イノベーション創出と社会的課題の解決に挑戦し続けているOmron では、今後訪れる未来を予測した「SINIC理論(サイニック理論)」を事業の羅針盤としている。今から50年以上前、創業者が書いたこの理論は2025年から「自律社会」が到来すると既に予測していた。同社はそこからバックキャストで、自律社会に向け「データの流れが生み出す未来像」を描き、事業変革に取り組んでいる。「イノベーション」「DX」がバズワード化する中、オムロンではどのようにイノベーションを位置付け、変革を起こし続けているのか。同社イノベーション推進本部でシニアアドバイザーを務める竹林一氏に話を聞いた。

そもそも、イノベーションとは何だろう

――まず、竹林さんのご経歴を教えていただけますか。

 私自身はもともとソフトウェアエンジニア、システムエンジニア、大型プロジェクトのプロジェクトマネージャを経験し、その後、新規事業をデザインする仕事に関わり、会社経営にも携わりました。ここ数年は、市場自体を新たに立ち上げて新しい世界観を持ち込んでいこうというデータ系のビジネス立ち上げに取り組んできました。

 オムロンがイノベーション推進本部を設置する際、「イノベーションが起こり続ける仕組み、それ自体を作ってほしい」という指示を受けました。

竹林 一
イノベーション推進本部 シニアアドバイザー
“機械に出来ることは機械にまかせ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである”との理念に感動して立石電機(現オムロン)に入社。以後、新規事業開発、事業構造改革の推進、オムロンソフトウェア代表取締役社長、オムロン直方代表取締役社長、ドコモ・ヘルスケア代表取締役社長、オムロン株式会社イノベーション推進本部インキュベーションセンタ長を経て現職。

京都大学経営管理大学院客員教授として「100年続くベンチャーが生まれ育つ都」に向けた研究・実践を推進する。日本プロジェクトマネージメント協会特別賞受賞、同協会PMマイスター。その他一般社団法人データ社会推進協議会理事他、政府、経済団体関連各種委員会の諮問委員を務める。著書に『たった一人からはじめるイノベーション入門』『モバイルマーケティング進化論』『PMO構築事例・実践法、利益創造型プロジェクトへの三段階進化論』等がある。

「イノベーションが起こり続ける仕組み」とは、イノベーションを推進する部署であり、そのアウトプットとして新規事業が生まれ、新規事業を生み出すプロセスも出てきます。社内で「共通言語」を持つことが大事であり、言葉の定義にある程度みんなが腹落ちすると1人ずつがその方向に向かって、自律的にアイデアを出し行動してくれるようになります。

 では、どのようにイノベーションが起こっていくのか。今までイノベーションをやろうと思うと、やはりハレーションなどいろいろなことが起きるなど、私自身もさまざまな経験をしてきました。その経験などを『たった1人からはじめるイノベーション入門』という本にまとめています。ここでは「なぜイノベーションは掛け声で終わるのか」といった疑問に答える形になっています。1つのポイントはやはり共通言語だと思っています。

 イノベーションとは、そもそも何でしょうか?

 最近では、デジタルトランスフォーメーション、DXと言われていますね。ではDXとは何だろう? DAO(分散型自律組織)とは? Web 3とは? 時代とともに新しい言葉がどんどん出てきますが、本質は「変革していこう」という事です。その変革をどう仕掛けていくかがポイントになってきます。

 経済学者のシュンペーターは、イノベーションとは、価値の創出方法を変革して、その領域に革命をもたらすことであり、変革は組み合わせ、今の強みを活かした他のヒントとの掛け合わせや、アイデアの掛け算による「新結合」だと言っていました。その意味でいうと、DXの角度から変革を考えてみようとか、DAOと言う観点から見るとどうかなどを考え、変革を起こしていこう、ということになります。

