AIでコードを書く速度が上がっても、ソフトウェア開発全体が速くなるとは限らない。コードを実行可能な形にする「ビルド」や、変更が正しく動くかを確かめるテストに時間がかかれば、そこで開発が滞る。並行して処理する作業が増えれば、インフラの利用コストも膨らむ。
こうした課題に取り組むのが、開発インフラを提供するNamespace Labs(ネームスペース・ラボ、以下ネームスペース)だ。ソフトウェアとサーバーの両方を自社で設計し、処理速度とコスト効率の向上を図る。Googleで9年間、検索やYouTubeなどを支えるプラットフォームの構築に携わった創業者兼CEOのヒューゴ・サントス(Hugo Santos)氏に、技術の特徴とAI時代の開発の変化、日本市場への展望を聞いた。
目次
・Googleで培った開発インフラの知見を広く届ける
・ソフトとハードを一体で設計し速度とコストを改善
・AIエージェントが変えるコード検証の仕組み
・顧客チームのもう一人のエンジニアとして支える
・日本での販売パートナーを求める
・品質と効率で信頼される開発基盤へ
Googleで培った開発インフラの知見を広く届ける
―これまでの経歴と、創業のきっかけを教えてください。
12歳で独学でプログラミングを始め、それ以来、ソフトウェアを作り続けてきました。Googleには9年間在籍し、検索やYouTubeなどのアプリケーションを支えるプラットフォームの構築に携わりました。現在はスイスのチューリッヒを拠点に、カリフォルニアにも頻繁に足を運んでいます。
Googleには優れた開発インフラがあります。そこで得た知見や仕組みを、ほかの企業にも届けたいと考えたことが創業のきっかけです。ソフトウェアを開発する企業が、望むスピードで開発を進められる基盤を提供したいと考えています。
―既存の開発環境には、どのような課題があるのでしょうか。
企業が新しい機能をユーザーに届けるには、エンジニアが開発し、正しく動くことを確かめる必要があります。その速度が企業の成長を左右しますが、既存のツールでは十分な性能が得られないことがあります。
例えば、100人、1,000人のエンジニアが同じプロジェクトに取り組む場合、ほかの人の変更内容を確認するまで、自分の作業を終えられない場面があります。1人の作業が速くなれば、周囲の待ち時間も減り、組織全体のスピードが上がります。
AIは、この課題をさらに際立たせています。1人のエンジニアが複数の変更を同時に進められるようになった分、処理の遅さがより大きな負担になるからです。
コストも問題です。お客様からは「AIで開発は速くなったが、支出が急増している」という声が寄せられています。AIの力を活用しながらコストも管理するには、インフラの在り方を見直す必要があると考えました。
ソフトとハードを一体で設計し速度とコストを改善
―ネームスペースは、その課題をどう解決していますか。
私たちは、高い性能そのものが製品の機能だと考えています。車に例えるなら、力強く動き、燃費も良いエンジンを提供するということです。
そのために、ソフトウェアだけでなくハードウェアも自社で設計しています。半導体そのものは設計していませんが、CPUやメモリ、ストレージの構成を決め、複数のサーバーが連携して動くシステムを作っています。自社で設計したサーバーラックをデータセンターに設置し、多くの処理を効率よく実行するソフトウェアと組み合わせています。
このように、ソフトとハードを一体で作る「垂直統合」によって、ビルドやテスト、シミュレーションといった用途に適したインフラを提供しています。
―導入によって、どの程度の改善が見られますか。
多くのお客様では、処理速度が2〜3倍になります。例えば、それまで20〜30分かかっていた処理が10分程度に短縮されます。一部には、30分から5分、あるいは3分になったケースもあります。
価格面では、従来比で50%の削減といった声をよく聞きます。米国のあるセキュリティ企業では、エンジニアが製品を気に入って導入した後、調達担当者が「より良い製品を従来の30%の価格で使えるのはなぜか」と驚いていました。
こうした改善は、ソフトウェア開発に適したインフラを設計し、その効率化の成果をお客様に還元しているからです。
―開発が速くなることは、事業にどう影響しますか。
ユーザーが求める機能を、より早く届けられるようになります。競合が次々と機能を投入しているのに、自社が同じ速度で動けなければ、機会を逃してしまいます。
障害への対応でも速度は重要です。修正したコードは、ビルドしてテストを済ませてからユーザーに届けなければなりません。ネームスペースを利用するフィンテック企業では、この工程を速く進められることが、迅速な障害対応につながっています。
Image : Namespace Labs HP
―導入時に、普段使うツールや開発手順を大きく変える必要はありますか。
開発の進め方を大きく変えずに利用できることを重視しています。Docker、Bazel、Xcode、Gradleなど、広く使われている開発ツールに標準で対応し、それらを高速に動かす環境を提供しています。
用意された機能を使うだけでなく、ネームスペースのインフラ上で、お客様自身が独自の仕組みや社内ツールを構築することもできます。
ソフトウェアを開発する企業であれば幅広く役立てられますが、特に多くのエンジニアを抱える企業や、規模は小さくても素早く開発を進めたい企業で効果が出ています。
AIエージェントが変えるコード検証の仕組み
―「CI/CD*は死んだ。エージェントにはコンピューターが必要だ」という主張には、どのような意図がありますか。
少し挑発的な表現ですが、伝えたいのは、AIエージェントによってソフトウェア開発のコスト構造が変わるということです。
