどのようにスナップトゥルードを活用しているのでしょうか。具体的な事例を教えてください。

 現在、世界中の数百の設計事務所が利用していて、ユーザー数は数万人のユーザーに上ります。約70%が米国拠点です。特筆すべきは利用時間の長さで、平均して1日3時間、ヘビーユーザーなら週末も含め1日6〜7時間を当社のプラットフォーム上で過ごしています。

 印象的な事例として、ある大手建築事務所では、CEO自らがスナップトルゥードを操作し、白紙の状態からわずか20分で高齢者向け施設の設計提案を完成させました。その提案は見事クライアントに採用され、プロジェクトを勝ち取っています。

―創業から現在までの事業成長と、競合との差異化について教えてください。

 創業からの約6年間は、プロダクトが非常に複雑なため研究開発に専念していました。2023年後半から2024年初頭にかけてベータ版の提供を開始し、初のエンタープライズ顧客を獲得。そこから2025年にかけて、ユーザー数が30倍、大規模事務所の導入数が7倍、利用時間は40倍へと爆発的に成長しました。

 競合は大きく2つに分かれます。Autodeskなどの「動作が重くAI連携が困難な老舗企業」と、「同様のアプローチを目指すものの製品が未完成の新興スタートアップ」です。現時点で、実用レベルの「設計オーサリング(作成・編集)」機能とAIを統合したモダンな製品を提供できているのは、私たちだけです。

―収益モデルと、顧客をどのように獲得しているのか教えてください。

 事務所の利用座席数に応じたサブスクリプションと、AI利用の超過分に対する従量課金の組み合わせです。

 顧客獲得は直販がメインですが、ウェブサイトからすぐに試せる無料版が強力なマーケティングチャネルになっています。実際に使えば設計の価値がすぐに伝わるため、個人ユーザーの体験から組織全体への導入へとスムーズに進みます。

最大の壁は建設業界の行動変容を促せるか

―今後のマイルストーンを教えてください。

 今後1〜2年は、設計の初期段階だけでなく、より詳細な設計や施工段階へと機能の対応範囲を広げていきます。昨年の30〜40倍という成長ペースを維持し、5年以内に世界中の大手事務所で「デファクトスタンダード(事実上の標準)」になることが目標です。

 最大の壁は「行動変容」です。建設プロジェクトは3〜7年という長い歳月を要するため、企業は新しいツールの導入や、数千人のスタッフへの再教育といったリスクを嫌い、使い慣れた古いソフトにしがみつく傾向があります。私たちはこの業界特有の心理的・構造的な課題に正面から挑んでいます。

―日本企業との連携や市場展開についてはどのようにお考えですか。

 日本は非常に大きな建設市場です。日本の大手ゼネコン、デベロッパー、設計事務所のテクノロジー基盤に深く入り込み、彼らの課題解決を支援したいと考えています。

―日本では少子高齢化や資材高騰により、プロジェクトの遅延や中止が増えています。スナップトルゥードはこうした課題の解決にも貢献できますか。

 まさにその通りです。「この場所に何を建てるべきか」「どう建てるべきか」という問いに対し、より速く、より精度高く答えを導き出すことで意思決定のサイクルを加速させ、停滞しているプロジェクトを動かす助けになります。

―最後に、AIが普及した未来で、建築家の仕事はどう変わるとお考えですか。

 私は非常にワクワクしています。AIが図面の再描画や寸法記入といった退屈な定型作業を自動化してくれるため、建築家は本来の役割である「創造的な問題解決」に専念できるようになります。

 建築家が、美しく機能的な空間の設計により多くの時間を割けるようになれば、私たちが暮らす住環境や都市はさらに素晴らしいものになるはずです。日本の建設・設計業界の皆様とも、ぜひ深く連携していきたいと願っています。



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