構想5年、MIC開設までのプロセスも重視
――まず吉岡様のご経歴や、水無瀬イノベーションセンター(MIC)の概要を教えていただけますか。
私は現在、新事業開発部で新しいビジネスを立ち上げる仕事をしています。定置用リチウムイオン蓄電池や、ゴミからエタノールを作ってビジネスパートナーにプラスチック原料として使っていただくといった、究極の資源循環をやっていこうという取り組みをしています。併せて、新しいイノベーションを起こす活動も進めているところです。
入社以来、さまざまな部署で仕事をしてきました。だいたい3年未満という短めのスパンで、仕事の中身、あるいは働く場所がいろいろ変わってきました。この6〜7年はイノベーションや新しい企画の部分を担っていますので、そういう意味では、これまでの様々な経験が今に生かされていると思っています。
当社は住宅カンパニー、環境・ライフラインカンパニー、高機能プラスチックスカンパニーという3つのカンパニーと、コーポレートで組織され、それぞれが研究所を持っています。私は高機能プラスチックスカンパニーにいた2016年から2020年にかけて、水無瀬イノベーションセンター(MIC)の立ち上げに携わりました。MICの構想は2015年頃に始まり、「箱」の完成は2020年春ですが、完成して引っ越しのタイミングで新型コロナウイルスの流行があり、正式な開設は同年8月となりました。化学実験ラボを持つ建物としてはおそらく国内初のZEB ready(ゼロ・エネルギー・ビル)の認証をいただきました。
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MICの理念として「Challenge & Fusion」を掲げています。どんなコンセプトでどんな場を作っていこうかと議論が始まったのが完成の5年ほど前で、研究所や事業部、営業部など様々な部署から若手メンバーを集め、議論しました。いろいろなことにチャレンジして新しい取り組みをしていくと同時に、「融合」という意味の「Fusion」において、社内のカンパニー、事業部などのヨコの連携、そして社外との融合としてオープンイノベーションを図っていこうと理念に掲げました。
MICの機能別に5つのワーキンググループを作り、60人以上の研究員らが関わって、設計会社とも喧々諤々と議論をしながら、内部の設計を詰めていきました。いばらの道と言われるほど非常に大変な作業でしたが、ここで働くことになる研究者自身が「自分ごと」として、イノベーションについて理解しながらセンターをつくっていきたかったのです。「箱」を作るだけでなく、「人づくり・場づくり・仕組みづくり・文化づくり」をしっかりやりたいと、こういうプロセスを経ました。
アイデアを出し合う交流の場 吹き抜け・らせん階段の工夫
――プロセスも重視する素晴らしい取り組みですね。MICはどんな機能を備えているのですか?
MICはコンセプトとして3つの柱を立てました。①Innovation Hub(人と情報の融合)、②Creative Environment(クリエイティブな環境)、③Value-Based Process(企画の仕掛け)の3つです。
例えば、企画の仕掛けの一つとして「Creative☆Lab」があります。建物ができる4年前から続けている取り組みで、毎週1回、研究員だけでなく、企画や営業、事業部の担当者や技術者が参加する「アイデア出しの場」です。ひとたびアイデアが出ると、企画として磨き上げていく活動もしています。Creative☆Labは場であり、活動の名前です。
建物は5階建てで、それぞれのフロアにコンセプトがあります。1階は、お客様や様々な事業部が交わって「宝探しをしよう、アイデアの原石を見つけていこう」という「発見の渓谷広場」と位置付けています。2階はCreative☆Labをやっている場所で、アイデア出しや、良質なアイデアを磨き上げていく、キャンプファイアを囲む場のような「ひらめきのキャンプ場」です。3階のオフィスエリアは様々な部署の人間が交わる場所で「生物多様性の森」と呼んでいます。
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4階はアイデアを実際に試してみるプロトタイピングの場、実験の場所もあります。最上階は発表や議論の場になるカフェテリアです。ここが「活気ある山頂」です。そして、建物の1階から5階までは吹き抜けで、らせんのスロープで上がっていくイメージで、「知の散策路」と呼んでいます。カフェテリアで食事し、交流して、また職場に戻っていく。吹き抜けの上からも下からも全体が見えるような一体感のある空間で、出会いの場をつくるような「人を混ぜる」ということを意識しました。
MIC開設と同じ2020年、積水化学工業がこれから2030年に向けて取り組んでいく長期ビジョン「ビジョン2030」を立てました。ビジョンステートメントは「Innovation for the Earth」です。地球環境や地球市民のために社会課題解決をしていくという思いの下、当社が社会に出していく価値の総量を倍にしようという大きなビジョンを打ち立てました。
そこで全社のイノベーションを引っ張る新しいチームを立ち上げることにしました。当社はコア技術をもって現在、4つの大きな領域で様々な事業を展開しています。既存事業も当然拡大させていきますが、その周辺領域でもしっかり新規の事業を起こしていこうと、イノベーションを推進する、加速させるようなチームとして「イノベーション推進グループ」を発足しました。
イノベーションを推進・加速する新たなチームの立ち上げ
――「イノベーション推進グループ」はどんな体制でしょうか?
