ホンダのグローバルイノベーションの取り組み
――まずホンダのオープンイノベーション活動の変遷と現在の取り組みについて紹介してもらえますか。
ホンダのオープンイノベーションは2000年初頭、リミテッド・パートナー(LP)としてベンチャーキャピタルファンドに出資することからスタートしました。
Slide: Honda Innovations
2005年にはシリコンバレーで、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を立ち上げました。2011年にCVCチームを「オープンイノベーションラボ」に組織変更し、スタートアップ企業へ事業開発のリソースを提供しながら協業するプログラム「Honda Xcelerator(ホンダ・エクセラレーター)」をスタート。ここから生まれた成果は、製品にも搭載されています。
オープンイノベーションをさらに加速させるため、2017年に本田技術研究所の米国法人であるHonda R&D Innovations設立し、2020年、技術とビジネスの両面からホンダの企業変革を加速させるため、本田技研工業100%出資の米国法人となり、社名をHonda Innovationsに変更しました。
我々が重視するのは、AIやロボティクス、コネクテッドカー、HMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)、産業革新やエネルギー革新、自動車データビジネス、車載アプリケーションなど「スタートアップが得意とし、かつホンダの未来に大事な領域」です。
北米、ヨーロッパ、イスラエル、中国、日本などグローバルに展開し、さまざまなスタートアップとのつながりを築いてきました。ただし、最初から出資ありきではなく、協業を通じてお互いの方向性などが一致した場合に出資していくスタンスです。
大きな成果をあげた最初の事例が、アップルやグーグルとの協業による「Apple CarPlay」「Android Auto」です。いずれもナビなどスマホのアプリを運転中に安全に使うためのもので、今やどのスマホでも標準機能として搭載されています。
Photo: Hadrian / Shutterstock
「なぜホンダ独占の機能にしなかったのか?」という質問をよくされるのですが、ホンダ専用機能ではユーザーにとっても、スマホ側にも、アプリを制作する企業にとってもそれほどメリットがありません。「ユニバーサルで使えるからこそ大きな価値を生み、お客様の安全性や利便性につながる」というのが我々の考えです。とはいえ、世界初でこれらの機能を搭載したクルマを発売することで、パイオニアとしての優位性から、ビジネスとしてもしっかり成立しました。
2019年には、Drivemodeというスタートアップの買収も行いました。同社との協業では、「Apple CarPlay」「Android Auto」のような機能を一歩進め、「スマホに全く触れず、音声のみでオペレーションできる」アプリを作り上げました。
Drivemode社のアプリと連携する小型ディスプレイを搭載したホンダの二輪車も、2020年から世界各国で販売されています。なお、買収後もDrivemodeはホンダグループでありながら独立運営の企業として、スタートアップならではのスピード感やクリエイティビティは保ち続けています。
Slide: Honda Innovations
また、SoundHound(サウンドハウンド)との協業により、「OK、Honda」で起動する音声AIアシスタントも製品化。2020年発売の電気自動車「Honda e」に組み込まれています。
同じく電気自動車に関しては、充電を専門とするubitricity(ユビトリシティ)とも協業。同社が制作するインテリジェントなケーブルは街灯をコンセント代わりにできるほか、充電のコントロールや充電完了度のモニタリングなども可能です。こちらは、今後ホンダから発売される電気自動車に採用を検討しています。
社内アイデアを生かした新事業創出プログラム
――社内のアイデアを生かした、新規事業開発も始めたそうですね。
これまでのホンダのオープンイノベーション活動は、外部のスタートアップの技術やアイデアを活かしてホンダのイノベーションを加速する、いわば「インバウンド」なイノベーションが中心でした。一方でホンダ社内でもさまざまなアイデアが生まれはしたものの、それらは必ずしもクルマやバイクといった既存事業に落とし込めるものばかりではありませんでした。
そうした技術を社会課題の解決に活用し、「アウトバウンド」的なイノベーションを目指して2017年に立ち上げたのが、新事業創出プログラム「IGNITION」です。スタート以降、社内からさまざまなアイデアの応募があり、今回このプログラムにホンダの外でスタートアップとして運営する「起業」という出口が追加されました。
