シリコンバレーの日系CVCにおける、成功例の1つである旭化成。「新規事業開発の手段としてCVCを明確に位置付ける」「M&Aをゴールに設定」「本社の研究開発予算の3%をCVCのために確保」「CVCチームだけで投資決定できる体制」など、独自の方法で道を切り開いてきた。立ち上げからチームを牽引してきた森下隆氏に、CVC活動のポイントや新規事業創出のための取り組みについて聞いた。

<目次>
・CVCへの権限委譲で意思決定をスピーディに
・スタートアップ買収のコツ
・カーブアウトとコーポレートアクセラレーターの有用性
・「R&D費の一部を使い、別のアプローチで事業をつくらせてほしい」
・「いい会社を探して」「いい技術ない?」と言われても困る
・CVCをブームで終わらせるな

CVCへの権限委譲で意思決定をスピーディに

――まずは旭化成のCVC室の活動・組織概要についてお聞かせください。

 我々は2011年にシリコンバレーで投資活動を開始しましたが、当初は素人集団でかなり投資における機会損失もありました。しかし2016年に投資委員会を設置してスピーディな投資決定ができる仕組みをつくったことで、案件も増えてきました。

森下 隆(Asahi Kasei America General Manager, Corporate Venture Capital)
2008年、旭化成コーポレートベンチャーキャピタルを設立し、ゼネラルマネジャーに就任。これまで欧米の30社以上のベンチャー企業に投資し、2社を買収 投資先企業の取締役としてベンチャー企業の経営参画や上場、資産売却などベンチャー投資関連実務およびベンチャー企業との戦略的提携を用いた新規事業開発に20年以上の経験がある。東京工業大学で化学工学の修士号、博士号を取得

 現在、旭化成のCVC室では3年間で7500万ドル、年間2500万ドルの投資枠を設けています。旭化成の研究開発費が年間800億円ですので、全体の3%ほどを使い、従来とは違うアプローチで事業創出を目指しているわけです。

 なお、1社あたり500万ドルまでの投資に関しては、本社の許可を求める必要がありません。あわせて、投資関連の書類にCVC室長がサインをすることも認められ、スピーディな意思決定・手続きができるようになっています。

 イノベーションの中心地が北米であることには変わりはなく、我々もシリコンバレーとボストンに拠点を置いて継続的な投資を行っています。ここ数年はアメリカでの事業会社の買収が進んでおり、現地法人も増加しました。スタートアップとのPoC(実証実験)でも、現地法人で行うケースが増えました。

 他にもドイツと上海にも拠点を置いています。ヨーロッパでは「サーキュラーエコノミー」がキーワードになっており、我々もリサイクルや環境負荷の低い材料開発を行うスタートアップに注視し、長期的に取り組むつもりでいます。

 中国は「世界第2位のスタートアップ大国」と言って間違いないでしょう。エコシステムの内製化も進んでおり、ここ2~3年でヨーロッパの素材系の会社がCVCをスタートさせています。我々もローカルなファンドに出資し、ネットワークづくりを始めています。

スタートアップ買収のコツ

 ここから、新事業をつくる取り組みについてご紹介します。我々は「投資・提携・買収」「カーブアウト」「コーポレートアクセラレーター」という主に3つの方法で新事業を生み出しています。

 まずは、1つ目のスタートアップ投資・提携・買収について。投資から買収において大事なことは、「目的は何か」をしっかり定めることです。目的には、事業を進めていくためのプラットフォーム技術を獲得する「技術スカウト」と、製品拡大やマーケットチャネルのタッチポイントを獲得するための「事業スカウト」があります。

 技術スカウトのケースで言えば、紫外発光ダイオード(UV-LED)を開発するクリスタルISという企業の例があります。同社の技術と旭化成が培ってきた技術を掛け合わせることで、「殺菌」という新しい分野へチャレンジできることがポイントとなりました。

 クリスタルISへは最初に200万ドルの出資と共同開発契約の締結を行い、旭化成の技術者が現地で彼らの開発をサポートしました。技術者が開発に携わりながら同社の技術の本質や課題を見極めていき、1年間の共同開発後に「この技術を100%抱え込もう」ということで買収しました

