生成AIやデータ解析の需要が急拡大する中、シリコンバレー発の半導体スタートアップ、Rivos(本社:米国カリフォルニア州)が注目を集めている。2021年創業と業界では新興勢ながら、2024年4月には2億5,000万ドルを超える大型資金調達に成功。RISC-V(リスク・ファイブ)ベースの高性能AIサーバーチップで、NVIDIAや大手クラウドプレイヤーとは異なるアプローチから市場開拓を狙う。AppleやGoogleでハードウェア事業に携わった経験も持つ、CEOのPuneet Kumar氏に話を聞いた。

目次
ハードウェア業界における“Linuxモーメント”
課題の電力効率、「あえてピーク性能を抑える」
量産品ローンチは2026年下半期を計画
日本市場での協業で注目する4つの分野

ハードウェア業界における“Linuxモーメント”

「私はソフトウェアエンジニアとしてのバックグラウンドを持ちながら、長くシリコン(半導体)設計の現場で経験を積んできました」。そう語るのは、Rivosの創業者であるPuneet Kumar氏だ。

 米カーネギーメロン大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得したKumar氏は、PCメーカーのCompaq(2002年にヒューレット・パッカードが買収)でのキャリアを皮切りに、Appleに買収されたファブレス半導体企業P.A. SemiではApple Siliconの基礎となるCPUやシステムの設計に携わった。その後、参加したスタートアップAgniluxもGoogleに買収され、そこで培われた技術はChromeOSの基盤の一つになったという。

 そして、かつてのIntelのCEOであるPatrick Gelsinger氏の誘いを受け、RISC-Vプロセッサを中核とした新会社の構想に取り組むことになった。RISC-Vとは、誰でも自由に使えるオープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)で、従来のx86やArmのようにライセンス料を支払う必要がないのが最大の特長だ。Kumar氏はこの「自由な設計の可能性」に大きな未来を見出した。

「オープンソース・ソフトウェアが業界を大きく変えたように、オープンソース・ハードウェアにも同じインパクトがあると確信しました。RISC-Vは、まさにハードウェア業界における“Linuxモーメント”になる」。そうした想いから、2021年に立ち上げたのがRivosである。社名は「RISC-V」の「RIV」と「オープンソース」の「OS」を組み合わせたものだ。

 Rivosは、単にAI向けのチップを開発する会社ではない。Kumar氏は「私たちは、チップだけでなく、それを活用するプラットフォームやソフトウェア全体を包括的に提供する『フルスタック』の企業です」と語る。オープンソースソフトウェアを軸に、顧客やODM(相手先ブランド製造業者)が容易に拡張できる柔軟なプラットフォームを構築している点が、同社の大きな差別化要因だ。

Puneet Kumar
Founder & CEO
米カーネギーメロン大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得。CompaqやDigital Equipment Corporation、Broadcomなどを経て、Appleが買収した半導体スタートアップP.A. Semiでソフトウェアアーキテクトを務め、Appleでもプロセッサ開発に携わった。さらにGoogleではシニアディレクターとして11年以上、ハードウェア設計とインフラ基盤を統括。そして2021年5月、Rivosを共同創業する。

課題の電力効率、「あえてピーク性能を抑える」

 生成AIの需要が急拡大する中、クラウド大手のGoogleやMicrosoft、Amazonなどは、自社データセンターの電力確保のために原子力発電所の運用を検討するほど、エネルギー消費が深刻な課題となっている。こうした背景の中、Rivosは高性能を維持しつつ、電力効率の向上を最優先のテーマに掲げている。

「当社のチップは、競合と同等の性能を維持しながら、消費電力を30〜40%削減できます」とKumar氏は語る。従来の業界の常識が「より高いスループット(処理能力)=より多くの電力消費」という構図にあったのに対し、Rivosはあえてピーク性能を少し抑えることで、電力効率という実用的な価値を追求している。

 この電力効率の高さは、TCO(総保有コスト)の大幅な削減にもつながる。導入環境によって効果の程度は異なるものの、Rivosによると、従来型のソリューションに比べて2~3倍のTCO改善が期待できるケースもあるという。具体的には、①チップ数を抑えつつ大規模なモデルを処理できる構成によるCapEx(設備投資)削減、②電力効率によるOpEx(運用コスト)の圧縮がその要因だ。「これらを組み合わせることで、TCOを3分の1に抑えるケースもあります」とKumar氏は強調する。

 また、Rivosが重視するのは既存ソフトウェア資産との高い互換性だ。「新たなプログラミング手法を学ばずとも使える設計にしています」とKumar氏。顧客が初日から既存のAIモデルやデータ分析ワークロードをそのまま稼働できるよう設計されている。

