変革を起こさない企業は消えゆくのみ
――まず東京海上グループがアライアンスを行う背景・目的などを教えてください。
欧米を中心に、2タイプのインシュアテック・スタートアップが生まれています。1つがインシュアテック・イネーブラー。サービス向上やコスト削減につながるテクノロジーを供給する、既存保険会社の味方的な存在です。
もう1つが、インシュアテック・保険会社です。テクノロジーを活用して保険業を手がけ、既存の保険会社の顧客を奪うという、我々にとってのディスラプターです。
すでに多くの企業が業務を行っていますが、その1つであるMetromileという会社をご紹介しましょう。同社は社員の60%がトップデータサイエンティストであり、業務のあらゆる場面でデータサイエンスを活用しています。
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社長のダン氏に「なぜ保険業界に参入したのか?」と聞いたところ、彼の答えはこうでした。「『データサイエンスによる価値向上が可能』かつ『既存サービスに対する顧客の不満が大きい業界』という観点から、成功チャンスが多いと感じたからだ」。彼の言葉を聞き、「こうしたディスラプターに対抗するためには、我々自らが保険業界に変革を起こし、ビジネスモデルを変える必要がある。でないと、既存保険会社は消えていくだけだ」と感じましたね。
さらに、新たな脅威も台頭しています。それが、GAFAなど圧倒的多数の顧客と顧客データを保有する「プラットフォーマー」です。
実際、2018年にアマゾンなどが「自社従業員を対象に、アメリカで健康保険事業を行う」と発表した際は、そのニュースのみで保険会社大手の株価が軒並み下落しました。このことは「アマゾンが保険領域に参入すると、既存の保険会社はピンチである」ということを実証したのです。
アメリカでディスラプターやプラットフォーマーの存在を見ていくなかで、我々が打ち出した方針は次の3点です。
- インシュアテック分野のフロントランナーとなり、保険事業の再定義を行い、社会課題を大きく解決し、 新たな成長を実現する。
- ディスラプターとの徹底的な対話で相手を知り、彼らの強みを取り込んで自己改革を行う。
- プラットフォーマーを共創などでのオープンなパートナーとしてとらえる。
これらを実現するため、数年をかけて組織を変えてきました。2018年ぐらいからはヘルスケア・モビリティ・サイバーセキュリティ・自然災害・デジタル戦略基盤分野など約30社への出資・提携を通し、スピード感のあるソリューション導入を行っています。いくつかの事例をご紹介しましょう。
「自国ではディスラプター、他国では救世主」の事業モデルを提案
まず、ALBERTという国内AIベンダーのとの協業では、AIがドライブレコーダーで取得した映像等から自動車事故状況を再現し、責任割合を自動算出するシステムを活用。スピーディな事故解決を実現しています。
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ICEYEというフィンランドの人工衛星画像解析会社の技術は、水害など現地調査が難しいケースなどで活用しています。同社のシステムにより浸水状況などを迅速的に把握できるため、平均2~3週間だった支払い期間が大幅に短縮。この夏の熱海での土石流災害でも、ICEYEの技術が活躍しました。
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ケンブリッジ大学発のRisilienceによる、気候変動リスク定量化ソリューションの事例もあります。同社ではカーボン排出ネットゼロを目指す企業に向けて、その計画策定・実行・進捗管理を行う統合プラットフォームを構築。気候変動が個別企業へもたらす経営インパクトの計量化や、気候変動リスクシナリオ別に詳細分析を行うなど、世界でも珍しい技術をもっています。今後は、当社のグローバルな法人顧客へのサービス提供を考えています。
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ユニークな事例としては、先ほど「既存保険会社のディスラプター」として紹介したMetromileとのアライアンスが挙げられます。
「お客様の不満を徹底的に分析し、高いUIとテクノロジーで解消する保険サービスを提供する」という同社は保険業界のディスラプターである一方、我々のDXに最も有効な策をもつ救世主ともいえます。すでに保険会社として運営中であり、彼らと提携した場合は導入までのリードタイムの短縮や、高効果な再現性も見込めます。MetromileとWin-Winのアライアンスができないかと考え、2017年ごろからダン社長と30回以上のミーティングと重ねました。
