これまでのワイヤレス通信は、固定の基地局から全方向へ電波をばら撒くスタイルが主流だった。しかし現在、宇宙空間の人工衛星から必要な相手へピンポイントに細いビームを届ける「指向性通信」の実現が、いよいよ現実味を帯びてきている。

だが、そこにはかねてからの難題が立ちはだかる。地球の軌道上にはすでに万単位の人工衛星が周回しており、NASAやJAXA、軍用ネットワーク、民間企業などがそれぞれ独自の仕様でネットワークを構築していることだ。さらに衛星は高速で動き続け、方向や周波数を一瞬で変えられるため、接続の組み合わせは数十億通りを超えて無限に広がる。

この複雑すぎて人間の手に負えなかった「解けないパズル」を、AIを用いた強力な脳で解決したのが、米カリフォルニア拠点のAalyria(アーリリア)だ。

彼らが社会実装を進めるのは、Googleが10年以上の歳月と巨額の投資を投じた通信プロジェクトの結晶。2022年にその研究を引き継ぐ形で設立され、当初から本番環境でのテスト実績を持つ圧倒的な先行優位性が強みだ。

現実世界の厳しい気象条件や分断のなかで、数十年来の難題をいかにして成立させたのか。同社CTOのブライアン・バリット(Brian Barritt)氏に、未来の宇宙・地球横断型インフラの全貌を聞いた。


目次
理想の通信を阻む「遮断」と「移動」の壁
Spacetime:動き続けるネットワーク制御する「頭脳」
Tightbeam:電波の常識を覆す「超高速レーザー通信」
他社が真似できない「知能」と「技術」の集大成
災害対策でも活きるアーリリアの技術
「誰もが自由にネットワークを作れる」世界へ

理想の通信を阻む「遮断」と「移動」の壁

―アーリリアが解決しようとしている「ワイヤレスネットワークの限界」とは何でしょうか。

 これまでの通信は、基地局から全方向へ電波をばらまくスタイルでした。この方法はシンプルで安定している一方、距離が伸びるほど速度が落ち、電力効率も悪く、さらに傍受や妨害にも弱いという構造的な弱点を抱えています。

 こうした課題は、最近になって急に出てきたものではありません。もともと航空宇宙や防衛の分野では、陸・海・空・宇宙をまたいでネットワークをつなぐ試みが何十年も続いてきました。四方八方に電波をばらまくのではなく、必要な相手に細いビームを届ける「指向性」のある通信が理想的だと考えられていましたが、多くの壁に阻まれていた状態でした。

Image : Aalyria earth-and-lunar-network

―具体的にどのような障壁があるのでしょうか?

 まず「物理的な遮断」です。指向性ビームは一直線に進むため、山や建物だけでなく、雲や雨、霧といった気象条件でも通信が途切れてしまいます。さらに、ネットワーク自体が常に動いていることも問題を難しくしています。衛星や航空機が高速で位置を変え続ける中で、「どの方向にビームを向けるか」を一瞬で判断しなければなりません。

―膨大な選択肢のなかからどれを選ぶのか、という問題もあるのですね。

 その通りです。数万の衛星がそれぞれ複数のビームを持ち、方向や周波数を調整できるため、組み合わせはほぼ無限。この中から最適な状態をリアルタイムで選ぶのは、もはや人間の手に負える領域ではありません。異なるネットワーク同士が連携できないという「分断」も、この複雑さをさらに増長させています。

Brian Barritt
Co-Founder & CTO
米ケース・ウェスタン・リザーブ大学で計算機科学の博士号を持つ、動的なネットワーク制御の専門家。Google在籍時に気球や衛星を用いた通信プロジェクト(Project Loonなど)の技術開発をリードし、その成果を社会に広く実装すべく2022年にAalyriaを設立。ソフトウェアとハードウェアの両面から次世代通信のスタンダード構築を推進している。

Spacetime:動き続けるネットワーク制御する「頭脳」

―現在、宇宙空間にはどれくらいの衛星が存在しているのでしょうか?

 地球の軌道上には約1万5,000機もの衛星が周回しています。しかし、これらの衛星は異なるネットワーク同士のため、相互接続できないという問題があります。例えばNASA、SpaceXのStarlink、JAXA(宇宙航空研究開発機構)やESA(欧州宇宙機関)。これらを連携させようとしても、周波数や軌道、通信仕様がすべて個別の仕様で設計されているため、会話することすらできないのです。

―その複雑な問題を解決するのが、ソフトウエアの「Spacetime」なのですね。

 はい。Spacetimeは、絶えず動き続ける衛星や無線機などのインフラの中で「どことどこを繋ぐべきか?」を瞬時に判断する、ネットワークの頭脳です。「汎用的なOS」として設計されているので、どんなネットワークも同じ仕組みで動かし、相互に会話させることができす。

 一部の組織では、すでに日々の運用にSpacetimeが使われていますが、独自システムを採用している組織も多いため、私たちは完全にオープンなAPIを公開しました。これによって、異なるシステム同士でも相互接続が可能になります。この取り組みは、米国防省傘下の国防イノベーションユニット(DIU)の「ハイブリッド・スペース・アーキテクチャ」という構想でも強く支援されています。

―絶えず動き続ける通信インフラ同士を接続しているのですか?

