デジタル化による既存業務の効率化、新事業の創造と、多くの業界・企業で急ピッチなDXへの取り組みが進められている今。すでにいくつかの実績をもつ日本企業は、いかにして海外スタートアップとの協業やDXを成し得たのか。IHIの多屋公平氏と三菱UFJ銀行の山田典佑氏を招き、スタンフォード大学アジア・米国技術経営研究センター所長のRichard Dasher氏が迫る。

<目次>
IHIのイノベーション推進のカギは「ペインポイント」
MUFG山田氏の考える、スタートアップ協業5つのポイント
「いかに自社を選んでもらうか」日本の大企業も、海外では知名度ゼロ
イノベーションチームの構成の仕方
イノベーションとは「チームスポーツ」である

IHIのイノベーション推進のカギは「ペインポイント」

ダッシャー:DXに取り組む人材に必要なスキルは、第一に「吸収力」です。新たな知見を身に付けるために、教育プログラムを設けてもいいでしょう。

 一方で、オープンイノベーションやDXを担う人材には、失敗のリスクも伴うため、会社側はインセンティブを用意しないといけません。そこには金銭だけでなく賞賛の言葉なども含まれますし、問題が起きたとき前向きに解決できる活力を与える必要もあります。

 そういった意味で、イノベーションにおける上司の立場は、スポーツの監督に近いかもしれません。さらに、新しいアイデアを効果的に取り込み、新しいビジネスの創出法を戦略的に考え、トップのサポートを得ることも、上司の大切な役割です。お二人は、イノベーション推進のポイントは何だと思いますか?

Richard Dasher
Director of the US-Asia
Technology Management Center, Stanford University
Adjunct Professor
1994年からスタンフォード大学、アメリカ・アジア技術経営センターの所長を務める。研究・教育の主な対象は、イノベーションシステム、産業のバリューチェーンにおける新技術の影響、オープンイノベーション・マネジメント。日本、タイ、カナダなどの大学、国の研究機関、科学技術プログラムのアドバイザーにも就任。またシリコンバレー、日本、韓国のスタートアップ、ベンチャーキャピタル、非営利団体の顧問としても活躍している。2004年〜2010年まで、日本の国立大学初の外国人経営メンバーとして東北大学の理事を務めた。スタンフォード大学で言語学の修士号、博士号を取得している。

多屋:正直に言って、イノベーションの推進には、すごく苦労してきました。成功事例よりも、失敗事例のほうがたくさんあります。その中で、成功案件と失敗案件の違いを振り返ってみると、「ペインポイント」にあるんです。社内や顧客の困りごと、ペインポイントをしっかり把握し、解決策を提示できれば、経営陣ともミドルマネージャーとも、その下で働く人たちとも「ぜひ、やってみよう」という話になりましたね。

 社外では、パートナーの存在も大きかったです。投資家をはじめ様々な方に「この技術に取り組んでいるのなら、こういう会社もあるよ」「こんな技術も面白いんじゃない?」といった助言や応援をいただいたけたこともポイントでした。

多屋 公平
IHIエアロスペース 海外事業開発グループ長
IHI 技術開発本部 連携ラボグループ主査
2005年IHI入社。以降、GXロケットや新型ロケットエンジンの開発、次世代宇宙システムの概念設計などに参画。2015年~2020年にIHI INC.(現IHI Americas Inc.)へ出向、DNX Venturesへ派遣。シリコンバレーに駐在し、Startup企業との連携を中心とした新事業・新サービス開発を推進。2020年より現職:航空宇宙防衛分野での事業開発を進めるとともに、IHI全社での海外Startupなどとの連携を支援。2005年ジョージア工科大学大学院修了(航空宇宙工学)。2013年より技術士(航空宇宙部門)。2013年、2014年と日本航空宇宙学会宇宙航行部門委員。

