横浜でビル・ゲイツの講演を聞き、シリコンバレー行きを決めた
―まずEricさんのキャリアについてお聞きしてもいいですか。
自分について話すことはあまりありません、Zoomの話をしましょう。でも一つ、私がシリコンバレーを目指した理由をお話しします。仕事の関係で1994年に4ヶ月だけ横浜市に住んでいたことがあります。その時にビル・ゲイツが来日し、彼のスピーチを聞く機会がありました。私は、横浜で聞いた彼のスピーチに感銘を受け、インターネット革命の最初の波を見にシリコンバレーに行くことを決めたのです。
―シリコンバレーに行くには簡単ではなかったそうですね。Ericさんが労働ビザを申請して8回却下されたというエピソードは有名です。
実は、ビザが却下されてしまったのは文化的な誤解が原因です。ビザの審査官が私に名刺を見せるようにと依頼したのですが、その時たまたま私が持っていた名刺の肩書きは「ソフトウェアコンサルタント」でした。すると審査官は「あなたは外部契約のコンサルタントであって、フルタイムの従業員ではない」と決めつけ、入国を拒否したのです。その後も毎回違った理由で、私のビザの申請は却下されました。
そして忘れもしない、1997年8月9日。ビザの種類を変えて申請した9回目にして、とうとう私はビザを取得することができたのです。とても長い長い道のりでした。しかしこういった経験も無駄ではありません。私にとっては粘り強さを学ぶ、良い機会だったと思います。
14年間かけて作った製品が誰にも好かれていなかった
―GoogleやSkypeなど既存サービスが多く、競争が激しい市場に参入を決めたということは、当初から成功する自信があったのでしょうか。
正直に言います。成功する自信はありませんでした。
私は1997年から最初のエンジニアの一人としてWebExの開発を担当しました。そしてWebExがCiscoに買収された後、最終的に技術部門のVice Presidentを務めました。しかし当時、ユーザーにヒアリングをしたところ、WebExには誰も満足していないとわかったのです。
その時私が思ったのは「私がこの問題を作った」ということでした。そしてとても恥ずかしく思いました。自分が約14年間かけて作った製品が誰にも好かれていなかった。毎日会社へ行くのも嫌になるくらいでした。最初は問題を解決するため、WebExの再構築をCisco内で提案しました。しかし会社を説得することができず、Ciscoを去ることを決めたのです。
Ciscoを退職した後、私の目標はただ一つでした。それはカスタマーを幸せにするソリューションを提供することです。当時は、GoogleやMicrosoftのサービスを見ていませんでした。ビデオファーストのアーキテクチャ設計で、ユーザーの満足を得ることに邁進しました。これまでの成長の道のりにおいて、多くのプレイヤーと競合するようになりました。私たちは、懸命に努力し、イノベーションのスピードや企業文化でこの競争に勝とうとしています。しかし、最初から勝算があったわけではありません。
当初は、友人や投資家からも「競合の多い市場に参入するなんて」と言われましたし、「成功するわけがない」と、投資してくれるVCはいませんでした。でも、ユーザーはWebExに満足していないこと、加えて他のサービス利用者も同じように満足度が低いことがわかったので、この市場にはチャンスがあるという考えが変わることはありませんでした。
―Ciscoは顧客満足度には関心がなかったのですか。
そんなことはありません。Ciscoも顧客満足度を重視していますが、改善策を取らなくても製品は売れていたのです。また、当時のCiscoのコラボレーション戦略では、企業向けのソーシャルネットワーキングが最優先でしたから、WebExの再構築という私の提案が採用されることはありませんでした。
IPOはプロセスでしかない
―Zoomは大きな成功を収めました。その理由は何だと考えていますか。
一つには、私たちチームメンバーはZoomを始める何年も前からビデオ・Web会議システムに携わってきていますから、リアルタイムコラボレーションに精通していること。
二つ目は、カスタマーにHappinessを届けること「Care」を最重視するという企業文化を創業と共に確立したこと。
そして三つ目は、私たちは他のどの企業より努力していること。この三つ要素がカスタマーの信頼を獲得したのだと、私は本気で信じています。そして、NPS(Net Promoter Score)つまり顧客推奨度を最も大切にしているからこその結果だと考えています。
