世界の物流の90%を担う海上輸送。その巨大産業が排出するCO2は年間約10億トンに及び、船舶のエンジン技術は1960年代からほとんど変わっていないという。この「60年間変わらない現状維持」の現実に挑むのが、2021年に米テキサス州で誕生したスタートアップ、Fleetzero(フリートゼロ)だ。
共同創業者のスティーブン・ヘンダーソン(Steven Henderson)CEOとマイク・カーター(Mike Carter)COOは、幼稚園からの幼なじみであり、米国商船大学で共に学んだ背景を持つ。同社が開発する船舶向けモジュール型バッテリーシステム「Leviathan(リヴァイアサン)」は、競合比で「エネルギー密度約2倍・コスト約半分」という性能を誇り、完全電動からハイブリッドまで柔軟に対応する。
2026年1月には、ビル・ゲイツ氏のBreakthrough Energy Venturesなどから4,300万ドルのシリーズA資金を調達。デンマークの海運大手APモラー・マースクのCVCも出資者に名を連ね、さかのぼれば商船三井のCVCも2024年に出資をするなど、グローバルな海運大手からも注目を集める。
「電動化は脱炭素のための我慢ではない。むしろ運航コストを下げるための手段だ」と自信を見せるヘンダーソン氏。海運の常識を塗り替える同社の論理と技術戦略、日本市場への展望を聞いた。
目次
・「60年変わらなかった」海運産業に挑む
・主力製品は「コスト半分、エネルギー密度2倍」
・電源にバッテリーを選んだシンプルな理由
・シナジーの高い自律航行技術も開発
・商船三井のCVCも2024年に出資
「60年変わらなかった」海運産業に挑む
―まずはじめに、海運業界が直面している課題について教えていただけますか。
私たちが目を向けた海運業界の最大の課題は、世界中すべての貿易に関わっているがゆえの規模の大きさと、それに伴う膨大な環境負荷です。海上輸送は年間約10億トンものCO2を排出しており、世界中で排出規制が急速に強化されています。
しかし、利益を削ってまで環境対応を強いるやり方では産業は動きません。だからこそ私たちは、排出量を劇的に削減しながら、同時にお客様の収益性を高めて船の運航コストを下げる、極めて経済合理性の高いプロダクトが必要だと考えたのです。その思想から生まれた具体的なシステムが、私たちの基幹製品です。
―それが、主力製品である船舶向けバッテリーシステムですね。
はい。当社の主力製品「Leviathan(リヴァイアサン)」は、船舶の電動航行を実現するモジュール型の海洋エネルギー貯蔵システム(ESS)、つまり船舶向けバッテリーシステムです。ヒューストンの研究・生産拠点で製造しています。
このシステムは、安全性に優れたリン酸鉄リチウムイオン(LFP)化学を採用した「バッテリーモジュール」を基本単位としています。これらを直列・並列に繋ぎ合わせた「バッテリーストリング」を、特許出願中の独自技術を用いて統合することで、単一のシステムからマルチメガワット規模の巨大なアレイ(最大5.8MWh以上)まで柔軟に拡張できる「プラグ・アンド・パワー」設計が最大の特徴です。
モジュール型なので「レゴブロック」のように組み立てられる構造になっており、大型タグボートから巨大コンテナ船まで、船のサイズや限られた船内スペースに合わせて、最適な容量を電気的・機械的に一体化して組み合わせることが可能です。
―フリートゼロを共同創業するに至った経緯を教えてください。
共同創業者のマイクとは幼稚園からの幼なじみで、大学も同じ米国商船大学に進学しました。そこで海運産業のスケールの大きさに魅了されると同時に、ある衝撃を受けました。テクノロジーが60年以上もの間、ほとんど変わっていなかったのです。授業で使っていた1960年代の教科書が、現代の蒸気機関やディーゼルエンジンの仕組みにもそのまま通用してしまうほどでした。
この原体験から、「いつか海運にまったく新しい技術をもたらす会社を作ろう」と、キャリアを積む間もずっとふたりで夢見ていました。その夢を具現化したのがフリートゼロです。
Image : Fleetzero 主力製品の海洋エネルギー貯蔵システム「Leviathan」
主力製品は「コスト半分、エネルギー密度2倍」
―他社製品との最大の違いはどこにありますか?
