企業向けソフトウエアの実装は、半年から1年に及ぶことが珍しくない。しかし、そのプロジェクトが一度失敗すれば、ベンダー側は自社の信用を失い、顧客側は莫大な投資を無駄にする。この「実装」という工程が抱える構造的な不安に対し、仕組みの力で根本的な解決策を提示しようとするスタートアップがある。インドで創業し、現在は米国にも拠点を構えるRocketlane(ロケットレーン)だ。
同社は、プロジェクト管理・顧客コラボレーション・財務管理をシームレスに一本化したプラットフォームを「PSA(Professional Services Automation:プロフェッショナルサービス自動化)」と呼ばれる領域に投入。2026年3月のシリーズCでは、Insight Partnersのリードで6,000万ドルの資金調達を達成すると同時に、AIエージェントが自ら実務を遂行する新機能「Nitro AI(ナイトロ・エーアイ)」を発表した。
直近1年で125%超の急成長を遂げ、すでに『Forbes Cloud 100』に名を連ねる有力企業のうち20社を顧客に抱える同社の共同創業者兼CEO、シュリクリシュナン・ガネーサン(Srikrishnan Ganesan)氏に、プロダクトの核心から、日本市場に求める「モダンなアプローチ」の提携パートナー像、指示を待たず自律して動くAIがもたらす労働とサービスの驚異的な未来まで徹底的に話を聞いた。
目次
・起業家としての問い、「最も壊れているものは?」
・ソフトウエア導入を徹底的に支援
・14時間を1時間に、6週間を1日へ
・急成長を遂げる組織の「次の1手」
・実装における人間の役割はレビューとガイダンスへ
起業家としての問い、「最も壊れているものは?」
―これまでのご経歴と、ロケットレーンを立ち上げた経緯を教えてください。
私のキャリアはプロダクトマネジメントから始まりました。最初はVerizon(ベライゾン)で経験を積み、そこからスタートアップの世界へ飛び込みました。Rediff.com(リディフドットコム)、そして非常に小規模なスタートアップであったJigsee(ジグシー)の2社でプロダクトリーダーを務めたのですが、この過酷かつエキサイティングな旅路をくぐり抜けたことで、自分で会社を立ち上げる確固たる自信を得ることができました。
そうして起業した最初の会社がKonotor(コノター)です。同社は2015年にFreshworks(フレッシュワークス)に買収され、私は買収後も約4年半にわたってFreshworksで事業の育成を続けました。Freshworksは、インド発のSaaS企業として初めてナスダック上場を果たしたマイルストーン的な企業です。その成長ストーリーを実体験したことで、「次はもっと大きな挑戦を、自分たちの手で成し遂げなければならない」と強く確信するようになりました。
そこで、前回の起業をともに戦った気心の知れた共同創業者2人と再び集結し、新たな一歩を踏み出すことにしました。
―「新たな一歩」のターゲットとして、なぜ現在の領域を選んだのでしょうか?
3人で集まり、自分たちが起業家として歩んできたこれまでの7年間において、「何が最も壊れていて、人々に強烈なストレスを与えていたか」を徹底的に問い直したのです。
そこで浮き彫りになったのが、新しいテクノロジーの「導入・実装」というプロセスでした。
企業が数千万円、数億円規模の新しいソフトウエアを購入すると、通常は半年から1年に及ぶ大規模な導入プロジェクトが立ち上がります。しかし、このプロジェクトが失敗すれば、関わったすべての人々が最悪の状況に陥ります。顧客側は高額な投資をすべてドブに捨てることになり、ベンダー側は市場での信頼を致命的に失ってしまう。ベンダー側にとっても顧客側にとっても、この「実装」というフェーズは極めて不安に満ちたブラックボックスだったのです。
「どうすれば、実装を巡る不確実性を排除し、あらゆるパートナーシップを確実な成功へと導けるのか?『仕組み』の観点から人々の行動をどうガイドできるのか?」
この課題の根底には、意思疎通や実行力といった人間的な要素もあります。しかし、システムがどのように人間を導き、次の行動を示すかによって、その不安の大部分は制御・解決できるはずだと私たちは深く考え抜きました。プロジェクトベースで動く実装サービスチームやプロフェッショナルサービスチームには、従来のツールではない、彼らのためだけに完全に「目的特化」して設計されたシステムが絶対に必要だ――そう結論づけて立ち上げたのが、ロケットレーンです。
現在では対象をテック企業の実装チームだけにとどめず、コンサルティングや各種アドバイザリーなど、プロジェクトベースでクライアントに成果をデリバリーするすべてのプロフェッショナルサービス組織へと対象を広げています
Image : Rocketlane Rocketlaneの創業者たち(左:CPOのVignesh Girishankar氏、中央:CEOのSrikrishnan Ganesan氏、右:CTOのDeepak Bala氏)
ソフトウエア導入を徹底的に支援
―具体的に、ロケットレーンはどのようなユーザーに、どのような機能を提供するプロダクトなのでしょうか。
