不慣れな海外旅行先で体調を崩したり、けがをしたりした際、適切な医療機関を見つけるのは簡単ではない。診療内容や医療費も不安要素となる。Air Doctor(本社:イスラエル・エルサレム)はそうした課題を解決するべく、旅行者と開業医、保険会社をつなぐオンライン医療プラットフォームを提供し、世界80カ国でサービスを展開している。2024年10月には東京海上ホールディングスが出資を発表した。共同創業者でCEOのJenny Cohen Derfler氏とCROのEfrat Sagi-Ofir氏に、サービスの特徴や日本企業との提携をどのように考えているか聞いた。

目次
海外旅行者と現地の医師をつなぐプラットフォーム
医師ネットワークの構築がビジネスの肝
日本企業との提携見据え日本語対応中

海外旅行者と現地の医師をつなぐプラットフォーム

―お2人の経歴とAir Doctorの創業の経緯を教えていただけますか?

Jenny:私はIntelで約20年間勤務しました。イスラエルの製造施設の総責任者として執行役員を務め、カリフォルニアの本社でも4年間過ごしました。2013年には電気自動車(EV)分野でスタートアップを立ち上げており、2018年に創業したAir Doctorは私にとって2社目のスタートアップになります。

 Air Doctorには4人の創業者がいます。そのうちの1人のアイデアから始まりました。その彼がメキシコや南米を旅行中に、あまり良くない経験をしたことがきっかけでした。彼はスペイン語が話せないため、旅先で体調を崩した時に医師を見つけられなかったのです。結局、病院に行きましたが、待合室で何時間も待たされ、医師とのコミュニケーションにも問題があるなど、非常に大変な体験だったそうです。

 彼は私たちに「なぜハンバーガーやホテル、住居はオンラインで注文・問い合わせができるのに、自分の言語を話す医師を見つけることは同じようにできないのか」と尋ねました。そこで私たちは、「現地の医師と旅行者をつなぐサービスが必要だ。予約から診察まですべてデジタルで簡単にできるようにしよう」と考えたのです。私自身や私の子供も旅行中に病気になったりした時に似た経験をしていたので、このアイデアに賛同しました。

Efrat:私もIntelでキャリアをスタートし、Jennyとは長い付き合いになります。Intelで10年働いた後、イスラエルでグリーン分野のスタートアップを立ち上げました。太陽光パネルを清掃するロボットです。その後、Air Doctorのアイデアを聞き、私自身も娘がスペイン旅行中に病気になった時に医師を見つけられなかった経験があったので、これは非常に重要な取り組みだと考え、参加しました。

Jenny Cohen Derfler
Co-Founder & CEO
イスラエルのHaifa市で約4年間、教育行政に従事。その後、Intelに20年間勤務。2011年からEV車の普及を目指すBetter Place(2013年に解散)のグローバルオペレーション担当VPを務めた。2013年には無線給電対応のEV自動車を開発するElectRoadを共同設立。2018年にAir Doctorを共同創業し、CEOに就任。

Efrat Sagi-Ofir
Co-Founder & CRO
Intelに10年間勤務し、2013年にはグリーンエネルギーソリューションを提供するSun EffectのCOOに就任。2018年にAir Doctorを共同創業し、COOに就任。2021年からCRO(最高収益責任者)に。

医師ネットワークの構築がビジネスの肝

―Air Doctorのサービス内容とビジネスモデルについて教えてください。

Efrat:私たちは80カ国で2万人の医師と連携し、3種類のサービスを提供しています。クリニック訪問、自宅・宿泊先への往診、そしてビデオ相談です。ビデオ相談には処方箋の発行と通訳サービスも含まれています。第三者の通訳者が通話に参加し、例えば日本語から英語への通訳を行います。例えばニューヨークに旅行中に医師が必要になった場合、アプリで医師を探してクリニックに行くことができます。または医師にホテルまで来てもらうことも、ビデオ相談で処方箋をもらうこともできます。英語が分からない場合は、通訳者が通話に参加してサービス利用者が使う言語から英語への通訳を行います。

―現地の医師やクリニックはどのように募集されているのですか?

