ノートパソコンの「ポテンシャル」を解き放つ冷却チップを開発するFrore Systems。米カリフォルニア州に本社を構える同社は、プロセッサーがデバイス内で最大限の能力を発揮できない理由である「熱問題」を解決する企業だ。同社が開発した「AirJet」は、超音波で振動するメンブレンが搭載されており、静音で強力な空気の流れをつくり効率的に熱を除去する。あらゆるサイズの端末に搭載が可能だ。同社の創業者の1人であり、CEOを務めるSeshu Madhavapeddy氏に話を聞いた。

CPUのパフォーマンスを妨げる「熱問題」が課題だった

――御社はどんな事業を展開しているのでしょうか。

 Frore Systemsは、ノートパソコンやモバイル端末向けの冷却チップ「AirJet」を開発・製造する企業です。プロセッサー(CPU)がより強力になり、処理能力が向上するにつれて、端末内で発生する熱も増大しています。この熱を冷やさなければ、プロセッサーの能力が発揮されず、コンピューターのパフォーマンスも低減するのです。

 2022年現在、一般的なノートパソコンにおいては、この「熱問題」が原因で、能力の25~50%程度しか使われていないのが現状です。つまり、最大3.5ギガヘルツの処理能力を発揮できるプロセッサーでも、実態は端末の熱の問題で、1.5ギガヘルツ程度でしか使われていないケースがほとんどなのです。

 Frore Systemsは、この課題を解決する、世界初の冷却チップAirJetを開発する企業です。

Seshu Madhavapeddy
Founder & CEO
University of Texas at Dallasでコンピュータサイエンスの博⼠号取得。Nortelのエンジニア、ディレクターを経て、モバイルソフトスイッチング製品を提供するSpatial Wirelessを創業(Alcatel-Lucentに売却)。その後、Texas Instrumentsのスマートフォン事業部⾨GM、Samsung Mobileの製品技術担当VPを経て、Qualcommでセンサー事業などを統率するVPを務める。2018年にSuryaprakash Ganti氏と、Frore Systemsを共同創業、CEOに就任。

 AirJetのラインナップは「AirJet Pro」(31.5 x 71.5mm)と「AirJet mini」(27.5 x 41.5mm)の2つを用意しています。いずれも、厚さ2.8mmと非常に薄く、デバイスに挿入するだけで、プロセッサーのポテンシャルがフルに活用されるようになります。音が出ないのも特長で、消費電力最大1ワットで、ノイズレベルは21dBAで稼働します。

 従来、PCなどのハードウェア機器においては熱を冷ますためにはファンが使われていましたが、ファンは分厚く、うるさいという欠点がありました。AirJetは薄く、静音で動くため、エンドユーザーは快適に機器を使用することができます。

 Frore Systemsは、複数のハードウェア機器製造者と協業していて、2023年第2四半期中、遅くとも2023年度中にはAirJetを搭載したパソコンを販売する予定です。この製造業者を明かすことはできませんが、Fortuneにも選ばれる企業であることはお伝えしておきましょう。

AirJet_Introduction_121422.mp4 from Mary Grace Viaje on Vimeo.

AirJetは業界の「ブレイクスルー」になる

――産業界からの「AirJet」に対する反応を教えてください。

 ラスベガスで2023年1月に行われた、世界最大規模のコンシューマー・エレクトロニクスショー(CES)で、AirJet第一世代を披露しました。顧客からの反応は上々で、産業界が長い間、待ち望んでいたソリューションの「ブレイクスルー」である、との評価をいただいています。

 コンピューター内の電子回路の発展は著しく、仕組みも毎年複雑になっていくなかで、Frore Systemsのように「熱問題」を解決する技術はこれまで市場になかったのです。ハードウェアの温度上昇という問題は、パフォーマンス最大化を考える上での最大のボトルネックになっていました。

 AirJetをハードウェアに差し込むだけで、処理能力が2倍以上向上します。言うまでもなく、エンドカスタマーにとっても、動画編集や音楽作成、原稿執筆などのスピードが飛躍的に向上することで、利益になるのです。

――競合他社と差別化している点を教えてください。

 AirJetのような冷却チップを開発しているのは、当社だという点です。というのは、PCの業界でAirJetが待望されていたという事実が示すように、この製品は簡単に開発できる代物ではありません。

 AirJetの開発背景には、チップに使う素材やデザイン、製造方法の革新的な発明と、新しい方法論の確立がありました。これらがあったからこそ可能になったといえます。現在のプロダクトができるまで約4年の歳月が必要でした。

Airjet_Mini_v3_121422.mp4 from Mary Grace Viaje on Vimeo.

