マッキンゼー、HSBCで気づいた「ESG投資の課題」
環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を合わせたESGとは、企業の長期的な成長のために必要とされる3つの観点を指す。企業の財務指標だけではなく、環境、社会、ガバナンスに焦点を当てた投資への関心が世界中で高まる中、これらのデータの適切な開示やアクセスのしやすさを求める動きが強まっている。
ESG Book(旧社名:Arabesque S-Ray)は、サステナビリティに焦点を当てた資産運用を行うArabesqueによりインキュベートされ、2018年に設立。2021年、世界の企業のESGデータを収集・開示するプラットフォーム「ESG Book」をローンチした。
2021年6月にCEOに就任したKlier氏にとって、ESG Bookは3社目のキャリアとなる。マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーを経て、2013年から2021年までHSBCでGroup Head of Strategy(グループ戦略ヘッド)、Global Head of Sustainable Finance(サステナブル・ファイナンスのグローバルヘッド)を務めた。
HSBCに在籍していた当時、サステナビリティは間違いなく長期に渡って金融市場を形作ることが明確になっていたと、Klierは指摘する。「そこで私は、HSBCのサステナブルファイナンス事業の立ち上げに着手しました。サステナビリティをどのように各事業に組み込んでいくのか。リスクについてどう考えるのか。私は、毎週のようにパネルディスカッションやカンフェレンスに出席していましたが、そこでは誰もがESGデータの不足や透明性の欠如、分析不足について不満を口にしていたのを覚えています」
金融市場の根本的な問題を解決する機会を肌で感じたKlier氏は、ESG投資の課題への対応策を持つESG BookにCEOとして就任した。
ESG Bookのビジョンは、透明性や一貫性があり、アクセス可能なデータを提供することで、サステナブルを通じた金融の変革を実現することにある。
Klier氏は「例えば、あなたの考えるESGと私の考えるESGは多くの場合、違うものを指していることがあります。ESGと言ったとき、あなたは気候を、私は多様性やインクルージョンを考えるかもしれません。別の人はガバナンスの質を考えるかもしれません。ESG Bookにとって重要なのは、これらを解きほぐすことです」と説明する。
Image: ESG Book HP
機械学習とアナリストによる高品質、透明性の高いデータ
ESG Bookは、主に3つのプロダクトを提供している。
1つ目は、「ESG Data」と呼ばれる最大級のESGデータセットであり、世界25,000社以上のESGデータを掲載する。AI、MLによるニュースソースからのESGデータ収集と分析、アナリストによるリサーチで質の高いデータセットを提供する。1社あたり450のデータポイントをカバーしており、主要なフレームワーク、指標と照合することができる。
2つ目の「ESG Analytics」では、毎日1,500万件のデータポイントの情報を処理し、企業のサステナビリティパフォーマンスを評価するスコアや規制要件に合わせたプロダクトの提供等、ESGの視点からリスクと機会についてより深い洞察を得ることができる、サステナビリティ分析へのアクセスを提供する。
3つ目は、SaaS型データ管理と企業情報開示のプラットフォームである「ESG Technology & Platform」だ。50,000件以上の企業情報を公開するプラットフォームで、GoogleクラウドベースでAPI連携も可能になっている。
「ESG Technology & Platform」について、Klier氏は「これはESGデータのLinkedInのようなものだと考えて下さい。私たちは、ESGデータの透明性を最大限に高めたいと考えているため、すべてのデータをプラットフォームで公開し、投資家と企業が直接対話できるようにしています。当社はデータと分析を担い、投資家と企業を結びつけるオープンテクノロジープラットフォームを提供しているのです」
情報の透明性を重視し、独自の生のデータを所有する同社は、企業の年次報告書や開示書類、ウェブサイト上の情報など企業が自社について開示する「構造化された情報」について、MLやアナリストを組み合わせて収集する。
Klier氏は、機械と人の組み合わせについてこう語る。「私たちのデータは、企業の中でも重要な判断に使用されるため、データが最高水準にあることを確認するためには、まだまだ人の力が必要であり、重要です」
「毎日約3万件のニュースソースを収集していますが、これは完全に機械によるものです。そして、トレンドやセンチメントを抽出し、ESGパフォーマンスが将来的に変化する可能性のある分野を特定します。人と機械とで構造化されたデータを収集しています」
ESG Book - Shaping the future of ESG Data from ESG Book on Vimeo.
