2014年、社外のビジネスパートナーと新たな価値を「共創」する場として、「オープンイノベーションハブ」を開設した富士フイルムホールディングス。現在、日本の他、シリコンバレー、オランダ・ティルバーグの3拠点に「オープンイノベーションハブ」を設けている。同社を突き動かす背景には、会社の本業喪失の危機と「第二の創業」への挑戦があった。変化を作り出す企業を目指す富士フイルム流のイノベーションを玉置氏に語ってもらった。

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

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それは本業喪失の危機から始まった

玉置:まずどうして我が社がグローバルオープンイノベーションに取り組むに至ったのか、その背景と経緯から説明させてください。

 ご存知の通り、私たちは1934年の創業以来、ずっと写真の会社として歩んできました。カメラを作り、フィルムを生産し、そして現像するという自己完結型の、かつ比較的利益率の高いビジネスモデルを確立してきました。 

Image: Fujifilm

 しかし、デジタルカメラの登場によってそのビジネスモデルは崩れ去りました。2000年をピークに写真フィルムと写真現像の需要は激減し、写真フィルムの世界需要は10年間で10%以下にまで縮小しました。まさしく、当社の売上の6割を占めていた本業を失ったわけです。

 私たちはこの市場の大きな変化を新しいビジネスチャンスととらえ、写真事業にかわる新しい事業を創出しようと「第二の創業」に乗り出しました。企業理念も変更して、先進・独自の技術で新たな価値をつくり出し、社会課題の解決に貢献する姿勢を社内外に示したのです。

 私自身も写真フィルム需要の激減によって、それまで取り組んできた研究開発テーマが中止になるという経験をしました。このままでは会社の存続さえ危うくなるかもしれない、という危機感を持ったことを覚えています。

 我が社は写真で培った幅広く、先進的な技術が強みです。私たちはこの技術を12のコア技術に再定義して、現在、このコア技術をベースに高機能素材や再生医療、化粧品など15にものぼる事業を展開しています。

Image: Fujifilm

 写真というコア事業を失った我が社にとって、さらに事業を発展させ新たな事業を生み出していくにはイノベーションが急務でした。「オープンイノベーションハブ」は、自社と他社のアセットをコラボレーション、つまり融合させることによってイノベーティブな技術やビジネスを生み出そうという目的で始まりました。

日米欧にオープンイノベーションハブを開設

櫛田:デジタル化の進展で本業を失うというディスラプションの中、危機意識から生み出されたのがオープンイノベーションというわけですね。では、具体的にどういう体制でオープンイノベーションは進められているのでしょう。

玉置:コラボレーションする相手と出会う拠点として、「オープンイノベーションハブ」を日本とアメリカのシリコンバレー、オランダの3カ所に設置しました。このハブではなるべくオープンな環境で対等な議論が交わせるように3つの工夫がされています。

 まず1つ目は自分たちのアセットを分かりやすく見てもらえるように展示を工夫しました。単なる技術紹介ですと、その価値まで理解してもらうのは難しいという問題がありました。そこで「こういった使い道がある」という技術の応用事例を、具体的な商品を見せながら伝えるようにしたのです。

 2つ目は、我々の価値を理解してもらったあとで、どんな課題があるか、お互いのアセットをどう組み合わせたら課題の解決につながるか、など自由な発想で議論します。ここではリラックスした雰囲気でコミュニケーションを深め、アイデアが広がることを大切にしています。

 そして3つ目は、インクジェットやイメージングの領域でコラボレーションしたアイデアを実装検討する対応も行っています。

 日・米・欧の各「オープンイノベーションハブ」は地域の市場特性に合わせて多少展示を変えていますが、コンセプトは共通です。例えば、シリコンバレーの拠点では、現地のメーカーやスタートアップだけでなく、グローバルに様々な企業とコラボレーションできる体制を構築しているのです。

玉置 広志(たまおき ひろし)
1990年、東京大学大学院卒。同年富士写真フイルムに入社。写真材料開発、デジタルラディオグラフィーパネル開発などを手掛ける。2013年からOpen Innovation Hubの立ち上げとグローバル展開に携わり、2018年より経営企画本部 ビジネス開発・創出部 Open Innovation Hub Global担当マネージャー。

櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

櫛田:御社のようにそこまで自分をさらけ出して、他社とつながっていこうという発想の企業はシリコンバレーでもなかなか珍しい存在でしょうね。では実際、お互いの強みと強みをかけあわせた結果、どういった成果やチャンスが生まれているのでしょうか?

玉置:オープンイノベーションの成果として、2つの事例をご紹介したいと思います。1つ目はアメリカのインクメーカーとコラボレーションした事例です。わが社の強みとして産業用プリンターの開発で培ったインクジェットヘッドの技術があります。この技術は画像印刷の分野だけではなく、電子機器のプリント配線印刷、つまりプリンテッド・エレクトロニクスの分野にも応用できるものです。電子機器の世界では生産性を上げるために、配線プリントプロセスのロス低減が課題となっていました。そこで配線プリント用インクで優れた技術をもつ米企業と連携し、わが社のインクジェット技術をかけあわせることによって、配線プリントの生産性向上に向けた取り組みが加速しました。

 2つ目はオランダのマーケティング企業であるPHOTOFLYERとのコラボレーションです。私たちは「チェキ」という民生用のインスタントカメラを作っていますが、これを新しいデジタルマーケティングツールとして活用できるのではという仮説を立てました。我々の仮説に強い関心を持ってくれたのが、PHOTOFLYERです。オランダの企業ではありますが、アメリカのシリコンバレーで実際に新しいビジネスモデルの開発と検証のため、彼らのカスタムフレーム印刷サービスを活用しています。