Image:オムロン

イノベーションとは、「ソーシャルニーズの創造」だ

――御社が考えるイノベーションの定義について教えていただけますか。

 オムロンでは、1933年の創業の際に「イノベーションとはソーシャルニーズの創造である」と定義しています。これが共通言語です。

 ソーシャルニーズの創造とは何かというと、「社会的課題を技術で解決することによって『より良い社会』をつくっていくこと」と明確に書かれています。

 例えば1964年、オムロンは全自動感応式電子信号機を作りました。当時は、交通事故、交通渋滞という社会的課題がありました。そこで、地中にセンサーを埋めて車がどこに何台走っているかということをベースに、時間制御を機能させる製品でした。

 1967年には、無人駅システムを作りました。駅員さんがこれ以上多くの人が鉄道を利用すると切符を処理できないという課題に対して、駅員さんの代わりに自動改札、つまりロボットという仕組みを作りました。常に社会的課題を技術で解決してきました。

 イノベーションが起きたかどうかというのは、たくさん収益を上げたとか、すごい技術やデータを生み出したかということではなく、「社会的課題が1つ解決したら、1つイノベーションが起こりました」ということに尽きます。ですから、分かりやすいのです。

 私が新規事業を提案するとき、経営陣から必ず聞かれるのは「まず社会的課題は何ですか」ということです。部下が私に事業アイデアを説明に来た時も、同じように聞きます。まず「どんな社会的な課題を解決するのか」ということから入っていきます。「いくら儲かるのか」ではありません。

Image:オムロン

オムロン創業者が50年以上前に予測していた「自律社会」

――何が「社会的課題」なのかを見極める目も必要になりますね。

 私たちが社会的課題を考える上での「海図」があります。これは1970年に発表された「SINIC理論」(サイニック理論)です。オムロンの創業者・立石一真が1970年、国際未来学会で発表した未来予測理論です。

 基本的にどんな理論かというと、社会は過去から現在、未来にかけて、図の螺旋のようになっていくという流れです。「農業社会」から「工業社会」に変化していきます。工業社会を細分化すると、手工業から工業化、機械化、自動化、情報化となっていきます。ちょうど私たちがいま生きている時代が「最適化社会」であり、この先が「自律社会」です。

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 螺旋の真ん中のカーブはその社会を支える技術です。例えば自動制御技術だったり、電子制御技術だったり、最適化社会になるとプラス生体制御技術が出てきますということを説明しています。その下のカーブがこういう科学の上に新たな技術が出てきて、社会を作っていくという流れであり、その逆もまたしかりということです。

 では、いま私たちが生きているのはどのような社会か。工業社会の中でも情報化社会、そして最適化社会になり、人類は物質的な豊かさを手に入れた一方、エネルギーや資源、食料、人権等の問題が残されていると、このサイニック理論で書かれています。

 工業社会の一番最後が情報化社会です。情報が簡単に手に入る社会になり、カード化社会が出現して、キャッシュレスの時代になると書かれています。実際、現在は鉄道系からスマホまでさまざまなキャッシュレス決済が広がっていますね。いまから50年余りも前に、こういう社会が訪れるだろうと既に書かれていたのですから驚きです。

 サイニック理論では、2005年から最適化社会に向かっていくとあり、効率や生産性を追い求める工業社会的な価値観から、次第に人間として生きる喜びを追求するといった精神的な豊かさが求められていくと指摘しています。同時に、安心や安全、健康、環境がキーワードになると書かれています。

Image:オムロン

 2025年からは自律社会であり、本来の幸福を追求する中で自分に合った価値観を選び、目標を設定していくとあります。つまり個人でも企業でも、他律的な価値観ではなくて、自身、自社の価値観で社会に貢献していくという流れになるといえます。確かに、働き方改革や副業など、1人1人が考えながら自律に向かって動いていくといえます。

 技術についても同様です。DAOやブロックチェーンは、まさに自律分散に対応する技術です。ちょうどこの工業社会の価値観と自律社会の価値観の間に、2022年の私たちがいるということです。では、この最適化社会ではどんな価値観なのかというと、皆さんよくご存知の持続可能な開発目標(SDGs)がありますね。