IGNITIONの特徴の1つは、「ベンチャーキャピタルとの連携」です。VCにはアイデアの社内審査会から参画してもらい、通過したアイデアは社内で、あるいは起業してスタートアップとして事業化。後者の場合は、VCなど投資家と連携し、出資や事業サポートを受けながら運営していきます。
Slide: Honda Innovations
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特徴の2つ目は、ホンダへのスピンイン、または独立したままの事業継続という「2つの道筋」があることです。育った事業をホンダに取り組みたい場合は、M&Aによってスピンイン。一方、独立したまま事業を継続したほうがいいと判断した場合は、VCと連携して事業を続けていきます。ホンダもサポートしますが配下にはせず、株の持ち分は20%未満に。もちろん必要な追加投資も行います。
IGNITION発の起業第1号となったのが、視覚障がい者に安全な移動を提供することをミッションとする「ASHIRASE」というスタートアップです。
日本だけでも約145万人の視覚障がい者(ロービジョン)がいますが、彼らが外出する際にはさまざまなサポートが必要となります。タクシーの利用補助は限定的ですし、常に空車が見つかるわけでもありません。盲導犬も全国で1000頭ほどしかおらず、飼うとなっても世話が大変です。ガイドヘルパーも利用制限や予約が取りづらいという問題があり、家族を頼る場合にも大きな負担がかかります。
視覚障がい者の方が安心で道に迷うことなく、自由に外出できるようにと開発されたのが、歩行ナビゲーションデバイス「あしらせ」です。
Slide: Honda Innovations
「あしらせ」には、モーションセンサー・コンパス・GPSを内蔵。専用のナビアプリから送られる曲がり角や一時停止などの情報が、靴の甲・外側・かかとに取り付けた振動センサーデバイスに送られる仕組みです。例えば、前進を指示する場合は前部が振動し、一時停止の場合は全てが、右左折の場合は曲がる側の靴の外側が振動。振動の仕方を変えることで、安全な歩行をナビゲートしていきます。
視覚障がい者の方は普段、カラダの知覚機能をフル稼働させて歩いています。白杖を叩いたときの感触で、道や周囲の状況を確認。周囲の音や白杖を叩く反響音を聞くことで、曲がり角や建物の有無を判断します。足の裏では、段差や点字ブロックなど探っているのです。「あしらせ」では、音声案内などは使わず、足の甲に振動で伝えることで、これらカラダのセンサーを邪魔しない設計がされています。
「成功は99%の失敗に支えられた1%である」。ホンダの創業者・本田宗一郎が残したこの言葉こそが、ホンダのDNAでありホンダスピリットです。今後も社内外でのイノベーションをさらに加速させ、「ホンダをもう一度ベンチャースピリット溢れる会社にする」ことが、現在の我々の願いです。
ミッションは、ホンダの企業改革
――Honda Innovationsの役割はどう変わってきたのでしょうか。また、成果はどうやって評価しているのでしょうか。
スタート時は新技術の探索でしたが、現在ではオープンイノベーションを通じてホンダのコーポレートトランスフォーメーションを加速することがミッションです。
それまで、我々自動車メーカーが主に付き合ってきたのはサプライヤーさんでした。必要な部品やパーツをすぐ装着できる形・モジュールで提供してくれるサプライヤーさんと比べ、スタートアップはいわゆる付き合いやすい相手ではありませんでしたね(笑)。
彼らの技術は突出していますが、いわゆる「ポン付け」できるものではない。彼らの技術をどう取り込んでいくべきか、最初はかなり四苦八苦しました。今では、スタートアップとともに将来に向けた新たな事業・サービス・製品をともに作っていくというフェーズにまで辿り着いたと思っています。
ただ、何をもって今日の成果とするかは難しいところです。我々の仕事はホンダの未来をつくることであり、いかに大きなインパクトを未来に残せるかが成果となります。そのため、短期的なノルマなどもあえて設けていません。
――グローバルでイノベーション活動を展開していくにはパートナーが欠かせません。パートナーをどう見つけ、コラボレーションしていますか。
我々はCVCからスタートしているだけに世界各地のVCとの強いネットワークがあり、彼らからスタートアップを紹介されるケースがほとんどです。
我々が投資家の立場で投資をしているベンチャーファンドも世界各地に5つあり、彼らとはしっかりとしたコラボレーションを行っています。さらに、人間的につながりのあるVCもたくさんあり、そこから紹介・相談をいただくケースも多々あります。
――スタートアップと協業するにあたっては、社内の巻き込みが必要不可欠です。スタートアップ協業の経験を重ねるごとに社内の連携はスムーズになっているのでしょうか?