スタートアップとコラボレーションする鍵は何か

櫛田:シリコンバレーでコラボレーションするために、何が鍵になると思いますか。

玉置:シリコンバレーに進出する以前、日本国内ではコラボレーションの実績をいくつか出していました。それをそのままシリコンバレーに持って進出したわけですが、当初は正直なところほとんどの話はうまくいきませんでした。シリコンバレーに来て「自分たちのやりたいこと(課題)は何か?」が何よりも重要であることを痛感しました。しかも「やりたいこと(課題)」と「自分たちの出来ること(価値)」をセットで示していかないと誰も振り向いてくれません。

 さきほど上げた1つ目の事例でもそうですが、「プリント配線の生産性を上げたい」という課題を接点にして、我が社がそれを解決できる技術(価値)を広く世の中に示していったことが、コラボレーション相手との出会いを生んだわけです。

 また2つ目の事例、PHOTOFLYER社とのコラボレーションでは、写真のもつ「価値」が生かされています。アンケート用紙などはもらっても、ためらわずに捨ててしまいますよね? でも写真の場合、そう簡単には捨てられません。それは写真には人の心に訴える「価値」が紙切れ1枚よりもずっとあるからです。

 そのような他にはない「価値」と、課題を解決する「使い道」をリンクさせられるかどうかがスタートアップとのコラボレーション成功の鍵になると思います。

櫛田:それではどんな課題を提示すると、スタートアップの反応が良くなると思いますか?

玉置:“カスタマイズ”と“スケールアップ”というのは、もともとトレードオフの関係にあって両立が難しいという課題がありました。しかし、いまそこに変革が起きていると思います。インクメーカーとのコラボレーション事例のように、スタートアップは「スケールアップしたい」と考えています。我々はそういった企業とビジョンを共有できるのではないかと手応えを感じているところです。

櫛田:なるほど。それでは、逆にシリコンバレーでスタートアップとコラボレーションする難しさとは一体どんなことがあるでしょうか?

玉置:まず困難を感じるのは日米の機密情報に対する意識と、スピードの違いですね。機密情報を適切に管理する上でNDA締結を基本とする我が社の考えと、NDAよりもスピード感を大事にしたいという米企業の考えとの間で対立するケースが多いです。NDAを巡る考え方の違いは予想通りでしたが、今でも非常に苦労している部分です。

櫛田:日米のNDA文化の違いによる問題は確かによく議論にのぼるテーマです。NDAはたしかに本社の法務部門にとっては重要かもしれませんが、少人数精鋭のスタートアップにとって膨大な手続きに時間を費やすより、目の前のビジネスチャンスを逃さないことの方がよほど重要です。

 かといって機密情報をおろそかにしていいということではありません。本当に守らなければならないコアな部分だけを押さえて、あとはなるべく簡易なものにするべきなのです。コア以外は紙1枚で事足りるようなNDAが理想でしょう。コアとそうでない部分を見極め、日米双方が納得する落としどころにもっていくことは大変難しいことではありますが、文化の溝を埋めるためにはそういった努力が欠かせません。

シリコンバレーにおける富士フイルムの3つの価値

櫛田:それでは次に想定外にシリコンバレーで苦労したことは何でしたか?

玉置:富士フイルムがシリコンバレーでどんなポジションに立てるかという悩みは常にあります。我が社の価値とは一体何なのか、どうしたら役割を発揮できるのか、それを見つけるにはどうしたらいいのか。

 私たちが試行錯誤した結果、たどり着いた結論として我が社の価値は3点あると思っています。1点目は我々とコラボレーションすることによって「スケールアップできる」という点です。シリコンバレーでは大きい投資をせずに小さい投資でマーケティングしたいという課題があります。インクジェットヘッドのコラボレーション事例でもありましたが、スケールアップを狙うスタートアップにとって、大企業と組む価値は大きいと思います。スタートアップはカスタマイズをやりつつ、同時にスケールアップすることが可能になるからです。

 2点目はあまり知られていないのですが、富士フイルムのもつ「解析力」です。開発をすすめる中で上手くいかなかった時、「なぜそうなったのか?」を検証することがとても重要になってきます。そこで我が社のリソースを使うことによって、検証結果をフィードバックできるという点も我々がシリコンバレーで貢献できるポイントでしょう。

 そして3点目は、日本市場への「アプローチ力」です。日本市場を開拓したいと考える米企業にとって、当社とのコラボレーションを足がかりにできることは魅力的に映る部分だろうと思います。

櫛田:最後に富士フイルムさんにとってシリコンバレーの価値とはどんなものでしょうか?また皆さんに伝えたいメッセージはありますか?

玉置:「シリコンバレーに何があるのか?」と問われれば、「新しいビジネスモデルがある場所」と答えられるでしょう。それは同時に「新しいビジネスモデルをテストできる場所」ということでもあります。また私たちはシリコンバレーだけにこだわるのではなく、それ以外の場所・国の企業ともグローバルにコラボレーションの可能性を求めています。

 我々の「オープンイノベーションハブ」を活用した新規ビジネス開拓のアプローチは1つの方法にすぎません。他のアプローチ方法でもコラボレーションできる企業があれば、積極的に取り組んでいきたいと思っていますので、ぜひお声掛けいただければと思います。

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