―IPO後の事業拡大についてどう考えていますか。
IPOはプロセスだと考えています。例えば、高校や大学の卒業式を経て上場企業という新しいキャンパスの新入生になったようなものです。小さいマイルストーンでしかありません。
私たちが最も大切にすべきことは、事業の拡大や増収ではなく、Zoomのカスタマー、製品そのもの、そして従業員です。そこからブレてはいけません。
ただ、事業拡大が第一目的ではないものの、事業拡大に対応できるサービスを初期段階から提供しています。事業を拡大するからサービスを改善するという考え方とは逆のアプローチです。また、Zoomではユーザーに対してだけでなく、社員同士がお互いを気遣いHappiness(幸せ、満足)をもたらすことを大切にしています。こうしたことも事業拡大において重要なことだと考えています。私はZoomが“The Best”なビデオ会議ツールだと思っています。思い上がっているように聞こえるかもしれませんが、そう言い切れるだけの努力を続けています。
―外国人がIPOを果たすまで企業を育て上げるのは簡単ではないと思います。
そんなことはありませんよ。シリコンバレーは世界的なイノベーションセンターというだけでなく、多様性を受け入れるという意味でも最高の場所です。上場または非上場企業の創設者の多くは、移民や移民二世です。私の友人も昨年IPOし成功していますが、彼はインドからの移民です。シリコンバレーで成功した外国人は沢山います。
ここでは、出身地は関係ありません。良いアイデアを持っている限り価値を提供することが可能です。辛抱強く努力を続ければいいのです。
シリコンバレーには、助け合う風土もあります。そして、成功した起業家がたくさんいます。彼らはとても親切で協力的です。私は助言を求め彼らに直接メールを書いたことがありますが、多くは返事をくれました。私も、アドバイスを求められれば可能な限り返事を返すようにしています。
ビデオ会議は将来的にはアジアでも定着する
―Ericさんは5年間で出張は8回しかしなかったそうですね。重要な商談も、すべてビデオ会議で済ませられるのですか?
そうですね。先日、上場セレモニーでニューヨークに行ったので、出張は5年間で9回のみでした。
5年前、私はZoomがもう十分に使えるサービスだと自分に言い聞かせたのです。もし私が頻繁に出張に行っていたら、それはサービスに問題があるということだと。
実は、これはちょうど出張をしない良い言い訳にもなっています(笑)。私には3人の子供がいますから、家族とたくさんの時間を過ごしたいのです。
―日本ではまだ直接会うことを好む傾向もあります。今後そのスタイルも変わっていくと考えていますか。
そうですね。現時点では、Zoomを使って実際に会った時のように握手することは不可能です。だからこそ、当社のビジョンは、ビデオ会議ツールを使うことによって、実際に会った時より良い体験を皆さんに提供することなのです。しかし、まだその域には達していません。
特にアジアでは実際に会って会話することや、お茶や食事を共にすることがはるかに好まれますが、社内コミュニケーションなどにZoomを使っている日本企業は既に多くあります。例えば、楽天、ソフトバンクやNECのように、日本に本社がありシリコンバレーにオフィスを持っている企業です。
また、シリコンバレーに本社があり日本に支社があるSlackなどの米国企業もZoomを使っています。企業内外のコミュニケーションツールは今後更に必要とされるでしょうし、移動時間を短縮できるビデオ会議ツールは今後より重宝されると考えています。
特に日本では来年のオリンピック開催期間中は都内で働く人々の多くは在宅勤務を余儀なくされるでしょうから、Zoomのようなソリューションが必要になるでしょう。
ZoomのWebサイトへのアクセスはアメリカからが一番多く、その次が日本からのアクセスです。三番目に多いのがインド、次が中国で、五番目がカナダ、六番目がイギリスです。
当社は、オーガニック・グロースをdouble down(倍賭け)する形で海外への進出を決定してきました。日本にも十分なオーガニック・グロースがあったからこそオフィスを設立しました。Zoomは日本ユーザーの信頼を得るに値するシステムだと自負しています。そして、日本でも必ず成功すると信じています。
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