現在、積水化学の既存の事業部門で「収益を作る」という事をしていますが、同時に「未来を創る」ことがこれから非常に重要になってきます。その為に、既存の積水化学の事業のレイヤーに加え、2階層目の新しい考え方として、文化や制度、ネットワークをつくり、組織を超えた活動を起こしていく。その様な、新しい考え方、活動、文化が、積水化学グループ全体で必要です。このグループは、それを引っ張っていくチームです。
自らが新たな事業を起こしながら、新規事業を生み出していくための新しい制度を作り、それらの活動を通して文化醸成をしていく。イノベーター予備軍のような人が鍛えられていく。人が育成され、循環していくようなイノベーティブな会社にしていこうという、コーポレートトランスフォーメーションが狙いです。
数人で新しく作ったイノベーションのチームは「出島」を活用しています。現在、都内3カ所で場所を借りて、それぞれ違った特徴の場所で、大企業の新規事業部門の方やスタートアップの方々、VCの方々と日々ディスカッションして、新たな共創ができないか取り組んでいます。もちろん、人脈、ネットワークが広がりますし、様々な知恵、知見が得られますので、それを社内に還元するよう取り組んでいます。
ただ、これが「離れ小島」になるといけません。周りから「事業部とはちょっと違う、コーポレートのどっかでなんかやってるな」と捉えられるのではなく、きちんと「橋で繋がった出島」にしておかないといけません。
――イノベーション推進グループのメンバーはどのように登用、抜擢された方々なんでしょうか。
意志を持った人を、全社公募で集めました。元々当社は創業時、社内で「7人の侍」と呼ばれるイノベーターたちが積水化学工業を始めました。そして現在、災害激甚化や新型コロナウイルスの流行みたいなことが突然起こるような不確実性の高い世界になっています。
これからどうなるか分からない世の中で、イノベーションをやっていこうと取り組みを始め、私としては、当社の「第2の創業」という思いで始めました。社内の人材公募制度を通じて、応募した多数の熱い想いを持つ社員から出来上がったチームです。面接時に「どんなチームになるか」と想像しながら、メンバーを選んでいきました。
メンバーはそれぞれのカンパニーの出身、あるいは他社からの転職組もいます。また狙ってはいませんでしたが結果的に年齢層も幅広くなり、性別、各技術分野、得意領域もそれぞれで、非常に良いスタートが切れました。チームメンバーは専任でイノベーション創出に取り組んでいます。
創造性を阻害している要因は「組織の問題」
――なるほど。MICの開設や、イノベーションを推進する新たなチーム作りにおいて、吉岡さんが大切にしてきたことは何ですか?