我々が提案した内容は、「アメリカでは、既存保険会社との競争のなかでテクノロジーやソリューションの質をどんどん磨いていけばいい。一方で保険事業をグローバル展開する場合、巨額の資本が必要なうえに各国に強い規制があるため、一筋縄ではいかないだろう。であれば、アメリカではインシュアテック保険会社として、グローバルでは既存保険会社のDXをサポートするソリューションプロバイダーとして事業展開してはどうか。そのうえで、我々と資本業務提携を行い、グローバル展開の足掛かりにしないか」というものでした。1年以上の交渉を経て、2018年5月に資本業務提携が実現したのです。
2018年5月、Metromile社と資本業務提携 Image: 東京海上ホールディングス
現在、Metromileとのアライアンスは、東京海上グループの国内最大オペレーションである自動車事故対応で活用しています。1万人以上が従事するコア事業に同社の技術を入れることで、圧倒的な効率化・高度化・快適化が期待できるのです。
譲れないポイントだけは死守する
成功体験ばかりをお話ししてきましたが、実際は失敗のほうがはるかに多いものです。海外スタートアップ連携の失敗例から得た、反省点やポイントを紹介します。
●コア業務で大きな果実を狙う
実現時の効果が大きいコア業務領域で「大きな果実」を狙うといいでしょう。取り組める領域ではなく「取り組むべき領域」に、解決できる課題ではなく「解決すべき課題」に向かうことが大切です。
●日本市場への適合にこだわらない
言語・通信・法令など日本に適合させるためのコストや労力は極めて大きく、日本の通信規制に合わせるだけでも3000万~5000万円はかかってしまいます。
当社の場合、PoCなど第一段階の小さな展開は海外グループ会社や自国で実施する選択肢も加えたことで、実証実験機会が大きく増えました。やりやすい環境で効果を確認してから日本展開を考えても遅くはないですし、そもそも海外スタートアップは日本展開に魅力を感じているケースが多いので、日本市場への適合を焦る必要はないと考えます。
●ディスラプターとも組む柔軟思考
メトロマイル社の事例で学んだことですが、スタートアップの自国でのビジネスモデルと、他国での連携モデルは同一でなくてもいいのです。できることを柔軟な思考で探っていくといいでしょう。
●カルチャーギャップを無理に埋めようとしない
時間軸やスピード感のギャップは徐々に埋められても、カルチャーギャップが埋まることは少ない印象です。そこで、カルチャーギャップは無理に埋めようとせず、譲れないポイントだけを重視するようにしました。
我々が大事にしてるのは、「テクノロジー導入の目的は、人々の価値向上である」「社会課題解決に共に向かう」「短期ではなく、長期的に大きな利益を目指す」の3点です。
●海外同業他社との情報交換は極めて有効
日本市場は欧米でもかなり意識されています。直接競合しない日本企業とオープンに情報交換をしてくれる欧米のトップ企業は多く、我々の情報や市場価値もかなり高く評価してくれている印象です。
私自身も定期的かつフラットに欧米の同業他社のトッププレイヤーと「どのスタートアップと組み、結果どうだったか?」「次に来る領域は?」「テクノロジー導入についての経営トップの考えは?」「CVCの体制・判断基準・価値観は?」といった本音ベースでの情報交換を行ってきました。
こうした対話を経営陣同士、CDO同士、部門のトップ同士、担当レイヤー同士などレイヤーごとに行うことで、細やかかつ戦略に役立つ情報が得られたと感じています。
メンタル面では、「明るさと折れない心」が最も大事だと実感しています。暗くどんよりした雰囲気では、人や企業を惹きつけられません。
また、この業務はうまくいかないことのほうが圧倒的に多いものです。心が折れそうになることも多いですが、「それでも絶対やり抜くぞ」というマインドはなくしてはいけないと思います。
アライアンス先をどう見つけ、接点を持つか
――「コア事業で大きな果実を狙う」とのことでしたが、コア業務を変えることはかなり骨の折れることです。社内をどう説得したのでしょうか。
「これぐらいのリスクを取ったうえで、これぐらいの効果を取りに行く」という最大効果と最大リスクを「数量で示す」ことを大事にしてきました。大まかであっても目安の数値で示せないうちは進めるべきではないですし、同時にできる限り論議を繰り返すことが必要だと思います。
――コア業務のアライアンス先は、課題ありきで探すのでしょうか。
2つあり、1つは「課題ありき」です。会社のペインポイントをブラッシュアップし、連携VCや同業他社に発信しながら発掘しています。もう1つは「他社の課題解決事例」です。テクノロジー活用で課題解決した国内外の同業他社を調べ、参考にしています。
――狙っているスタートアップに、競合他社が出資や提携をしていた場合は?