他社製品と一線を画す最大の違いが、「コストが半分」で「エネルギー密度が2倍」であるという点にあります。DCシステムレベルで298Wh/Lという圧倒的な体積エネルギー密度を達成しています。
海運は極めて競争が激しく、マージンが薄いビジネスです。そのため、顧客がクリーンでありながら利益を最大化できるようサポートしなければなりません。同じ船のスペースにより多くのバッテリーを、どこよりも低コストで搭載できるという圧倒的な経済的メリット(経済合理性)こそが、現状維持を好む海運業界において、多くの顧客からフリートゼロが選ばれている最大の理由なのです。
―動力源として、ハイブリッドと完全電動の両方に対応しているとのことですが、実際にはどう使い分けるのでしょうか。
はい、双方のアーキテクチャをサポートしています。現在私たちが手掛けているプロジェクトの一例を挙げると、航続距離500マイル(約800km)を完全電動で航行し、さらにハイブリッドモードに切り替えることで追加の1万3,000マイル(約2万km)を航行できる船舶を開発しています。
完全電動にするかハイブリッドにするかは、基本的には顧客の経済的な選択に委ねられますが、いずれの構成でも排出量は大幅に削減されます。
―モーターなどの他のコンポーネントは自社製ですか、外部調達ですか。
いいえ、私たちはモーターの製造は行っていません。モーターは造船所やシステムインテグレーターなどの専門パートナーから調達しています。
私たちのコア領域は、「エネルギー貯蔵」と「推進パワーシステム」です。発電機や陸上送電網から得た電力をバッテリーに蓄え、それをモーターに最適な形態のエネルギーへと変換する役割を担っています。自律運航システムや電力コンポーネントを軸に、必要に応じてパートナーと連携しながらシステム全体をパッケージとして提供しています。
―バッテリーをコンテナ化して扱うシステムについても教えてください。
コンテナ型バッテリーシステムは、創業初期に開発した私たちの最初のプロダクトです。AC(交流)とDC(直流)の両方の出力に対応しており、これが「バッテリースワッピング(バッテリー交換方式)」を可能にします。
港に到着した際、空になったコンテナ型バッテリーを取り外して陸上で充電し、代わりに充電済みのものを船に載せてすぐに出航する、という運用が可能です。船内の限られたスペースにバッテリーを固定設置するのが難しい船種でも、このコンテナ方式であれば、デッキ上のスペースを活用して大容量のバッテリーを搭載できます。
電源にバッテリーを選んだシンプルな理由
―水素やアンモニア、メタノールといった代替燃料と比較して、なぜ「バッテリー電動化」を選んだのでしょうか。
理由は極めてシンプルで、「経済合理性があるから」です。バッテリーは既存のディーゼルシステムにも容易に組み込むことができます。新造船でも既存船の改造(レトロフィット)でも、運航コストを下げながら排出量を削減し、確実にプラスの投資回収(ペイバック)をもたらします。
一方で、アンモニアやメタノールなどの低炭素液体燃料は、現時点では化石燃料よりも高コストです。私たちは顧客のコストを増やすのではなく、より利益を上げられる製品を提供したいと考えています。
ただし、将来的にそれらの代替燃料が普及したとしても、私たちのハイブリッド推進技術の価値は変わりません。高価なクリーン燃料を使用する船こそ、バッテリーと組み合わせることで劇的な燃費向上メリットを享受できるからです。燃料がディーゼルであれ、未来の低炭素燃料であれ、フリートゼロは常に有利なポジションを維持できます。
―他の海洋バッテリーメーカーと比較した、独自の強みはどこにありますか。
市場には他にも海洋用バッテリーは存在しますが、私たちは自分たちを単なる「バッテリーメーカー」だとは定義していません。私たちは「商用海洋技術の会社」であり、自律航行やパワーシステムなど、バッテリーの枠をはるかに超えた包括的なプロダクト群を展開しています。
そのため、直接的な競合がいるとは考えていません。私たちが真に競い合っているのは、変化を拒む「現状維持(ステイタス・クオ)」という業界の慣習そのものです。
―これまでの実績や顧客の成功事例について教えてください。
創業当初、私たちは「Pacific Joule(パシフィック・ジュール)」という休航中だった実際の船舶を購入し、自ら復活させました。そこに自社の初期型バッテリーと自律航行システムを搭載して実際に稼働させ、チャーター船として運用したのちに売却するという実績を作ったのです。