クアルコム出身のエキスパート2人が創業 素材、製造技術を確立

――あらためてですが、Frore Systemsを創業した経緯を教えてください。

 私と、共同創業者で現CTOのSuryaprakash Gantiは、前職はクアルコム(Qualcomm)社のVice Presidentを務めていました。つまり、私たちは半導体とMEMS(微小電気機械システム、Micro Electro Mechanical Systems)についてのエキスパートである、という意味です。

 私たちは半導体業界にいましたから、ハードウェア機器の「熱問題」が非常に大きなトピックであることを熟知していました。事実、強力なプロセッサーを開発し、製造業者に卸したとしてもその能力を最大限に発揮した製品ができない、という問題を目の当たりにしてきたのです。

 そこでAirJetのような製品を作れないかと考え、Frore Systemsを創業した次第です。

――御社は累計1,160万ドルの資金調達に成功しています。資金の使い道を教えてください。

 当社はQualcomm Venturesや、シリコンバレーの大手ベンチャーキャピタルであるMayfield Fundなどから資金を調達しています。資金は、台湾での工場建設と本社のR&Dに投入してきました。

 AirJetは既存の素材を使用しない製造技術を採用しているため、これまでの設備では開発できないのです。ですから、台湾での設備開発に資金を投入する必要がありました。

Image:Frore Systems

既に日本企業の顧客も ローカルパートナーとの協業を希望

――日本市場に進出する考えはありますか?

 企業名は明かせませんが、既に日本企業の顧客がおり、横浜にエンジニアを派遣しています。

 日本市場は大変魅力的です。なぜなら、ノートパソコンに限らず、コンシューマー・エレクトロニクスの企業がたくさんあるからです。AirJetは高性能カメラをはじめとした多くの電子機器に搭載可能で、日本は大きな市場だと捉えています。

――日本の大企業との協業で求める形態を教えてください。

 日本では、ノートパソコン製造業者をはじめ、コンシューマー・エレクトロニクスを事業領域にする企業との協業を希望しています。日本市場は当社の戦略上、非常に重要な場所になる可能性があります。ですが、シリコンバレー企業が現地のパートナー無しで成功を収めることは難しいでしょう。

 対顧客という関係性はもちろんですが、日本の製造業を知り尽くしたローカルパートナーとの協業も視野に入れたいですね。エンジンニア企業で、テクノロジーに明るく、当社のビジネスを日本で拡大できる可能性をもたらす相手がベストだと考えています。

 協業の形態として求めるベストなものはありません。形態にとらわれすぎるあまり、ポテンシャルを潰すようなことはしたくないからです。協業で何より求められるのは、両者による「win-win」の関係性の構築にあります。

Image:Frore Systems

――向こう1年間における、御社の目標を教えてください。

 今後1年間は、AirJetが搭載されたノートパソコンの販売を可能にする体制を整えることに注力します。また、AirJetに対する大きな需要が見込まれるため、それらのニーズに対応する製造能力を増強していきます。

――最後に、御社の長期的な目標を教えてください。

 AirJetのポートフォリオを拡大していくことです。現在はノートパソコンやモバイル端末が主な使用例ですが、CPUを搭載した全ての電子製品にAirJetを搭載可能にしていきます。AirJetの現行モデルは第一世代で、2年ごとにパフォーマンスを2倍向上させることを目標にしています。また、使用するプロセッサーに対応して、AirJetをより小さくしたり、大きくしたりすることも可能です。

 プロセッサーの「熱問題」はノートパソコンに限った課題ではありません。コンピューティングに関わる全ての領域に対して、AirJetが貢献できる可能性があります。製品ラインナップを広げ、すべてのデバイスが本来有しているポテンシャルを解放するソリューションを提供したいですね。



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