ユニクロの「ヒートテック」「エアリズム」、TENTIALの「BAKUNE」に代表される機能性繊維の市場へ、新たな技術で切り込むディープテック企業が岐阜大学発のFiberCraze(ファイバークレーズ、本社:岐阜市)だ。

同社が手がけるのは、糸そのものにナノサイズの空隙(クレーズ)を作り出し、その穴に機能成分を閉じ込める独自の繊維加工技術。コーティングや練り込みといった従来手法では実現できなかった機能性と持続性を両立させ、感染症を媒介する蚊を防ぐウエアから、染色工程のエネルギー消費削減まで、用途は社会課題解決の領域に広く伸びている。

23歳だった修士1年生時に起業した、CEOの長曽我部竣也氏が描くのは、誰もが知るインフラ素材としての未来像だ。創業から5年、ラボから量産化への「死の谷」を越えようとする同社に、創業の経緯と社会実装への意気込みを聞いた。


目次
目に見えない、ミクロ世界への興味
コロナ禍でもデング熱患者の方が多かった
糸自体に「穴」を作る技術
染色という繊維業界の課題
動かなければ、失敗すらできない

目に見えない、ミクロ世界への興味

―創業の経緯と、CTOの武野教授との出会いについて教えてください。

 大学4年生の時に、所属する研究室を探す中で、自分の興味ややりたいことに一番合っていたのが武野教授の研究室でした。基礎研究よりは、社会に実装していくための研究、応用に近い研究をやりたいという気持ちに加えて、目に見える物理の世界だけじゃなくて、目に見えないミクロな世界への興味が自分の軸としてありました。高分子フィルムや繊維にナノ多孔構造を作る開発では、高分子(ポリマー)の分析や、さまざまな技術を用いて評価していく研究をしている点が、その軸にはまったのが背景です。

 研究成果をビジネス展開することにも興味がありました。いろいろ調べていた時に見つけたのが、ゲイツ財団が掲げている「2040年までにマラリアのない世界を作る」という、マラリアを媒介する蚊を撲滅するために蚊帳や革新的な殺虫剤の開発・導入支援活動でした。蚊に刺されて死ぬなんて全く考えてもなかったですし、そんなことが起きるんだということに衝撃を受けました。今、研究している技術がその課題解決に少しでも寄与できるんじゃないかと思って、まずはものづくりを始めたのが創業のスタートです。

―初めて起業の相談をした時、武野教授はどのような反応でしたか。

 起業の話をした時の反応も印象に残っています。「起業するんだ」と好意的におっしゃってくれて。否定ではなく、「やってみればいいじゃん」というすごくフラットな感じに背中を押されました。

 師弟関係とはいえど、会社の組織としてはCEO、CTOという立場なので、私は外回りの営業や資金調達、人材を集めるところにフォーカスしてきました。一方で教授には、もともと自分で研究・発明してきたところをひたすら伸ばしていくという意味でも、技術の方を中心にリードしてもらいたいという話をして、そういう役割分担で進みました。2026年4月からは武野教授は大学教員を退官して、基本的にはファイバークレーズのCTOとしてフルコミットしてもらっています。

長曽我部 竣也
創業者 & 代表取締役社長
2022年度岐阜大学大学院修了。大学・大学院時代に自身が研究に従事した世界初の技術の可能性に惹かれ、仲間と共に製品化を始める。「埋もれていた技術の新たな価値を見出し、社会に繋げることで未知なる可能性を発揮する」という思いのもと、大学院在学中の2021年9月、23歳でFiberCrazeを創業。

コロナ禍でもデング熱患者の方が多かった

―アカデミックな研究と社会実装を目指す研究はスタンスが大きく違うとも言われますが、その狭間でどう動かれたのでしょうか。

 当時を振り返ると、ただひたすらものづくりをしながら「もがいていた」というのがリアルな表現かなと思っています。合理的に計画立ててやっていたわけではありませんでした。

 防蚊に関しても強いインパクトを感じましたが、マラリアが流行している東南アジアやアフリカを訪れたことなかったため、まずは現状を知るべく現場を見に行くことから始めました。

 ちょうどコロナ禍の真っ只中だったのですが、現地では新型コロナウイルスの患者よりもデング熱患者の方が多い状況を目の当たりにしました。どうやったらこの人たちを実際に救えるのかを、肌感覚で考えられるようになったことが、大きな経験になりました。この経験から学んだ「現場の課題に耳を傾ける」という姿勢は、今でも常々メンバーに共有しています。

―起業当初に直面したハードルで、特に大きかったのはどんなところでしたか。

 初めての起業で、ハードルが何かすらも分からなかったですね。起業の法務的な手続き自体も分からなかったので、同じ岐阜大学や名古屋大学の学生起業家の先輩方から一から教わったり、司法書士の方と一緒に法務局へ足しげく通ったりしながら起業が始まりました。

 ものを作って検査をする領域では、ちょうどスタートアップ支援が増えてきた時期でもあったので、地元の行政の支援だったり、東京のスタートアップ支援みたいなところは使い倒しながら、いろいろな接点を作っていきました。そこから徐々に顧客となる企業との出会いも生まれました。何がいいか悪いかも経験しないと分からないので、一通り最初のうちに経験したおかげで、やっと目利きができるようになってきたというのが、正直な感想です。

Image : FiberCraze

糸自体に「穴」を作る技術

―ファイバークレーズが手がけている「Craze-tex(クレーズテックス)」は、どのような技術なのでしょうか。

 機能性繊維という分野は、ヒートテックやエアリズム、最近では上場したTENTIALのリカバリーウエア「BAKUNE」など、大手を中心としてここ20年ぐらいで一気に世に出てきたホットな市場です。