我々積水化学だから特別だとか、独自のユニークな何かがあるというわけではなく、皆さんが既にご存知のことも多いと思います。ただ、いろいろな方々とディスカッションする中で思うのは、既に知っていることが「なかなかうまくいっていない」という悩みが、我々も含め皆さん多いのではないかと思います。
ですので、もしかしたらすごく当たり前の平凡なことかもしれないですが、その平凡なことを「いかに非凡にやり続けられるか」というところが勝負」なんだろうと思っています。
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どうしたらもっとイノベーティブになれるのか、どうしたら創造性、クリエイティビティが高くなるかという話はよくあります。私は個人の能力や創造性は十分それぞれにあると思います。ただ、創造性があっても、それが組織で発揮されないということが大きな問題だと思います。「個人の問題ではなく、組織論の問題」というふうに捉えるべきだと考えています。
問うべき問いは、「どのようにして人の創造性を高めていくか」ではなく、「人材の創造性を阻害している組織要因は何か」であり、会社や組織によって状況は違うとは思いますが、そこを解き明かして1つ1つ改善していくことが必要だと思います。
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ステージ別の人材の特徴について、大きく分けて、イノベーションとオペレーションがあると思います。最初は新しい企画を考えてみんなでイノベーションを起こしていこうと頑張ります。一方、事業が大きくなって成熟し、そろそろ衰退期に差し掛かるという時には、いかにリーンなオペレーションにして利益を絞り出すかというステージがあります。
オペレーション側の世界は、その業界の予測がある程度できます。不確実性が比較的低い中で、安定成長・拡大を目指して効率化・標準化し、組織を分業・専門化してルールを決めて取り組みます。その分、保守的になっていきます。
イノベーションは真逆です。不確実性が高い世の中で、どうなるか分からないし、今やってることが正しいかどうかも分からない中で、変化の速い世の中にいかに適応するか、あるいは新しい価値をどう創り出すのか、他者とどう連携していくかが問われます。多様性を活かし、失敗もあるけれど、そこから学びながらチャレンジしていけるかがポイントです。
オペレーション、イノベーションはどちらも大事です。良い悪いではなく、自分は今どちらをやっているのか、あるいは相手は今どちらをやっているのかをしっかり認識した上で、議論するのがいいと思います。そういった意識をしっかり持つことが大事です。
「知の探索」と「知の深化」に取り組む「両利きの経営」についても皆さんご存知だと思います。企業は放っておくと儲かる方、儲かる方へと進みがちです。大企業の多くは同様かもしれませんが、儲けようとすると、儲からないことは全て止めてしまいます。一方、儲かることは深堀りし、そこにリソースを投入します。
ただですね、今儲かる方ばかりやっていると、産業自体が落ち目になってきたときに次のステップが増えない、打ち手がなくなるということになってしまいます。やはり新しいものを次々と起こしていくということがないと、50年、100年と持続的に続く企業にはなかなかなりません。「知の探索」と「知の深化」のどちらかをやり過ぎるのではなく、会社の状況に合わせて上手くバランスをとる意識が必要だろうと思います。
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また組織タイプの力学で見てみると、例えば、官僚型の大企業は石橋を叩いて叩いた上で、「本当にそれをやっても大丈夫か」「証拠を持ってこい」「データはどこにあるんだ」というようなことをやりがちです。駄目そうだと却下し、却下し過ぎるとどんどんチャンスを逃すという失敗をする方向に行ってしまいます。1つ失敗すると、今度は失敗許されないぞとなり、さらにルールを作り、チェック体制を厳しくし、自己強化作用が働いてしまいます。
一方、アントレプレナー型のスタートアップはどんどんチャレンジする文化です。失敗も許容し、新しいものを生み出すため、ホームランを打つために取り組みます。成功確率は低くなりますが、失敗すると、まだまだこれではやり足りないとやり続け、逆に「採用の失敗」の方へ行きがちです
それぞれの傾向があり、真ん中でちょうど良いバランスというのは難しいものです。当社ではイノベーションあるいは企画といった部署は専門化するなど、工夫しながら進めています。ただどうしても自分たちだけでやるには難しい場合もあり、外へ飛び出して出島を活用したり、外部のスタートアップの知恵を活用させていただいたりすることで新しい文化を取り込むことも大事だと思っています。
上下の風通しの良さ、多様性が生み出すイノベーション
――多様な人材がいるほど、イノベーティブになりやすいという指摘もよく聞きますが、こちらはいかがでしょうか?