 技術スカウトを目的とした買収では、「マイノリティ出資」と「エンジニアリングサービスを付加したJDA」との組み合わせが最も効果的と考えています。少ない投下資本でも共同開発を通じて、適正な技術評価・買収の判断ができるからです。クリスタルISへの最初の出資の意図も「技術力を知る」ためであり、200万ドルという金額は「デューデリジェンスをするための探索費用」だったわけです。

 さらに、同社の買収ではCEOの採用という成果も上げています。通常、買収成立後に対象会社のCEOは退職するものですが、今回のケースではその人物を旭化成で採用し、CVCチームへ参画してもらいました。

 スタートアップ側での投資・提携・買収経験は、今後の我々のCVC活動においても非常に有用であり、別のスタートアップとの交渉時においても彼がブリッジとなってくれる。さらに、買収先企業のCEOが買収元企業のメンバーとして働いていること自体が旭化成の評価を高めることにもつながり、我々としても非常に活動しやすくなっています。

カーブアウトとコーポレートアクセラレーターの有用性

 続いては、新事業創出の仕組みの2つ目「カーブアウト」についてお話しします。このプログラムでは、会社の枠を越えて自由な事業設計・展開を行い、スタートアップとしてイグジットすることを目指しており、タウト(カメラ付き指向性スピーカーを活用したターゲット広告事業を展開)という会社が1号案件です。

 今回のケースでは、我々は少数株主として関与し、ライセンス契約を結ぶ形で事業関係を保っています。この先は、第三者からの投資が得られるかがポイントとなるでしょう。

 新事業創出の仕組みの3つ目は「コーポレートアクセラレーター」です。こちらはLinkedInを使って、先述したクリスタルIS社のUV-LEDを使った空気殺菌ビジネスのアイデアを社外公募しました。計27点の応募があり、最終選考でミシガン大学からスピンアウトしたアーリーステージのスタートアップと、イスラエルのデザイン会社の2社が選ばれました。

 この2社には最大25万ドルの資金と、クリスタルIS社からのエンジニアリングサービスが提供されます。それらを活用して事業のアイデアを実現してもらうことが目的であり、結果次第では旭化成とのさらなる関係構築の可能性も生まれます。また、現在はコーポレートアクセラレーターを活用して2回目のビジネスアイデアを募集中です。

「R&D費の一部を使い、別のアプローチで事業をつくらせてほしい」

――そもそも、CVCの立ち上げについて振り返ってもらえますか。

 立ち上げは2008年ですが、CVCを最初に意識したのは2001年ごろでしょうか。過去に旭化成エレクトロニクスとスタートアップとの協業プロジェクトにかかわったことことがきっかけです。スタートアップが「技術をお金に変えていく」という事業開発のプロセスを、非常に効率的に進めているさまに感銘を受けたのです。

 「この事業開発のファンクションを社内に取り込まなければ」と強く思い、その仕組みとしてCVCは機能すると思っていました。ただ、当時もCVCを手がけている事業会社はありましたが、投資収益の悪化やマネージメントの難しさから撤退している企業も多かった。

 ですので、いったん日本に戻って本社でスタッフ業務をしながら「どういうかたちでCVCを立ち上げるか」を考えながら準備を進めました。それまで5年間スタートアップと仕事をしてきましたが、その経験が立ち上げのモチベーションになりましたね。

――会社にCVCを提案する際は、どう説得しましたか?

 事業の作り方には、様々な形があります。私自身も必ずしもCVCが機能するわけではなく、あくまで1つの方法だと考えています。

 ただ、多くの会社に当てはまると思いますが、経営側には「自社の研究開発から事業が生まれない」という意識が常にあるものです。私の場合は「R&D費の一部を使い、別のアプローチで事業をつくらせてほしい」と提案しました。経営サイドから見ればお金の使い方を変えるだけの違いであり、「別の方法で事業創出を」という提案が響いたのだと思います。

――スタートアップへの投資にステージは関係ありますか? 投資段階ではM&Aも、ある程度視野に入れていますか?

 ステージはあまりこだわらず、目的に合った会社選びが大事です。事業スカウトが目的であればある程度売上が出ている企業でないと判断できないですし、技術スカウトが目的であればアーリーステージの会社でも問題ないと考えています。

――投資領域や予算は、経営サイドからのトップダウンで決まりますか? CVCサイドからのボトムアップですか?

