インドで庶民の足として親しまれている自動三輪車「リキシャ」は近年、急速に電動化が進んでいる。その電動リキシャが、まるでガソリンスタンドで給油するかのように「バッテリー交換所」へと吸い込まれていき、ものの数分でバッテリー交換を終えると、運転手はまた客を求めて喧噪の中へと走り出す。Battery Smart(本社:インド・グルガオン)は、デリー首都圏を中心にこうしたバッテリー交換所のネットワークを構築するスタートアップだ。電動リキシャの運転手が抱えていた「バッテリーの買い替え費用が高い」「充電時間が長い」という悩みを解消し、サービス利用者数を一気に伸ばしている。共同創業者でCEOのPulkit Khurana氏に、ビジネスモデルを着想した経緯や今後の展望を聞いた。

インドのEV移行の大きな波を予想

―バックグラウンドと創業の経緯を教えてください。

 学生時代は、インド工科大学で土木工学を学びました。その後、経営コンサルやモビリティ関連のスタートアップなどで経験を積み、2019年に共同創業者であるSiddharth Sikkaと一緒にBattery Smartを起業しました。彼とは大学が一緒で、お互いにモビリティ分野での経験を有しており、そうした背景が起業につながりました。

 私が勤めていたモビリティ関連のスタートアップは、通勤バスの乗り合いサービスのアプリを提供する会社で、この経験から電動バス関連の事業にも携わるようになりました。共同創業者のSikkaはシンクタンク勤務を通じて、インド政府のEV政策に対する提言などをする立場にありました。私たちは長年の友人であり、当時はフラットシェアもしていたので、インドの電動モビリティ分野における次の潮流は何だろうかという議論をよくしていました。

 インドは間違いなく、自動三輪車と自動二輪車の普及率で世界でも有数の国です。ですが、まだ旧型の車両が多くの割合を占めていました。「インド全体で今後10年間のうちにEV移行の大きな波が来る」。これが当時の私たちが描いたビジョンで、電動化への移行を巡る千載一遇のチャンスが来ると確信していました。

Pulkit Khurana
Co-Founder & CEO
インド工科大学で土木工学の学士号を取得。2015年にバス乗り合いサービスのPodsを起業した後、同業のShuttlで約4年間勤めた。2019年、旧知の仲であるSiddharth Sikkaと共にBattery Smartを創業し、CEOに就任(現職)。

―電動モビリティ時代の到来を予測した上で、バッテリー交換所の構築に的を絞った理由は何でしょうか。

 EV分野で事業を起こすと決めた後、業界が抱える問題点を理解するため、数多くのユーザーや製造メーカーと話し合いの場を設けました。インドでは当時すでに、200万~300万台のEVが普及していたのですが、その大半は電動リキシャだったので、4~5カ月かけてインド各地へ赴き、電動リキシャの運転手にバッテリーの充電をどこで行っているか、車両はどこで購入しているかなどについて聞き取り調査をして回りました。

 そうして判明したのは、電動車の所有者は2〜3年おきにバッテリーを買い替える必要があり、それが継続的なコストとして彼らの肩に重くのしかかっているという事実です。電動車の所有者が支払うコストの実に4~5割がバッテリー関連でした。

 もう1つ重要なこととして、バッテリー充電時のダウンタイム問題がありました。当たり前の話ですが、これまでバッテリーは所有者自身が充電する必要があり、フル充電に4~5時間かかっていたのです。電動車をフードデリバリーや運送業務などの業務に使用している場合、もし営業時間内に4〜5時間かけて充電しなくてはならないとなると死活問題となります。そもそも、インドの都市部は人口が過密なので、誰もが自宅に充電設備や駐車場を保有しているわけでもありません。

 この2つの問題点を解決することがもしできたなら、大きなビジネスを生み出すことができると考えたのです。その答えが、まさにバッテリー交換所のネットワークを構築することでした。

image: Battey Smart

デリー首都圏を足がかりに拠点網を拡大

―バッテリー交換所こそが運転手の抱える問題点に対しての回答だったんですね。どのようにネットワークを構築し、拡張してきたかより詳しく教えてください。

 2019年の創業ですが、実際に事業を開始したのは2020年6月で新型コロナウイルス流行の最初の波が来た直後でした。最初のバッテリー交換所は、デリー西部郊外の小さな商店に設置しました。デリーはインド国内においても特に大きなEV市場を有していたことがこの地を選んだ理由です。当時は6人のチームで、最初の年はここに事務所も構えました。初年度は100人程の利用者を獲得でき、使用するバッテリーの種類やサービスの価格帯、提携先との事業構造など多くのことを試験展開しましたね。

 1号店の近隣でネットワークを拡張していき、2021年4月にはバッテリー交換所が20店舗にまで拡大しました。そして、私たちのプロダクトが市場に適合していると確信し、適正価格を見極められたタイミングである約2年前、一気にスケール化に乗り出したのです。そこからの2年間でバッテリー交換所の数は計800カ所へと急拡大し、デリー首都圏だけでなくインド国内の計25都市へとマーケットが広がりました。

 現在、当社のネットワークを利用して1日当たり7万回のバッテリー交換が行われていて、この数字は月次ベースで20%の伸びを示しています。1日当たりの利用台数で見ても3万5,000台に達しており、このビジネスモデルにおけるインド国内最大手だと自負しています。