私たちのプロダクトは「プロフェッショナルサービス自動化(PSA)」と呼ばれる分野に属しています。
主な利用者は2パターンに分類されます。1つはソフトウエア企業などの「社内実装・導入チーム」で、自社プロダクトを購入した顧客向けに導入プロジェクトを回す部隊。もう1つは、SalesforceやSAPなどの大規模ソフトウエアの導入を専門に行う「導入パートナー(システムインテグレーター)」やコンサルティングファームなどの外部サービスチームです。
ロケットレーンの最大の特徴は、「フロントオフィス」と「バックオフィス」の2つの側面をエンドツーエンドで完全に融合している点にあります。
- フロントオフィス(顧客対応・現場管理) プロジェクト管理、顧客とのシームレスなコラボレーション、タスクの進捗責任(アカウンタビリティ)の明確化、プロジェクトガバナンス、作業の「標準化(誰がやっても同じ一貫したクオリティで進められる仕組み)」を提供します。
- バックオフィス(事業運営・財務管理) プロジェクト会計、職種別の請求単価表(レートカード)、請求書発行、サービスの収益認識、経費管理、メンバーの稼働率(Utilization)トラッキング、そしてリソースマネジメントを提供します。「次に始まるプロジェクトに誰をアサインすべきか」「コストはいくらかかり、今後の要員計画はどうあるべきか」をすべてデータで管理します。
―「フロントとバックの統合」がもたらす実務上のメリットとは何ですか?
従来のサービス企業は、これらをバラバラのツールで管理していました。会計はこれ、プロジェクト管理はあれ、顧客との連絡はメールやSlack、といった具合です。
しかし、すべてが1つのプラットフォームに統合されているロケットレーンであれば、例えば「プロジェクトのタスクが2週間遅延した」という現場の事象が、「いつ、どのように事業全体の財務やリソース稼働率、収益認識にインパクトを与えるか」を同一画面上で瞬時に可視化できます。
さらに、顧客向けの「専用ポータル(Customer-facing portal)」も備えているため、顧客側もポータルにログインするだけで、プロジェクトの全体像や、自分たちが「今いつまでに承認しなければならないタスク」を正確に把握できます。これにより、お互いの足並みが完全に揃うのです。
―新発表の「Nitro AI」は、これまでのAIと何が違うのでしょうか。
私たちはこれまで「計画を立て、人を配置し、進捗を測り、工数を追跡する」ための最高峰のシステムを提供してきました。しかし、これだけではまだ不十分であることに気づいたのです。
「システムは単に作業を管理・測定するだけでなく、実際に作業そのものを実行する(doing the work)べきではないか」と。
そうした哲学から誕生したのが、新製品「Nitro AI」です。プロフェッショナルサービスのプロジェクトを因数分解すると、ソリューション設計、詳細設計書のドキュメント作成、システム構成(コンフィギュレーション)、データ移行(マイグレーション)など、必ず「共通の実務の型」が存在します。それらの専門実務を自ら遂行できるAIエージェント群を用意し、人間のサービスチームが業務をどんどん委ねられる(デリゲートできる)ようにしたのです。
また、ここが極めてユニークな設計思想なのですが、ロケットレーンにおける「プロジェクト計画のタスクリスト自体が、AIエージェントの制御盤(コントロールパネル)」になります。
「エージェントのオーケストレーション」という一歩引いた抽象的な表現よりも、もっと手触り感のある「コントロールパネル」と呼ぶ方が相応しいでしょう。プロジェクト管理画面から直接、「このデータ移行タスクはマイグレーション・エージェントをアクティベートして実行させる」「このタスクは人とエージェントを協働させて自動処理する」といった制御ができるのです。作業の追跡(Track)、実行(Do)、測定(Measure)がすべて同一のプラットフォームでシームレスに行われる、これこそが他社には真似できない唯一無二の価値です。
14時間を1時間に、6週間を1日へ
―AIエージェントが「実際に作業をこなす」ことで、どのような劇的変化(インパクト)が起きているのでしょうか。具体的な顧客事例を教えてください
私たちは、サービス産業における「労働の変革」を可能にしようとしています。チームの人数を増やさずとも、同じメンバーでより多くのプロジェクトを、より圧倒的なスピードで完了させ、リスクを最小限に抑える変革です。
いくつかの劇的な実例をご紹介しましょう。
-
Chargebee(チャージビー)の事例:詳細設計ドキュメントの自動生成
エンタープライズ向けの複雑な請求(課金)ソリューションを提供する同社では、顧客の既存システムとの適切な連携設計を導くため、導入初期に6〜7回もの綿密なワークショップを顧客と重ねる必要がありました。そしてそのワークショップ後、エンジニアが膨大なメモから「詳細設計書(Detailed Design Document)」を作成して顧客に提示するまでに、実に14〜15時間もの工数を費やしていました。現在では、当社の「ドキュメンテーション・エージェント」を起動することで、ワークショップの内容から設計書のドラフトを自動生成。担当者はわずか1時間〜1時間半ほどのレビューと手直しを行うだけで設計書を完成させられるようになりました。 -