MUFG山田氏の考える、スタートアップ協業5つのポイント

山田:私が考えるポイントは、5点あります。1点目は「技術・ソリューションの確からしさ」。2点目は「タイミング」で、社内のユーザーがソリューションを「今」欲しているか。スタートアップ側が、例えば日本進出する準備ができているか。という点です。3点目は「トップのサポート」。トップマネジメントからの継続的なサポートが得られたおかげで、スタートアップ協業が大きく前進したケースがいくつもありました。

山田 典佑
三菱UFJ銀行
Head for Americas, Global Innovation Team
2003年 東京三菱銀行(現 三菱UFJ銀行)に入行。六本木・青山通支社にて界隈の中小企業営業。2006年~2012年 IT事業部にてアカウントアグリゲーション、モバイルアプリのほか、企画業務を担当。2012年~2014年 アジアトランザクションバンキング室(シンガポール)にて、域内クロスボーダーの資金管理ソリューション全般を担当。2014年~2016年 デジタルイノベーション推進部でSNS公式アカウントの開設・運用、及び、R3CEV 社が主導した金融機関向けBlockchainコンソーシアムなどを担当。2016年~2017年 スタンフォード大 US-ATMC 客員研究員としてダッシャー教授の元で活動。2017年 Global Innovation Teamにて、出資を含むStartup協業を推進。2020年4月より現職。

山田:4点目は「自分事として捉え、社内に説明できるか」で、これは意外と難しい点です。これができないとソリューションを社内の人に説明しても全く響きません。シリコンバレーの駐在員と本社との関係を、ピッチャー・キャッチャーと評し、キャッチャー(本社)の守備範囲を問題視する向きもありますが、私はピッチャー(駐在員)・バッター(本社)の関係だと思っています。つまり、バッターにヒットやホームランを気持ち良く打ってもらえるよう、シリコンバレーにいる自分たちが各ソリューションを実務の現状に即した形で理解した上で、絶妙なコースにボールを投げる必要があると思っています。

 5点目は「スタートアップ側の理解」です。日本企業である我々は社内交渉や調整に時間がかかるため、途中でスタートアップがしびれを切らし、頓挫した例もたくさんあります。彼らがどこまで我慢してくれるかは、スタートアップのステージに依存する場合もあり、2点目の「タイミング」とも重なります。

「いかに自社を選んでもらうか」日本の大企業も、海外では知名度ゼロ

ダッシャー:では、そうして生まれた事業を評価してもらうには?

多屋:近ごろでは当社でも、お客様への新サービス提案時に無料期間を設けることが増えています。もともと、日本メーカーには「100%の品質を担保できるまでは外に出さない」という文化がありました。

 最近では、「試作段階から毛が生えた程度ですが、無料で使って感想をください」という方法が奏功しています。結果的に、顧客だけでなく、経営層からの「顧客からの評判がいいならば続けよう」と合意も得やすくなりました。

山田:技術的な部分が重要かと思います。Ripcordとの協業でいうと、ホチキスが自動で外せる、大きさや厚さの違う紙にも対応できる、紙詰まりが起きない、文字の認識率が100%など、目に見えるテクニカルな部分は評価されやすいですね。

ダッシャー:各国の現地組織と協業する際は、どのような点を重視しますか?

多屋:「顧客の課題を解決できるのはどの技術か」「その技術を持っているのはどの会社か」です。あとは、「当社とうまく付き合ってくれそうか」も(笑)。山田さんの言葉にもありましたが、日本の大企業はスピード感や仕事の進め方でスタートアップに迷惑をかけてしまうケースが多いですから。

 また、IHIは日本でこそ名が知られているものの、海外ではほぼ無名です。そういう意味では、当社が選ぶというよりは、「選んでもらう」という立場で進めていくことも多かったですね。

山田:先述の5つのポイントに加え、「相手企業も当社を欲しているか」「日本進出を考えているか」も重視します。MUFGの知名度も、米国スタートアップ界隈ではほぼゼロです。そんな状況から活動を始め、スタートアップへの出資や協業事例を通し、少しずつ話題になることも増えてきました。評価を積み上げていくことが現地エコシステム内の協業では不可欠ですから、継続的に活動していくしか方法はないと思っています。

イノベーションチームの構成の仕方

ダッシャー:IHIのスタートアップ協業は、出資とセットで行われていますか?

