AIが進化し、メガネ型のARデバイスや、専用メガネなしで立体的に見える3Dディスプレイ技術が身近になりつつある。これらの次世代デバイスを実現するには、光を制御するための「ナノスケールの小さなデコボコ」を、光学基板の表面に精密に刻印するナノインプリント技術が不可欠だ。

しかし、従来のナノインプリント技術は半導体向けのウエハー単位の処理を前提としており、ARグラスなどに求められるサイズのガラス基板への一括転写は極めて難しい。その結果、優れたプロトタイプは存在しても、「商用レベルでの量産」という高い障壁が立ちはだかってきた。

この壁を打ち破ろうとしているのが、オランダのMorphotonics(モルフォトニクス)だ。同社は「硬い金型」ではなく、ローラーに「柔軟なスタンプ(型)」を装着して密着させる独自手法により、従来技術では不可能だった「大面積化」と「ナノレベルの超精密加工」の両立を実現。他社のシステムを凌ぐスピードで、次世代部品の量産を可能にしており、すでに米国やアジアのメーカーへの納品実績も積み重ねている。

フィリップスの照明事業やダウ・コーニングなどで要職を歴任し、2024年後半にCEOへ就任したウーゴ・ダ・シルバ(Hugo da Silva)氏に、ARデバイスの「見えないインフラ」を担うモルフォトニクスの挑戦について話を聞いた。


目次
ARグラスの必須パーツは量産が「壁」だった
モルフォトニクスが提供する3種の製品群
なぜ、スタートアップCEOへの転身を選んだのか
応用範囲が広い技術こそ、リソースを集中させる
「微細加工」「AR分野」 日本企業とのシナジー期待

ARグラスの必須パーツは量産が「壁」だった

―モルフォトニクスが解決しようとしている課題を教えてください。

 AIがコンテンツをリアルタイムで2Dから3Dへ変換できるようになり、裸眼3Dディスプレイの需要が急増しています。また、ARスマートグラスを一般的なメガネのサイズまで小型化する上で、映像を伝送する「ウェーブガイド(導波路)」方式の採用が主流となりつつあります。

 この方式を実現する光学素子の表面には、ナノスケールの微細構造が必要です。しかし、これまでは大型基板で高精度に作る手段がなく、「プロトタイプは作れても量産はできない」という状況が続いてきました。

 従来のナノインプリント技術は半導体向けのウエハー単位(円形)が前提であり、ディスプレイなどに求められる大型基板への対応は困難だったのです*。AIの進化に対し、製造インフラが追いついていないのです。私たちは、この「精度」と「スケーラビリティ」を両立させることで、AI時代のARデバイスの製造インフラを担おうとしています。

*液晶パネルや有機ELディスプレイ(OLED)の製造における第5世代ガラス基板「Gen5クラス」で、代表的なサイズが約1100×1300mm。2000年代前半に主流だった。その後、世代が上がるごとにガラス基板のサイズは大型化している。

Hugo da Silva
CEO
ブラジルのマッケンジー・プレスビテリアン大学で電子工学の修士号とMBAを取得。東芝とブラジルの家電大手Sempの合弁会社センプ東芝を経て、Philips Lighting(現Signify)へ。LED照明の立ち上げに携わり、Dow Corning(現Dow Chemical)ではディスプレイおよび太陽光パネル向け光学材料の新規事業を牽引。オランダの化学メーカーDSMでは3Dプリンティング事業の立ち上げに携わり、同事業を同業Covestroに買収された後も経営幹部として統合・売却プロセスを主導した。産業向け3DプリンターのStratasysで事業戦略責任者を経て、2024年10月にMorphotonicsのCEOに就任。

―独自の「R2P式ナノインプリント」の仕組みを教えてください。

 ロールに巻かれた柔軟なスタンプ(型)を使用する技術です。基板にUV樹脂を塗り、スタンプを押し当てながら紫外線を照射して硬化させることで、ナノ構造を転写します。

 ウエハー式の装置が1枚ずつ処理するのに対し、私たちのロール方式は大面積の基板を連続的に処理できるのが特長です。そのため、大型デバイスや複数のウエハーを並べた一括処理が可能となります。日本のLED製造で一般的な「圧縮成形」に似ていますが、硬い金型ではなく「柔軟なスタンプ」を使うことで大面積化と高精度を両立させているのが最大の特徴です。

モルフォトニクスが提供する3種の製品群

―御社には3つの製品ラインがあると伺っています。それぞれの特徴を教えてください。

 顧客の製造規模や用途に合わせて、以下の3機種を展開しています。

  • Portis(ポルティス): 半自動タイプで、Gen3(550×650mm程度)からGen5サイズまで対応。基板の搬送は手動ですが、各工程は自動化されており、試作や小ロット生産に最適です。
  • Aurora(オーロラ): Gen5専用の完全自動機です。大型ディスプレイの量産ラインに組み込むことを前提に設計されています。加熱ステップの有無など、顧客の要件に合わせてモジュールの組み替えが可能です。
  • Cypris(キプリス): Gen3に対応した完全自動の最新機で、ARスマートグラス向けの導波路製造に特化しています。インクジェット方式の樹脂塗布を採用しているのが特徴で、極めて高い精度を実現しました。1台で年間600万〜800万枚の導波路を生産可能で、従来比で約10倍の生産能力を誇ります。

Image : Morphotonics ARスマートグラス向け光学部品の量産を実現した「Cypris」

―具体的な導入事例はありますか。

 秘密保持契約(NDA)のため多くは明かせませんが、米国のLeia(レイア)社とは公表可能な提携関係にあります。彼らは3Dディスプレイの受託製造業者で、Portisの導入から始まり、現在はAuroraによる完全自動量産を行っています。