フランチャイズ管理企業の事例:データ移行の劇的短縮
データ移行(マイグレーション)は多くの導入現場で最大のボトルネックです。この企業では、新規クライアントから正しいデータを受け取り、自社システムに適合するように変換・インポートするまで、毎回平均「6週間」の期間を要していました。しかし、ロケットレーンの「マイグレーション・エージェント」を導入したことで、データのスキーマ変換や整合性の検証をシステム側で自律的に処理できるようになりました。顧客企業自らが、コントロールパネルを用いて自社内でデータ変換・データ検証を巻き取れるようになり、これまでの6週間という期間が、わずか「1日」へと劇的に短縮されたのです。
―競合のプラットフォームでも「AI搭載」を謳うものが増えていますが、決定的な違いはどこにありますか。
現在、すべての製品が「AI」という言葉を使っています。しかし、他社が提供しているAIのほとんどは、私たちが呼ぶところの「Level 1 AI:オペレーションの変革(Operational Transformation)」にすぎません。スケジュールの最適化や進捗状況の要約、メール文章の作成補助など、周辺プロセスの手助けをするレベルです。
これに対し、ロケットレーンが提供するのは以下の3段階のロードマップです。
- Level 1(オペレーションの変革):業務プロセスの可視化、管理業務の最適化。
- Level 2(デリバリーの変革 / Delivery Transformation) :プロジェクト全体の進行リスクを抑え、顧客との整合性を自律的に維持する。
- Level 3(作業実行の変革 / Work Execution Transformation) :ドキュメント作成やコンフィギュレーション、データ移行そのものをAIエージェントが自律的に実行する。
他社がもたらすのは、プロジェクト遂行における「漸進的な(少しずつ進む)効率化」にすぎません。しかし、私たちがもたらしたいのは「プロジェクトの形状(Shape)や規模(Size)そのものを根底から変えてしまうような、抜本的な変化(Radical Change)」なのです。
デリバリーにかかる工数自体を極限まで圧縮できれば、その果実をエンドユーザーである顧客に還元でき、結果としてサービスへのさらなる需要増を呼び込む好循環が生まれる。私たちは、業界におけるソフトウェア実装とAIトランスフォーメーションの「触媒(Catalyst)」になりたいのです。
Image : Rocketlane
急成長を遂げる組織の「次の1手」
―直近の事業の成長スピードについて教えてください。
直近1年における私たちの成長率は125%を超えており、ビジネス規模は2倍以上に拡大しました。そして、今期の目標はさらに「前年比2倍以上の成長」を掲げていますが、滑り出しは極めて順調です。
『Forbes Cloud 100』に選出されているような世界のトップ企業の20社がすでに私たちの顧客となっており、大手上場企業やエンタープライズの導入が急ピッチで進んでいます。組織の急拡大に伴い、顧客の期待に応えるための社内チームや体制のスケールアップを急いでいる、非常にエキサイティングなフェーズです。
―今後の成長における、最大のチャレンジは何でしょうか。
課題の多くは「社内」にあります。ミッションを完璧に遂行するためには、常に最高品質の人材(ハイレベルなエンジニアやリーダー陣)を採用し続けなければなりません。また、グローバルで我々のソリューションを展開していくためには、世界最高水準のパートナーを巻き込んでいく必要があります。自社の新しいメンバー、そして外部のパートナーに対して、我々のプロダクト知識や方法論をいかに迅速にスケールさせ、浸透させていけるかが、次のステージにおける最大の挑戦だと捉えています。
Image : Rocketlane
―日本市場への進出や、日本企業とのコラボレーションについてはどのようにお考えですか。
日本市場へ我々のプロダクトを持ち込むことには、並々ならぬ意欲を持っています。間違いなく巨大な市場が存在していると確信しています。
私は以前在籍していたFreshworks時代に、日本の素晴らしいパートナー企業と協働した経験があります。また、創業者と個人的に親しい「Mad Street Den(マッド・ストリート・デン)」というインド発のAI企業も、日本市場でパートナーを開拓して見事に成功を収めていました。こうした実例を間近で見てきたからこそ、日本市場の底知れぬポテンシャルを心から信じています。
実は、日本企業との具体的な対話は「まだこれから(これから対話を始める段階)」という状況です。だからこそ、いち早くこの市場に切り込んでいきたい
―日本でどのようなパートナーシップを築いたいですか。SIerや販売代理店を求めているのでしょうか?
