世界の海事産業を支えるのは、創業100年を超える伝統的な巨大企業たちだ。しかし、いまその「技術の空白」を埋めるべく、米ボストンから変革を迫るスタートアップがある。Sea Machines Robotics(シー・マシーンズ・ロボティクス)だ。

同社の強みは、単なる「無人ボート」の開発に留まらない点にある。自動車業界におけるウェイモ(Waymo)のように、自社でテスト艦隊を運用し、海上での実走行データを収集・学習し続けることで、堅牢な自律航行スタックを構築してきた。その最大の特徴は、通信環境が不安定な外洋でも機能するエッジコンピューティングと、既存のあらゆる船舶に後付け可能な汎用性にある。

すでに世界25カ国で製品を展開し、防衛から商用フリートまで、人間の「疲労」と「注意散漫」という事故要因を排除しつつ、燃料効率の最適化による「海のグリーン化」をも見据えている。海洋工学のスペシャリストから起業家へと転身した創業者兼でCEO、マイケル・G・ジョンソン(Michael G. Johnson)氏に、海事産業のパラダイムシフトについて聞いた。


目次
広大な海での課題は「疲労」と「注意散漫」
通信接続は不要、外洋でエッジ技術が光る
「ウェイモ」のような徹底した現場主義
日本では新東亜交易と販売提携
海事領域に「グリーンの波」を起こせ

広大な海での課題は「疲労」と「注意散漫」

―海事業界のどのような課題を最も解決したいと考えていますか。

 最大かつ根深い課題は、人間の「疲労」と「注意散漫」です。

 海事業界には優秀なプロフェッショナルが多数いますが、航海は非常に長時間で、時に退屈なものです。統計によれば、海上で日々発生する事故の多くは、この疲労や集中力の欠如が原因となっています。

 自律システムは気が散ることも、疲労することもありせん。また、船舶同士のやり取りを定めた「航行規則」を厳密に守ります。人間は時に規則を破ることもありますが、私たちのシステムは他船の予測不可能な動きを常に監視し、反応するように設計されています。

 ただし、全ての有人航行を置き換えるわけではありません。小型船では無人化(アンクルード)を推進しますが、大型船では「乗組員のサポート」としての自律化に注力しています。退屈でルーチンな作業をシステムが担い、人間はAIが苦手とする「エッジケース(特殊な状況)」の判断に専念する。これにより、運航全体の安全性を飛躍的に高めることができるのです。

―そうした課題感は、ご自身のキャリアを通じて直面したものですか?

 はい。私のバックグラウンドは海洋工学です。1990年代に、船舶に特化した機械工学の訓練を受け、大学卒業後すぐに造船業界へ入りました。その後、米国最大級の民間海運会社であるクローリー・マリタイム(Crowley Maritime)に移り、資源採掘のための大規模な海事プロジェクトを管理してきました。東南アジアからシベリア、南米に至るまで、時には10億ドル規模に達するグローバルな現場を渡り歩きました。

 そこで直面したのが先ほど申し上げた、海事業界における「人間への依存」という限界です。特に遠隔地での作業において、人手への過度な依存がプロジェクトの進展を阻んでいました。一方で、自動車や航空宇宙業界はすでに自律化へと舵を切っています。広大な「外洋」というフィールドは、実は高度な自動化や自律技術を適用するのに完璧なドメイン(領域)なのです。この技術が業界にもたらす真の価値を確信し、2017年にシー・マシーンズを創業しました。

Michael G. Johnson
Founder & CEO
米テキサスA&M大学ガルベストン校で海洋工学を専攻。1990年代後半に海洋掘削プロジェクトでエンジニアとしてキャリアをスタート。2000年代にはプロジェクトマネージャーとして海洋石油・ガス事業に従事。2011年には米国有数の海運会社Crowley Maritimeのプロジェクトマネジメント担当副社長に就任し、グローバルな大規模プロジェクトを統括。海事運用における人間依存の限界を痛感し、2017年にSea Machines Roboticsを創業、CEOに就任。