Jenny:現在はドクターコミュニティ&スケールというチームがあり、彼らが医師の募集を担当しています。しかし、ビジネスをスタートしたギリシャでは、Efratと私が直接医師の家やオフィスを訪問していたのです。スタートアップだったので、まず最適な医師の募集方法を理解する必要があったからです。ここでは多くの重要なことを学びました。例えば、ギリシャではアルファベットではなくギリシャ文字を使用するため、住所を見ても建物のどの階に医師がいるのか分かりません。またクリニックにWi-Fiがない場合、私たちのサービスを提供することができません。

 このように、医師やクリニックの現場で多くを学んだ後、各国の現地医師と連携する部門としてドクターコミュニティ&スケールを作ったのです。このチームでは推薦される医師を把握し、ライセンスや評価など、医師に関するすべてを確認してから私たちのネットワークに加入してもらいます。私たちのサービスには、旅行者が医師をレビューする仕組みがあります。低い評価を受けた医師はプラットフォームから除外するなど、質を保つ仕組みを持っており、ネット・プロモーター・スコア(NPS)は84と高い水準を得ています。

―海外旅行での医療に関するサービスなので、御社のビジネスは旅行保険に基づいているのですね。

Jenny:そうですね。例えば、保険会社と契約を結ぶ際、その顧客がよく訪れる上位10カ所の旅行先を教えてもらいます。私たちはすでにベトナムやオーストラリアなどにネットワークを構築していますが、まだ医師が十分にそろっていない地域や、全くカバーしていない国については保険会社から情報を得て、それに基づき医師を募集します。

 米国のAllianzと契約した際には、アメリカ人はドミニカ共和国やバハマに旅行することが多いとわかりましたが、その時点では現地の医師が配置されていませんでした。このように、保険会社の顧客が求める旅行先をヒアリングし、必要に応じて医師を追加していく体制を整えています。

Efrat:例えば、日本人がよくハワイを訪れると分かれば、私たちはハワイで日本人旅行者向けの医師を募集します。また、私たちは保険会社と提携しており、その保険会社の保険に加入している方が旅行中に私たちのサービスを利用することで、信頼できる医師による診察を受けることが可能です。保険会社は旅行者に私たちのプラットフォームを案内し、病気になった際も医師の診察を自己負担なしで受けられるよう保険で全額負担しています。

 旅行者は最適な医療ソリューションを選び、治療を受けながらも出張や休暇を継続することが可能です。この仕組みは旅行者、医師、そして保険会社にとっても多くのメリットをもたらします。特に保険会社にとっては、コスト削減が図れる点が大きな利点です。通常、旅行者はどの病院に行けば良いか分からず、割高な病院に行かざるを得ないことも少なくないですが、Air Doctorを利用すれば、病院へ行くことなく現地の医師の診察を受けたり、ビデオ相談を利用することができ、費用を抑えることができます。

 また、旅行者にとっても質の高いサービスを受けられるうえに、支払いや請求書の提出といった手間もなく、すべてが自動的に処理されるため非常に満足いただいています。また、医師に対しては5日以内に支払います。結果として、すべての関係者にとって良い体験が成立しています。

Jenny:想像してみてください。あなたがフロリダにいて病気になったとします。どうやって医師を見つけますか?ホテルの人か、保険会社の人に尋ねる必要がありますよね?簡単そうですが、意外と手間がかかります。そうして病院に行くと「おや、あなたは保険に入っていますね。一晩泊まっていってください」なんて言われたりします。医療機関は保険会社が多額の支払いをしてくれるので、多くのお金を稼げると考えるのです。Air Doctorなら適正な診療を提供するため、保険会社が負担するコストを50%近く削減できています。

 サービス利用者は、旅先で医師に診てもらうときに誰かに電話して「どうすればいいですか?」と聞く必要もありません。医療機関に診察代を支払う必要がなく、領収書を保険会社に送って払い戻しを受ける必要もありません。すべてスマートフォンのアプリで完結できるからです。

日本企業との提携見据え日本語対応中

―御社は2018年に創業されましたが、その後にコロナ禍を経験されています。パンデミック前後での変化を教えていただけますか。

Efrat:私たちが最初の顧客を獲得し、資金調達をした矢先に新型コロナウイルスのパンデミックが発生しました。当時は何が起こっているのか、それが1カ月で終わるのか10年続くのか分かりませんでしたね。しかし、私たちは誰も解雇しないことを決め、この時期を活用してより強くなることを決意しました。会社がどのように悪い時期を乗り切るか、それを利用してより強くなるのか、それとも閉鎖してしまうのか、それで会社の本質が分かります。

