※本記事は2024年8月に開催されたFintech協会とTECHBLITZの共催イベント「MUFG・SCSKがシリコンバレーで進めるオープンイノベーション活動」の内容を元に構成しました(聞き手はSozo VenturesのシニアディレクターでFintech協会理事を務める齊藤健一氏)
目次
・MUFGがシリコンバレーでやっていること
・スタートアップから選ばれるための工夫
・ベストプラクティスはSINAI社との協業
・「MUFGもソフトウエアカンパニーに」
シリコンバレーでの活動について対談した前田氏、大西氏、齊藤氏(左から)
MUFGがシリコンバレーでやっていること
―本日はMUFGさんのシリコンバレーでのオープンイノベーションの手法や実際の進め方、新しい技術・サービスを発掘しているかをお聞かせいただければと思います。
大西:まず、簡単な自己紹介をさせていただくと、MUFGのグローバル・イノベーション・チームは2014年に立ち上がったチームで、現在は5人で活動しています。チームの母体は3つあり、MUFGのデジタル戦略統括部、産業リサーチ&プロデュース部、そして三菱UFJニコスから来たメンバーで成り立っています。「5年後、10年後のMUFGはこうなっているべきだ」という大局的見地に立って、シリコンバレーのスタートアップと協働したり、新しいビジネスを創出したりすることがミッションです。
グローバル・イノベーション・チームが取り組んでいることは、「リサーチ」「検証・創出」「協業」「エコシステム」の4つに大きく分類できます。私の代で力を入れているのは「検証・創出」の領域です。スタートアップを発掘して終わるのではなく、シリコンバレーのチームでPoC(概念実証)を実施したり、ビジネスモデルを構築したりして、手触り感を作ってから東京やニューヨークのメンバーに投げることをポリシーにしています。「やらない理由がない」という段階まで育てて、投げるという形ですね。「協業」に関しては、スタートアップだけでなくGoogleやAmazonといった巨大テック企業や、日立さんや富士通さんのようなシリコンバレーで活動されている日本企業との協業も日々考えています。
シリコンバレーで一番重要なのが、「エコシステム」の領域だと思っています。シリコンバレーのエコシステムにどう入っていくか、という課題です。シリコンバレーは「村社会」なのでエコシステムに入り込まないと、なかなか情報が取れません。所属の会社ではなく、個人がいかに「魅力的であるか、相手にとって有益な人であるか」を試されていると思っています。そのため、スタートアップやVCにとって、「一味違う、組む価値があるぞ」と思わせることがなによりも重要です。我々のチームはそこにすべてを賭けているといっても過言ではありません。結果、個々のコミュニティから多くのリレーションが生まれてきています。
またネットワーク拡大に向けて、1つのアプローチとして実践しているのがアカデミアを通じたエコシステムへの参加です。留学時のコミュニティーを活かし、チーム自体が現在スタンフォード大学と協働できるスキームを作りました。これにより、スタンフォード大学のOBとのリレーションの構築や、スタンフォード大のネットワーキングを最大限活かすことができています。
グローバル・イノベーション・チームの役割を説明する大西氏(TECHBLITZ編集部撮影)
―シリコンバレーの外に目を向けると、MUFGは組織内の横の連携もしっかり取りながらイノベーションを進める仕組みになっていますね。
前田:アメリカ全体で見たときのMUFGの知名度はほとんどない状況です。しっかり一枚岩となって動いた方が大きいプロジェクトがしやすいという実感はあります。私たちのグループで言えば、ある案件を流す先が、銀行本体なのか、それとも証券や信託なのか、カード会社のニコスなのか、といった具合に複数の選択肢があるので、どこかに引っかかる可能性があるのは大きな強みです。他の日系企業でもシリコンバレーに行った際に、本社の事業部側との壁がある会社さんもあると思いますが、そこは非常にもったいないと感じています。
もう1つの大事なポイントとして、経営陣と近い距離でいることも重要です。私たちはグループCEOの亀澤(亀澤宏規代表執行役社長兼グループCEO)と面談する機会も結構ありますし、グループCDTO(最高デジタル・トランスフォーメーション責任者)の山本(山本忠司リテール・デジタル事業本部長兼グループCDTO)とも近い距離を築いています。シリコンバレー側で発掘した面白い案件をインプットし、頭の片隅に留めておいてもらうことでプロジェクト化がしやすくなるというアプローチもしています。
スタートアップから選ばれるための工夫
―PoCから導入までのプロセスに軸足を置くのが大西さんのチームカラーとのことですが、リソースも予算もかかる取り組みです。何がモチベーションになっているのでしょうか?
大西:前提としてあるのは、スタートアップは充分な体力を持ち合わせていないという考えです。MUFGがスタートアップに対して興味を持っても、その先にある将来像を示すことができないとスタートアップ側には負荷がかかるだけだと思っています。
メンバー5人という限られたリソースでPoCやローンチを実施するのは相当大変ですが、それ以上にスタートアップは大変だという認識を持ち、スタートアップ側のスピード感に合わせて動くことを意識しています。本来は合理的ではない部分もありますが、そうやって「血を吐いて」取り組んだ案件がうまくいっていると感じます。特に、シードラウンドあたりのスタートアップであれば、一緒にお互いのビジネスを作り上げていくイメージですね。
―いわゆる「PoC疲れ」は起きないですか?