通信接続は不要、外洋でエッジ技術が光る

―御社には複数の製品がありますが、それぞれの役割を教えてください。

 端的に言えば、私たちはボートや船を「セルフドライビング(自己操縦)」可能にしています。自動車の自動運転と同じことを海事分野で実現しているのです。

 私たちは本質的にはソフトウエア企業であり、自律航行船舶のための完全なソフトウェアスタックを構築してきました。これらをパッケージ化した自律システム「SM300」は、マリン仕様の筐体に収められ、船舶に搭載されます。

 これは完全なエッジコンピューティングシステムであり、いかなる通信接続も必要としません。低軌道衛星による高度なネットワークが普及する前から開発を続けてきたため、継続的な接続がない環境でも非常に安定して機能するのが強みです。

 もう1つの中核製品が、船舶用の視覚センサー「AI-ris(アイリス)」です。テスラの自動車が周囲を視認するように、4K解像度カメラと機械学習AIを用いて運航エリア内の船舶を検出・分類し、その動きを追跡します。さらに距離や方位を特定し、その情報を自律システムに統合することで、周囲の環境を感知する強力なレイヤーを追加できるのです。

Image : Sea Machines Robotics 船舶に、人間と同等以上の『認知・判断・操作』能力を与える、自律システム「SM300」

―これらのシステムは、どのような形態で運用されるのでしょうか。

 大きく分けて2つの方法があります。1つは小型船を中心とした「無人化(アンクルード)」です。オペレーターは陸上や別の船から操作し、人間が乗船することで生じる制約を受けることなく作業を完遂できます。

 もう1つは大型船における「乗組員との協調」です。大型船には人間の注意が必要な業務が多いため、自律システムが「セルフパイロット」として退屈なルーチンワークを引き受け、乗組員をサポートする形をとります。

Image : Sea Machines Robotics AIによるリアルタイム物体検知と状況認識で、目視外の障害物まで可視化する「AI-ris」

「ウェイモ」のような徹底した現場主義

―競合環境と差別化要素について教えてください。

 もちろん競合は存在しますが、私たちの立ち位置は非常にユニークです。最大の違いは、私たちが「技術そのもの」に100%集中している点にあります。この分野の多くの競合は、無人ボートという「船体」を作ることに注力しがちですが、私たちは最も強力な自律航行ソフトウェア・スタックを構築することに心血を注いできました。

 その信頼性を支えているのが、徹底した現場主義です。私たちは自社でテスト用の艦隊(フリート)を維持しており、ボストンに常駐するテストキャプテンが、ソフトウェアをアップデートするたびに海へ出て実地検証を行います。

 これは、自動運転車で成功しているウェイモ(Waymo)と同じアプローチです。自律システムは非常に複雑なアーキテクチャであり、机の上やラボの中だけで完成させることは不可能です。実際に外の世界で何百万マイルも走らせ、複雑な状況を一つずつ解決していくプロセスこそが不可欠であり、ここまで徹底した検証を行っている競合は他に見当たりません。

―あらゆる船舶に「後付け」できることも大きな特徴ですね。

 その通りです。あらゆる船舶にレトロフィット(後付け)できる汎用性は、私たちの非常に重要な強みです。

 自動車業界であれば、トヨタのように同じ型の車を何百万台も作りますが、海事業界は全く異なります。各社が常にカスタムメイドのユニークな船を建造しており、一隻一隻がバラバラなのです。そのため、私たちはあらゆる種類の船とインターフェースがつながるよう、膨大なライブラリを構築し、検証を重ねてきました。この汎用性と実証済みの信頼性を兼ね備えたソリューションを提供できる企業は、世界でも極めて稀だと自負しています。

Image : Sea Machines Robotics

日本では新東亜交易と販売提携

―販売体制について教えてください。直接販売なのか、販売パートナーを通じているのでしょうか。

 現在は直販とパートナー販売の両方を組み合わせています。自律航行は極めて新しくユニークな技術であるため、その価値や仕様を正確に伝えるには、開発元である我々の専門チームが直接お話しするのが最も効果的だからです。現在、米国と欧州の拠点を軸に、世界25カ国で製品を展開しています。

 一方で、地域ごとの特性に合わせたパートナーシップも重視しています。特に日本では、東京を拠点とする新東亜交易をトレーディングパートナーとして、防衛省をはじめとするお客様への導入をサポートしていただいています。