人材の多様性についてはこちらの図で紹介します。この図では、縦はイノベーションの価値、度合いで、横は右に行けば行くほど、チームの人材の多様性が高まります。この1つ1つの点は、企画のアイデア、開発や企画探索のテーマと考えてください。
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チームの多様性が高くなればなるほど、いわば素人が混ざってくるのでイノベーションの平均値は下がってきます。例えば、専門家の中に素人が混ざると突拍子もないアイデアが出てきたり、「分かっていないよね」といった話が出てきます。一方、ダイバーシティが低い専門的なプロ集団でやると、確実にバントヒットは打てるかもしれませんが、ホームランはなかなか出てこないんですね。
多様性の高いチームでイノベーションについて取り組むと平均値は下がるけど、たまにホームランを打ちます。こういった多様性をうまく使い、アイデアの新しいコンビネーション、経済学者のシュンペーターはイノベーションを「新結合」と呼びましたが、複数の異なる分野の人間が集まってアイデア出しをすることによって、今までとは違う発想の組み合わせが生まれることがあります。先述した当社のCreative☆Labもこのような取り組みです。
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また、組織内の上下の風通しの良さも非常に大事です。これは「パワーディスタンスインデックス」という指標ですが、目上の人に対して反論したり、主張したりすることに対する心理的な抵抗感を表します。この数値が高ければ高いほど、忖度することを示しています。
パワーディスタンスインデックスが高いのは、中国、インド、香港、韓国、台湾、日本といった国や地域で、目上の人を敬う儒教文化の影響や、カーストのような身分制がある国です。こういった文化的な背景が影響しているのではないかと推測できます。
一方、このインデックスの低いところには、グローバルイノベーションインデックスのトップテンの国々が並んでいます。やはり風通しを良くしていかないとイノベーションは起こらない、ということかもしれません。
当社もMICの中でちょっとした「たまり場」、コーヒーやお菓子を置いて雑談するような場をつくっています。昼休みでなくとも、ちょっとした休憩や雑談ができ、この場所は建物の様々なフロアから吹き抜けで見えるようになっています。「あの人がいるからちょっとジョインしてみようかな」とか、そういった輪が広がっていくような仕掛けをしています。
何かイノベーティブなアイデアを思いついても、組織内で提案したり意見しにくい雰囲気が無いか、という視点で考えてみる必要があります。複数でのブレインストーミングはアイデア創出効果が悪いという指摘もあり、違和感を感じる方もいるかもしれませんが、要は他者に気兼ねや忖度なく発言したり、批判をせずに聞き合える雰囲気や文化がちゃんとあるかどうかが非常に大事だということです。
部長や上司の考えに対して誰も何も言えず、「空気読んだ方がいいよね」という場でやるくらいなら、それぞれ個人で付箋に書いて、せいので出す方がよっぽど良いアイデアが集まるということです。
やはり大事なのは正しい文化、心理的安全性が保たれた状態を作った上で、新結合のメリットを大きくしていくことです。例えば、ABCという3つの意見があって、正しくディスカッションできれば、誰も予測しなかったXYZというアイデアや組み合わせが出てくるわけですね。そういう場作り、雰囲気作りが非常に大事です。
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同時に、心理的安全性と仕事の基準について考えた時、ただ心理的安全だけの職場だと「ヌルい職場」にもなりがちです。ですので、心理的安全性と同時に必要なのは、仕事の基準や質を高めて成果を出そうという熱意です。その両方が揃って「学ぶ職場」となるわけです。
多様性のあるメンバーで喧々諤々と議論すると、当然コンフリクト、健全な衝突は起こります。それを良しとする文化、みんなで楽しみながらやろうという文化が非常に大事だと思います。スティーブ・ジョブスも「Stay hungry, stay foolish」と言っていましたが、ブレストの1巡目はいくらでも馬鹿なことを言っていいんだ、そこまでやっていいんだと思えるような雰囲気作りから始めると良いかもしれないです。
心理的安全性と「場づくり」 制度の正しい運用とは?
――イノベーション創出には心理的安全性や信頼が確保された場が大事だということですね。御社ではどのように実践されていますか。
ダニエル・キムという方が提唱されている「グッドサイクル、バットサイクル」という論があります。「グッド」も「バッド」も関係、思考、行動、結果のそれぞれの質というピースは同じで、それがぐるぐるとサイクルで回りますが、グッドサイクルは互いに尊重して共に考える良い関係になり、成果が生まれ、信頼関係が深まり、またより良いアイデアが生まれます。
ところが同じピースを回しても成果がなかなか上がらず、対立や指示を出す人が出てきたり、思考が受け身になり行動を起こさず、その結果成果が上がらず、関係悪化や自己防衛につながるというバッドサイクルになってしまいます。
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我々も様々なバックグラウンドを持つメンバー集めを狙って、新しいチームを作ったわけですが、当然コンフリクトは起こりました。そこであえてカオスの状態をつくり、少し冷却期間を置いた後に、きちんとチームビルディングをしようと社外からプロのファシリテーターも入れたワークショップを複数回やりました。そこで「自分たちは何を大事にしていくのか」というカルチャーコードを作り、何かが起きたときにはカルチャーコードに立ち返って考えるようにしています。