これまでは、人間のエンジニアが開発の速度を決めていました。AIエージェントによる開発では、複数の変更を並行して扱うための計算資源や実行環境を、どれだけ使えるかが重要になります。
コードの変更を検証するCIの仕組みも変わっていくでしょう。従来はエンジニアがあらかじめ決めたルールに従って処理していました。今後はエージェントが変更内容を読み、会社の方針に照らして「セキュリティレビューが必要か」「どのテストを実行するか」「人間に助けを求めるべきか」を判断するようになります。
お客様の現場でも、その兆しが見えています。今後6〜12カ月で、CIを含む開発工程の多くがエージェント主導へ移っていくと考えています。
*CI/CD:コードの変更を継続的に取り込み、ビルドやテスト、リリースに向けた工程を自動化する仕組み。ここでは主に、変更を検証するCIの工程を指す。期間に関する見通しは取材時点の発言。
―インフラに求められる条件も変わりますか。
人間が扱う環境は、一度に1つか数個でした。一方、エージェントは多数の環境を必要とします。その数に比例して費用が増えてしまうと、負担が大きすぎます。
例えば1,000個の環境を使っても、支払う費用は100〜200個分に抑えられるかもしれません。ネームスペースは、環境を増やす際の効率を高めることで、こうしたコストの抑制を目指しています。
―AIを、人間に代わる労働力と捉えていますか。
私たちは、人間の力を信じています。AIは人間の生産性を大きく高めるツールです。その効果が大きいため労働力のように見えるかもしれませんが、創造的な仕事を主導するのは、これからも人間だと考えています。
農業に機械が導入されたときも、使う人が内部の仕組みをすべて理解していたわけではありません。それでも機械を操作することで、効率よく作業できるようになりました。AIも同じように、人間ができることを広げる存在だと捉えています。
ただし、影響の全体像はまだ分かりません。AIによって多くの作業を並行できるようになった一方、人間がそのすべてを把握するのは難しい。私たちのチームでも、お客様の現場でも、同時に起きることが多すぎて状況をつかめなくなるという声があります。この変化にどう対応するかは、まだ模索しているところです。
顧客チームのもう一人のエンジニアとして支える
―技術以外で大切にしていることは何ですか。
お客様との長期的な関係です。製品を売って終わりではなく、お客様の成功を支えることで、私たちも成長できると考えています。
Googleでの経験から取り入れたのが「プレミアムサポート」です。処理規模の拡大や、難しいアプリケーションの立ち上げなどについて相談を受け、お客様のチームに加わる「もう一人のエンジニア」のように支援します。
私たちは、長年のインフラ開発の経験からお客様のニーズを先回りして捉え、製品と支援の両面で応えようとしています。これまで解約はほぼゼロで、長期的な関係づくりもその一因だと考えています。
―事業を拡大するうえで、難しい点はありますか。
信頼性を維持しながら、増え続ける利用に対応することです。ネームスペースが止まれば、お客様も仕事を進められなくなるため、その責任を重く受け止めています。
データセンターに設置するハードウェアの調達に加え、安全性と性能を両立したインフラを作る優秀なエンジニアの確保も課題です。私たちの経験を生かせる領域ですが、事業を広げながら品質を守ることは簡単ではありません。
日本での販売パートナーを求める
―日本企業にも導入されていますか。
はい。サイバーエージェントグループの複数の企業に利用いただいています。私自身、以前NECで働いていたことがあり、日本にも何度か訪れています。日本のお客様が増えたことを、とてもうれしく思っています。
―日本の人手不足に、AIは役立つと考えますか。
日本の課題をすべて理解しているわけではありませんが、AIは重要なツールになり得ると思います。日常の言葉でAIを使い、新しいスキルを学べるため、若い人だけでなく、幅広い世代が新たな仕事や活動に参加しやすくなります。
AIは「圧縮された百科事典」のように、多くの知識を備えています。それを使って特定の分野を深く学び、1人でできることを増やせれば、特に専門的な仕事の人手不足を和らげる可能性があります。最終的な効果は断言できませんが、活用する価値はあると考えています。
―日本では、どのようなパートナーを求めていますか。
市場ごとに固有の事情があり、私たちだけですべてを理解することはできません。日本企業との橋渡し役となり、ネームスペースの製品や考え方を伝えてくれる販売パートナーを求めています。
すでに日本のお客様を支援できているように、より多くの企業に役立てるはずです。そのために、私たちを知っていただく機会を増やしたいと考えています。
Image : Namespace Labs HP Customersのページより、ネームスペースを導入している顧客企業(導入事例・カスタマーケース)の紹介
品質と効率で信頼される開発基盤へ
―今後の展望を教えてください。
短期的には、今後12カ月で、独自のAIエージェントを作る企業や、エージェントを使ってソフトウェアを開発する企業にとって、主要な技術提供者になることを目指しています。各社が自分たちの「ソフトウェアファクトリー」を作るのを支えたいのです。
長期的には、トヨタやソニーのように、名前を聞けば品質や効率を思い浮かべてもらえる、信頼される企業になりたいと考えています。
新しいアプリケーションを作る企業が、開発基盤の構築方法から考える必要はない。ネームスペースがその基盤を提供し、お客様はアプリケーションの開発に集中できる。そのような、ソフトウェア開発で自然に選ばれるプラットフォームを目指しています。