 また、AR導波路分野ではすでに米国企業1社が当社装置で量産を開始しています。最新のCyprisについても、アジアの受託製造業者から初号機を受注しており、大手米国ブランド向けの製品製造を担う予定です。そのほか、韓国や中国の大手テレビメーカーでも、当社の装置で作られた製品がすでに市場に出回っています。

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なぜ、スタートアップCEOへの転身を選んだのか

―これまでのご経歴とモルフォトニクスに参画した経緯を教えてください。

 ブラジルで育ち、電子工学のエンジニアとしてキャリアをスタートしました。実は、最初の職場は東芝がブラジルの家電メーカーと立ち上げた、テレビ事業などを手がける合弁会社でした。その後、フィリップス・ライティング(現シグニファイ)へ移り、ブラジルとオランダを拠点に製品・マーケティング・営業など多岐にわたる役職を10年ほど経験しました。特にオランダでLED照明の立ち上げに携われたことは、私のキャリアにおける大きな転機となりました。

 次の転機は、ダウ・コーニング(現在はダウ傘下のダウ・ケミカル)への移籍です。ディスプレイや太陽光パネル向けの光学材料事業をゼロから立ち上げるためでした。当時は日本との縁も深く、東レとの合弁会社である「ダウ・コーニング東レ」の開発チームと頻繁に連携しながら、7年間にわたり事業を牽引しました。その後はDSMで3Dプリンティング事業を構築し、事業売却を経てストラタシス(Stratasys)のVPとして戦略やM&A、投資、スタートアップへの目利きを経験しました。

 モルフォトニクスへ招かれたのは、技術主導の創業チームが会社をスケールさせるにあたり、商業的かつ国際的な経験を持つリーダーが必要とされたからです。私自身、就任前には技術の可能性や市場性を徹底的に精査しました。AIデバイス市場が急速に拡大するなか、同社の技術が不可欠な製造インフラになると確信し、2024年10月にCEOに就任しました。

―創業者のお2人(CTOのJan Matthijs ter Meulen氏、CDOのBram Titulaer氏)はどのような背景の方々ですか。

 2人はフィリップスのコンパクトディスク(CD)事業の出身です。CDの製造にはデータを読み取るためのナノスケールの光学構造が必要で、彼らはそこで培ったナノインプリントリソグラフィの深い専門知識を持ち寄り、2014年にモルフォトニクスを立ち上げました。

 当初は太陽光パネルやスマートウィンドウへの応用から始まりましたが、現在はディスプレイ製造へと軸足を移しています。創業から10年以上が経ちますが、今も2人がR&D領域を率いて、技術の核を守り続けています。私が招かれたのは、この強固な技術基盤の上に、商業的な推進力を加えるためです。

応用範囲が広い技術こそ、リソースを集中させる

―CEO就任以降、ビジネスはどのように変化しましたか。

 就任して最初に着手したのは、事業のフォーカスを絞ることでした。ナノインプリント技術は応用範囲が広い反面、リソースが分散しがちです。そこで私は、「AIスマートグラス」「先進スクリーン(裸眼3Dスクリーン)」の2点に開発とリソースを集中させました。

 同時に、手薄だった営業・マーケティング部門の強化にも注力しました。2025年には中国オフィスを開設し、米国でも専門チームを立ち上げています。これらの施策が功を奏し、2025年の売上は過去最高を更新し、前年比で3〜4倍という飛躍的な成長を遂げました。

 また、装置を所有する受託製造業者のネットワーク整備も進めています。現在はシンガポールとドイツに拠点があり、米国とも交渉中です。自社で装置を導入する規模に満たない顧客でも、このネットワークを通じて私たちの技術を利用できる体制を整えています。

―2026年の最重要ミッションは何でしょうか。

 新型機「Cypris」の量産出荷です。すでに試験量産機の受注は完了しており、現在は開発の最終段階にあります。年内に数社への出荷を完了させ、2027年からの本格的な量産立ち上げにつなげるのが目標です。

 資金面については、2026年4〜5月に「シリーズB」ラウンドの追加クローズを発表する予定です。これにより、今後1〜2年の事業拡大に必要な資本を確保できる見通しです。

Image : Morphotonics 商品紹介ページ

「微細加工」「AR分野」 日本企業とのシナジー期待

―日本市場についての戦略はいかがでしょうか。

 日本は極めて重要な市場です。まず、導波路に必要な高屈折率基板の主要サプライヤーや、インプリント用樹脂を供給する材料メーカーが日本に集結しており、すでに深い連携が始まっています。

 また、投資やM&Aの観点でも日本企業には注目しています。微細加工やAR分野への参入を目指す日本の大手装置メーカーとは、強いシナジーが期待できるはずです。将来的なアジア展開を見据え、近い将来、日本に常駐スタッフを置くことも検討しています。

―5年後、10年後のモルフォトニクスはどのような姿を描いていますか。

 今後3年間は、AR導波路市場の成長に全力を注ぎます。Metaが発表した予測によると、ARグラスの市場は2030年に1億台規模に達します。これには少なくとも2億枚の導波路が必要であり、莫大な需要が生まれます。

 高精度と量産性をこれほど高いレベルで両立できる装置を持つ企業は、世界でも私たちだけだと自負しています。ARグラスが日常のデバイスとなる未来において、私たちはその不可欠な「製造インフラのリーダー」でありたいと考えています。



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