炊飯器から人工衛星まで、多様なものづくりを手がける三菱電機。その中で磨かれた「テクノロジーを目利きする能力」を武器に、CVCによる世界のスタートアップとのコラボを推進中だ。どのように有望な技術を見抜くのか。2024年11月には「宇宙での超電導活用を目指すニュージーランド企業」への出資も決めた、三菱電機のCVC活動を担う境勝哉氏に、TECHBLITZを運営するイシン取締役の西中大史が聞いた。

※本記事は2024年11月にTECHBLITZが主催した「NEW JAPAN SUMMIT 2024 TOKYO」の対談「スタートアップとの対等な関係構築から始まる“三菱電機流”協業の進め方」の内容を基に構成しました。

目次
三菱電機がCVCを手がける理由
スタートアップから選ばれるために
出資1件目は「量子コンピュータ」、でもなぜ?
本社が撤退した事業にCVCを通して再挑戦
難しい社内調整、「三菱電機流」の工夫とは

三菱電機がCVCを手がける理由

境:まずは私から、当社のCVC活動を紹介します。私の所属する「ビジネスイノベーション戦略室」では、CVCによるスタートアップへの投資、また協業を通じたオープンイノベーションの推進をミッションに活動しています。当社は、2022年に日本の独立系VCのグローバル・ブレインとの「二人組合」で「MEイノベーションファンド」を立ち上げました。二人組合とは、事業会社とVCとの2社でファンドを組成するCVCの形態です。運用総額は50億円、運用期間は10年。日本だけでなくアジア、北米をはじめ、全世界の数十社のスタートアップに投資を予定しており、2024年11月時点で9社に投資が終わったところです。我々にとって、CVCにおける投資の狙いは「財務リターン」というより、「戦略リターン」が中心。長期的視野で戦略リターンを得るため、スタートアップと腰を据えた協業を行うのが我々のCVCの特徴です。

境 勝哉
ビジネスイノベーション戦略室室長
1996年慶応義塾大学卒業後、三菱電機電子システム事業本部(現、防衛・宇宙システム事業本部)に就職。2016年、海上防衛システム営業部にて、官公庁向け営業及び戦略立案に従事。2023年から宇宙システム事業部副事業部長に就任。2024年からビジネスイノベーション戦略室長として、オープンイノベーションによる新事業活動やCVC活動を率いる。

西中:ありがとうございます。それにしても、なぜ総合電機メーカーの三菱電機がCVCを手がけるのでしょうか?

境:一番の目的は「自前主義からの脱却」です。我々はものづくりの会社で、R&D部門だけでも2,000名以上の研究員がいます。各メンバーは日々情熱を持って、世界を変えるような製品の開発に取り組んでいます。そのため、自社で開発をやり切る下地はあるといえますが、そうした自前での研究開発には限界があるのも事実。例えば、「開発スピード」です。当社は、縦割り組織の典型的な「ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー」で、意思決定のスピードも決して速くありません。スタートアップが「いち早く試作品を作って世の中に出そう」と激しく競い合うなか、三菱電機単体では、このスピード感に追いつけない。そこで、スタートアップの「スピード」と我々の「技術力」をかけ合わせたオープンイノベーションによって新規事業の創出を目指そうと考えたのです。

西中:よく分かりました。スタートアップへの出資の仕方や関わり方にはいろいろな手法があるなか、今回、二人組合という運営体制を選んだ理由はなんでしょう?

境:「なるべく社外の知見を借りて、専門知識や経験を早く得ながら取り組んでいきたい」と考えたからです。当社はこれまでスタートアップ投資の実績がありませんでしたから。ただ、例えば、LPの共同出資ですと、複数の企業や投資家のLPに対して、我々が「こうやりたい」と考えても、マジョリティーを取らなければそうした意見は通じません。当社としては、我々の意向をなるべく組み入れてもらえるパートナーを探すなかで、「二人組合が適当」という結論に至りました。

西中:なるほど。投資の意思決定のハンドルを握りたいけれども、最初は、「プロの知見を借りながら進める」というスキームを考えて、二人組合を選んだということですね。

自前主義からの脱却がCVC運営の一番の目的と語る境氏(TECHBLITZ編集部撮影)

スタートアップから選ばれるために

西中:今、御社のようにいろいろな事業会社がCVCを作っていますよね。そのなかでスタートアップから選ばれるCVCとなるため、御社の強みとなるものはなんでしょう?

境:「技術で勝負をする」ところが何よりの強みだと思っています。三菱電機はものづくりの会社で、技術力の高さには自負があるからです。MEイノベーションファンドでは、「どこまでも技術の可能性を信じ、世界に変革を起こす。」をミッションに掲げています。スタートアップと当社が持つそれぞれの技術をうまくかけ合わせて、共創を通じて世界に変革をもたらしたいと考えているのです。

西中:MEイノベーションファンドの投資ポートフォリオには、本当にさまざまな会社がありますね。サイバーセキュリティやディープラーニング、量子コンピュータなど…。一見、三菱電機の事業分野に直接関わりがなさそうな会社もあります。投資先はどのように選んでいるのですか?

