夜空を旅する星の光のように、レーザーでデータを届ける——。このシンプルな原理を、地上から宇宙までの実用インフラへと昇華させたのが、シンガポール発のTranscelestial Technologies(トランスセレスシャル・テクノロジーズ)だ。

同社の無線レーザー通信システム「CENTAURI(ケンタウリ)」は、光ファイバー並みの高速・低遅延を実現しながら、敷設コストを10分の1以下に抑え、設置もわずか半日で完了させる。すでに世界12の主要通信キャリアに採用され、日本では2025年末、愛媛CATVとNTTアドバンステクノロジ(NTT-AT)による松山城への導入という象徴的な事例も誕生した。

「通信・防衛・宇宙」の3領域で急成長を続け、宇宙空間にデータセンターを構築する壮大なビジョンを描く同社。銀行員から転身し、2016年にこの挑戦を始めたCEOのロヒット・ジャー(Rohit Jha)氏に、その革新的技術の本質と、日本市場へ向ける並々ならぬ情熱を聞いた。


目次
銀行員からレーザー通信へ——格差の目撃が生んだ創業
ファイバーの光を「外に取り出す」——CENTAURIが壊す常識
1秒間に2000回の補正——AIが守る、どんな悪天候でも落ちない接続
世界12の主要通信会社、年率3倍成長——「パートナーファースト」という勝ち方
衛星5基、軌道上データセンター40基——地上から宇宙へ向かう最終ビジョン
日本の通信レジリエンスに貢献したい

銀行員からレーザー通信へ——格差の目撃が生んだ創業

―創業の経緯と、これまでのご経歴をお聞かせください。

 会社を立ち上げたのは2016年、シンガポールでのことです。共同創業者でCTOのダネシュ・モハマッド(Mohammad Danesh)と共に創業しました。

 私はシンガポールの南洋理工大学(NTU)で電気電子工学を専攻し、コンピュータサイエンスを副専攻として学びました。卒業後はロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)に入行し、投資銀行業務に4年間従事しました。シンガポールを拠点としながら、東京(丸の内)やロンドンのオフィスに滞在したこともあります。

Rohit Jha
Co-Founder & CEO
シンガポール・南洋理工大学(NTU)で電気電子工学を修め、卒業後はロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)で投資銀行業務に従事。高頻度取引業務を通じて通信インフラの構造的課題を認識し、キャリアを転換。2016年、共同創業者のダネシュ・モハマッド氏(現CTO)と共にTranscelestial Technologiesを創業した。

 銀行時代に携わっていたのが「高頻度取引」のインフラ構築です。世界中の拠点をつなぐ海底ケーブルや光ファイバーを使い、通信会社とも密接に関わる中で、インターネット環境がなぜ多くの地域で劣悪なままなのか——その構造的な問題を内側から理解することができました。物理的な敷設コスト、工期、複雑な免許取得などが、デジタルの壁となっていたのです。

 私はインド出身で、子どもの頃の通信環境は決して良くありませんでした。一方、2007年に渡ったシンガポールは世界最高水準のネットワークを誇っていました。高速で安価なネット環境がいかに人々に力を与えるかを目の当たりにし、「なぜ他の地域ではこれが実現できないのか」という問いが私の中で大きくなっていきました。

 もう一つの動機は、ダネシュと共有していた「SFへの情熱」です。私たちは人類が星々で暮らす未来を描いた物語を読んで育ちました。文明の発展には「輸送・エネルギー・通信」という三つの柱が不可欠ですが、宇宙での通信を担う決定的な技術はまだ存在しませんでした。そこに自分たちが挑むべき使命があると確信したのです。

Image : Transcelestial Technologies Campus laser connectivity concept

―技術の根幹となる発想はどこから来たのですか。

 夜空を見上げると、何光年も離れた星の光が届いています。この「光でデータを伝える」という原理は、実は光ファイバーの中でも日常的に使われています。ファイバーの芯を通っているのはレーザー光そのものです。