前田:メンバーが5人しかいないので、良くも悪くもPoCの数はそれほど多くはできません。PoCはあくまでも過程なので、導入を「ゴール」としてシナリオを作り、そこから逆算でPoCをします。ですので、ゴールが見えていないPoCはしないです。
PoCは時間もお金もかかるものと思われがちですが、詰まるところ「コンセプトをプルーフ」できればいいので、スタートアップとの対話で仮説の検証ができるものであれば、それも立派なPoCだと思います。例えば、打ち合わせを重ねることで、その先の本格検討にいけるのであればわれわれはそちらを選びます。PoCをすることで手触り感を出すことに力を入れていますが、それは関係各所の「逃げ場をなくす」意味合いが強いかもしれません。
―地場の北米の金融機関がいる中で、シリコンバレーのスタートアップはMUFGとPoCを行うインセンティブをどこに見出しているのでしょう?
前田:MUFGもそうですが、日系企業全般がコンサバだというイメージは根強く持たれています。日系企業はコミットすれば最後までやり切るという認識は、スタートアップの中ではあまり浸透していない。なので、このイメージを覆すことができるよう地道な活動を通じて伝えていくことは欠かせないと思います。マネジメント層になるべく早く会わせる方法は、会社としてのコミットメントを分かりやすい形で伝えるのに有効だと感じています。また、MUFGはグループとしての協業機会が多く作れる可能性がある点も、スタートアップにとってはインセンティブと捉えていただけますし、目先の利益ではなく長期的なビジョンを共有することにより共に成長していける関係を構築することも非常に大切であると感じますね。
大西:日本はBtoBマーケットで世界有数の規模を誇っているので、意外と日本に進出したい企業は多いんです。ただし、日本に進出したい、日本が好きだけれど、言葉の壁も含めてよく分からないというのが実のところだったりします。そういった人たちにパートナーに欲しいと思ってもらえるようなことを、われわれがやることが重要かなと思います。
彼らはしっかり日本市場も分析していて、日本のBtoBマーケットがいかに“おいしい”市場なのか把握しているので、シードの時点でも日本に進出したいという希望があります。今までの仮説だと、シリーズC、シリーズDぐらいでアメリカでビジネスが終わって、次の市場で日本という流れでした。日本進出に前向きなスタートアップは、例えばJPモルガン・チェース(JPMC)とMUFGが並んだら「MUFGと組みたい」と言ってくれるポテンシャル先もあったりするので、そういった相手とは、日本だけではなく、MUFGの強みであるアジアへの展開も見据えて積極的に組んでいこうと話をしています。ただ、そうした機微を捉えるためにはリレーションシップを構築しておかなければなりません。ネットワーキングなどもお互いの価値を見定める場と認識し、そういった積み重ねで信用に値する相手だと認めてもらう努力が必要です。
マネジメント層をなるべく早くスタートアップに会わせることでコミットメントを示せると語る前田氏(同上)
ベストプラクティスはSINAI社との協業
―シリコンバレーでの具体的な成果はどういった事例がありますか?
前田:シリコンバレーのスタートアップSINAI社(GHG排出量のモニタリング・プラットフォームソリューション)との協業は弊チームにて推進したプロジェクトの中でもベストプラクティスであると自負しております。特に本プロジェクトはソリューションの採択を決めてからわずか6ヶ月という短い期間で導入・業務リリースを実現できました。
「日米の商習慣の違い」「大企業とスタートアップの違い」「ITシステムの導入アプローチの違い」といった先方とのギャップによる難しさをユーザ部と協働して乗り越え、スタートアップのスピード感で施策を推進できた成功事例です。ギャップがある中、絶対に譲れない項目等について、背景も伝えながら時には強気に交渉できる関係性をスタートアップ側と構築できたことが達成要因であると思っています。
「MUFGもソフトウエアカンパニーに」
―最後に、MUFGのグローバル・イノベーション・チームは今後どこにフォーカスをしていくのかをお聞かせください。
前田:MUFGをアメリカでもっと有名にしていきたいです。と同時に、日系企業のコミットメント力を発信する形でシリコンバレー界隈にいる日系企業とも協業しながら、その辺を盛り上げられたらなと考えています。あとは、企業マインドとして「考えるよりも、まず行動」というスピード感を浸透させたいですね。生成AIのような新しいテクノロジーの導入に関しては、しっかりROIなどを考えながら進めていくのも大事ですが、まずは実際に使ってみて自分たちのウィークポイントを見つけていくスピード感こそが鍵だと思います。そういう形の行内サイクルを作っていけたら、もっともっとテクノロジーを導入しやすくなるので、そういう活動もできたらなと思っています。
大西:MUFGをどうしたいかという観点で言うと、ソフトウエアカンパニーに変わっていくべきだという思いが個人的にあります。銀行員なので「デジタル」はメインではないと考えている人もいますが、外銀はもう10年以上前からエンジニアをたくさん入れてデジタルを中心に据え、ソフトウエアカンパニーへと移行を進めています。例えばJPMCやスペインのBBVAは「自分たちはソフトウエアカンパニーである」と発信し、AppleやGoogleと競争しながら、優秀なエンジニアを採用し続けています。ここを変えていくためには、シリコンバレーからのトレンドを流し込んでいきながら、もっともっと実績を生んでいく必要があると考えています。MUFGは日本のみならず、アジアをはじめとする世界で勝負できる土壌があります。他外銀に負けないデジタルバンクになれると信じています。