この成功を経て、現在の「Leviathan」システムの開発に移行しました。公表できる最初の商用デプロイメントとして、世界有数のタンカーオペレーターであるAET(マレーシア海運大手MISC傘下)との共同プロジェクトが進行中です。今年8月から9月にかけて、この電動化船舶を水に浮かべる予定です。まだお伝えできない非公開のプロジェクトも数多く控えており、今後の発表を楽しみにしていてほしいです。
Image : Fleetzero 休航中だった「Pacific Joule」を購入し、自社製バッテリーなどを搭載して復活させた。
シナジーの高い自律航行技術も開発
―バッテリー技術だけでなく、自律航行技術の開発にも注力している理由はどこにありますか。
「遠隔操作・自律航行」と「電動化」は、極めてシナジーが高いテクノロジーだからです。
電気自動車がそうであるように、バッテリー駆動の船はディーゼル船に比べて動く部品が圧倒的に少なく、船上での定期メンテナンスを劇的に減らすことができます。つまり、完全電動化されていれば、人間の手による船上での介入なしに長距離を自律航行させることが可能になるのです。これによって、これまではアクセスが難しかった未開の貨物エリアや、人間にとって危険な海域への運航といった、新たなビジネスの可能性が拓かれます。
私たちが描く自律化のビジョンは、AIやロボットだけで完結するものではありません。「人間の乗組員を常にループ(管理体制)の中に残すこと」を核心としています。テクノロジーによって乗組員の働く場所を「危険な船上」から「安全な陸上」へとシフトさせる。これが私たちの考える、電動化・遠隔操作・自律航行の交差点にある未来のフロンティアです。
―直近の会社の成長状況を教えてください。2026年1月に新しい施設ができたようですね。
この1年間で、チームの規模は2倍へと拡大しました。今年から新世代システム「Leviathan II」の本格的な商業化を開始したこともあり、売上は指数関数的な成長軌道に乗っています。
現在、コアとなるエンジニアチームは正社員と契約社員を合わせて40〜50名ほどですが、造船所などのプロジェクト現場では、私たちのために何百人ものスタッフが動いています。会社の成長速度が速すぎるため、現在のヒューストンのオフィスに移転するまでに、わずか4年間で5回も建物を引っ越したほどです。
Image : Fleetzero
商船三井のCVCも2024年に出資
―商船三井のCVCであるMOL PLUSも御社に出資していますね。日本市場をどう見ていますか。
日本市場には非常に大きな期待を寄せています。MOL(商船三井)は私たちにとって最高の投資家であり、戦略的パートナーです。
海運のバリューチェーンにおいて、アジア、特に日本は造船の中心地であり、海上交通の要所でもあります。太平洋という広大な海を舞台にした貨物輸送において、アジア市場の重要性は言うまでもありません。また、アメリカに比べて、日本やアジアの人々は港湾都市や日々の生活を通じて、海運という産業をより身近に、高い意識を持って捉えていると感じます。
私たちは、日本を含むアジア全域でのプレゼンスを急速に強化していく方針です。
―アジア・日本市場の特性について、どんな印象を持っていますか。
アジアは今や造船の中心地です。船の生産拠点・交通量ともにアジアが非常に重要です。太平洋は大きな海で、移動させるべき貨物も多い。アメリカと比べて、アジアでは海運という産業が身近に感じられていると思います。港湾都市が多く、人々が産業と近い距離で暮らしている。ヨーロッパも重要ですが、海運はその性質上グローバルです。私たちもアジアと米国の両方でプレゼンスを構築していきます。
―日本のビジネスリーダーや潜在的なパートナーへのメッセージをお願いします。
私たちは日本市場での関係性をさらに深めたいと考えており、「日本の造船所」「システムインテグレーター」「船主(シップオーナー)」の皆様との連携を模索しています。これらは船を市場に送り出すバリューチェーンのすべてを担う、極めて重要なステークホルダーです。
数週間後には、共同創業者のマイク・カーターがアジアを訪問し、現地での新たな関係構築をスタートさせます。私たちの技術やビジョンに少しでも関心を持っていただける企業様がいらっしゃれば、どのような立場からでも大歓迎です。ぜひお気軽にコンタクトをいただき、皆様のビジネスの課題をどのように解決できるか、共に未来を探らせてください。