「プライベートジェット」とも呼ばれるビジネス航空機は、旅客1人あたりのCO2排出量が一般フライトの10倍に達すると言われる。電動化への期待が高まるなか、長距離飛行が求められるこの領域では、重量の重いバッテリーだけでは対応が難しい。
この難題に、フランス南部トゥールーズを拠点とするBeyond Aero(ビヨンド・エアロ)が挑んでいる。開発中の「BYA-I One」は、燃料電池を動力源とする6人乗りビジネスジェットで、排出するのは水だけという「究極のゼロエミッション」を掲げる。
機体を白紙から再設計することで、水素燃料の課題を克服した独自アーキテクチャーは37件の特許を生み出し、購入意向書(LOI)の総額はすでに15億ドルを突破。2024年2月にはフランス初となる有人飛行も成功させた。航空工学と起業を学んだ若きCEO、エロア・ギヨタン(Eloa Guillotin)氏に、技術の核心と、水素を国家戦略に掲げる日本との連携の可能性を聞いた。
目次
・水素航空機に商機を見出した理由
・水素タンクを中心に機体をゼロから設計
・欧州大手ルクスアビエーションと提携
・3つのハードル「認証」「資金」「インフラ」
・日本市場に見る3つの接点
水素航空機に商機を見出した理由
―ご自身の経歴と、ビヨンド・エアロを共同創業した経緯を教えてください。
私は航空エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、学生時代から複数のスタートアップを立ち上げてきました。起業家としての地盤はありましたが、決定的な転機となったのはコロナ禍です。
パンデミックによる停滞は、航空市場の現状を問い直す大きなリセットの時間となりました 。航空への情熱を未来へ繋げるため、共同創業者のユゴ(Hugo Tarlé:COO)とバランタン(Valentin Chomel:CSO)の3人で議論を重ね、「電動航空機の技術はすでに成熟している」という結論に達したんです。
唯一の障壁は、航空機には重すぎるリチウムバッテリーでした。そこで私たちは「燃料電池」を選んだのです。
2021年7月に最初のプレシードラウンドを実施し、ビジネス航空の脱炭素という未開拓の領域への挑戦が始まりました。
―ビヨンド・エアロが解決を目指す課題を教えてください。
ビジネス航空の運航会社は、高額な燃料費とメンテナンスコストによる極めて低い利益率に悩まされています。
電動パワートレインを採用すれば、燃焼室がなくなり部品点数が大幅に削減されるため、メンテナンス負荷が劇的に下がります。水素の価格も、航続距離や旅客数ベースで換算すれば従来の燃料より安価です。
私たちが追求するのは、経済性と環境性の両立です。さらに、電動ならではの静粛性と、従来機より広いキャビンによる快適なユーザー体験も提供します。年間300億ドル規模のビジネス航空市場において、まだ電動化が届いていないこのセグメントには大きなチャンスがあると確信しています。
水素タンクを中心に機体をゼロから設計
―開発中のBYA-I Oneとはどのような機体ですか。テクノロジーやアーキテクチャーについて教えてください。
「BYA-I One」は、6名の乗客を乗せて800海里(約1,500km)を飛行する、世界初の水素電気ビジネスジェットです。安全性を確保するため、2系統の独立した推進システムを搭載し、それぞれを燃料電池で駆動します。700バールで圧縮した気体水素を燃料とし、排出するのは水だけです。
私たちの強みは推進システムそのものではなく、水素タンクを中心に機体そのものをゼロから設計し直した「機体アーキテクチャー」にあります。水素はエネルギー密度が高い一方で、タンクの重量と容積が課題となります。その壁を乗り越えるために白紙の状態から設計したことで(クリーンシート設計)、システムとフレームの統合などに関する37件の特許が生まれました。
この航続距離を実現できる水素航空機は、現在世界で私たちだけだと自負しています。また、あえて液体水素ではなく気体水素のグローバルスタンダード(700バール)を採用したことで、トラックや船舶など既存の水素インフラを活用でき、給油も容易になります。
Image : Beyond Aero Refueling
―他社の水素航空機との違いはどこにありますか。
エアバスのような商用大型機や、既存の機体を改造(レトロフィット)するアプローチとは、ターゲットとする市場も顧客も異なります。
ビジネス航空という特定のセグメントで、水素航空機をゼロから設計しているのは当社だけではないでしょうか。
欧州大手ルクスアビエーションと提携
―2026年4月、ルクスアビエーション(Luxaviation)をローンチオペレーター(新機種の初期運航会社)に起用されましたね。
欧州を代表する運航会社である彼らと提携した狙いは、実際の運航要件を設計段階から取り込むためです。メンテナンス計画や水素の給油手順など、実運用に必要な基準をあらかじめ製品に反映できます。
就航予定の英国のロンドン、フランスのパリやニース、スイスのジュネーブなどは、彼らがすでにカバーしている主要市場と重なります。欧州最大級のビジネス航空拠点であるパリ近郊のル・ブルジェ空港に拠点を構えられることも、大きな利点です。
―購入意向書(LOI)の総額は15億ドルを超えています。どのような顧客が関心を持っているのでしょうか。