 最近は、これからの自律社会を担う、下支えするようなサービスや仕組み、技術を取り入れた事業がここに来て、いろいろ立ち上がって来たと言えます。工業化社会で物質的な豊かさを手に入れたけども、さまざまな課題も生まれています。

 まさに自律社会において何が起きているのかということを、バックキャストで未来から見てみて、自分たちの会社や新しい事業がどうなっていくのかという視点からぜひ考えていただきたいと思います。

「自社だけが儲ければいい」ではない おばあちゃんの「血圧計」と室温

――50年以上も前に未来を予測した素晴らしい理論ですね。では、御社はこのサイニック理論を基に、どんな新事業や技術を創造してきたのでしょうか。

 オムロンはこれまで、工場自動化(FA)のシステムを作り、信号機を作り、自動改札機を作り、血圧計を作り、いろいろなビジネスを展開しているように見えると思います。

 実は、創業者は「流れのあるところにビジネスチャンスがある」と言っておられました。

 オムロンはセンサーの会社です。センサーは物の流れがあって必要とされるものです。動かないものに対しては売れません。では、流れはどこにあるのか。

 物が流れているところで、センシングしてコントロールするためにセンサーは必要とされます。まず、工場ですね。工場の中には物が流れています。FA、コントローラは当社の得意分野です。

 人が流れているところに自動改札機ができ、車の流れに信号機を作り、血液の流れに対して血圧計を作る、というのがこれまでの当社のビジネスでした。

 そしていよいよ、自律社会に向けて、「データの流れが新しいビジネスを生み出す」と思っています。

Image:オムロン

――「データの流れ」によって、どんなビジネスが生まれていくでしょうか。

 自律社会では、社会的課題がより複雑になってきます。企業が1社で社会的課題を解決することがとても難しい時代です。隣の人や他の会社とも連携して、みんなが幸せになるような社会をつくっていこうと課題に取り組むことができます。そんなネットワークを作っていこうという話です。自社だけが儲ければいいというのでは、社会的課題は解決できません。

 例えば、オムロンは信号機を作っています。自動車会社は自動運転の車両を作っています。自動運転の車両はカメラで信号の色を識別していますが、では信号と自動運転が一緒になってより上のレイヤーでデータを取り込んでいけないか。

 次の信号機では渋滞が起きている、この道路は自動運転の車両が多く走っているというデータや、タクシーの配車システムをもっと効率的に動かしたい、もっと交通渋滞を減らせないか、といった課題への解決策を一緒に考えるということです。

 以前、おばあちゃんの血圧計のデータと住んでおられる部屋の温度データを、測る度に主治医の先生にオンラインで送る仕組みを作りました。すると、先生が「冬になって寒くなると血管が収縮して血圧が上がる。おばあちゃんの血圧が上がり始めたので部屋の温度を見たらとても低かったので、起きる前に冷え込むからエアコンの暖房をその時間帯にセットして、おばあちゃんの血圧を安定させました」とおっしゃってました。薬をたくさん処方するのではなく、起きる少し前にエアコンを設定する方法を教えたという話ですね。

 データを使って自社だけ儲けようという発想ではなく、血圧計を作る我々と、例えば部屋の温度をコントロールする人たちとが連携して、おばあちゃんをちゃんと見守っていこうという社会、これらは連携から生まれてくるものです。

Image:オムロン

 サプライチェーンの課題やカーボンニュートラルも1社だけでできるものではありません。データの連携が新しい自律社会をつくっていくと思っています。

 結果的には、データを使うことでさまざまなビジネスが生まれると思います。バックキャスト的に言えば、最終的には自律分散的にいろいろなものが動いて、社会的な課題を解決していくという話です。

 スマートシティやスマートファクトリーにおけるデータ流通ビジネスはいずれ必ず起きると思いますが、1社だけでできるものではありません。多様なサービスがデータで連携する。そんな世界が来るのはもう少し先で、その前にデータ連携ビジネスが起きると思います。

 サプライチェーン、カーボンニュートラルにおいて、それぞれの持つデータを「掛け算」することによって効率的、あるいはサービス化がデータ連携の中で進んでいくと思います。

