目次
・「99%の販売者」が抱える課題に挑む
・自動車業界に特化した技術を選んだ理由
・Spyneの実力を示すあるエピソード
・CRMとAIエージェントで描く「自動車業界のShopify」
・次のステージは自動車メーカーとの連携
「99%の販売者」が抱える課題に挑む
Spyneは、オンライン販売の世界で広く見られる「ある課題」に正面から挑むべく誕生した。それは、「99%の販売者が高品質な商品画像を手に入れられない」という構造的な格差だ。
共同創業者のVarnwal氏は、インド工科大学カラグプル校を卒業後、インド発のホテルプラットフォーム「OYO」や旅行大手「Yatra」の運営会社、Amazonといったテクノロジー企業で長年、プロダクト開発に携わってきた。オンライン販売の最前線に立つ中で、目にしてきたのは次のような現実だった。
「大手ブランドは代理店やプロのカメラマンを起用し、商品画像を美しく仕上げてECプラットフォームに掲載する術を持っていました。一方で、残りの99%を占める中小の販売者には、その手段も予算もないのが現状だったのです」
こうした格差は、中古車、ファッション、食品、不動産など、ジャンルを問わず共通して存在していたという。
「誰もがプロのカメラマンのように商品撮影ができるツールを作れないか」。この発想が、2020年のSpyne設立へとつながった。
同社が最初に開発したのは、AIが被写体を検出し、撮影アングルや台座の配置をリアルタイムでガイドする撮影支援アプリだった。さらに、撮影後にはEC各社のガイドラインに沿って画像を自動で補正・加工する機能も備える。まさに、誰でも簡単に「プロ品質」の画像が手に入る仕組みだ。
「人件費を抑えながら、誰もがプロのカメラマンのように撮影できる世界を目指した」とVarnwal氏は語る。
ChatGPTなど生成AIが一般に普及する前からサービスを提供していたSpyneは、OYOやフードデリバリーサービスのZomatoやSwiggy、ファッションECサイトのMyntra、Amazonなどの大手企業とプロジェクトベースでの協業を進め、着実に実績を重ねてきた。だが、事業が拡大するにつれ、新たな課題も浮かび上がってきた。

自動車業界に特化した技術を選んだ理由
さまざまな業界にソリューションを提供するなかで、Varnwal氏はある本質的な気付きにたどり着いた。
「人物モデルの撮影と、車、不動産の撮影は、まったく異なる世界です。それぞれのカテゴリーが非常に専門的で、求められる技術やアプローチもまったく違うのです」
例えば、車のディーラーとレストランでは営業スタイルも顧客の動線も異なり、必要とされるビジュアル戦略も変わってくる。あらゆる業界に同時に対応しようとすれば、その分、複雑性が増し、提供価値の深度も薄れてしまう。
そこで、事業の軸足を「自動車業界」へと大きく振った。「1つのカテゴリーに特化し、自動車領域に深く入り込むことで、この分野における世界最高水準のビジュアル技術を構築しようと決めました」
この戦略転換は奏功し、インドをはじめ東南アジアや中東を拠点とする大手の中古車販売会社との契約獲得につながった。さらに、次の成長市場としては米国と欧州に目を向ける。両地域を合わせると、18万〜20万ものディーラーが存在する巨大市場が広がっているからだ。
現在Spyneが提供するサービスは、静止画像にとどまらず、360度動画や3Dコンテンツまでを網羅し、車両のあらゆる「見せ方」をサポートする。「オンライン・オフラインを問わず、あらゆる視覚的表現を網羅できるよう特化してきました」
さらに最近では、マーケティングコンテンツの生成にとどまらず、AIを活用したリード獲得や顧客管理といった領域にも進出。より包括的な販売支援プラットフォームへと進化を遂げつつある。
「私たちの最終的な目標は、自動車ディーラー向けの『次世代のShopify』を構築することです」
image : Spyne HP
Spyneの実力を示すあるエピソード
Spyneの競争優位を支えるのは、自動車業界に完全特化した独自のAI技術だ。中核をなすのは、画像・動画・音声などの生成に強みを持つ機械学習モデル「GAN(敵対的生成ネットワーク)」をベースにゼロから開発したコンピュータビジョンモデルである。
このモデルは、影や反射、窓の質感、車体カラーの補正といった高度なビジュアル要素を精緻に処理できるよう設計されており、その訓練には、社内の開発チームと100人を超える国内フリーランスによってアノテーションされた数千万枚規模の画像データが活用された。
「市場には汎用モデルを使う企業も多いですが、私たちはすべてを自動車に最適化してきました」とVarnwal氏は胸を張る。