ESG Bookは現在、約200人近い従業員が働いている。そのうち、3分の1は金融業界の出身者、3分の1はサステナビリティ関連分野の出身者、残りの3分の1はテクノロジー分野の出身者という。金融、サステナビリティ、テクノロジーを融合させてこそ、世界最大の産業である金融サービス業に対応した製品を作ることができるとKlier氏は語る。
独自のデータセットを開発し、フルデータを所有する数少ない企業の1つであるESG Bookには、世界的な金融機関から企業、大手メディア、企業のCFOまで、幅広い層の顧客や戦略的パートナーがいる。米金融大手シティはESG投資のソリューションに活用しているほか、ドイツSIEMENS(シーメンス)には人権リスク評価用のリスク軽減ツールを開発。Volkswagen(フォルクスワーゲン)向けにはESGパフォーマンスを評価するコックピットのプロトタイプを開発している。
日本では、日経/QuickのデータターミナルにESG Bookデータを統合する提携をはじめ、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)にはESGリスク管理ツールを提供し、ポートフォリオのテールリスク把握を支援している。
サステナビリティデータの第一人者となる
ESG Bookは2022年6月、シリーズBラウンドで、Energy Impact Partners、Meridiam、Allianz Xから3,500万ドルの資金を調達した。
「当社は設立4年の企業ですが、毎年2倍以上の成長を遂げており、今後もこの成長率を維持していく計画です。投資家とCFOに対し、サステナビリティのデータを提供するリーディングカンパニーになるという野心的な目標を掲げています」とKlier氏は説明する。
調達資金の使途の一つとして、ESG Bookのプレゼンスの拡大に取り組む。サステナビリティへの認識が高い欧州において、同社はロンドンとフランクフルトを拠点に強い存在感を確立している。また、米国や日本、東南アジア、シンガポール、オーストラリアでもESGのニーズが拡大しており、これらの地域でプレゼンスを高めることにも力を入れていく。
また、中小規模の年金基金や資産運用会社に対するアプローチも増やしていく考えだ。
「多くの中小企業は、顧客からの要望、規制当局によるESG分野への推進など、今後さらにESG分野に参入する必要があります。これを実現するためにはテクノロジーソリューションが必要になります。当社は、初めてサステナビリティに関わる顧客が簡単に製品を使えるように、ソフトウェア機能に多額の投資を行っています」
ESG Bookは2025年までに「ESGデータが必要なときは、ESG Book」と人々が広く認知する存在になることを目指している。
「多くの人がESGデータの不足に不満を抱いていると言われますが、私は逆だと思っています。サステナビリティの観点から、今は情報が多すぎ、あふれかえっているのです。ですから、人々が本当に必要としているのは、これらすべての意味を理解するための手助けなのです。企業のCFOは、持続可能性の基準という『アルファベットの羅列』に戸惑っています。投資家もまた、さまざまな情報に惑わされています。私たちの使命は、そのような雑音を排除し、本質に立ち戻ることだと考えています」
気候変動をはじめとする環境問題や、多様性とインクルージョン、企業統治の問題など、持続可能な経済社会のために、企業は多くの「約束」や「責任」を果たすことが求められている。Klier氏は「私たちにとって本当に重要なことは、オープンで、透明性があり、誰もがアクセスできるサービスを提供することです。なぜなら、それこそが信頼を築く唯一の方法だからです」と語り、ESG Bookが投資家やさまざまな企業にソリューションを提供していくことを力強く語った。