ヤンマー 社長室 コネクティッドビジネス室 シニアスペシャリスト
小山 博幸

ディーゼルエンジンの開発・製造をコアに事業を展開するヤンマーは、2018年社長室コネクティッドビジネス室を立ち上げた。現在では、10名で5つの新規プロジェクトを推進している。創業107年を迎えるヤンマーの新規事業の展開、スタンフォード大学d.schoolと連携して生み出したものについて小山氏に語ってもらった。
(モデレーター:スタンフォード大学アジア太平洋研究所 櫛田健児氏)

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

技術大好き、テクノロジーアウトの会社

小山:当社は創業1912年で、今年で107周年になります。2018年3月期の売上が7661億円、経常利益107億円。右肩上がりで成長をしています。大阪に本社を置き、グローバルカンパニー化を図っています。ヨーロッパをはじめ世界に研究開発所を3拠点、地域統括会社を4拠点、190カ国にヤンマーの製品を供給しています。皆さん、「ヤン坊マー坊のディーゼルエンジン」というイメージがあると思うのですが、まさにこれが当社の原点で、コアな部分です。

 当社は大きく分けて7事業を展開しています。大型エンジン事業、小型エンジン事業、アグリ事業、エネルギーシステム事業、建設機械事業、マリン事業、コンポーネント事業です。

小山 博幸
ヤンマー
社長室 コネクティッドビジネス室 シニアスペシャリスト
1981年 山梨大学工学部電気工学科(学士)卒業後、パナソニックで海外市場での技術商品開発から事業化への取り組み、海外アカデミアとの連携によるオープンイノベーションを推進。企業アライアンスによるCELinux Forumの創設、マーケティンググループチェア。2015年からヤンマーにてオープンイノベーション、新規事業創出を担当。現在、デザイン思考を活用した産学連携プログラムを元に新規事業(ビーチリゾートでの新たなワクワク体験を提供する遊具)を創造し、事業化を目前に控える。新規事業の創出を通して企業カルチャー、社員のマインドセットの改革を目指している。
櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

 現在、当社は「4つの社会を提供する」ことを会社方針として進めています。1つ目が「安心して仕事・生活ができる社会」。2つ目が「食の恵みを安心して享受できる社会」。3つ目が「省エネルギーな暮らしを実現する社会」です。この3つは今までご紹介したコア事業でだいたいカバーできます。

 そして4つ目、「ワクワクできる心豊かな体験に満ちた社会」というものがあります。しかし、「これって出したけどそもそもこれに値する事業がないよね、それなら作ろう」ということになり、私がヤンマーに入社してから「オープンイノベーションセンター」を設けました。

 1年ほど、オープンイノベーションセンターを運営していく中で「事業を新たに作ろう」という話がまとまり新規事業を展開するに至りました。そこで、今回お話しするスタンフォード大学とのオープンイノベーションという形で、デザインシンキングの理論を本格的に取り入れることになったわけです。

 当社は技術大好き、自分大好きの会社で、ほとんどがテクノロジーアウトなんです。つまり自分たちの持っている技術の中から何か事業を作っていく、というスタンスの会社です。実は日本のほとんどの会社はそれに近いんですね。ユーザー視点で、とかマーケット視点でといったなかなか新しいことができない。当社もそうでした。

 ヤンマー107年の歴史の中で研究所から生まれてきた新規商品っていうのは実際1つしかない。そういう会社なんです。そこで産声を上げたのが、社長室コネクティッドビジネス室です。要は社内ベンチャーですね。ゼロイチからゼロヒャクまでやれ、みたいな組織になっています。

デザインシンキングから生まれたプロジェクト

 コネクティッドビジネス室で目指すものは、コネクティッド(繋がる)と、IoT、AIを駆使したイノベーションを用いて、最終顧客とつながること。そこから新しい事業の柱を作ることを目的にしています。

 今、コネクティッドビジネスで、いくつもの事業開発プロジェクトに取り組んでいます。まず「誰でも自由にワクワクできるマリンアクティビティ」ということで本格的におもちゃ事業に取り組んでいます。

 次に既存事業とのシナジーを生むプラットフォーム事業です。トルコで既にスタートしている建築機械のシェアリングシステム「MakinaGetir」をこの春から導入しました。

 他には、「ヤンマープレミアムマルシェ」があります。これはたぶん日本で一番おいしくて、安心できる素材をつかったものが食べられるカフェテリアを運営しています。レストランは一般の方も入れますので、よかったら来てください。さらに米農家さんの利益率を上げるために、何かできないかということでライスジュレを作ったり、沢の鶴と契約して酒米の開発をやったり。農家さんをもっと知っていただくための食材のイベントを開催することもあります。

 これら新規事業の取り組みは「デザインシンキング」を使って生み出してきました。重視したのはオープンイノベーションを行っていく時に「一番抵抗なくできるもの」であること。そこで一番マッチしたのがスタンフォードのデザインシンキングプログラムだったんです。

 普通の産学連携だと、テーマを決めて、後は自由にやってください、と投げっぱなしのことが多いと思います。しかし、スタンフォードのデザインシンキングプログラムでは、テーマを提示することで、スタンフォード大学ともう1校のペア大学の学生チームが、徹底したユーザー観察から何度もプロトタイプ作りレビューを重ねてコンセプトを作り上げてくれます。

 その1例として挙げると、カキ養殖用のスマートバスケットのプロジェクトがありました。カキっていうのは干潟で養殖するのですが、時々波で揺られて波が当たったり下がったりするんです。カキ養殖で困るのがいつのタイミングでどれだけ出荷できるのかわからない、また水上での作業の煩雑さという問題でした。

 そこでカキのカゴの仕組みを改良し、大きいものと小さいものの分別をしやすくしました。今まではカキそのものを揚げてやらなきゃいけなかったものを、全部自動的にし、さらにはカキの横を船で走るだけで、RFIDで情報を飛ばせることで生育状態を把握が可能となり、出荷までの手間を激減する、というコンセプトでした。

デザインシンキングが社員の意識を、会社を変えていく

櫛田:デザインシンキングをやっているスタンフォード大学のd.schoolは有名ですね。実際に多くの人がd.schoolに関心を持っていますし、d.schoolと組んでいる企業もたくさんあります。ですが、実際にモノを実用できるところまで進めている例ってほとんどないんです。ヤンマーさんは実用化まで持って行った数少ない例ですよね。実際、デザインシンキングをどのようなコンセプトで進めていくのが大切か、このあたりを聞かせてください。

小山:まずデザインシンキングっていうのは、顧客の潜在的なニーズ、困りごとを解決できるとても有効な手段だと考えています。デザインシンキングの醍醐味というのは企業ではユーザーとディスカッションしたり、触れ合ったりすることで見つけることのできない、アイデアなり解決法を引っ張ってくるものだと思います。

 また、デザインシンキングの考え方はテクノロジーアウトのマネジメントシンキングのそれとは全く異なります。だから、頭の切り替えをして、違う思考法を養うのにも非常に良いんですね。

後編はこちら



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