―収益モデルについて教えてください。製品販売だけでしょうか、それともサービスも提供していますか。

 基本的には、ソフトウェアを組み込んだハードウェア・システムの販売が主軸です。それに加えて、運用の核となるソフトウェアの年間ライセンスを提供しています。

 このライセンスモデルを採用している理由は、私たちのシステムが「導入して終わり」の製品ではないからです。顧客からのフィードバックを反映した新機能の追加やシステムの堅牢化など、定期的かつ継続的なアップデートを行うことで、常に最新かつ最適な状態で運用いただける体制を整えています。

―特に需要が強い分野や、日本市場での手応えはいかがでしょうか。

 現在は「防衛」と「商用」の両輪で成長しています。防衛分野では、東アジアを含む緊迫した情勢を背景に、海上セキュリティ向上のための採用率が急速に高まっています。

 商用分野では、約1年半前に実現した「50隻以上の同一船団(フリート)への一括導入」が大きな転換点となりました。今後は、こうしたフリート単位での販売が成長の鍵になると確信しています。

―日本企業との戦略的な連携についても教えてください。

 日本には非常に強力なパートナーシップが存在します。投資家でもあるナブテスコは、日本の商用船舶フリートにおいて圧倒的な制御システムのシェアを持っており、彼らとの連携は日本展開において極めて重要です。

 また、技術面では古野電気(フルノ)のセンサー類(レーダー、GPS、GNSSなど)を高く評価しており、私たちの自律船舶のほぼすべてに同社製品を推奨・搭載しています。今後は、日本国内で設置やシステム統合を担う現地インテグレーターとのパートナーシップもさらに模索していきたいと考えています。

―事業成長について教えてください。成長の指標などはありますか。

 この事業は2015年に小規模に始め、2017年に資金を得て2019年に最初の製品をリリースしました。初期はイノベーション予算から支出する顧客にしかサービスを提供できませんでした。例えば、デンマークの海運大手APモラー・マースクからの協力も、彼らのイノベーション資金からのものでした。

 しかし過去2年間で、実運用での採用が始まっています。現在、売上は過去2年間で毎年倍増しており、サービスを提供している国の数も増加し、現在25カ国に販売しています。

 多くの顧客はまだ始まったばかりで、1システムを販売してテストを始める段階です。しかし重要な指標は、先ほど話したように、50ユニット以上フリート(船団)に販売していることで、今後もそれに注力します。

Image : Sea Machines Robotics

海事領域に「グリーンの波」を起こせ

―今後1〜2年で達成したい主要なマイルストーンについて教えてください。

 引き続き「防衛」と「商業」の両分野を成長させていきます。特に防衛分野では、世界的に採用率が爆発的に高まっており、東アジア、北米、ヨーロッパでの展開を強力にサポートしていきます。この技術は、単なる省人化だけでなく、海上セキュリティの向上という極めて重要な価値を各国に提供しています。

 一方、商業分野における次の大きな柱は「運航の効率化」です。現在、海運パートナーと共に取り組んでいるのは、自律システムによる「燃費の削減」です。

―自律化が「燃料の節約」に直結するのですね。

 その通りです。船舶の運航コストにおいて、燃料費は最大の支出項目です。自律システムが精密に船を操縦することで、燃料消費と排出量を抑えることが可能になります。特に今後導入が進む「ネットゼロ燃料」は非常に高価であるため、わずかな効率化が膨大なコスト削減につながります。この「グリーン化」への貢献が、今後数年の商業展開における強力な武器になるでしょう。

―技術面での進化、特にAIの活用についてはどのようにお考えですか。

 私たちはAIブームが来るずっと前からこの技術を構築してきましたが、今まさに次のステージへ進もうとしています。具体的には、自律システムの上位レイヤーにLLM(大規模言語モデル)を統合する計画です。

 これまでは、指揮官がある程度の作業を行ってシステムに命令を出していましたが、LLMを介することで、より直感的かつシンプルに運用をコントロールできるようになります。また、日々稼働する自律船舶からは「消防ホースで放水するような」量の膨大なデータが生成されています。これをAIモデルにフィードバックし続けることで、複雑な海上の運航領域に対する理解をさらに深化させていきます。

