設立から5年。幅広い領域で約90件、2021年だけですでに16件の出資実績をもつソニーのCVC「Sony Innovation Fund」。同ファンドは米国、EU、イスラエル、日本、インドにオフィスを構え、およそ2億5000万ドルのファンドを運用している。昨年9月には環境ファンドを創設したほか、投資先各社へのESG取り組み支援プログラムも開始し、社会課題の解決に役立つ技術・ベンチャー支援にも注力している。今回はSony Innovation Fundのチーフインベストメントマネジャー兼Innovation Growth VenturesのCEOである土川元氏に、ファンドの取り組みやチーム作り、出資先の見極め方などを聞いた。

目的に応じた3つのファンドを運営。環境分野にも注力

――まずSony Innovation Fundの概要、取り組みについてお聞かせください。

 我々Sony Innovation Fund(SIF)は、2016年6月に活動を本格化させたソニーのCVCです。ファンドもソニーもともにメリットを得ながら運営することを重視しており、ソニーグループのグローバルな目利き力を活用して投資専門チームが高成長企業に投資し、高いリターンを実現することを目標としています。

 ソニーグループにとってのメリットとは、タイムリーな新興企業のトレンド把握、早期のアセット獲得、場合によってはスピーディな協業やM&Aです。さらに、ソニーの戦略に沿うかたちでESGやSDGsに取り組むという目的もあります。

 設立当初はロボティクスとAIという技術サイドから投資をスタートしましたが、徐々に「技術そのものでなく、技術がどう使われるかが重要」という認識になり、投資分野はどんどん拡大。現在のコアは、ヘルステック・フィンテック・エンタテインメントテックなどです。

土川 元
Sony Innovation Fund Chief Investment Manager
Innovation Growth Ventures Chief Executive Officer
1984年一橋大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。88年スタンフォード大学にてMBA取得。メリルリンチを経て、2004年ソニーに入社。08年IR部門長、11年本社Corporate Development部門長、14年ソニーモバイルCSO、16年Sony Innovation Fund Chief Investment Manager、19年より Innovation Growth Ventures株式会社CEOを兼任

 現在は3つのファンドを運営しており、1つはソニーが全額出資し、シード~アーリーステージの企業に投資をする「SIF」です。2つ目は、時間の経過とともに増えてきたミドル~レイターステージ企業への投資に対応するため、大和キャピタル・ホールディングスと共同で2019年に設立した「Innovation Growth Fund(IGF)」です。

 3つ目のファンドとして、地球環境の改善をめざすアーリーステージの企業への投資を行う環境ファンド「Sony Innovation Fund:Environment(SIF:E)」を、昨年9月に立ち上げました。日本企業としてインパクトファンドに取り組むケースは、私の知る限り初ではないでしょうか。投資分野は、ソニーがフォーカスしている「気候変動」「資源」「化学物質」「生物多様性」の4つです。

Slide: Sony Innovation Fund

 SIF:Eの第1号投資先は、生物多様性に取り組むソニーのカーブアウト企業SynecO(シネコ)でした。

 彼らはアフリカのブルキナファソという国で「肥料等を使わずに、砂漠を収益が出せる農地へ変える」という成果を生みました。ある1種類の作物を作る場合には肥料が必要ですが、数十種類の違う作物を同時に植えると、土地は自然に蘇生するという地球本来の力を、SynecOが実証したわけです。

 今後は壁面緑化のビルなどへのユースケースなども見込めると評価し、投資を実行しました。なお、SIFでは通常カーブアウトへの投資は行っていません。

SynecO社はソニーからのカーブアウトで生まれた(Image: SynecO HPより)

 また我々は、早い段階からESGに取り組むことが、投資先企業の長期的かつサスティナブルな企業価値向上につながると考えています。

 そこで、投資先であるスタートアップ各社のESG成熟度合をスコアリングし、評価・投資後のモニタリングを行う「ESG取組支援プログラム」をこの6月に開始しました。とはいえ、現実的にはESGに取り組む余裕のないスタートアップが多いので、まずは現状を理解し、将来的に徐々に改善していくことを目指しています。