境:シナジーの見込みがあるかどうかで選んでいます。そのため、事業部と共に「スタートアップの技術が、三菱電機の技術とどうシナジーを出せるか」を探っています。もちろん、初めは見つけられないこともあります。その際は、先を見据えて投資だけをして、状況を確認しながら「うまくいけば一緒にやろう」というケースもあります。ただ、我々の目的は、あくまで戦略リターン。ですから、たとえ良いスタートアップでも、当社の事業とのシナジーが見いだせなければ、投資には至らないことがあります。

西中:「技術の可能性を信じ、世界に変革を起こす。」というミッションの通り、技術に対する御社の精査は非常に厳しいのでしょうね。御社のパートナーとしてスタートアップを選ぶに当たって、技術以外に重視しているポイントや留意点はありますか?

境:そうですね、信頼関係を築ける会社であることもパートナー選びの大きなポイントです。要は、対等なパートナーとしての関係を作れるか。それを、もう一つの評価軸にしています。やはり、経営者から「世界を変えよう」といった熱意が伝わってくるかどうかは、信頼関係のある対等なパートナーとして5年、10年と長く付き合っていくうえでは重要な要素と思っています。

西中:対等なパートナーになるために、技術やサービスだけじゃなく、中長期的なビジョンがしっかり合うかや信頼関係を築けるかといったところを重視しているということですね。

三菱電機の強みは「技術で勝負をする」点にあるという(同上)

出資1件目は「量子コンピュータ」、でもなぜ?

西中:それでは、投資先との実際の協業事例を教えてください。

境:量子コンピュータ分野のキュナシス(QunaSys)と水処理技術のハイドロリープ(Hydroleap)の2社を紹介します。まず、キュナシスは量子コンピュータを活用したソフトウェアを開発している日本企業で、MEイノベーションファンドが出資した第1号案件です。先ほどお話があった通り、「量子コンピュータが三菱電機とどう関係があるの?」と思われるかもしれませんね。確かに、出資する前は、キュナシスは材料のシミュレーション分野で量子コンピュータを活用することを考えていて、これは当社と直接つながる分野ではありませんでした。ただ、実は当社も研究所で量子コンピュータについて、細々とではありますが、研究していたのです。もちろん、他社に比べると少し疎い分野で、「実装までに時間がかかりそう」といった課題もありました。

 そうした中、共同研究を通じて新分野での知見を獲得するため、MEイノベーションファンドから当社の研究所側に「スタートアップと組んでみてはどうか」と提案したのが始まりです。ただ当初、研究所側からは「どうやってスタートアップと組んだらいいのか」と戸惑いがありました。また、キュナシス側からも「なぜ三菱電機と協業するのか」という声があったようです。

西中:そうですよね、キュナシスとしても「うちは、量子コンピュータのスタートアップなのに…なぜ三菱電機なの?」みたいな思いがあったかもしれませんね。そうした戸惑いや懐疑的な意見もあるなか、関係者をうまく巻き込むために工夫した点や、協業を円滑にするため取り組んだことはありますか?

境:どんな研究をしたら双方にとって役に立つかという点で、徹底的にすり合わせを行いました。数カ月かけて、お互いがどういう考えを持っているのかを知るため、当社とキュナシスが行っている既存の研究や、現在の量子コンピュータの問題点など、取り組みの方向性について腹を割ってとことん話し合ったのです。

 同社とはパートナーとして、長い年月を同じ船に乗って航海することになるわけです。何となく「一緒に研究を始めましょう」と、お互いの期待値やゴールを決めずに協業を始めても、失敗に至る恐れが高い。相性や好みの違いもあります。企業文化も開発スピードも異なります。だから、包み隠さずに「どこまでできるか」「どこを着地点とするか」を議論する。そこを丁寧にやるのが「三菱電機流」の協業の進め方だと思っています。

西中:なるほど。スタートアップ側としても、そうした工程を踏むことでより信頼関係を構築することにつながりますよね。今後、キュナシスとの協業は、どんな形で進んでいくのか展望を教えてください。

境:量子コンピュータが何に役立つのかを探すことを第一のミッションに、共同研究を2023年の春頃からスタートさせ、どういった応用の可能性があるかを探っているところです。量子コンピュータのような新しい分野で三菱電機が存在感を示せるようになれば、それは、まさにこうしたスタートアップへの投資から得られる「戦略リターン」といえます。今後もキュナシスとは具体的な事業の適用先を見つけられるよう共同研究を進めていきます。

境氏はキュナシスとの協業について、「最初は双方に戸惑いの声があった」と明かす(同上)