多屋:必ずしも出資はセットではありません。技術の囲い込みが必要だと判断した場合は、出資も含めて話を進めます。一方で、出資せずに少し協業してみようというケースもあれば、相手企業から「いろいろな会社と付き合いたいので出資は不要」と言われるケースもあります。

ダッシャー:山田さんに質問です。事業プロセスのデジタル化をする際、業務の課題解決で難しい点や時間がかかる課題とは?

山田:「Aさんがこの端末で〇時間かけて作業し、それをBさんに渡して・・」というプロセス理解・見える化は、意外と手間がかかります。また、銀行員は一定期間で異動があるため、途中で業務知見者が離れてしまい、プロセス理解の作業が停滞してしまうこともあります。

 さらには、銀行の内部手続きはコンプライアンス、情報セキュリティの観点などから、お客様への影響などをかなり慎重に見極めて進める必要があるため、どうしても時間がかかってしまう。そこが、スタートアップにはなかなか理解されない部分でもありますね。

ダッシャー:どんな人材でイノベーションやDXチームを構成していますか?

多屋:基本的にIHIは、自社の社員です。本社や技術開発部門に限らず様々な事業部から人材を集め、「内部人材と失敗を含めた学習」で展開しています。

山田:MUFGでは部署によります。私の親元部であるデジタルサービス企画部は他部と比べても銀行外から転職されて来た方が多く、銀行業務に精通している行員とうまくミックスされています。

ダッシャー:社員だけで進める場合は外部の情報網を、社外の人でチームを作った場合は社内の信用・評価を、いかに早く築くかがポイントです。つまり、社内外の両サイドの人材が必要なのです。

イノベーションとは「チームスポーツ」である

ダッシャー:さて、お二人は日本人のイノベーション能力をどう考えますか? たとえば明治時代の人と比べ、現代日本人はイノベーティブになったと思いますか?

山田:私は、現代人のほうが必ずしもイノベーティブだとは思いません(笑)。私自身もイノベーティブでありたいとは思いますが、「すごい」と思う人々に何とか付いていっている状態です。他の日系企業を見ても、同じような動きの方が多い印象です。

多屋:時代を問わず、日本人はイノベーティブな人は多いと思います。IHIは技術屋が多いんですが、個人個人はすごくイノベーティブです。ただ、イノベーティブな要素をカタチにする部分、たとえば支援する組織や、実際の価値として昇華する能力が、シリコンバレーなどと比べて低いのかなとは感じますね。

ダッシャー:イノベーションとはチームスポーツです。一人の能力だけで成し得るものではなく、チームでどう機能するかが大事なのです。同時に、開発チームだけで進められるものではないですし、開発チームだけに責任があるわけでもありません。つまり、会社全体にイノベーションの文化を作ることが必要なのです。さて、最後の質問です。イノベーションやDXを推進するには何が必要でしょうか?

多屋:関わっている本人が、情熱を持って続けることでしょうか。誠実に取り組んでいると味方はできるものですし、シリコンバレーの日本の駐在員もみんな味方になってくれますから。

山田:さらに、経営陣の強いサポートも必要ですよね。私の場合、入行翌年の2004年に希望部門選択をする必要があったのですが、今でいうデジタル系の部門への希望者は、200名ほどいた同期のうち、たった3名でした。今は行内公募にもワッと手が挙がります。そういう状況になったのも、トップマネジメントが折に触れて社外に対しDXへの取り組みを発信するなど、社を挙げて注力している姿勢を明示しているからこそでしょう。多屋さんのおっしゃった各人の情熱と、会社のバックアップを組み合わせることで、イノベーションやDXは加速していくのだと思います。



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