奥谷 直樹
<モデレーター>
イシン株式会社 常務取締役
松浦 道生
※本コンテンツは「Ishin Startup Summit TOKYO 2019」の内容を再構成したものです。
戦略コンサルティング本部 シンガポールイノベーション担当
神戸大学経営学部卒、IESE Business School MBA卒。アクセンチュア日本支社・戦略コンサルティング本部を経て、2013年よりシンガポール支社勤務。消費財・小売・物流業界において成長戦略・マーケティング・イノベーション等幅広いプロジェクトに従事。特に、日本企業におけるシンガポール・ASEANを活用したグローバルスケールイノベーションを推進。
シンガポールを活用したイノベーションの展開
松浦:本日は日本企業が今後シンガポールでどうオープンイノベーションを進めていくべきかといったテーマでお聞きしていきます。まず自己紹介からお願いします。
奥谷:アクセンチュア・シンガポールの奥谷です。いま、シンガポール、ASEANを、イノベーションを起こすための拠点として活用できるよう、日本企業に対して推進しています。
具体的には「Japan ASEAN Corridor」というプログラムをアクセンチュア・シンガポールとジャパンで推進しています。狙いはシンガポールを拠点にイノベーションを創出し、その後ASEAN市場でテスト展開することです。先進国だけでなく新興国の要素を取り入れたビジネスモデルとして、よりスムーズにグローバルや、日本へのリバースイノベーションを起こしていきます。
シンガポールのイノベーション創出とは、シンガポールのスタートアップというだけではなく、シリコンバレーでもインドでもどこでもよく、新しいイノベーションやスタートアップをシンガポールでテストするということです。単なる技術の芽を見つけるだけではなく、ビジネスモデルにまで昇華させることを目指しています。
なぜシンガポールなのか?
まず、「なぜシンガポールなのか?」ですが、4つあると思います。
1点目は「強力なシンガポール政府の推進力」です。シンガポール政府は「スマートネーション」という構想のもとに、イノベーションプログラムを構築しています。スマートネーションとは、健康、サービス、モビリティ、生活といった多面的な項目に対しデジタルテクノロジーを活用して都市を築いていくことです。
そのなかで、レギュラトリーサンドボックスと呼んでいますが、既存の規則を緩めて新しいイノベーションがテストしやすくしたり、産学官連携で優秀な人々をつなげており、なおかつお金もサポートしています。
2つ目は「グローバルトップ企業の集結」。イノベーションを進めている国というだけでなく、税制メリットや、シンガポールの安全性、教育に魅力を感じて、欧米、インドのさまざまな企業のトップが家族を連れてきやすくなっています。すると、グローバルのトップ企業が自然と集まってきます。
3つ目は「多様な人材プール」。シンガポールにさまざまな人が住んでいます。欧米人、アジア人、ムスリム、カトリック、ベジタリアン、あるいは出稼ぎの労働者。こういった人たちを消費者としてテストマーケットすることもできますし、労働者として活用もできます。
シンガポールは小さな国なので、国内の企業は当然、シンガポール、ASEANを越えたグローバル進出を狙っています。そういった視野の広いスタートアップが多いですし、ASEANのファンドレイジングの7割はシンガポールということもあるように、ASEANのスタートアップの優秀な人々は、シンガポールに何かしらの接点があります。
インドでは、8,000以上の企業がシンガポールに登記をしているというニュースがありました。これは税制面、スタートアップ支援という理由もありますが、インドまで6時間で行ける地理的側面もあります。
4つ目は「ASEAN新興市場への適応」。シンガポールはASEANだけでなくアジアの新興市場に対する適応力が高いエコシステムが構築されています。
日本企業向けに5つ目を加えるならば、日本から7時間で行けて、安全面、文化面が日本人にとって住みやすく親近感があるため、活用しやすい拠点であるということです。
シンガポール政府の強力なイノベーション推進
シンガポールのイノベーションの事例として、都市交通の自動化があります。自動運転タクシーサービス、大型無人運転バスの実証実験が、規制を緩和することでより、世界でもいち早く行われています。
また自動運転車が走ることは、市民に安全性に対して不安を与えるので、実証実験と同時にセキュリティカメラやGPSで自動運転車を把握して安全性を確保するシステムの構築を図っています。
