東京海上日動火災保険 デジタルイノベーション共創部長 兼 東京海上ホールディングス 事業戦略部 部長
楠谷 勝

自動運転、ライドシェア、ドローンなどの新しいスタートアップの波は、保険ビジネスをも侵食しつつある。いち早くその波に乗り、自らを変えていった欧米保険企業に対し、東京海上グループはどのような手を打ったか。2016年に単身でシリコンバレーに乗り込み、Metromileなどとの提携も手がけた楠谷氏に聞いた。
(モデレーター:スタンフォード大学アジア太平洋研究所 櫛田 健児氏)

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

既存保険ビジネスを侵食するインシュアテック

櫛田:まず保険とテクノロジーの接点や、関係性を教えてもらえますか。

楠谷:なかなか保険とテクノロジーを結びつけてイメージできる人は多くないですよね。金融(Finance)とテクノロジーを合わせたフィンテック(FinTech)というジャンルがあるように、保険(Insurance)とテクノロジーを合わせたインシュアテック(InsurTech)というジャンルがあります。

 インシュアテックを具体的にいうと、たとえばAIを使えば、顧客からの質問応答の自動化が期待できます。またデータ解析は効果的なお客様へのアプローチ、ドローン技術は事故・災害時に貢献できるでしょう。

 インシュアテックのプレイヤーには主に3つのタイプがあります。「インシュアテック・イネーブラー」と「インシュアテック保険会社」、そしてグーグルやアマゾンなどGAFAと呼ばれる「プラットフォーマー」です。

 まずインシュアテック・イネーブラーとは、ドローンやブロックチェーン、AIなど新しいテクノロジーを保険会社に提供してくれるものです。新しい技術を活用してサービス向上やコスト削減など競争力向上につなげてくれるので強い味方といえる存在でしょう。

 一方、インシュアテック保険会社はテクノロジーを活用して、どんどんユーザーの不満を取り込んでいます。既存の保険会社からユーザーを奪っていくので、単純に言えば敵のような存在ですね。

 そして最後はプラットフォーマーです。アマゾンが社員向けに保険業へ参入したというニュースが流れただけで、健康保険会社大手の株価が軒並み下がったこともありました。それくらい圧倒的な顧客データをもつGAFAの存在は、既存ビジネスを大きく浸食する可能性がある新たな脅威です。

楠谷 勝(くすたに まさる)
東京海上日動火災保険
デジタルイノベーション共創部長 兼 東京海上ホールディングス 事業戦略部 部長
1994年入社。法人営業に携わった後、グループ全体のデジタル環境の変化に対応するための長期事業計画策定に従事する。2016年、東京海上グループ初となるシリコンバレーにおけるイノベーション拠点を立ち上げた。デジタル技術を活用した新しい保険サービスの開発や、スタートアップ、プラットフォーマーとの戦略的アライアンス構築などに取り組む。2019年4月から新しくデジタルイノベーション共創部の立ち上げのため帰国。
櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

欧米グローバル保険会社がいち早く対応する中、出遅れていた

櫛田:それでは東京海上グループさんがシリコンバレーに進出した理由はなぜでしょう。

楠谷:2014年頃から欧米のグローバル保険会社はいち早くインシュアテックの台頭に気付いていました。欧米の保険会社の対応は非常に早く、かつ大胆なものでした。デジタル対応とスタートアップ活用を経営課題の最優先事項とし、コーポレートベンチャーキャピタルの設立、スタートアップの育成・支援などさまざまな対策をとっています。アクサ・グループにおいては、この新たなデジタル予算として2014年から2017年にかけて1000億円以上を投じたと公表しています。

 さて、そこで私たちはどうするのか。様子見をするか、対抗策をとるか等々、色々な選択肢が検討されました。しかし、「他社がやるからうちも」とか「コンサルが言うから」ではなく、我が社のことは「自分で考えて判断したい」という結論になったのです。そのために“黒船”の造船所であるシリコンバレーを知って、「真の姿」「真の実力」に触れなければならないと。相手を知ることが自らの戦略を立てることにつながるからです。こうして2016年11月、シリコンバレー拠点を設立しました。

櫛田:シリコンバレーではどんな組織体制で、どのような活動をしていたのですか。

楠谷:設立当初は私一人だけのスタートでした。右も左も分からない状況だったので、まず「シリコンバレーの歩き方」を知ることから始めましたね。ベンチャー企業やVCとの接触を繰り返したり、出資できるところを探したり。

 ですが、どうしても“外様”の状態を抜け出せませんでした。苦労して考えた末、一つの転機がありました。それは、自社が主催者となりイベントを開催したことです。これを機会にシリコンバレーで当社の認知度も上がり、ようやくエコシステムの中に入れたという実感を持てるようになりました。

櫛田:日本で東京海上といえばブランド力はありますが、アメリカで東京海上といってもほぼ通じませんよね。もしかしたら海運会社と勘違いされるかもしれません。そこで認知度をアップさせる転機となったのがイベントの開催だったというのが面白いですね。どんなイベントだったのでしょうか。

楠谷:「自動運転」と「保険」というテーマでイベントを展開しました。企業はトヨタやルノーなど自動車メーカーをはじめ、自動運転や自動車関連のスタートアップ、そして投資を考えている保険会社やVCなどに声をかけて参加いただきました。

 日本人の内輪ウケのイベントになってしまうと欧米企業側がしらけてしまうので、なるべく日本人だらけのイベントにならないように気を付けました。シリコンバレーに進出して1年目でツテも少ない状態だったので、出資しているVCの協力が大きかったですね。イベントの仕事はVCと半々くらいに分担したのですが、スピーカーや内容のクオリティを決めたのはかなりの部分はVCのサポートによるものでした。参加者集めは苦労しましたが、会場を欧米カラー一色に染めなければ満足する結果には至らなかったでしょう。

櫛田:このイベントには、当時この分野で最先端を走る、誰もが「話を聞きたい」と思わせるスピーカーが集められていましたね。VCから出資の対価として金銭的リターンだけを得るのではなく、うまく情報やネットワークのリターンを得た好事例だと思います。すべてのVCを当てにできるというわけではありませんが、VCを活用する一つの方法として覚えておきたいですね。

後編はこちら



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