具体的な名前は公表できませんが、法人、複数の機体を所有するフリートオーナー、そして個人顧客など、ビジネスジェット市場の実態を反映した多様な層から支持を得ています。
顧客の中には、毎月のワークショップに参加して設計プロセスに意見を出すなど、最初の運航者になることを強く望んでいる方々もいます。彼らは水素航空機がパイロットや整備担当者にどのような影響を与えるか、その変化を共に学びたいと考えています。
Image : Beyond Aero
―ビジネスモデルを教えてください。
設計・テスト・認証・販売という、航空機メーカーとして極めてオーソドックスなモデルです。機体の販売に加え、周辺サービスも収益の柱となります。
私たちは専用の「テストセンター」を保有していますが、ここは研究室ではなく、サプライヤーから届くシステムを統合し、認証のためのテストを繰り返す実戦的な場として機能しています。
3つのハードル「認証」「資金」「インフラ」
―メンテナンス面での効率性が高いとおっしゃっていました。ジェットエンジンよりはシンプルだからということでしょうか。何か比較する指標はありますか。
具体的な数値は、サプライヤーとの協議が続いているため公表できません。ただ、電動パワートレインには構造的な強みがあります。可動部品は従来の内燃機関と比べて約90%少なくなります。燃焼室がなく、高温部品も大幅に減ります。洗浄回数が少なく、地上整備の時間も短縮できるでしょう。電気自動車で起きているのと同じ現象が、航空機でも起きると考えればわかりやすいと思います。
―今後の認証に向けた重要な課題と、最大のリスクはどのように考えていらっしゃいますか。
現在、予備設計審査(PDR)を完了したところです。ここから詳細設計フェーズへ進み、飛行テスト、認証取得、そして納入へと続く道のりです。具体的なスケジュールは投資家やチーム向けの情報のため非公開ですが、認証フェーズを着実にたどっています。
最大のリスクは2つあります。ひとつは認証当局との歩調合わせです。難しいのは内容よりタイミングで、適切に合意できると確信しています。もうひとつは資金調達。まだ収益が発生しない段階で、資金が途絶えれば遅延につながります。この2点が最大のリスクです。
―空港での水素エネルギーインフラはまだ整っていないと思いますが、解決に向けてどのような動きがありますか。
私たちは気体水素を使う航空機としては最小クラスです。液体水素を使わないため、給油設備がはるかにシンプルになります。先ほども説明しましたが、700バールは重型トラックや鉄道、船舶と共通の規格です。既存の水素供給拠点に接続できます。
ただし、空港には水素機専用のインフラ・安全フレームワークが必要ですが、現時点ではまだ存在していません。私たちはすでに欧州の複数の空港と協議を進めており、公表済みの取り組みとしては、シャルルドゴール空港やオルリー空港を運営するADPグループとのパートナーシップがあります。安全ゾーンの設計から700バール対応コンプレッサーの仕様まで、具体的な検討が進んでいます。また、航続距離が十分にあるため、欧州の都市間を往復しても、主要空港でのみ給油するといったオペレーションも現実的です。試算では欧州に7つの水素ステーションを適切に配置すれば、路線の80%をカバーできます。
Image : Beyond Aero BYA_One
日本市場に見る3つの接点
―日本は水素を国家戦略の柱の一つとしています。日本市場や日本企業との連携についてどのようにお考えですか。
3つの切り口があります。1つ目はサプライチェーン。タンクや燃料電池だけでなく、冷却システムや空気供給に至る補助部品全体で、日本には世界水準の技術が蓄積されており、積極的に対話を進めたいと考えています。2つ目は市場ですね。日本国内だけでは規模が限られますが、アジア全体を視野に入れると十分に魅力的で、現地の運航パートナーとの協業も選択肢の一つです。3つ目はインフラになります。主要な空港をハブに3箇所の水素ステーションが整えば、日本での運航への道が開けるでしょう。日本企業とはすでに対話が始まっています。
―日本企業や日本市場についての印象を教えてください。
日本企業の多くが、自動車産業で培った技術を航空分野で認証取得したいと考えています。ただし、技術そのものは共通していても、航空の認証要件は自動車とは別物です。自動車系サプライヤーが航空分野への足がかりを探しているとき、私たちとの協業が一つの答えになりうると考えています。そこで非常に良い協力関係が生まれています。
―10年後のビヨンド・エアロはどのような姿を描いていますか。
ライトジェットの認証は最大6〜10年ですが、かなり早く達成できると見ています。取得後は次世代の燃料電池やタンクの進化に合わせて性能を引き上げ、さらに大型機への展開も視野に入れています。6人乗りのライトジェットから始めたのは、市場ニーズが明確で、技術の成熟度が出力の観点から適切で、小型機の方が認証取得がシンプルだからです。当然そこからのスケールアップへの意欲は十分にあります。
―最後に、日本の潜在的なパートナーや投資家へのメッセージをいただけますか。
私たちはすべての方にオープンです。サプライチェーン、インフラ、投資家、どのような立場の方々も歓迎します。アジアにおける水素の航空認証という分野でも、知見を共有しながら協働していきたいと考えています。電動航空に関心を持つすべての方、ぜひ私たちにご連絡ください。