【東京海上】「黒船」とのアライアンスでコア事業を革新

【東京海上】「黒船」とのアライアンスでコア事業を革新

Silicon Valley / Event Report / Japanese Corporation
2019-09-25 13:01
自動運転、ライドシェア、ドローンなどの新しいスタートアップの波は、保険ビジネスをも侵食しつつある。いち早くその波に乗り、自らを変えていった欧米保険企業に対し、東京海上グループはどのような手を打ったか。2016年に単身でシリコンバレーに乗り込み、Metromileなどとの提携も手がけた楠谷氏に聞いた。
(モデレーター:スタンフォード大学アジア太平洋研究所 櫛田 健児氏)
前編はこちら

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

欧米企業を徹底ベンチマーク。組織体制を変える

楠谷:イベント開催後、チームを1人から3人体制へ増やし、シリコンバレーのプレイヤーたちを本格的に出資・提携・買収するステージに入りました。しかし、すぐに人手不足に陥ってしまったため、2018年にはチームを一気に2倍の6人に増やしました。こうして自動車、ヘルスケア、クレームなど各領域においてインシュアテックベンチャーとの接触、出資、提携などの議論ができる体制に整えていったのです。

 効果的な出資・提携を進めるために、シリコンバレーチームの組織体制にも工夫をこらしています。先に述べましたが2018年にチームを一気に6名体制へと増やし、専門性人材を増強しました。そして名称を「デジタル戦略室」とし、本社の投資チームとは別に室内に投資チームを置いたのです。これによって本社を通さずにワンストップで投資の判断、結論が出せるようになりました。またデジタル担当の役員・チーフデジタルオフィサーとして一般企業でよくあるIT担当の役員ではなく、経営企画担当役員が就任しました。これは予算を含めたリソースの最終的な差配権を持つ経営企画担当役員のもっている力を一気にデジタルに投入したいという考えの表れです。

 このチームにはまた別の使命もあります。東京海上グループは13年前から北米を中心にした保険会社を約2兆円かけて買収してきました。どの保険会社も経営状態が非常に良く、エッジのきいたところばかりのため、統合が難しいという課題を抱えています。しかし、デジタル環境への対応が急務という点は、どの会社も共通した課題です。デジタル対応をしっかりやって、これら買収企業のグループ統合をスムーズにしようというのも、我々の使命です。

楠谷 勝(くすたに まさる)
1994年入社。法人営業に携わった後、グループ全体のデジタル環境の変化に対応するための長期事業計画策定に従事する。2016年、東京海上グループ初となるシリコンバレーにおけるイノベーション拠点を立ち上げた。デジタル技術を活用した新しい保険サービスの開発や、スタートアップ、プラットフォーマーとの戦略的アライアンス構築などに取り組む。2019年4月から新しくデジタルイノベーション共創部の立ち上げのため帰国。
櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。父親が日本人で母親がアメリカ人の日米ハーフ。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/
櫛田:ここまで一気に、しかも思い切った体制を整えるために、本社を動かすのは大変だったと思います。どのような危機感や背景があって本社を説得できたのですか。

楠谷:我々からの情報にとてもインパクトがあったからだと思います。はじめのうち当社が世界の動きにまだ素人だったので、シリコンバレーから入ってくる黒船の情報はどんなことでも重く受け止めてもらえました。

 でも知識がついてくるとインパクトだけでは勝負できなくなってきます。そこで徹底したベンチマーク戦略をとりました。シリコンバレーにいる欧米保険会社の駐在員から、活動内容、本社の体制、駐在員の権限等の情報を詳細に集めたのです。競合他社の情報は、経営層の胸に刺さったと思います。

 はじめはもちろん、なかなか教えてもらえませんでしたよ。プライベートな付き合いも含めて色々と信頼を得る作戦をとりました。あとシリコンバレーのとてもオープンな気風のおかげもあったと思います。このような情報は他の国ではまず取れることはありません。シリコンバレーだから可能だったと言えるでしょう。

櫛田:なるほど。まずは競合他社をベンチマークに設定して、追いつくことから始めたわけですね。3年間、シリコンバレーチームを引っぱってきて良かったことはどんなことですか。

楠谷:良かった点は、本社がスタートアップにだいぶ慣れてきたことです。それまでスタートアップとのミーティングに役員が参加することは、かなり憚られる雰囲気があったのですが、今はすっかり当たり前の雰囲気に変わりました。

コア事業の革新に「黒船」とのアライアンスが必須

櫛田:インシュアテックベンチャーへ出資・提携をするにあたって、楠谷さんが大切にしたことは何でしたか?