Image:オムロン

鍵になる「攻めのDX」「守りのDX」

――どのようにデータ連携をしていくかが大事だということですね。一方で、現場の非効率性やデータをきちんと扱えていないと指摘する声もあります。

 新しい自律社会に向けて、多様な企業や人々が連携して社会的課題を解決していく上で、お互いが連携するベースにデータがあると思います。また、イノベーションを生み出し続ける仕組みとしてのDXがあります。

 これも共通言語の話になりますが、DXとは何ですか。あなたの会社にとってのDXとは何ですかという視点でご説明します。私がこれまでさまざまな事業に携わってきて分かったのは、この「顧客満足イコールQCD×S」が大事だということです。

 これまでの日本ではQCD、つまり品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)がしっかりしていれば、「いいものをより安く」で商品が売れていました。ですが「いいものをより安く」を続けていると、コストを下げ続けるしかありません。

 そこで大事なことは、「価値を創出し、価格に変える」仕組みづくりが必要になってきます。このCとSとのバランスが顧客満足度につながります。

 そのとき、DXのデザインが必要になってきます。DXでは、事業構造の転換、つまりトランスフォーメーションが最大の命題です。私は「攻めのDX」「守りのDX」と呼んでいます。

「攻めのDX」は、このQCD×Sの「S」仕組みの転換によって、新しい顧客満足を生み出していくことです。

「守りのDX」は、現状の非効率的な業務や社内プロセスをデジタルに置き換えて企業の体質を強化させることです。

Image:オムロン

発想や事業の「軸」をいかに変えていけるか

 さらに、DXを従来の発想だけではなく、従来の発想の「軸」をいかに変えていくか、軸を変化させて新しい「枠組み」を創るリフレーミングが大切になるということです。その事例を紹介します。

 オムロンの自動改札機はこれまで「もの」として製造販売していました。日本全国各地の駅に広がり、普及することによって価格も下がってきました。ただ今後これをさらに安くすることだけをやっていても、新しい社会的課題は解決しません。

 それでは、どのような社会の課題を解決するのかというと、駅の周りにはさまざまな社会的な課題があります。この自動改札機、駅を中心として、これらの課題を解決できないだろうかという話です。そこで考えた軸の転換とは、駅は「電車に乗る入口」から、「街へ入る入り口」と捉え直しましょうということです。

Image:オムロン

 例えば、新宿駅を1日数百万人の人が利用するとして、駅の中から外へ、街へ出て行く人たちの社会課題をどう解決するのか、どんな面白いことができるのだろうかという視点です。

 そこで出てくるアイデアとして、自動改札機を通って誰がどこの駅で出たかというデータから、例えば子供の安心安全を守るために、子供たちが通学などでちゃんと所定の駅を通ると、保護者にメールが届くといった見守りサービスができました。軸を変えた新しい取り組みを考える際に重要なのが、トランスフォーメーションです。

 ここでは、駅を「電車に乗る入り口」から「街への入り口」とトランスフォーメーションしたことで、自動改札機はデジタルのプラットフォームとなります。鉄道会社さんと協力して、エンドユーザーの課題解決や、街の活性化、安心安全につなげていこうという考え方になります。

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 次に「守りのDX」について考えてみましょう。ここでは「経営DX」と呼びますが、経営プラットフォームを構築して今までのやり方を再構築していくことによって、例えばより良いサプライチェーンを創っていこうという話になります。

 また、「現場DX」として現場固有業務のスマート化に取り組むことができます。現場には、例えば収益管理など最終的にデータが多く発生しますね。いまだに、手書きの帳票などがあり、どんどんデータが発生してくる。RPAを入れるとしても、やり方が変わるとそのたびにSIerに伝えてお金をかけて変更してもらわねばならない。もっと現場でできることがたくさんあるはずです。

 まずは工場の現場のためのツールです。これまで工場のラインではストップウォッチで時間を管理し生産性を上げてきました。ところが、これから何が必要になってくるか。現場の生産性はQCDを守って上がってきた。一方、たくさん集まってくるデータをベースにいろいろなことを考えないといけない時代になってきた。