 繊維に機能を付与するには、これまでは表面に機能成分をコーティングするか、繊維を作るタイミングで中に練り込むという方法しかありませんでした。私たちのアプローチは、糸自体に空隙(クレーズ)を作って、その穴の中に成分を閉じ込めるというものです。これによって機能性も持続性も高く、これまでにない新しい機能を発現させたり、従来の機能よりも効果的な素材を作れます。しかも、この素材の製造技術にはケミカルなものを全く使っていないので、環境負荷にもほとんど影響しません。

 また、繊維素材に穴が開いていることで染色しやすくなります。糸に色をつけようとすると、染色工程で熱やエネルギーを大量に使います。そのエネルギー消費を抑えて染色ができるようになるんです。染色は、「石油業界の次に地球を汚している」とも言われる繊維業界において、大きなバリューチェーンの改革につながることを目指しています。

 こうした技術をアカデミックで研究している事例は海外にもあるのですが、社会実装までこぎ着けたのは当社だけで、技術的な競合と呼べる企業はないという認識です。

―現在のフェーズについて、ご自身ではどう捉えていらっしゃいますか。

 ちょうど今は、ものづくりがラボの研究ベースから実際に量産していく、いわゆる「死の谷」をくぐろうとしているフェーズです。ディープテックやものづくり領域のスタートアップにとって一番の難所ですが、当社もようやくここまで来ることができました。

 量産化のハードルは、設備を作ることよりも、ラボでの結果が工場のマスプロダクションで再現性を持って作れるかという技術的な問題です。ある意味アナログな職人技で成り立ってきた繊維業界に、新たなナノテクノロジーを埋め込む挑戦なので、「研究結果通りの再現性を持つ材料になるのか」という課題はかなり高いハードルです。逆に言うと、これを乗り越えられれば、他社が真似できない材料になります。しかしながら、あまり急がずに、この死の谷を着実に乗り越えていきたいと思っています。

Image : FiberCraze Craze-tex®

染色という繊維業界の課題

―国内大企業との提携の形には、販売拡大、技術の共同開発、出資・資本提携といった種類がありますが、どこに注力されていますか。

 素材として導入・利用してもらう企業を増やす事業連携を拡大したいと考えていて、形としては出資いただくことも含めて考えています。今は銀行の紹介、投資家経由の紹介に加えて、展示会への出展など自分たちのリソースで新規に営業し、ゼロから取っていく方法も交えて模索しています。特に効果を感じているのは、一般的なスタートアップのイベントよりは、繊維業界専門の展示会ですね。業界を絞った展示会の方が、コンタクトから商談につながる確度が圧倒的に違います。

―国内外の展開について、注力しているエリアや方向性を教えてください。

 感染症解決という文脈で、まずはマレーシアから展開をしようとしています。今年はJICA(国際協力機構)の支援も受けて、現地の調査に乗り出しているところで、材料の量産化とともに販売できるよう、現地でのフィールドワークで実証をあと1年間行います。製品として、現地のアパレルや作業着で、蚊の感染症という課題解決に寄与するソリューションをいち早く提供していきたいと思っています。

 国内の引き合いとしては、アパレルやファッションに限らず、資材やインテリア関係含めて幅広く話をいただいているので、重点分野を設けず並行して進めています。社会課題の解決や生活の質を上げる分野には注力をしていて、将来的には誰もが知るようなインフラ素材というポジションを作っていきたいです。

―感染症対策に続いて、解決していきたい社会課題はありますか。

 繊維業界は石油業界の次にエネルギーを消費していることを、この事業を進める中で痛感しました。染色のプロセス改善によって、本質的な意味でサステナブルで、より長く使っていただけるような素材をこの技術で作っていきたいと強く思っています。

 染色のエネルギー消費問題は日本だけでなく、全世界で共通している課題です。だからこそ、この課題をクリアできれば、日本発の技術が世界中に広がっていく可能性があると思っています。

Image : FiberCraze

動かなければ、失敗すらできない

―修士課程1年で起業されましたが、学生起業のメリットを感じていますか。

 学生の身分で何も知らない中で起業しましたが、何も知らないからこそ、何でも聞けました。知らないことが強みになって、たくさんの人に経験を伝えていただける環境にいられたのは本当に良かったです。社会人だったら、コストがかかるようなところを、学生の特権で無償に近いぐらいでサポートいただいた部分もあって。このタイミングで動き出して良かったです。

―多くの方を巻き込めた理由は、ご自身ではどう捉えていますか。

 ここはもう、数をひたすら打ったからかなと思っていて。特別、何か優れているわけでもないですし、トークが立つわけでもないので、何度も何度も自分の思いを伝えて、相手にも本気だと思ってもらえる――自分の覚悟をどのように伝えるかを、いろんな角度から突き詰めていったからこそ、今、信頼できる仲間が集まってきているのかなと感じますね。理解してもらうために、諦めずに何回も当たっていった。それだけです。

―これから起業を目指す若者にメッセージをいただけますか。

 私自身のモチベーションの源泉は、もともと興味本位、好奇心ベースで動く人間が、繊維やフィルム素材の多孔化技術と出会って、その可能性の広さ、深さに触れたことがきっかけでした。そこから始まって、いろいろな方の協力を得て現在の事業を進めてきたので、結果をしっかりと見せることが協力をしてくれた方々への恩返しだと感じています。

 起業は分からないことだらけだし、不安も多いと思います。ただ、動かないと何も始まらないし、失敗という結果すら出せません。大きな失敗でない限りは、そこから何度でも立ち上がることができますし、自分の思いが消えない限りは何度でもチャレンジできます。成功するまで絶対にやりきるという強い思いをずっと持ち続けて、挑戦を続けてほしいですね。





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