1社とだけ組む方法もありますが、エリアごとに違うパートナーと組む方法もありますから、最初から諦めることはないと思います。Metromileの筆頭株主はカナダの保険会社でしたが、Metromile・我々・カナダの保険会社とで「保険会社同士でオープンに話そう」というスタンスで会話し、結果うまくいきました。もちろん、全く入り込めないケースもありましたが(笑)。
――自国のディスラプターが他国ではパートナーになることもあるとはいえ、同業界だと接触するだけでもリスクはあるでしょう。どうつながりをもち、接するうえでどんな工夫をしてきましたか?
ホームページの問い合わせフォームやコールドコールでつながることはなく、トップをつかまえるしか方法はないと思っています。エレベーターピッチでCEOに「僕たちは話していくべきだ」と理解してもらうことが大事です。
そもそも、ディスラプターにとっても「既存保険会社の興味・関心対象」「何に脅威を感じ、どんな方法で解決を目指すか」という情報は、喉から手が出るほど欲しいのです。「お互いが知りたいことは、お互いにとって有用だ」ということは、実際に話をすると分かるものです。
トップと接点をもつ方法については、まずはその分野に長けたVCに紹介を依頼する。あとは、これは企業秘密なのですが、注目度の高いスタートアップのトップは、よくイベントに登壇します。終了後にピンマイクを返す場所があるので、そこでお待ちすることもあります(笑)。
独占契約は最後のカードに
――年間でどれぐらいのスタートアップと面談し、どれぐらいの期間で提携に至りますか?
パイプライン管理をしている企業がグローバル全体で年200~300社、そのうち7割ほどと面談します。提携までは長くて3年、短くて3ヶ月ほどです。業態転換をして組んでもらう場合は、どうしても時間がかかりますね。
エリアは国内、北米、東南アジア、ヨーロッパ、イスラエルなどさまざまですが、先進事例は北米発が多く、それを安価にコピーしたような技術がアジアから出てくるケースが多いですね。コストや効率を踏まえ、ベストな企業を探しています。
――財務リターンや戦略リターンの考え方を教えてください。
基本的には戦略リターンを重視し、提携によって我々のソリューションを高度化することを目指します。戦略リターンがあり長く組んでいける会社であれば、必ず財務リターンもついてくると考えています。
また、事業シナジーは定量化が難しいですから、何段階かで定性的な評価をし、財務リターンは四半期ごとに数値で追っています。
――実証実験後の事業化に苦戦している会社も多いですが、どんな工夫をされていますか?
当社グループでは、「このスタートアップと連携しては」という段階から事業部門と一緒に動くかたちをベストとしています。
事業部門と共にユースケース・組み方・資金などを考え、「課題解決につながりそうだ」と合意できれば実証実験に入りましょうと。実証実験では「これができたら次の段階へ」とゴールを決めておくことも必要です。何にしても、入口のところで事業部門を巻き込むことが大事ですが、我々も苦労しながら進めています。
――失敗事例もあるとのことですが、教訓があれば教えてもらえますか。
日本の会社は「いかに独占的な立場を勝ち取るか」を大事にしており、そこを初期段階の話し合いから持ち出しがちです。ですが、そうしたケースはだいたいうまくいきませんでした。
まずは、両者の価値観などをすり合わせることが大事。トップ同士の心が通じ合い、信頼関係を築けてから、「だから独占契約を」という最終カードにするといいと思います。