スムーズになった分野も苦労している分野も、両方あります。ソフトウェアやクラウドといった領域は比較的スピーディに進み、先述したアップルやグーグルとの連携も、話を始めてから2年ぐらいで量産できました。新車開発に数年かかるクルマの世界では、非常にスピード感を持って実現できたと言えるでしょう。
対して、ハードウェアはそれなりに時間がかかります。我々の製品はお客様の命を預かるものだけに、確実に安心して使っていただくためには、それなりのプロセスが必要です。
全体としては、社内や経営層の理解は非常に深まっていると感じています。ホンダはモノづくり企業ですから、協業で生まれた「モノ」を見せることで、イノベーションを具体的に理解してもらえたという実感です。
最初は「スタートアップって?」という状態でしたが、今では「我々の業界をディスラプトするスタートアップと競争するのではなく、共創によっていかに早く彼らの技術やアイデアを取り入れて、我々自身が変わっていくか」という認識に変わってきています。
尖ったアイデアをVCと連携して大きく育てる
――「IGNITION」についてですが、起業という選択肢を加えたのは、非常に大胆な決断だと思います。どういう経緯がありましたか?
IGNITIONプログラムのスタート時から、社内からたくさんのアイデアが集まっていたものの、ホンダの社内ではうまく事業化できないケースが多かったんです。例えば、ホンダの現在の主な販路はクルマやバイクのディーラーですが、「ディーラーが扱えない新しいものを、どうやって売るのか?」と言った入口で議論がストップしてしまう。売上10兆円を超える企業では、最初の売上が数億円という新規事業の売上のために大きなリソースは使えません。これは、大企業ならばみな突き当たる壁でしょう。
Slide: Honda Innovations
一方で、世の中にはユニコーン企業が多くあります。業績は赤字でも、投資家が将来性に期待しており、企業価値が1000億円を超える会社がゴロゴロある。そこで、「ホンダ社内で持て余すアイデアなら、外に出してVCと一緒に本物のスタートアップとして育てては?」とHonda Innovationsが提案し実現ました。
アイデア提案者自身が起業してでも実現したいという想いがあるが、社内の新事業として成功する確率が低いアイデアは、ホンダの外で起業して成功を目指す。トップ層からは「どれくらい投資するのか?」「提案者はホンダを退職して起業するのか?」「失敗したら?」など心配の声も多くありましたが、みな社員のアイデアや技術を大事に考えているからこそ、いい議論ができましたね。最終的に、「ホンダの持分比率は20%未満に抑えて、事業育成のプロであるVCからの出資とサポートを受けて、ホンダの外のベンチャーとして一緒に育てていく」という方法にまとまりました。
ちなみに、ASHIRASE代表の千野君は自動運転システムのエンジニアでしたが、起業後はホンダを休職扱いとなり、ホンダからの給料はもちろん一切のベネフィットもありません。
ASHIRASE代表取締役CEOの千野歩氏(Slide: Honda Innovations)
――どんな人材がイノベーションに向くと思いますか?
サラリーマンとして順調に出世したい人は、向いてないように思います。思い込んだら突き進む情熱をもった、言い様によってはちょっとクレイジーな人が向いているのではないでしょうか。