 私たちのアイデアはシンプルです。そのレーザーをファイバーという「管」の外に取り出し、無線で空中に照射することにしました。これにより、建物やタワー同士をつなぐ際に地面を掘ってケーブルを埋める必要がなくなります。

Image : Transcelestial Technologies Rendering of Transcelestial_s optical ground station connecting to a satellite

ファイバーの光を「外に取り出す」——CENTAURIが壊す常識

―同様のアプローチに取り組んできた先行事例や競合はありますか。

 レーザーが発明された1960年代から、このコンセプトには多くの企業が挑んできました。しかし、技術的な限界から実用スケールには届かず、広く普及するには至りませんでした。私たちが創業した当時、この技術を真にスケールさせようとしている企業は他にありませんでした。

 私たちは、各分野の最先端技術を一つの製品に統合することに注力しました。データセンター向けの超高速レーザー、最新のCPU/GPU、軍用グレードのトラッキングハードウェア、そして最先端のAIシステムです。これらをゼロから組み合わせて設計したシステムは、現在世界中で特許を取得しています。

 主力モデルの「CENTAURI」は、10Gbpsの高速通信と光ファイバー並みの低遅延を、従来の10分の1以下のコストで提供します。最大の強みはそのスピード感です。通常1〜2ヶ月かかるファイバー工期に対し、CENTAURIなら設置はわずか半日で完了し、接続自体は1分足らずで確立できます。

1秒間に2000回の補正——AIが守る、どんな悪天候でも落ちない接続

―むき出しのレーザーは振動や悪天候に弱いというイメージがありますが、CENTAURIはどのように安定性を確保しているのですか。

 非常に重要な指摘です。レーザーポインターを手に持つと、わずかな震えで光点が大きく動いてしまいますよね。CENTAURIも同様の課題に直面します。課題は大きく二つ、「物理的な揺れ」と「大気の影響」です。

 まず揺れについてですが、建物や通信タワーは目に見えないレベルで常に振動しており、それがレーザー照射を乱す原因になります。これに対処するため、私たちは1秒間に最大2,000回もの検知・補正を行うAIシステムを開発しました。リアルタイムで軸のずれを修正し続けるため、接続が途切れることはありません。

 二つ目の大気の問題は、雨、雪、霧などがレーザーを散乱させてしまうことです。ここでもAIが活躍します。信号の減衰を感知すると、AIが即座にレーザーの出力を上げて「雨を突き抜ける」よう調整します。雨が止み次第、ミリ秒単位で安全な出力レベルに戻す自動制御も備えています。

 これらの判断は、湿度、温度、大気状態など8〜10種類のデータを統合する「センサーフュージョン」によって支えられています。処理はすべてデバイス上のAIで行うオフライン型のため、現場の変化にリアルタイムで即応できるのが強みです。

Image : Transcelestial Technologies Transcelestial Space Terminal

―レーザーの人体などへの安全性についてはいかがでしょうか。

 私たちは各国のレーザー安全当局の認証をすべて取得しています(米国FDA、シンガポールIMDA、日本国内の認証など)。

 製品には高度な安全機能が組み込まれており、デバイスの近く(約1.5メートル以内)で人や動物を検知すると、100分の1秒以内にレーザー出力をほぼゼロまで自動的に落とします。また、私たちのオフィス内では8年以上にわたり、スタッフの頭上でレーザーを稼働させ続けていますが、一度も事故はありません。

―日本での事例事例を教えてください。

 最新の事例として、愛媛県の松山城への導入があります。NTTアドバンステクノロジー(NTT-AT)および愛媛CATVと協力し、お城から麓のビルまで約800メートルの区間をCENTAURIで結びました。

 松山城は周囲を深い森に囲まれた文化財であり、光ファイバーを敷設することが極めて困難な立地でした。実証実験では、雨や濃霧、強風の中でも安定した通信品質が確認され、本格導入に至っています。NTTグループは私たちの投資家であると同時に、日本およびグローバル市場における強力なパートナーです。