楠谷:私たちの使命は、新規事業や関連事業を起こすことではありません。インシュアテックベンチャーを取り込んで会社本来の「コア業務に革新を起こす」こと。小さい事業から革新を起こすより、ドメイン事業から革新を起こす方が同じ労力をかけても返ってくるリターンが大きいからです。

 我々のスタンスをあらわす好事例として、シリコンバレーのインシュアテックスタートアップの一つ、Metromileとの投資・包括提携があります。提携の目的はMetromileがもつスマートフォンや人工知能等の技術を活用することです。提携によって事故が発生した場合、幾日もかかっていた保険金の支払いを最短で即日発行、しかもスマホだけで完結できるようになりました。インシュアテックのソリューションが、コア事業のスピードアップ、作業効率化をもたらした成果です。まさに黒船が黒船として当社に革新をもたらしたわけです。

櫛田:日本企業の悪い慣例として、同じ部署で3年働いたら異動。事業の継承がされないまま中途半端に終わってしまうというケースがありますよね。楠谷さんの場合も4年目に日本に戻っていますが、今後どうなっていくのでしょうか。

楠谷:これまでやってきて、当社が既存事業の効率化や伝統的な販売チャネルのデジタル化には抵抗が少なく、非常に得意とする部分もあるということは分かりました。

 しかし、一方で伝統的ではない新規のビジネスモデルを生むことは非常に苦手ということも分かったのです。例えばアマゾンのような新規販売チャネルとのビジネスモデル構築とか、外部企業とのアライアンスビジネスの創出といったチャレンジに抵抗が非常に強い。実際に問題が起きているわけでもないのに、「起きるかもしれない」というネガティブ発想だけで、なかなか上手くいきませんでした。

 そこで私は今年4月に「デジタルイノベーション共創部」を立ち上げるため、日本に戻ってきたのです。ここは新しいビジネスモデルの“シーズ”をあらゆる部門から拾い出し、集約する場所です。そして同時に新しい“タレント”を発掘して集約する場所でもあります。タレントは社内に圧倒的に不足していますから、社外から採用することも視野に入れています。予想では社内と社外が半々くらいになるのではないでしょうか。

 “シーズ”と“タレント”を結合して伝統的ビジネスモデルとは異なる、新しい「プラットフォーム型ビジネスモデル」を生み出していくのが「デジタルイノベーション共創部」の使命です。そのためには自前主義にこだわるのではなく、アライアンスが欠かせません。ある意味「禁じ手なし」で臨んでいく覚悟です。

櫛田:なるほど。新しい駐在員は1年目に基礎を築き、2年目にバリバリ活動して、3年目に停滞もしくは縮小という悪循環に陥りがちでした。しかし、楠谷さんは3年の成果を活かしてより高いレベルの仕事をするために本社に戻ったわけですね。これまでのデジタル対応をさらにパワーアップさせて、本社でコア事業の革新に挑む。これはすごくプラスになる異動だと思います。最後に楠谷さんからシリコンバレー活用を考える方にメッセージをお願いします。

楠谷:先人の経験や知恵から学ぶことが大事だと思っています。私自身、シリコンバレーに先んじて進出した日本の先輩企業から色々な苦労、失敗、ジレンマなどを包み隠さず教えてもらいました。イノベーションが上手くいかなかった理由など、失敗例ほどとても役に立っています。華やかな成功事例より、生々しい失敗事例の方が会社や経営層に「こちらに行ってはいけない」というガードレールのような力を発揮するのです。

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