企業システムの根幹を支えるのは、数十年にわたり増改築が繰り返された「レガシーコード」だ。しかし、当時の設計書は散逸し、中身を正確に理解できる技術者も不足している。このシステムのブラックボックス化こそが、企業のDXやモダナイゼーションを阻む最大の障壁となってきた。
米カリフォルニア発のスタートアップ、CoreStory(コアストーリー)は、この難題に「AIによる仕様書の自動生成」というアプローチで挑んでいる。同社のプラットフォームは、AIエージェントがコードを読み解き、システムの振る舞いを可視化することで、これまで「解読不能」とされたシステムの安全な移行と保守を可能にする。
2025年4月のリリース直後から、日本の大手保険会社を含むグローバル企業で劇的な成果を上げ、シリーズAで3,200万ドルを調達した同社。CEOのアナンド・クルカルニ(Anand Kulkarni)氏に、AIがコードを「書き」、さらに「理解する」未来の姿について聞いた。
目次
・AIエージェントが「読めない」コードの壁
・技術の核心、コードを「理解する」エージェント
・日本の保険会社で「月3万時間」の工数を削減
・3カ月ごとに法人顧客10社追加の急成長
・「AIがコードを書く時代」だからこそ、理解する技術が必要になる
AIエージェントが「読めない」コードの壁
―まず、ご自身の経歴とコアストーリー創業の経緯について教えてください。
私はもともと、AI研究者およびコンピュータサイエンティストとしてキャリアをスタートしました。カリフォルニア大学バークレー校では、米国立科学財団(NSF)のフェローとして、最適化やエージェントの計画・ワークフローといった分野の研究に従事していました。その後、2社のベンチャー企業でCEOを務め、これまでに通算1億5,000万ドル以上の資金を調達してきました。
コアストーリーを立ち上げたきっかけは、AIによるコーディング支援の現場で、ある重大な「ボトルネック」に気づいたことです。
現在、GitHub CopilotやClaude Codeといったコーディングエージェントが普及し、新しいコードを書く能力は飛躍的に向上しました。しかし、多くの大企業にとって、これらのツールを既存のシステムに適用するのは極めて困難です。特に、メインフレーム上で動く古いコードや、仕様書が存在しない複雑なブラックボックス化したアプリケーションが大きな壁となっています。
―AIが得意とする「生成」だけでは、レガシーシステムの課題は解決できないということでしょうか。
その通りです。既存のコーディングエージェントは「コードを書く」のは得意ですが、複雑な古いコードを「読み解く」能力が不足しています。
誰もがレガシーシステムの保守にAIを使いたいと考えていますが、その具体的な方法が分からずにいました。そこで私たちは、AIエージェントに「大規模なレガシーコードの扱い方」を教えるためのプラットフォームを開発しました。その鍵となるのが「仕様書(スペック)」の自動生成です。
技術の核心、コードを「理解する」エージェント
―製品の仕組みを、非エンジニアの方にも分かりやすく解説していただけますか。
私たちは、複数のAIエージェントからなる「チーム」を動かしています。これらのエージェントがコードを1行ずつ読み解き、さらに「静的解析」という手法を組み合わせて、システムがどのように実行されるかを分析します。ログやデータベース、画面構成といった多角的な情報も収集します。
こうして得られた情報を統合し、コードの振る舞いを可視化した「インテリジェンスグラフ(知識ネットワーク)」を構築します。
―そのグラフを人間が読むのでしょうか?