 ところが生産現場ではいまだに手書き帳票が使われている。それを例えばiPadに置き換えることもありますが、iPadを導入するより手書きの方が早いということもあるでしょう。

 その際に、例えば手書きで書いたものをOCRで読み込む、それを自分たちの手で帳票ごとに簡単に設定してできるようになればいいでしょう。また、RPAもSIerに都度お願いするのではなく自分たちで登録できるようになればいいですし、集計も誰でも使えて可視化できるようになれば、経営DXとも連携でき、現場はもっとやりやすくなるはずです。

 重要になるのが、こういったツールを活用できるデジタル人材です。自分たちでどんどん改善できるような教育体系です。これまでQCサークルでやっていたような品質改善を、データに置き換えた改善活動にしていきましょうということです。改善活動、あるいは現場で発生し変化するデータを経営DXと連携することで、現場の自律につながります。自律型のDXに向けて、オムロンはこういったサービスを既に始めています。

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人材を「起承転結」型で考えてみよう

――イノベーションを生み出し続ける仕組みとして、「攻めのDX」「守りのDX」があるということですね。もう1つの「人材と仕組み」についても詳しく教えてください。

 イノベーション、トランスフォーメーションに取り組む人材とは。その教育をどうやっていくかということですが、これらの取り組みに必要な人材として、私は「起承転結型の人材」の必要性を実感しています。

Image:オムロン

 起承転結型とは、「0から1を生み出す」ような「起」の人、その起の人のアイデアのグランドデザインを描いて事業に落とし込み、ストーリーを作っていく「承」の人、これを基に事業計画を考えたり、リスク管理をしたり、KPIを設定したりするのが「転」の人、そして最後にこの仕組みをきっちりオペレーションしてやり遂げる人が「結」の人です。

 この4つの人材が必要であり、非常に重要です。「起」「承」の人は、この「攻めのDX」が得意です。今の事業構造をいかに変えて、ビジネスを再構築していくかということです。イノベーションは「0から1を作る」ことだけではなく、シュンペーターの「新結合」、今の顧客や技術、ビジネスモデルをどう組み合わせて変えるかで、望遠鏡の視点や想像力をもってトライ・アンド・ラーン(学び)を繰り返しながら事業構造を変えていきます。

 そして、「転」「結」の人はきっちり分析してロジックを組んでやり続ける、これが「守りのDX」です。こちらはQCDや顕微鏡の視点、実行力が必要です。この起承転結のいずれも重要です。「攻めのDX」「守りのDX」が連携していくことでイノベーションやトランスフォーメーションは進んでいくと考えています。

Image:オムロン

 実はこれに取り組むマネジメントスタイルは変わります。「転」「結」型は既存事業のさらなる収益化を目指し、目標管理があってMBOを設定してきっちりオペレーションし、その結果を評価します。建物でいうと1階部分となります。

 一方の「起」「承」は2階部分で、新しい価値への転換や創造について、上司はコーチングやアドバイスをしながらプロセスを評価していきます。どちらのマネジメント体制がいいか悪いかではなく、どちらも必要です。

Image:オムロン

 私自身、元々はソフトウェアエンジニアでしたが、これはプログラム設計、開発体制と一緒なのです。安定性を重視し失敗が許されない領域に対してはウォーターフォールモデルで確実に案件を進めていきます。一方、スピード重視で時代のニーズにいち早く対応してソフトウェアを開発するモードとしてアジャイルがあります。

 どちらかがいいのではなく、どちらも必要なのです。この2つの文化を共存させる社会をこれから創っていくようになります。この2つの文化の融合が重要になります。

「転」「結」型の人材はオペレーションが得意、「起」「承」型の人材はクリエーションが得意であり、オペレーション&クリエーションが連携したときにイノベーションが生まれ、トランスフォーメーションが起こるというわけです。どちらかだけでは生まれません。