 この考え方をKumar氏は、自転車に例える。「たとえば通勤用の自転車をもっと良くしたいと考えるとき、人はより軽く、ギアが多く、タイヤが細い自転車を選ぶでしょう。でも、それはあくまで“自転車”であることが前提です。仮に私たちが“一輪車”を渡してしまったら、誰もが乗り方を学び直さなくてはならない。それでは意味がありません」。Rivosの製品も同様に、データセンターの既存インフラやソフトウェアとの親和性を第一に設計されている。

image : Maslakhatul Khasanah / Shutterstock

量産品ローンチは2026年下半期を計画

 2021年に創業したRivosは、わずか数年で堅実に組織を拡大し、2025年5月時点で従業員数は450名に達している。うち95%がエンジニアという技術集約型の構成で、シリコン設計、プラットフォーム開発、ソフトウェア開発の各領域に専任チームを擁している。

「チームこそが最大のアセットです」とKumar氏は語る。共同創業者でCSO(最高戦略責任者)のMark Hayter氏とは30年来の協業関係にあり、CTO(最高技術責任者)のBelli Kuttanna氏はIntel出身という、経験豊富なエンジニアリングリーダーシップが同社の技術力を支えている。

 現在、Rivosは第1世代の独自チップの設計を完了し、製造を担うファウンドリからの納品を待つ段階にある。すでにいくつかの大手企業が導入に関心を示しており、チップのライセンス提供による独自設計の検討も進んでいる。また、商談はプライベート・エンタープライズ向けデータセンター、小売企業の自社インフラ、自動運転車、さらには産業用・パーソナルロボットなど、多岐にわたる用途で進行中だ。日本の自動車メーカーとの協議も始まっている。

 市場投入のスケジュールについては、2025年内に試験運用を通じて顧客からのフィードバックを受け取り、課題を解消した上で、2026年下半期に量産品を正式ローンチする計画だ。「2025年はテストと改良の年、2026年からが本格展開になります」とKumar氏は語る。

 その実現に向け、複数のマイルストーンを設定している。資金面では、2億5,000万ドルを調達した2024年4月のシリーズA-3ラウンドから1年が経過し、次の資金調達ラウンドをすでに開始。2025年夏には、顧客によるテストとその結果の発表も予定しており、条件が整えばRivosチップの採用を公式に発表する見込みだ。

 市場戦略としては、まずエンタープライズ企業やTier2クラウドプロバイダーを対象に展開を開始し、順次Tier1プレイヤーへと拡大していく方針だ。ビジネスモデルは基本的にハードウェアの販売だが、顧客ニーズに合わせて柔軟に対応する。「チップのみ購入して自社プラットフォームを構築したい企業もいれば、ボード単位やラック単位での導入を求める企業もいます。我々はそこに制限を設けず、選択肢を提供します」とKumar氏は説明する。

 さらに、Rivosは自社と競合しない分野においては技術ライセンスの提供にも前向きだ。「私たちのアーキテクチャは汎用性が高いため、我々の主力市場でない領域においてニーズがあるなら、協業の可能性を探っていきたい」とKumar氏。特に、オープンソースでソフトウェアを提供するパートナーや、Rivosのソフトウェアの最適化に貢献できる企業との連携を重視している。

image : Rivos HP

日本市場での協業で注目する4つの分野

 Rivosはグローバル市場での事業拡大にも積極的だ。すでに中東、インド、ヨーロッパでの展開を進めており、とくにヨーロッパではRISC-Vに対する関心が高く、手応えを感じているという。

 日本市場に関して、Kumar氏は、Rivosの技術が日本市場でも活かされる可能性が高いとして、4つの注力分野を挙げる。1つ目は自動車業界。自動運転技術ではデータセンターでの大規模なシミュレーションが不可欠であり、電力効率とスケーラビリティを備えたRivosのアーキテクチャが活躍する場面が広がる。「日本の自動車メーカーと、自動車向けに最適化したスケーラブルな設計の共同開発も検討しています」と語る。

 2つ目はロボティクス分野。パーソナルから産業用まで用途が広がる中、低電力設計を強みに持つRivosは有力な選択肢となる。3つ目は、大手クラウドプロバイダーによる日本国内のデータセンター新設における協業だ。GoogleやMicrosoft、Amazonといった企業が新アーキテクチャの導入を模索する中、Rivosもその一翼を担おうとしている。

 そして4つ目が、日本の半導体産業に対する支援だ。将来的に日本国内でのファブ拡張において、Rivosの設計を概念実証として活用することで、製造体制の高度化にも貢献したいという。

 長期的なビジョンとして、Kumar氏は「今後10年で数十億ドル規模の売上高を持つ企業に成長することを目指している」と述べた。データセンターにとどまらず、ハンドヘルドデバイス、PC、モバイル、ロボット、自動車と、あらゆる分野へのアーキテクチャ展開を見据えている。

「我々はオープンソースのリーダーになりたい。RISC-Vアーキテクチャでも、データ処理のプラットフォームでも、強力なリーダーシップを発揮したい」と語るKumar氏。商業的な成功だけでなく、教育分野への貢献にも強い関心を寄せている。

「誰もが使える完全なオープンなコンピュータを作りたい。大学などで教育用途として使えるような存在にしたいのです。これが私たちがオープンソースにこだわる理由のひとつです。人々がハードウェアを自由にプログラムし、楽しめるようにしたいのです」。Rivosの挑戦は、産業構造だけでなく、未来の学びの場にも変革をもたらそうとしている。



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