 どちらもありますが、デジタルヘルス領域に関しては経営サイドからの意見を反映しました。ボトムアップで進める際は、アメリカ政府の補助金の動向やスタートアップ投資がどんな領域に集まっているかを注視しています。

 また、事業会社の方に来てもらった際、「アメリカでは〇〇といった問題があるが、自社のビジネスでサポートできる部分は?」といった意見を聞くことで、事業のチャンスを探っていく方法もあります。

――現地でCVCを運営するには、プロの視点・スキルが必要だと思います。現地スタッフの採用のポイントや、本社社員のトレーニング方法を教えてください。

 現地スタッフについては――たとえばヘルスケア分野では、VC経験をもつ人を責任者として雇い、ローカルのアソシエイトも付けました。ヘルスケア分野はコロナ禍でもディールが減らず、彼個人のネットワークが非常に役に立ちました。私もアメリカで長年仕事をしていますが、なかなかローカルな人たちと同じネットワークを築くことは難しいですから。

 本社社員については、現地でローカルの人と一緒に仕事をし、OJTでプロフェッショナルな仕事の進め方やネゴシエーションの仕方などを習得していくのが一番でしょう。

「いい会社を探して」「いい技術ない?」と言われても困る

――CVCのみで意思決定ができるようになると、本社との距離も生まれがちではないでしょうか。経営層にCVCの活動を理解してもらうためにどんな働きかけをしていますか?

 いちばん大事なのは、経営陣からきちんとサポートしてもらうことです。そのためにはこまめに進捗説明をし、CVCへの理解を深めてもらう必要があります。我々は経営陣と3年ごとに予算設定の場を設けていますが、それとは別に毎年経営会議で年次報告をしています。事前には経営会議のメンバーに個別で30~60分ずつ時間をとってもらい、CVC活動状況を理解してもらっています

 事業部・事業会社については、「何とかして新事業を」という焦燥感がある部門は「CVCに相談してみよう」という姿勢になりますが、そうでないところは難しい。ただ、前者の場合も、単に「いい会社を探して」「いい技術ない?」と言われても困るわけです。まずは人を出してもらって一緒に活動していくことが大事です。興味をもってくれる事業部・事業会社と、一緒に仕事をして、成果につなげていくという形で関係をつくっています。

――以前のインタビューで、森下さんは「長く続けるために、トータルで損金を出さないように意識している」とおっしゃっていましたね。この意識は変わりませんか。

 そうですね。やはり損金が出てしまうと、景気が悪くなったときに真っ先に見直しをされてしまいますから。健全に運営していくためには、きちんと資金を回収して次の投資に充当していくことが大事。海外拠点も含めた経費全体を回収するのはなかなか難しいですが、少なくとも「投資額は回収する」という考えがないと、継続は難しいでしょう。

CVCをブームで終わらせるな

――最後に、コロナ禍でイノベーション活動を推進する日本企業に向けてメッセージをお願いします。

 コロナ禍による落ち込みは2年後ぐらいに復調すると言われていますが、「フィナンシャルVCとCVCでは少し状況が異なるのでは」というのが、私の考えです。

 特に我々のようにものづくりが絡むスタートアップへ投資するCVCは、「投資しているスタートアップが移動の制限によってPoCを回せず、顧客開拓ができない」「新規投資家にリーチできない」といった理由で、資金繰りが苦しくなるところも増えるのではないかと考えています。事業会社も業績が不透明になりがちな状況だけに、CVCだけでなく投資全体を見直す動きが出てもおかしくないでしょう。

 そもそも、スタートアップにとってCVCとは「景気がいいときに来て、悪くなるといなくなる人たち」と思われている節があります。だからこそ、厳しい状況のときにサポートしてくれる会社は「グッド・コーポレートパートナー」として見なされ、スタートアップコミュニティにおける評判も上がるはずです。そうした評価は、今後のCVC活動に大きな好影響を及ぼすのではないでしょうか。

 これまで何度か起こったCVCブームのように好景気時限定の一過性のブームで終わらせず、ぜひ皆さんと盛り上げて続けていけたらと思っています。

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