人間が読むことも可能ですが、真価を発揮するのは、ChatGPT-5やClaude Codeといった他のコーディングエージェントと連携させた時です。コーディングエージェントが私たちのモデルに質問を投げかけ、システムの構造を正しく理解した上で修正や開発を行えるようになるのです。
人間に例えるなら、コーディングエージェントが「開発者(エンジニア)」、コアストーリーがシステムの意図を説明する「ビジネスアナリスト」のような役割を担い、両者が協働するイメージです。
―対応しているプログラミング言語に制限はありますか。
基本的にはあらゆる言語に対応可能ですが、特に古い言語に強みを持っています。メインフレームのCOBOLをはじめ、RPG、AS400、さらには10〜50年前に書かれた古いJavaやPHP、.NETアプリケーションまで幅広くカバーしています。
Image : CoreStory System Intelligence Overview
日本の保険会社で「月3万時間」の工数を削減
―具体的な成功事例があれば教えてください。
日本の大手保険会社の事例が非常に示唆的です。彼らは1,100万行にも及ぶ膨大なCOBOLコードを抱えていました。ドキュメントはほとんどなく、不用意に修正を加えるとシステム全体を壊しかねないというリスクに長年悩まされていました。
そこでコアストーリーを導入し、まずAIでコードの仕様書を生成しました。
これによって、新しい機能追加が必要になった際、担当者は膨大なコードを一から読み解く必要がなくなりました。コアストーリーに「どこを修正すべきか」を尋ね、提示された箇所を人間が監督・修正するだけで済むようになったのです。
結果として、この企業では月あたり約3万時間分もの人的リソースに相当する工数削減を実現しました。
―その日本企業とはどのように接点を持ったのでしょうか。
この企業は米国視察の代表団を派遣していました。ニューヨークにある私たちの主要投資家、ベンチャーキャピタルの一社を訪問する予定があり、そこで私たちにも会う機会をいただいたんです。ソリューションをプレゼンテーションしたところ、「うちには大量のメインフレームコードがあるので、ぜひ試してみたい」と言っていただきました。
Image : CoreStory Chat With Your Code
3カ月ごとに法人顧客10社追加の急成長
―ビジネス面での状況はいかがでしょうか。
2025年4月に正式リリースして以来、非常に速いペースで成長しており、現在は90日ごとに10社のペースでエンタープライズ顧客が増えています。
収益モデルは主に3つあります。
- 直接契約:処理したコード量に応じた消費ベースの課金
- Microsoft Azure経由:Azureの利用クレジットを充当できる形式
- SIパートナー経由:システムインテグレーターがプロジェクトの一部として提供する形式
―2025年10月にシリーズAで資金調達を発表されましたね。
はい、New Enterprise Associates(ニュー・エンタープライズ・アソシエイツ)などから3,200万ドルを調達しました。この資金の使途として、まず技術開発への投資を継続します。顧客により効果的な仕様書を提供できるよう、常に改善を重ねる必要があるからです。
現時点でもかなり高い精度を実現していますが、私たちは業界最高を目指しています。品質が高ければ高いほど、顧客に提供できる価値も大きくなります。自社のAI技術には惜しみなく投資していくつもりです。
同時に、製品を顧客に届ける支援をしてくれるシステムインテグレーターや、モダナイゼーションを加速したい企業とのパートナーシップも拡大していきます。コアストーリーを活用する企業が増えていくことを楽しみにしています。
―現在のチーム構成について教えてください。
現在40名で、その大半がエンジニアリングです。プロダクト開発とAI関連の人材が中心ですね。もちろん営業、パートナーシップ、マーケティングの役割もありますが、今はエンジニアリングに重点を置いています。
―日本市場や日本企業とのパートナーシップについてはどうお考えですか。
どのようなパートナーシップにもオープンです。ただ、私たちはすでにリセラーやシステムインテグレーターとの良好な協業モデルを確立しているので、こうした形態のパートナーとの出会いに特に関心があります。
また、私たちが解決する課題を抱えている戦略的投資家も歓迎します。大量のレガシーコードを扱い、AIによるモダナイゼーションに取り組んでいる企業であれば、コアストーリーは理想的なソリューションになるはずです。
日本市場は今、シリコンバレーにとって非常に魅力的です。日本企業の技術力の高さ、そしてイノベーションを推進しようとする中で抱えている膨大なレガシーコードを考えると、大きな可能性を感じます。もちろん課題もありますが、だからこそ優れたパートナーとの協業が重要なのです。
「AIがコードを書く時代」だからこそ、理解する技術が必要になる
―5〜10年後のビジョンについて教えてください。10年後には、さらに多くのレガシーコードが存在することになるのでしょうか。
今後、レガシーコードの問題はさらに深刻化します。なぜなら、AIによって誰でも簡単にコードが書けるようになった結果、世の中のコード量は爆発的に増え続けているからです。
私たちのビジョンは、コアストーリーをソフトウェア開発ライフサイクルにおける「文脈の層(コンテキストレイヤー)」にすることです。将来、すべてのAIエージェントがコードを書く傍らで、コアストーリーのエージェントがそのコードの意図を常に管理し、理解を助けている──そんな世界を目指しています。
Image : CoreStory HP