 私たちは全員に医師の募集を手伝ってもらうようお願いし、パンデミックの期間を利用して、非常に強力な医師のネットワークを構築できました。パンデミックが収束するころには、ネットワークに2万人の医師がいました。また、当時は海外旅行が制限されており、旅行者が少なかったため、その分、保険会社との話し合いに時間を割くことができました。

 また、アプリの改善と作成に多くの時間を費やしました。そして、ビデオ相談も開発しました。パンデミック前は誰もビデオ相談を使用していませんでしたが、次第にそれが非常に強力なツールだと気づきました。すべての医師に連絡を取り、ビデオでのサービス提供を始めたいか尋ねたところ、賛同を得ました。現在では世界中でビデオ相談を提供するに至っています。

 このように、パンデミックの期間を活用して、私たちは非常に強くなりました。世界の旅行者の半分が欧州域内を旅行するというデータもあり、私たちは欧州からビジネスをスタートしました。その後2023年には米国市場を立ち上げ、現在はアジア市場に参入できるようになっています。

―事業の成長について、共有できる指標はありますか?

Efrat:事業は昨年から2.5倍成長し、来年以降も毎年2~3倍の成長を見込んでいます。現在20の保険会社と提携しており、今後は数百の保険会社との提携を計画しています。また、旅行者だけでなく、6ヶ月、1年、2年と滞在する駐在員向けのサービスも拡大していきたいです。

―2024年10月にシリーズBでLightspeed Venture Partnersなどから2,000万ドルを調達しましたが、次のステップについても教えてください。

Efrat:今後、私たちは市場の標準になりたいと考えています。友達とチャットするならLINE、旅行ならBooking.com、医師が必要ならAir Doctorというように。海外で医師が必要な人は誰でもAir Doctorを使うようになることが私たちの目標です。その実現に向けてグローバルに成長を続けています。医師の獲得方法は確立されているので、保険会社との提携を拡大しようとしている段階です。

―グローバルに事業を展開される中で、日本企業とどのような関係が有益だとお考えですか?

Jenny:言語は非常に重要だと考えています。特に日本の企業にとって、すべてのサービスを日本語で提供できることが重要です。そのため、日本のパートナーと協力し、プラットフォーム全体を日本語化する予定です。プラットフォームを開くと、すべてが日本語で表示されるようにします。また、例えばフランスに滞在している場合、日本語を話せる医師がいれば、その医師を優先的に紹介します。さらに、ビデオ相談の際に日本語を話せる医師がいない場合でも、英語と日本語の間でリアルタイムに通訳する人を用意します。このようにして、言語が非常に重要な日本市場に対し、より良い対応を提供できるように努めています。

―お2人ともテクノロジー企業のご出身ですが、技術の活用についてはどのようにお考えですか?

Jenny:素晴らしい質問ですね。私たちは自社のことをいつも「医療ネットワークではなく、サービスを提供するためにテクノロジーを駆使するテクノロジー企業だ」と言っています。あらゆる問題をテクノロジーとAIを使用して解決しているのです。例えば、問題が発生した場合はシステムから自動的にアラートが発生し、対応が必要な人々に通知が行きます。これはすべて人の介入なしで処理されます。テクノロジーを駆使してすべての問題を解決することで、質の高いサービスを提供することができるのです。

 また、保険会社が商品をカスタマイズできるような仕組みも取り入れています。アプリを開いた時、ある特定の保険会社の保険商品に加入していれば、その商品で認められているサービスが表示されます。歯科が含まれていれば歯科医が表示され、含まれていなければ表示されません。このように保険会社と協力して、保険契約に応じたカスタマイズされた商品を確実に表示するような最適化を進めています。

―最後に、日本の潜在的なパートナーやクライアントへのメッセージをお願いします。

Efrat:私たちはアジアでの事業を開始し、日本の皆様に最高のサービスを提供できるよう尽力しています。プラットフォームにも日本向けに必要な変更をすべて加える予定です。安心して私たちのプラットフォームを使い、海外旅行を楽しんでいただくことができます。どこにいても「安全」を確保しますので、躊躇せずに旅行し、私たちのプラットフォームを使ってほしいです。

Jenny:日本はアジア市場で私たちが最初にビジネスを立ち上げる国になります。アプリも数カ月後には、日本語で利用できるようになる予定です。まだ名前を公表できませんが、日本の顧客との契約も進んでいます。今、アジア向けのビジネスが非常に速いペースで進んでいます。

image : Air Doctor HP



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