SpyneのAIは、車両の細部にわたる認識能力を備えており、メーカーやモデルはもちろん、主要パーツや特徴を即座に特定できる。画像を1枚提供すれば、その車両をスタジオ撮影レベルに仕上げるほか、SNS展開を見据えたプロモーション動画の生成まで自動で対応可能だという。現在、同社の技術は世界で1,500社以上のディーラーに導入されている。
その技術力を象徴する事例が、インドの中古車ユニコーン企業CARS24との協業だ。同社はかつて、中古車販売用のビジュアルを撮影するために、国内20拠点に大規模な撮影スタジオを設置していた。しかし、スタジオ1カ所当たりの維持費は約3万ドルに上り、大きなコスト負担となっていた。
そんな中、Spyneは「スタジオを屋外撮影に置き換え、デジタル上で背景や環境を再構成すれば、物理スタジオと同等の品質が得られる」と提案。試験的にある拠点で導入した結果、90%以上のコスト削減が実現できたという。
「その成果を受けてCARS24は全スタジオの運用を終了し、現在は全在庫車両の撮影・加工をSpyneのアプリケーションで一括管理しています。過去2年間、100%の在庫処理を私たちの技術が担っています」
CRMとAIエージェントで描く「自動車業界のShopify」
Spyneの成長スピードは驚異的だ。Varnwal氏によると、わずか2年前は50社にも満たなかった導入ディーラー数が、現在では1,500社を超えるまでに拡大。売上も2023年から2024年末にかけて約4倍に成長し、2025年にはさらにその3倍を見込む。現在、同社の年間売上は数百万ドル後半に達しているという。
この急成長を支えるのは、明確な価値提案だ。営業の現場では、米国のCarMaxやCarvanaといった業界大手を例に挙げることから始める。
「彼らは数百億ドル規模の売上を誇り、プレミアムな商品ビジュアルに巨額を投資しています」。一方で中小ディーラーに対してはこう伝える。「私たちの技術を使えば、その何分の一のコストで、同等レベルのオンライン体験を顧客に届けられます」
このメッセージに加え、実際のビフォー・アフターの成果を見せることで、大小問わず多くのディーラーが導入を決断している。
そして、2025年2月にはシリーズAラウンドで1,600万ドルの資金調達を実施。今後2〜3年で導入先を1万ディーラー規模へと拡大する計画を描く。
現在、同社が力を注ぐ次の柱が「CRM(顧客関係管理)」だ。すでに複数のディーラーに対して試験導入が進んでおり、次回ラウンドまでに数百社への展開と収益化を目指す。
そのCRMの一部として開発を進めているのが、AIエージェントによる顧客対応の自動化だ。「私たちは、ディーラーが日々受ける膨大な電話──着信、アフターサービス、営業、ローンや保険の案内などを、人間に近い自然な対話で処理できるAIボットを開発しています」
目指すのは、ディーラーの業務を一気通貫で支援するプラットフォーム。「まずはマーチャンダイジングから始まり、CRMを確立し、その後マーケティング、金融、サービスと、車の販売に関わるすべての工程に領域を広げていきます」
Spyneが掲げるのは先述の通り、自動車業界における「次世代のShopify」というビジョンだ。その実現に向け、技術と現場の課題を深く理解したプロダクト展開が、加速を続けている。
次のステージは自動車メーカーとの連携
米国や欧州での展開を加速させる中で、Spyneはアジア市場、特に日本への進出にも意欲を見せている。Varnwal氏は、「私たちがまだ本格的に取り組んでいないのが、自動車メーカーとの関係構築です」と語る。
「自動車メーカーとの深いパートナーシップを築き、そこからディーラーへの導入を促進したいと考えています。例えば、メーカーの認定中古車プログラムに参加し、その流通網を通じてSpyneの活用を広げていくようなアプローチです」
日本市場についても、「非常に大きな市場ですが、まだ進出できていない領域。まさにこれから探求すべき重要な分野だと捉えています」と話す。現時点では日本企業との協議は始まっていないものの、主要ディーラーや自動車メーカーとの連携には強い関心を持っており、具体的な協業機会を模索している。
また、業界がEVシフトを進める中でのSpyneの立ち位置について、Varnwal氏はこう述べる。
「私たちは車そのものの製造や電動化の流れからは距離を置いています。ただし、車をどう見せ、どう顧客と対話し、どう販売につなげるかという『販売プロセス』そのものは変わらない。私たちはこの分野に集中し、価値を発揮していきたいのです」
最後に、将来的な日本での展開を見据え、日本企業に向けてメッセージを寄せた。
「AIはすでに自動車ディーラーの在り方を大きく変えつつあります。私たちは『ディーラー向けのAIファーストツール』を開発する世界のリーダーの1社です。欧州、インド、中東で実績を築いてきた先端技術を、日本のディーラーや自動車メーカーの皆さんとも連携し、展開していきたいと考えています。日本でも、同じようなインパクトを生み出したいのです」