社内の人材を育成し、ゼロから投資チームを作り上げた

 SIFの活動において、ソニーの存在は非常に大きいものです。まず、CEO・吉田憲一郎とCFO・十時裕樹はともにSo-netの経営経験があり、ベンチャー界隈への見識が極めて高い。経営陣がこうした領域に深い理解をもっていることは、大きな助けとなります。

 また、多様な事業をもつソニーの業態はベンチャー投資において有用なリソースとなっており、スタートアップとの面談時には複数の事業部の助けを借りています。さらに、海外でソニーの名前を出すと多くの企業が門戸を開いてくれる状況も、非常にありがたいことだと実感しています。

 チーム作りに関しては、「数年は堪えないといけない」というのが実感です。最初から社内にキャピタリスト人材がいる状況は、そうそうありません。ですから、特定の分野に強い人材を集めてクロストレーニングを行うのです。そうした取り組みによっていいカルチャーのチームができあがっていくと、私は確信しています。

 我々も設立当初は社内にキャピタリストはいませんでしたが、社内連携が必要なポジションだけに、社内の人間をトレーニングしていくことが一番の近道だと考え、ゼロベースからキャピタリストチームを作り上げてきました。M&Aや事業開発の人材、エンジニアにチームに加わってもらい、お互いに学んでいく方法を徹底したことで、現在は強いチームができ上がったと自負しています。ただし、現在は男性が多いので、今後は女性の投資・事業開発経験者の方に加わってほしいと考えています。

Slide: Sony Innovation Fund

 投資委員会はソニーの各専門分野のトップと私との計6名で構成されており、CEOはメンバーではありません。立ち上げ当時のCEO・平井一夫から、「トップが加わるとスピードが落ちてしまう。多様な分野の専門家たちでチームをつくり、クイックに意思決定するように」という言葉があったからです。非常にありがたい言葉でした。

とにかく数多くのスタートアップと会うことを重視

― 以来、我々はとにかく数多くのスタートアップと会うことを重視しており、スクリーニングを行った企業は約1万2000社。4000社以上と面談を行い、約90社のスタートアップへの投資を実行しています。(2021年6月時点)

Slide: Sony Innovation Fund

 投資は協業を前提としておらず、単体で実行しています。もちろん協業へ発展すれば言うことはありませんが、お互いの事情やカルチャーの違いもあるため、「協業は機会があれば」という考え方です。

 YouTubeなど、会社創成期の段階で我々とコンタクトをとりながらも協業には至らず、その後急スピードで成長していった企業は多くあります。我々としてはそうした企業のポテンシャルを見極め、しっかりと関係をつくることを重視しており、そうした活動がやがて投資のリターンの上昇につながると考えています。

 とはいえ、投資先とソニー各事業部との出会いの機会づくりは行っています。年1回開催される社内技術交換会「ソニー・テクノロジー・エクスチェンジ・フェアー」ではSIFの投資先企業のブースを設け、社内エンジニアたちが彼らの技術を見られるようになっています。特に新規事業を手がける部署では彼らに対する関心が高く、期間中500~800件の面談が実施されています。こうした試みにより、what3wordsやSun Asteriskなど数々のコラボ事例も生まれています。

Slide: Sony Innovation Fund

社員が直接スタートアップと関わることが重要

――どうやって投資対象のスタートアップを探し、見極めているのでしょうか?