Image : Sea Machines Robotics

―5年から10年先を見据えた長期的なビジョンについて教えてください。

 海事分野を見渡すと、現在この業界を牽引しているのは、創業100年を超えるような伝統的な大企業ばかりです。米国ならGE、欧州ならロールス・ロイスやコングスベルグ、バルチラ、そして日本なら三菱重工といった顔ぶれです。これら巨人の隙間にある「真に必要とされる次世代技術の空白」を埋めることこそが、私たちのようなスタートアップにとっての大きなチャンスです。

 世界は最終的に、自動車や航空機と同様、船舶もすべてが自律化へと向かうでしょう。採用率が高まるにつれ、業界全体の安全記録は劇的に改善されていくはずです。私たちはその先頭に立ち、防衛面では国家の安全保障に貢献し、商業面では燃料効率の向上を通じて環境負荷を低減する「グリーンの波」を加速させていきます。

―最後に、日本のパートナーやクライアントへのメッセージをお願いします。

 私は子供の頃、モデルボートを作って走らせるのが大好きでした。その情熱は今も変わっていません。自律航行技術は単なる実用的なツールではなく、海事の未来を形作る感動的なイノベーションです。

 日本にはすでに、投資家であるナブテスコや、古野電気のような素晴らしい技術サプライヤーとの強固な協力関係があります。また、防衛省との仕事を通じて、日本市場の大きな可能性も肌で感じています。

 私たちが提供する技術は、伝統的な手法とは異なります。しかし、業界がこの方向へ進むのは必然です。私たちのビジョンに共鳴し、この新しい産業を共に前進させてくれるパートナーを求めています。先行して私たちと共にリーダーシップを取るか、あるいは後塵を拝するか。私たちは、日本の皆さんと共に新しい時代の海を切り拓けることを楽しみにしています。



RELATED ARTICLES
「保険業界のレガシーをAIで再定義する」 既存システムの“上”を走る実行型AIエージェント
「保険業界のレガシーをAIで再定義する」 既存システムの“上”を走る実行型AIエージェント
「保険業界のレガシーをAIで再定義する」 既存システムの“上”を走る実行型AIエージェントの詳細を見る
なぜ後発が選ばれるのか 急成長の法務AIレゴラが見出した”勝ち筋”
なぜ後発が選ばれるのか 急成長の法務AIレゴラが見出した”勝ち筋”
なぜ後発が選ばれるのか 急成長の法務AIレゴラが見出した”勝ち筋”の詳細を見る
「読書アプリ」から「AI教師」への進化 米国発Elloが目指す教育のカタチ
「読書アプリ」から「AI教師」への進化 米国発Elloが目指す教育のカタチ
「読書アプリ」から「AI教師」への進化 米国発Elloが目指す教育のカタチの詳細を見る
あなたの資産は、次の洪水に耐えられるか? ロンドン発企業が示す「気候リスク×資産価値」の現実
あなたの資産は、次の洪水に耐えられるか? ロンドン発企業が示す「気候リスク×資産価値」の現実
あなたの資産は、次の洪水に耐えられるか? ロンドン発企業が示す「気候リスク×資産価値」の現実の詳細を見る
小泉防衛相が訪問した、設立3年目の米ドローン企業「ネロス」とは
小泉防衛相が訪問した、設立3年目の米ドローン企業「ネロス」とは
小泉防衛相が訪問した、設立3年目の米ドローン企業「ネロス」とはの詳細を見る
AI開発からあえて身を引いた戦略 Allganizeが挑む「使えるAI」実装論
AI開発からあえて身を引いた戦略 Allganizeが挑む「使えるAI」実装論
AI開発からあえて身を引いた戦略 Allganizeが挑む「使えるAI」実装論の詳細を見る

NEWSLETTER

TECHBLITZの情報を逃さずチェック!
ニュースレター登録で
「イノベーション創出のための本質的思考・戦略論・実践論」
を今すぐ入手!

Follow

新規事業の調査業務を効率化
成長産業に特化した調査プラットフォーム
BLITZ Portal

Copyright © 2026 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.