―ビジネスモデルについて教えてください。

 まず、利用者目線で言うと、最初に登録料として前払い金をいただきます。これによりネットワーク利用が可能になるのと同時に、フル充電されたバッテリーを受け取れます。バッテリー交換時は、最寄りの交換所で使用したバッテリーとフル充電のバッテリーを交換し、料金を支払います。交換にかかる時間はほんの数分です。ガソリン車が、最寄りのガソリンスタンドで給油し、給油量に応じた料金を支払うという行動と基本的には全く同じですよね。

 次に、バッテリー交換所についてですが、まずこれらは基本的に全てフランチャイズモデルです。当社は交換所を所有していませんし、運営もしていません。オーナー側が最初に支払う金額は、立地や設置するバッテリーの数などによって条件が異なりますが、5,000ドルから1万ドルの間です。設置するバッテリーの数は20〜50個がボリュームゾーンですね。

 当社は、交換所に必要なハードウェアやテクノロジー、モバイルアプリの使用方法の説明、運営ノウハウの訓練などを提供します。交換所のオーナーはバッテリー交換が行われるたびに、当社から定額料金が支払われる仕組みで、残った金額がわれわれの収益となります。

運転手の所得が倍増したケースも

―利用者の経済的なメリットは具体的にどのようなものですか。

 利用者である運転手の方々は、基本的に個人事業主です。最も典型的な例で言えば、これまで1日の稼ぎは6~7ドルでした。ここから食費や諸経費を引くと、家計に入れられるのは1日たったの3~4ドルというのが現実です。しかし、当社のサービスを利用して、収入が倍増したという話は本当によく耳にします。それほど充電時間を節約できるメリットなどが大きいのです。

 当社のサービスの最初の利用者である運転手の男性もその1人です。彼は3年経った今でも当社のサービスを利用して仕事を続けてくれています。当初と比べると利用料はかなり上がっているんですがね。彼はインドの別の州からの移住者だったのですが、家計に入れるお金が増えた上に、貯金も増え、故郷から家族を呼び寄せることもできたそうです。以前は子供を学校に通わせることができませんでしたが、今は授業料を払う余裕もできました。これはほんの一例で、こうした事例の積み重ねが私たちのチームの大きなモチベーションになっています。

 バッテリー交換所も同様です。多くの提携先は本業の商売をしており、サイドビジネスとして店舗の空きスペースを利用して交換所の運営をするところから始まります。最初は5~10個程度のバッテリー数から始めるのですが、これが大きな収入源になると分かり、元の商売を畳んで、交換所の運営一本に専念するケースも少なくありません。現在展開されている800カ所の交換所のうち、400カ所は専業店舗です。

―現在はインド国内のみでの事業展開ですが、海外展開も視野にいれていますか。

 大前提として、この領域におけるインド国内の市場規模はとても巨大です。われわれがスケール化に成功したと言っても、EV全体におけるわずか1%に対してしかサービスを提供できていません。長い道のりになると考えていますが、真の意味で市場シェアを獲得したと言えた時、初めてインド国外に進出するでしょう。

―他業種との提携はどのような形で進めていますか。

 例えば、鉄道駅や地下鉄駅、ガソリンスタンドに当社のバッテリー交換所を設置させていただくような場所を借りる形での提携ですね。それから、EV販売業者との提携では、バッテリーなしでEVを販売し、代わりにBattery Smartのサブスクリプションに登録してもらうプランを組むといった形で協力関係を築いています。

 最近ではフードデリバリー大手のZomatoと提携を結びました。同社と契約する運転手が、バッテリー交換所のネットワークを利用できるようになるものです。Zomatoは環境対策として、運転手にEVへの切り替えを促しているので、そうした部分で利害が一致しました。

image: Battey Smart

日本の充電池、OEMメーカーとの提携に関心

―日本企業との提携に関心はありますか。

 もちろんです。実は、すでに数社の日本企業と協議を進めています。そのうちの1社は、リチウムイオン電池セルの技術に関する企業です。インドにはリチウムイオン電池セルを製造できる有力な企業がないので、こうした部分は日本をはじめとする海外企業との提携を積極的に進めていく必要があります。

 他には、自動二輪車のOEMメーカーとも協議をしています。日系企業ですが、インドで製品を製造している企業です。彼らはまだEV製品を発売していませんが、ローンチされればぜひ提携を進めていければと考えています。インドの自動二輪車市場は日本のOEMメーカーが大きなシェアを取っているので、どんな形であれ日本企業との提携は素晴らしいものになると思っています。

―最後に、今後のビジネスの展望についてお聞かせください。

 私たちは現在、電動三輪車と電動二輪車に注力しています。EVの中でもこの2つがインドで急速に受け入れられ、非常に速いペースで成長しているからです。前述のように、まだまだ私たちのシェアは非常に小さいので、まずは存在感を拡大していくのが最優先です。

 新たなプロジェクトとして検討しているのは、バッテリーの再利用についてです。モビリティ向けに使用されたバッテリーを、太陽光発電用の蓄電池やデータセンター向けなどで再利用するアイデアです。すでに試験展開中で、今後2~3年で実際の運用が始まる見通しです。

 私たちは人々を経済的に豊かにする使命と、EV移行を推進する、つまりは環境保護に貢献する使命が交わる部分でビジネスをしています。サービスの利用者を増やすことは、二酸化炭素(CO2)排出量を削減することに直結しますし、同じように、インドに住む多くの家族の生活水準を改善することにもつながっていきます。ビジネスを続けていく中で、社会により良いインパクトを与えていきたいと願っています。



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