私たちが日本市場で求めている理想のパートナー像は、「自社で高度な実装能力(エンジニアリング・デリバリー力)を併せ持つリセラー(販売代理店)」です。
これは非常に重要なビジネス上の役割分担ですが、私たちは「ロケットレーンが案件(商談)を獲得してパートナーに提供し、実装だけを丸投げする」という一方通行の関係を求めているわけではありません。そうではなく、パートナー自らが顧客の課題に能動的にアプローチし、ロケットレーンという革新的なソリューションを顧客へ主体的に提案して案件を開拓してくれるような、双方向の強力なチャネル・パートナーを求めています。
私たちが提携したい企業の特徴は次の通りです。
- クライアントの「変革プロセス全体」をリードできること:単なるツールの導入ではなく、顧客の組織や業務のトランスフォーメーションを丸ごと背負う経験があること。
- 顧客へのAI導入における確かな成功実績があること。
- 技術的な深み(Technical Depth)を持っていること:例えば、ERP(基幹系統システム)導入のような、極めて複雑なエンタープライズソフトウェアの実装を数多く手がけてきたプロフェッショナル集団。
- 何よりも「モダンな姿勢(Modern Attitude)」を持っていること。
これからの世界はもっとシンプルでアジャイルに動きます。顧客が導入後すぐに価値を実感でき、そこから段階的に新たな価値をクイックに解放していくアプローチへとシフトしなければなりません。「最も巨大で、最も複雑な、数年がかりのプロジェクト」にばかり執着する古い慣習を捨て、アジャイルな価値提供に共感してくれる、柔軟で先鋭的なパートナーと手を取り合いたいのです。
Image : Rocketlane
実装における人間の役割はレビューとガイダンスへ
ガネーサン氏が描くロケットレーンの5〜10年後の未来は、まさにSFが現実になるような「エージェント型組織」の姿そのものだ。
「私たちが目指しているのは、『組織全体の脳(Organization Brain)』と実行能力を、エージェント型(Agentic)の方法で丸ごと構築することです。
サービスを販売する、あるいはソフトウェアを提供するすべての企業が、プロジェクトを重ねるごとに知見を蓄積していく。そして、新しく獲得した顧客の導入プロジェクトを走らせる際には、過去のすべての顧客プロジェクトから得た『学び』が自動的に引き出され、複利効果(Compounding)のようにデリバリーの品質、スピード、スマートさを複利で高め続けるシステム。これこそが、私たちが目指す究極の到達点です。
この未来が実現すると、現場における人間の役割は劇的に変化します。人はもはや、重箱の隅をつつくような単調な実務作業(Grunt Work)を自ら手を動かして行う必要はなくなります。実際の作業はほぼすべてAIエージェントにデリゲートされ、人間の役割は『AIがやった仕事のレビュー』と『戦略的な方向性の提示(ガイダンス)』のみにシフトしていきます。
人間は顧客との強固な信頼関係構築(アライメント)や、より本質的なコンサルティング活動に時間と脳のリソースを100%集中させることができ、つまらない定型雑務はすべて画面の向こうへ消え去る。これが、私たちが作り出そうとしているプロフェッショナルサービスの新しい未来です」
「もしあなたが、クライアントとの間で複雑な導入プロジェクトを抱えており、関係者間の緊密なアライメントと、確実に納期通りにデリバリーするための強固なガバナンスを求めているのなら――私たちは、あなたの組織の変革を支える最高のシステム・パートナーになりたいと考えています。
私たちが目指しているのは、導入を依頼する『クライアント』、実装をリードする『パートナーである御社のチーム』、そして仕組みを提供する『私たち』の三者全員が、同時にかつ圧倒的に恩恵を享受できる、真の『Win-Win-Win』の変革です。日本の皆さんと共に、プロフェッショナルサービス業界の新しい扉を開くことを楽しみにしています」