Image : NTTアドバンステクノロジ

世界12の主要通信会社、年率3倍成長——「パートナーファースト」という勝ち方

―ビジネスの成長状況について教えてください。

 最初の4年間はR&Dと製造ラインの構築に費やし、その後の4年間で商用展開を一気に加速させてきました。現在、売上は年率2〜3倍のペースで成長を続けています。

 私たちの顧客には、すでに世界トップクラスの通信キャリア12社が名を連ねています。米国の大手3社をはじめ、台湾、インド、フィリピン、そして日本のNTTなど、各国を代表する企業ばかりです。

 短期間でこれほどの信頼を得られた鍵は「パートナーファースト」という戦略にあります。私たちは自社の技術に特化する一方で、各国の展開はその市場を熟知し、顧客から最も信頼されている現地の有力企業(日本ではNTTなど)に委ねています。この深い連携こそが、私たちの成長のエンジンです。

Image : Transcelestial Technologies Transcelestial CENTAURI Global Map Render

衛星5基、軌道上データセンター40基——地上から宇宙へ向かう最終ビジョン

―今後のロードマップと、技術の最前線を教えてください。

 2026年内に、通信距離を15〜20キロメートルまで伸ばした新モデルをリリース予定です。これにより、都市間を結ぶような広域ネットワークの構築も可能になります。

 さらに、現在私たちは二つの大きなフロンティアに注力しています。一つ目は「防衛・安全保障」です。光ファイバーは物理的に切断されるリスクがあり、従来の無線(電波)は妨害(ジャミング)を受ける可能性があります。しかし、極めて細い束で進むレーザーは、ジャミングもハッキングもほぼ不可能です。この特性を活かし、米国、台湾、シンガポールなどの防衛当局と陸・海・空の軍向けソリューションを共同開発しています。日本でも現在、防衛関連の協議を進めているところです。

 二つ目は「宇宙」です。私たちはすでに、衛星間で約8,000キロメートルの接続を実現するシステムを保有しています。最終的なビジョンは、低軌道(LEO)上に40基の「軌道上データセンター」を配置し、それらをレーザーで網の目のようにつなぐことです。

 これは「宇宙に浮かぶ海底ケーブル」のような役割を果たします。もし大規模災害や有事で地上のケーブルが遮断されても、宇宙から直接レーザーを照射することで、国全体の通信を維持できる「国家レベルのバックアップインフラ」になります。これは単なる計画ではありません。2025年12月にSpaceXのロケットで第1号衛星を打ち上げ、2026年末までには合計5基の衛星体制を整える予定です。

Image : Transcelestial Technologies Data centres in space

日本の通信レジリエンスに貢献したい

―日本市場での展望と、パートナーシップの形を教えてください。

 日本でのパートナーシップは、販売・OEM・投資の三軸で考えています。特に日本はレーザー、光学、ロボティクスの分野で世界屈指の強みを持っており、将来的に製造の一部を日本に移転することも検討しています。

 また、日本拠点のヘッドとして、ディープテック分野で豊富な経験を持つ人物が近く正式に就任します。私自身、日本は「第二の故郷」だと感じています。3月には東京で結婚式を挙げる予定で、妻も日本人です。この国に深く根を下ろして活動していきたいと考えています。

 日本は地震や台風などの自然災害が多い国ですが、私たちの技術が通信の強靭化(レジリエンス)に必ず貢献できると確信しています。台湾では、洪水で光ファイバーが流失した際、CENTAURIを持ち込んでわずか30分で通信を復旧させた実績があります。

 3月の下旬には日本に滞在する予定です。国家安全保障、災害復旧、宇宙インフラに関心を持つ企業や投資家の皆様と、ぜひ直接お会いして未来を語り合いたいと思っています。

Image : Transcelestial Technologies CENTAURI+



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