――なるほど。御社ではどのように「起承転結」型で人材を育て、活躍しているのでしょうか。

Image:オムロン

 実は「起承転結」は人材の面だけでなく、組織体制にもいえます。私自身は「承」の人間で「承」の組織にいます。「起」の情報はオムロンのいろいろな組織からもたらされます。既存の部門にいる「転」ができる人材を出向などで「承」の部門に来ていただき、私たちと一緒にグランドデザインを描ける人材として育てていく。そして「結」につなげていきます。

 では、「起」の部分のアイデアはどこから入ってくるかというと、オムロンではCVCがあり、世界中のベンチャー、スタートアップの動きを見てくれています。また、「サイニック理論」を研究するオムロングループのヒューマンルネッサンス研究所があります。

 あるいはR&D部門や事業部門からお客様を通して少し先の未来に対してどんなビジネスを立ち上げるのか、といったグランドデザインを描きます。それを新結合で、社内のこんなリソースを使ったらどのようなビジネスを作ることができ、どのように社会的課題の解決に貢献できるのかと考えていくことができます。

Image:オムロン

「へとへと」から「ワクワク」へ Willを発信、グランドデザインを描こう

――御社の取り組みを参考にしたいと考える読者の方々へメッセージはありますか。

「年中夢求(ねんじゅうむきゅう)」という言葉です。これは以前によく訪れていた居酒屋さんの壁に貼ってあった言葉ですが、女将さんに了承をいただいて使わせていただいています。

 今の時代、これまでの仕組みや「いいものを安く」といったモデルの賞味期限が切れ始めています。社会の構造が変わっていく中で、全体像を捉えて、新たな「軸」を定めて世界観を描いていきたいと思っています。従来の軸を基にさらに頑張ると「へとへと」になっていくので、新しい軸によって「ワクワク」に変えていけるといいなと思います。

 先ほど「起承転結」のお話をしましたが、「起」の人材、「ゼロイチ」で物事を考えられる人材は自社内にいる必要はないと思っています。世の中のベンチャーがいろんなアイデアを考えている、あるいはどこかの研究所が10年先、20年先の研究に取り組んでいます。

 だからこそ、この「起」と連携する「承」の人材が企業の中でとても必要であり、今は少ないので、育てていかなければなりません。そして企業内で育てることができます。「転」の人材は事業計画を策定でき、ファクトベースで分析する処理能力があります。そのスコープの抽象度を上げて、グランドデザインを描けるよう、見方を変えるということです。

 これまでと同じ手法から見方を変えたり、「新結合」したりすることによってブルーオーシャンを見つけられるかもしれません。そのためには、抽象度を上げる練習が必要です。そもそも何のために事業に取り組んでいるのかなど、「そもそも何のために」から考え始めると新たな解決の仕方を学ぶことができると思います。

――オープンイノベーションの活用も大事だということですね。竹林様の著書「たった1人からはじめるイノベーション入門」は略して「1人イノベ」ということですが、これを「全員イノベ」にしていくには、どういったことが必要でしょうか。

 著書では、「たった1人からはじめるイノベーション入門」と書いていますが、「1人でやり続けなさい」とは書いていません。ただ、自分自身が何をやりたいのか、何を軸にしたいのか、自分のWill(意思や思い)を発信しないと仲間は集まってきません。まずは最初のWillが大事です。

 企業としてお金を儲けるだけでなく、どんな社会的な課題を解決したいのか、自分たちが何をやりたいのか、自分たちはどんな構造を変えたいのか。「へとへと」から「ワクワク」にしたいと、まず発信し始めることですね。そうすることによって、自分もやりたいという仲間が集まってくる。1人で起承転結を全てやることはできませんから、それぞれの人材が集まってきます。

 既存事業との連携などに関しても、現場の調整だけに任せるのではなく、会社として大きなグランドデザインを描くことが大事です。先ほど、既存部門にいる「転」ができる人材を出向などで私たちの「承」に来ていただき、グランドデザインを描ける人材として育てていくとお話しました。その人材が新たなビジネスにつなげられても、そうでなくても、最終的に人材育成につながっていきますし、その先の新たな連携も見えてくると思います。



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