「雨や雲による通信の減衰」や「衛星の軌道計算」といった計算自体は、従来のCPUやGPUでも処理できますが、本当に難しいのはその先です。現在の衛星ネットワークでは、衛星がそれぞれ数十のビームを持ち、指向性、出力、周波数、帯域などを一瞬で変更できます。この組み合わせは「数十億通り」を超えます。

 SpacetimeはAIを使って、その無限に近い選択肢の中から「ほぼ最適な解」を高速に見つけ出します。また衛星が故障したり攻撃を受けたりした場合でも、システムが自動でネットワークを再構成し、通信を維持することができます。

 この「止まらない知能」こそが、Spacetimeの核心です。

Image : Aalyria Spacetime-LEO-desktop-downsample

Tightbeam:電波の常識を覆す「超高速レーザー通信」

―もう一つの柱である「Tightbeam」は、どのような役割を担うのですか?

 Tightbeam(タイトビーム)は、レーザー通信デバイス、つまり「光」を使ってデータを送る装置です。装置の中心には傾きや回転を制御する「ジンバル」という高精度な機構があり、地上・空・海のあらゆる移動体を正確に追尾します。

 これにより、100Gbpsという圧倒的な大容量データを200km以上の長距離で飛ばすことが可能になります。レーザーは特定の相手にエネルギーを集中させるため、速度が速いだけでなく、傍受されにくいというメリットも備えています。

―なぜ今、そこまで高速で大容量のレーザー通信が必要とされているのですか?

 現在、地球観測やレーダー画像などのデータは高精度化しています。しかし、これらを地上に戻すための「通信容量」が最大のボトルネックです。

 例えば、40機の衛星に対して地上局が1つしかなければ、必要な容量は40倍に跳ね上がります。データを間引くのではなく、通信そのものを強化して大容量データをそのまま送り届けることが私たちの狙いです。

―光を使ったレーザー通信は、大気中での利用が難しいとされていますが、どう解決しているのでしょうか?

 たしかに、レーザー通信は大気中では霧や雨、嵐といったものに光が遮られてしまいます。そこで私たちは「宇宙と地上の接続」を最適化するアプローチを採っています。たとえある地点が嵐でも、地球上のどこかは必ず晴れています。複数の地上局を持ち、衛星側で接続先を瞬時に切り替えることで、常に安定した通信を維持するのです。

―「Spacetime」と「Tightbeam」を組み合わせるということですね。

 その通り。通信(ハード)とネットワーク制御(ソフト)は切り離せない関係にあります。Spacetimeという強力な「脳」があるからこそ、Tightbeamという「高速な通信」が現実の環境でも初めて機能するのです。

Image : Aalyria gimbal(ジンバル)

他社が真似できない「知能」と「技術」の集大成

―開発で最も困難だった点について教えてください。

「Spacetime」の開発における最大の壁は、あらゆるメーカーの機器を一つの仕組みで動かす「汎用性」でした。これを実現するには、通信という複雑な物理現象を数式レベルで理解し、ソフトウエアとして再構築できる極めて高度な知能が必要でした。

―チーム体制についても伺えますか?

 私たちのチームは、顧客の課題を翻訳する「ソリューションアーキテクト」と、それを形にする「ソフトウエアエンジニア」で構成されています。

 特筆すべきは、エンジニアの採用基準です。業界の知識よりも、まずは「圧倒的に優秀であること」を最優先にしています。専門知識は後から補えますが、複雑な物理問題をソフトウエアで解決する本質的な知能は、何にも代えがたいからです。

災害対策でも活きるアーリリアの技術

―地震などの自然災害が多い日本において、アーリリアの技術はどう役立ちますか?

 日本市場、特に災害対策は私たちにとって非常に重要な領域です。例えば、大きな地震で地上の基地局が倒壊してしまっても、私たちの技術があれば、数秒以内に宇宙の衛星からそのエリアへ直接電波を届けるよう指示を出せます。地上のインフラが途切れた瞬間に、空からのバックアップが自動で発動するイメージです。

―日本企業との具体的な連携についても教えてください。

 すでにSpace Compass(スペースコンパス)*や、JAXA(宇宙航空研究開発機構)といった組織に注目しています。また、通信キャリアとも、AIを活用した次世代ネットワークでの連携の可能性があります。防衛や災害救助、さらにはシステム全体を統合するパートナー(SIer)と共に、日本の通信インフラをより強靭にしていけたらと考えています。

*NTTとスカパーJSATの合弁会社。2022年設立。宇宙データセンター(宇宙における大容量通信・コンピューティング基盤)、宇宙RAN(Beyond5G/6Gにおけるコミュニケーション基盤)などの事業を手がける。

「誰もが自由にネットワークを作れる」世界へ

―今後のマイルストーンについて教えてください。

 まず1〜2年以内には、私たちのシステムを導入したお客様の衛星が宇宙で稼働し、実際の商用サービスが始まります。そして5〜7年後には、異なる会社や国のネットワーク同士が、余っている通信容量を自由に売り買いできる「マーケットプレイス」のような仕組みを実現したいと考えています。

―最後に、アーリリアが実現したい未来とは?

「通信の民主化」です。これまでは莫大な資金を持つ組織しかネットワークを作れませんでしたが、将来的には誰もが、自分の家や船、あるいはコミュニティのために、安全で超高速なネットワークを構築できる世界を目指しています。

「指向性」の通信が当たり前になれば、プライバシーが守られ、かつ今よりも圧倒的に速いネット環境がどこにいても手に入ります。私たちは、この「賢い脳」と「狙い撃つ技術」を通じて、地球上のどこにいても誰もがデジタルの恩恵を最大限に受けられる未来を作っていけたらと考えています。

Image : Aalyria HP



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