本社が撤退した事業にCVCを通して再挑戦

西中:ありがとうございました。もう1例は、水処理技術のハイドロリープですね。

境:はい。ハイドロリープは「電気分解で工業用排水を浄化する技術」で、水の浄化システムを開発しているシンガポールの会社です。これも三菱電機の事業とは無関係に見えるかもしれませんが、実は当社も水処理事業を手がけています。ハイドロリープとは違い、電気分解ではなくオゾンの力で水を浄化する装置です。根本的な技術は両社で異なりますが、「この2つをかけ合わせて新たな価値をお客さまに提供できないか」と考えました。そこで、MEイノベーションファンドから「出資させてもらえませんか」と打診。それに対し、ハイドロリープ側は、当社が持つ多くの製造拠点や販路を活用できるところに協業の魅力を感じていただき、お受けいただきました。

西中:スタートアップとしては、御社が持つインフラや、今まで築き上げてきたお客さまとのネットワークは喉から手が出るほど欲しいのかなと思いますね。ところで、ハイドロリープに出資を始めたのは、ちょうど三菱電機が東南アジアから水処理事業を退くタイミングだったのですね。

境:そうですね。ですから当時、事業部側はスタートアップ投資に対する葛藤がありました。我々ファンド側は「水処理は今後、グローバルに必要な技術で重要なインフラになる」「事業部側から直接投資するのではなく、財務リターンを考えながら戦略リターンを取る」と粘り強く話をして、何とか説得していったのです。工場に何度も出向き、「今じゃなくて、先を見据えましょう」と、必要性を訴えて、ようやく最終的な理解を得ることができました。

西中:撤退という経緯がありながら、中長期でビジョンを示して事業部側を説得し、スタートアップとの協業というアプローチでもう一度水処理事業に力を入れていくことになったのですね。それでは、投資後の戦略リターンを獲得するため、今はどのような動きをしていますか?

境:協業の可能性を探るため、タイにある当社の工場で実証実験を始めています。現地のスタッフによると、「近年、バンコクなどの人口密集地域では、生活排水や工業排水による水質汚染が深刻化しており、同国での環境意識が高まっている」ということでした。そうした背景があり、化学薬品を使わず、環境に配慮したハイドロリープの水処理技術は高く評価されているようです。2025年1月から浄化装置を工場に導入して、効果を検証する次のステップを開始する予定です。

ハイドロリープへの出資を通すには社内の説得が不可欠だった(同上)

難しい社内調整、「三菱電機流」の工夫とは

西中:ここまで、2つの事例を紹介してもらいました。境さんとして、現在はどのような想いでCVCに取り組んでいますか?

境:冒頭で述べたように、当社は典型的な「トラディショナル・カンパニー」です。そのため、私も事業部にいた際は、積極的に社外との連携を図ろうとするオープンイノベーションは遠い存在でした。でも今は、当社の中でオープンイノベーションを広めるため、縦割り組織に象徴されるような「三菱電機の旧態依然の体質」を変えていくんだという決意で活動しています。

西中:会社を変えていきたいというお話ですが、そのためには、社内にいる多様なステークホルダーを「サポーター」に変えていく必要がありますよね。そうしたステークホルダーをうまく巻き込む「三菱電機流」の工夫は何かありますか?

境:「三菱電機流」とまで言えないかもしれませんが、経営サイド、事業部サイドを含めて、すべての事業部にCVCの活動を定期的に報告する取り組みを進めています。丁寧に今の成果や「できること」を伝えることで、CVCへの理解も深めてもらえるからです。その成果もあり、今では「スタートアップと何かやりたい」という話が社内からどんどん我々のところに来るようになりました。それらのオファーに対し、部署のメンバーで手分けをしながら、シナジーを作るのに有望なスタートアップを探して、事業部サイドに提案する。そのように全社的に巻き込もうと活動しているところです。

西中:ところで、そのCVCのメンバーは、全員プロのキャリア採用で固めているのでしょうか。逆にプロパーの社員だけで構成しているのでしょうか?

境:もともとはプロパーのメンバーで構成していました。なぜかというと、シナジーを作るためには、「自社の事業は何か」をしっかりと理解した上で、スタートアップと話をする必要があると考えたからです。ただ最近は、他社でCVCをやっていた人とか、いろいろな知見を持った人を採用して、ある意味、「部内もオープンイノベーションにする」ため、徐々に外部からの比率を増やしています。

西中:「部内のオープンイノベーション」とは良い言葉ですね。ちなみに、このプロパーの方々は、いわゆる「キャピタリスト」ではないわけですが、どう育成していますか?

境:二人組合という運営体制を活かして、グローバル・ブレインと役割分担をしています。我々は戦略リターンを考え、「長期で関係を築いていけるスタートアップか」を目利きするのが担当。そのため、「キャピタリスト」としての育成はグローバル・ブレインに担ってもらっていますが、もちろん我々も、日々勉強して力を蓄えているのが現状です。

西中:二人組合のパートナーとの関係をしっかり活用できているということですね。最後に、オーディエンスの皆さんにメッセージがあれば、お願いいたします。

境:「スタートアップと一緒にウィンウィンの関係を作ろう」というのが当社のCVCファンドの根底にある考えです。ものづくり企業として、当社が再び世界で復活するため、オープンイノベーションで力を蓄えていこうと思っています。興味のある方とはぜひお話しさせていただき、ネットワークを広げていきたいですね。

西中:境さん、本日はありがとうございました。



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