デジタルヘルスケアでは、シンガポール国内の患者の全記録がデータベース(NEHR)に一元管理されています。NEHRは昨年、サイバー攻撃を受けて首相を含む医療情報が大量に流出しました。批判が上がってプログラムが廃止しかねないところですが、首相はアナログに戻ることは絶対にないと言っています。このように政府は新しい取り組みを本気で推進しています。
大企業とスタートアップのコラボレーション事例
シンガポールにおけるスタートアップとのコラボレーション事例を挙げます。Symphony Creative Solutions(以下、SCS)は日系の海運会社である日本郵船株式会社などの出資でシンガポールに設立された、海運向けのITソリューション会社です。2018年以降は、新しく設立された大手海運会社のOcean Network Express社とのパートナーシップにより取り組みを進めています。
そこで彼らが行ったのは幅広いスタートアップに対して海運業界への興味を喚起するイベントで、母体企業のトップが登壇し真剣度をアピールしました。もうひとつはシンガポール港湾庁、シンガポール国立大学を巻き込んでのブランディング。こういった活動の結果、スタートアップと船の入出港業務の自動化を行いました。そのスタートアップはもともとフィンテックにフォーカスしていましたが、いまでは他の海運会社にも目が向いています。
2つ目は米保険会社のメットライフ生命です。彼らはイノベーションには失敗はつきものだと考えています。そのため、実業のスケールが小さく、たとえ失敗してもダメージが抑えられるシンガポールに拠点を設けています。彼らはスタートアップに課題を提示してコンペティションを行っていますが、参画したスタートアップは、ASEANだけでなく世界中から集まっています。
彼らはスタートアップにストレスを与えないことにこだわっていて、10分で完結するスタートアップの申し込みフォームを整備したり、契約書も先に整えておくなどの工夫をしています。契約に関して、企業側内部で時間がかかっている間にスタートアップが逃げていくというのはよくある事例なので、ここは重要だと思います。
3つ目はユニリーバです。ユニリーバは、“ユニリーバ・ベンチャーズ”という比較的アーリーステージのスタートアップの発掘及び投資を行う組織と、“ユニリーバ・ファウンドリー”というスタートアップをスケールアップすることにフォーカスした組織に、あえて区分して運営しています。それにより、ユニリーバ・ファウンドリーは自社のブランドやアセットの活用をポテンシャルの高いスタートアップだけに集中投下することができますし、受け手のスタートアップにとっても明確な提供価値の差別化ができています。
「Singapore as a test bed」
松浦:ありがとうございました。これらの事例を通じて、日本に向けてどういうメッセージを伝えたいですか。
奥谷:ひと言で言えば「Singapore as a test bed」。これまでは地域統括会社(RHQ)としてのシンガポールをいかに強化して、アジアビジネスを成長させていくかでした。これは続けるべきことですが、政府が推進している活動や周辺のアジア新興国など総合的に考えると、グローバルレベルのイノベーションを起こす拠点として、シンガポールは今非常に魅力ある国です。シンガポール経済開発庁(EDB)自身ももジャパンデスクを東京に設けて、国としてどんどん来て下さいという機運は高まっています。これを逃す手はないと思います。
松浦:日本企業はオープンイノベーションの重要性はわかっていますが、緊急性は感じていません。日本企業はどのタイミングで取り組むといいのでしょうか?
奥谷:いわゆるイノベーション、まったく新しいビジネスを立ち上げるだけを考えると、新設組織をつくって試すだけになってしまいます。そうするとコア事業と距離感ができて、面白いアイデアでテストができても小粒で終わることはよくあります。
我々は「Grow the core & Scale the new」と言っていますが、本業の成長を強化していくことと新しい事業を生み出すことは同時並行でやるべきで、当然それはシンクロしていきます。そうしないと継続的なイノベーションを起こす命題には行き着きません。緊急性という意味では、本業の利益貢献や競争力にいかに結びつけるかが重要だと思います。
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