また、「場作り」はとても大事です。適切な場がイノベーションを加速していきます。そこには柔軟性が非常に大事だと考えています。世の中の状況もお客様も変化していく中、自分たちも変化に適応していかないといけない。去年より今年、今年よりも来年、我々の組織に合致したより良いイノベーションセンターになっていけるよう、改善を続けられているかという意味で「決して完成することのないイノベーションセンター」という言い方をしていました。
センターには普通の研究所と違って、刺激的な交流のスペースだったり、コラボを促進するような仕掛けだったりといろいろ仕込んでいます。最近はコロナも少し落ち着いたこともあり、徐々に社外との交流の場、イベント的なものも始めています。
最後に、「制度と正しい運用」のお話をします。おそらく大企業の皆さんは「ステージゲート制度」を導入し、開発テーマを一歩一歩、階段を上っていくように進めているのではないでしょうか。そこで、ステージゲートの審議会の運用の仕方は非常に大事です。「裁判官と被告人」のような図式になっていませんか。あるいは「〜さんの肝いりテーマ」というのも危険です。「社長の肝いり」「所長の肝いり」でテーマを上げられると、片目をつぶってでも通してしまえ、という話になりがちですね。
あるいはテーマリーダー自らが、テーマの「中止宣言」をすることはあまりないと思います。リーダーはチームメンバーを抱えて、「いつまでにこれを達成する」といった目標設定があり、それが自分自身の人事考課につながっていることもあります。そんな中で、リーダーが「このテーマはやめましょう」、あるいは「ステージを下げましょう」とは、なかなか言いにくいものですが、駄目なテーマであれば本来それを言うべきなんです。
駄目かどうかは誰よりもやってる本人たちが一番分かっている事も多いです。お客様の生の声を聞いてテーマ開発をしているわけで、駄目だなという「風」が吹いてきたら分かるはずなんです。駄目な風が吹いてきたことに気付き、「やめよう」といち早く言える文化を作れるかどうかが非常に大事です。当社もいろいろ文化づくりをやりながら、2年半ぐらいしてそう言える人材が出始めたと記憶しています。
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また、ステージゲートで、社長や幹部がOKだからそのテーマがステージアップしていくのではなく、きっちり事業の目、外部有識者や専門家の目を入れて公正に審議会で議論できているかどうかも非常に大切です。
またプロジェクト管理における「ゲート0」までのマネジメントも重要です。テーマやアイデアの「多産多死」とよく言いますけれども、私は「多産多資」と呼んでいます。百発百中の成功は当然あり得ませんし、そもそも知恵は死にません。失敗してこれは駄目だったなということがたくさん出てきますけれども、そこから学ぶことが個人あるいはチーム、組織の「資産」になるはずです。とにかくまずはテーマを量産しようと取り組みました。
あとKPIと、企画の質の上げ方についてですが、我々の場合ですと、市場が伸びるのか、儲かるのかという観点と、攻略手段としてそれが実際、技術的に出来るのか、勝てるのかという観点を重視します。これらを数値化し、定量管理してテーマの相対的な良し悪しを見たり、同じテーマの質の推移を見たりします。ただ、数字で割り切れないものもあります。世の中は変化し、お客さんも変わりますので、テーマの良し悪しも当然変わってきます。結局、正解はありませんので、納得感を探しにいく必要があります。それで周りを説得して腹落ちしていく、という形で質を見ていきます。
平凡なことを非凡にやり続ける
――新たな制度設計やイノベーション活動の推進にはやはり社内の文化醸成が大事ですね。社内で制度を浸透させていくための工夫や取り組みを最後に教えてください。
イノベーションを起こす上で大事であると、これまで私がお話してきたことは、知っているよ、当たり前だよねと思われたかもしれません。ですが、当たり前、平凡なことを非凡に徹底的にやり続けることが大事な点だと思っています。
「誰かが何か変わったことをやり始めたね、ふーん」と流されてしまうと、本当に「離れ小島」で勝手に何人かが踊っているだけになってしまいます。やはり、やるべき事の順番を工夫したり、時間をかけていくことも大事です。
当社の場合ですと、例えば最初はイントラネットや社内向けのサイトで、我々がやっている活動を広報して皆さんに知ってもらうことだったり、あるいはイノベーション関連のイベント、ウェビナーを社内開催して、そこに参加してもらったりしています。
実は当初、想定していなかった嬉しいこともあります。ウェビナーをやると、社内のどのカンパニー、部署からもまんべんなく何百人と結構な数の参加者が集まります。ポテンシャルのある人材、イノベーションへの関心層は多いと感じています。ボトムアップで盛り上げつつ、同時に事業部門の長の方たちにもよく理解してもらわないといけません。
各事業部が自分たちの事業の一歩先を行くために、私たち新事業開発部のイノベーション活動をフル活用してもらって、新事業立ち上げをぜひ一緒にやりましょうという建て付けです。既存事業の新製品開発は各事業部などでも取り組みますが、そのビジネスモデルを変えることで周辺ビジネスも取っていこうという活動等については、我々と肩を組んでできるようにしていこうとしているところです。