 最も肝となるのは、CVCに関わる人材一人ひとりの意識だと思います。目指すべきは、やはりキャピタリストです。

 さまざまな会合に出席してスタートアップとコンタクトをとり、業界分析をし、周りを説得しながらデューデリジェンスを行い、契約し、会計分野も見ながら、その企業の動向を追っていく。大変そうに聞こえるかもしれませんが、それがキャピタリストの仕事です。人によってはどんどん会合に参加してコミュニケーションを取ることが得意な人もいれば、そういったことは苦手でもエグゼキューションは得意な人もいます。

 得手不得手はあるにせよ、そもそもキャピタリストとしてのスキルや経験を持つことは、本人のキャリアづくりにおいて非常に大きな意味があります。そういった理解さえできれば、得意でなかった分野にも少しずつチャレンジをしていくようになるものです。まずは、一人ひとりが「この仕事に取り組むことで、自分のキャリアが広がる」という期待や目線をもつことが大事です。

Photo: Indypendenz / Shutterstock

――ゼロからキャピタリストチームを構成したということですが、なぜ社内の人材育成にこだわったのですか?

 「CVC設立か、LP投資か」で迷っている企業は多いと思います。そうした企業の多くは、「社内に人材がいないから」とLP投資に向かってしまう。

 ソニーの場合は、「社員が直接スタートアップと関わり、自分たちで考え、議論していくというプロセスがなければ、本当の意味で実にはならない」と考えました。

 先ほどもお話ししましたが、キャピタリストとしてのキャリアを自分事としてとらえられると、「やってみたい」と意欲的になる人は多いものです。そこから自らいろいろ調べたり、特定分野について社内のプロフェッショナルから学んだりしていくことで、大きく成長していきます。人材は必ず育てられるものなんです。

――スタートアップと会ってから投資の意思決定までに、どれぐらいの時間をかけますか?

 「日本の会社はスピード感がない」と言われるのがすごく嫌で、最初の案件は面談から投資金の払い込みまで4週間で進めました。

 組織が大きくなってくると、どうしても6~8週間はかかってしまいますが、重要なのはチーム内のコミュニケーションです。ターゲットとするスタートアップの核などについて事前によく話し合っておくことが、プロセスマネジメント上では大事だと思います。

投資先の見極めと協業判断

――投資段階では協業を前提としていないとのことですが、具体的に事業につなげていく際のスキームとは?

 投資先として見るべきは「成長できる会社」以外にありません。「この会社は本当に成長する」「成長を支援したい」と全員が思えることが最も重要です。

 スタートアップというのは時間経過とともに事業も広がっていくので、その過程においてスタートアップが「適切だ」と思うタイミングで協業の話ができるのがベストではないでしょうか。我々の場合、投資段階での協業は1~2割ですが、その後は4~5割の出資先と何らかの協業が行われています。投資先企業はある意味ソニーファミリーの一員となるため、協業機会も増えていくのです。

 もちろん、なかには「協業が前提」という会社もあり、その際は候補となる事業部と話をしてもらいますが、その場合は、投資もセットで行うわけではありません。

 ソニーではスタートアップ界隈への関心がある社員が数百人はおり、自分たちで彼らの動向を探っています。我々もそうした社員たちとのネットワークはありますので、あるスタートアップを見つけた際にはすぐに彼らを巻き込んでバリュエーションを行います。

 そのうえで投資の価値があると判断した場合には、投資は投資として実行します。投資から1年ぐらい経ち、次のステップを検討する段階でバリュエーションに携わった社員に協業についての意見を聞き、前向きな返事がきた場合に具体的な話に進んでいく。これが一般的な流れです。

――KPIはどう設定していますか?

 最も重要なのは、どれだけ多くの潜在候補先に会うかという面談数です。投資パフォーマンスの責任は私にありますが、出資先のパフォーマンス評価や考証は常にチームで行っています。

――いまだに難しく感じることはありますか?

 グローバルな体制は魅力的な半面、難しさもあり、とにかく時間をかけて話し合っていくことが重要です。特にアメリカやヨーロッパの人たちは、組織体系を重視します。

 日本企業は日本中心の組織体制を描きがちですが、それでは日本以外のメンバーのモチベーションは下がってしまう。海外のチームメンバーをどう盛り上げていくかは大きなテーマですね。



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