DENSO International America VP, Innovation
鈴木 万治

自動車部品サプライヤーとして知られるデンソー。同社がシリコンバレーで取り組むのは、自動車分野だけではない。今回はDENSO International Americaの鈴木万治氏に、新領域での取り組み、スタートアップとの協業のポイントなどについて聞いた。
(モデレーター:Stanford University APARC 櫛田健児氏)

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

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デンソーは「電気自動車」と「QRコード」を生んだ会社

鈴木:シリコンバレーではよく、「デンソーって何の会社?」と聞かれます。そんな時に、デンソーのことを知ってもらうために私が紹介するのが、「電気自動車」と「QRコード」です。当社では1950年、イーロン・マスクよりかなり早く電気自動車を作っています。しかも、約50台ですが正式に販売されました。鉛のバッテリーを使っていたため、ビジネスとしては、イーロンのようにはうまくいきませんでしたが(笑)。

 また、日本でもご存じない方が多いのですが、QRコードは1994年にデンソーが開発したものです。仕様をオープン化して誰もが自由に使えるようにしており、今では、みなさんも含め世界中で広く活用されています。当社に、このようなイノベーションの歴史があることを知っておどろかれる方も少なくありません。

 現在は自動運転など複数の分野に注力しており、その1つが「ファクトリーオートメーションとアグテック(農業+テクノロジー)」です。「地球や未来の世界をより良くしたい」との思いからスタートさせたもので、大企業やスタートアップなど多くの協力体制のもと進めています。

 とはいえ、いわゆる大企業である当社にとって、スタートアップとの協業は、簡単ではありません。ゆっくり回っている大きなギアと、クルクル高速で回る小さなギアをかみ合わせようとしても物理的に無理なように、大企業とスタートアップが足並みを揃えるのは難しいものです。ただ、スタートアップの人たちと話しているのは「難しいけど、もしできたら世界を変えられるよね」ということ。そこを目指しています。

鈴木 万治(すずき まんじ)
DENSO International America
VP, Innovation
1986年、日本電装株式会社(現株式会社デンソー)に入社。宇宙機器開発、R&D、CAE、モデルベース開発、EMC、故障診断など、ほぼ4年毎に異分野の全社プロジェクトを担当。R&Dからアフターマーケットまでの全ての開発のライフサイクル、またメカ・エレ・ソフトの各分野の実践経験、スキルと人脈を持つ。2004年にCMUとINSEADでビジネスの基礎を学ぶ。2017年からSilicon Valley Innovation CenterのVice President, Innovationに就任。2018年からは、シリコンバレーと中国の両睨みのため、电装中国投资有限公司の创新推进事业部总经理も兼任。
櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/
 スタートアップはいいアイデアをたくさんもっていますが、「ひらめき」の段階であることが多いとも言えます。すばらしいものも多いですが不完全で、スケールが容易ではありません。さらに、製造体制もなく、いろいろな意味でリソースも限られています。半面、私たちには、製造体制、技術、製品、人員など、スタートアップにはない潤沢なリソースをもっています。ですから、「スタートアップに足りない部分を当社が埋めていく」というスタンスで進めています。

 当社にはCVCチームもあるので、互いに協力して進めています。資金力だけではVCのみなさんにはかないませんので、先に申し上げたように、当社のリソースを活用することとセットで強みを発揮することを考えています。また、文化・考え方・法規・暗黙知など、お互いに理解し合わなければならない壁もたくさんあります。そうした部分にも細かく配慮しながら、実際に事業を推進する事業部とのエンゲージメントまで結びつけることが大切です。

自動車部品が農業分野で活用できた

 さて、今回は冒頭でお話しした4本の柱のひとつ「農業」についてお話ししていきましょう。最近当社がプレスリリースで発表したのが、自動灌漑システムを提供するWaterBit社との協業です。

 「カリフォルニア州=シリコンバレー=IT」というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、カリフォルニア州は、実は農業州でもあります。見渡す限りに広がるブドウ畑やアーモンド畑。そこで使われているのが、当社の圧力センサーなのです。

 カリフォルニアは雨量が少なく、作業者は広大な畑を回りながら一つひとつの灌漑装置のバルブを開け閉めしなければなりません。「バルブを自動で開閉できないか?」「車の圧力センサーが使えるのでは?」――そんな流れで生まれたのが、このビジネスです。自動車部品の性能性・信頼性・耐久性・コストの低さ、さらに「一度設置したら10年以上そのまま使えるものを」というニーズが、当社のセンサーとマッチしたのです。農家にとっては、水の節約だけでなく、灌漑作業者の人件費削減というメリットも生まれました。規模が大きいだけに、少しの効果でも、全体としての効果(金額)は膨大になるのです。

 今あるものを転用してビジネスにつなげたわけですが、「うまみ」はわずかです。ただし、こういった小さな貢献から始めていかないと、現地での評価につながりません。シリコンバレーでは、こういう「貢献の第1歩とその継続」が大事だと学びました。

 入口は小さかったとはいえ、アメリカの農業ビジネスは高いポテンシャルを秘めています。理由は3つです。1つ目は、農場が広大で、機械化・自動化が必須である点。2つ目は、あるものを有効に使い切るというスタンス。完成度が70%のものでも、「使わない」ではなく「70%分を使おう」となります。3つ目は、農家=企業だということです。ITへの造詣・興味も深い。農家の方と議論していて「ブロックチェーンが……」といった単語も当たり前のように出てきて驚きました。

「時間・完成度・打合せ」の感覚がまるで違う

 スタートアップとの協業における、感覚の違いについて触れたいと思います。赴任して間もない頃に私が気づかずに失敗したことが3つあります。

 1つ目は、「時間感覚の違い」。たとえば、私たち企業は「今後3年のロードマップを出してください」などと当たり前のように言いますが、スタートアップ側は「自分たちは3カ月先を目指して走ることが精いっぱい。3年先が見えたら、スタートアップはやっていない」となります。

 2つ目は「完成度の感覚の違い」。スタートアップ側は、PoCが成功すると「次はスケールですね!」となりますが、当社としては「PoC→MVP→試作→量産」という段階が必須です。ただし、それをストレートに伝えてしまっては、関係が壊れかねません。

 3つ目は、「打ち合わせに臨む感覚の違い」。ここはぜひともお伝えしたい部分です。私たちとしては「10社と会って1社とディール・クローズできれば」と考えがちですが、スタートアップ側は1時間の打ち合わせを1日仕事の感覚で臨んできます。フィードバックの内容一つひとつも大事にします。それを怠ると「大事な時間をムダにされた」という感情が相手に芽生え、後に「やっぱりもう少し話を聞きたい」と申し出ても、2度と会ってはもらえません。

 こうした失敗が起こってしまう理由は、日本企業の多くが環境が全く違うスタートアップの状況を理解しようとせず、旧態依然とした仕事の進め方・考え方から抜け出さないからでしょう。 後編はこちら

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