「システムインテグレーションの時代は終わる」という危機感
日立ソリューションズでは、シリコンバレーに拠点を構え、2007年からスタートアップとの連携を進めてきました。
この活動の背景にあったのは危機感です。お客様から提示された課題に応えるだけの、システムインテグレーションの時代は終わる。今後はお客様のDXを牽引し、自らのビジネスモデルも変革する必要がある、という危機感を持っていたのです。
現在4名が、日立製作所からの出向メンバーや日立のCVCとも連携しながら活動を進めています。基本的に直接の出資は行わず、事業パートナーシップ提携にフォーカス。再販契約や組込・OEM契約のほか、再販+αというかたちで自社サービス開発と組み合わせたり、自社利用したりすることもあります。
また、近年ではシリコンバレーにある日系企業との協創による事業創出にも着手。スタートアップ技術を活用し、業界特化のDXソリューションを手がけていこうとしています。
スタートアップとの連携による事業化件数は、2016~2018年度の年3~4件から、2019年度は9件、2020年度には18件と急増しました。
Image: 日立ソリューションズ
対象分野も以前はセキュリティやクラウドなどが中心でしたが、2017年ぐらいから大きく広がりました。昨年度の契約商材を例に挙げると、フューチャーオブワーク、IoTセキュリティ、クラウド・ネットワーク管理、セキュリティ、DevSecOps、RPA・Modernize、地図、建築テック、HRなど多岐に渡ります。
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私たちの体制についてですが、我々Hitachi Solutions Americaの直接の窓口となるのは、キャッチャー役となる本社の戦略アライアンス部門と各事業部門の企画部門です。さらに、本社の調達・営業・技術革新の各本部と日立製作所とを加えてタスクフォースをつくり、ここでスタートアップ情報や案件を管理し、各事業部門へ展開していく流れになっています。
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商材発掘後の検討・評価から事業立ち上げ、推進は国内の事業部門が中心になって進めますが、その間のスタートアップとのコミュニケーション、国内の調達・営業部門との調整などは、戦略アライアンス部門の役割となります。
なかでも最も重要なのは、スタートアップとのコミュニケーションです。スタートアップ企業と事業部門との間にあるスピード感をはじめとするさまざまなギャップについて、双方の理解を得て埋めていく役割が強く求められています。
最初からこうした推進体制ができていたわけではなく、2016年ぐらいまではアメリカ側のピッチャーがひとり、日本側のキャッチャーが経営戦略統括本部からひとり、事業部門担当がひとり、という体制でした。そのため、我々の活動は最先端技術に関心がある一部の人にしか知られておらず、ビジネス的な判断も難しい状況でした。
そこで、国内の事業部門が食いついてくれるような活動を目指そうと、私の前任者がさまざまな改善を行ったわけです。
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具体的には、「闇雲なスタートアップ情報の発信ではなく、各事業部門の方針をヒアリングし、戦略や課題に合致するスタートアップを選別したうえでの紹介」「活動の認知度を上げるため、技術者だけでなく全社員向けにシリコンバレー最新トレンド報告会の実施や調査レポートの提供」「商材事業化に向けたアクセラレートプログラムサービスメニュー化」「各ステークホルダーとのタスクフォースミーティングの実施」などです。
こうした取り組みを通し、今日では各事業部門自らがスタートアップ協業に向けて動くようになっています。
当社ではまた、協業を進めるフェーズ・プロセス・ステータスを定義し、パートナーシップや事業化までの進捗管理も行っています。
具体的には、「商材紹介⇒商材評価⇒事業化構想・検証⇒事業計画・契約⇒事業化」という一連の流れのフェーズごとの件数を月次で管理し、チェックリストを作成して各フェーズのタスクを確認しながら進めていくというものです。商材評価から契約締結までは約8ヵ月を想定していますが、想定よりも時間がかかっている場合は、重点的なフォローを行います。
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すべての案件に我々がフルで関わることは難しいので、最近では案件によって支援度合も変化しています。事業部門で進めようという意欲や、事業化経験がある部門に対しては、我々の支援は最小限にし、サポートも日本主導で行ってもらいます。
図らずも新型コロナウイルス感染症の影響でオンラインミーティングやTeamsの活用が増えたことで、時差などはあるものの、日米間のコミュニケーションはスムーズになったと感じています。
パートナーシップ締結はゴールではなくビジネスの始まり
スタートアップ企業の判断ポイントは、まずプロダクトの面白さ。プロダクトが特徴的か・尖った機能があるか、事業として適切か、自社既存事業と組み合わせて日本市場で成長できる可能性があるか。
何より担当者がそのスタートアップにワクワクするかが大事です。前任者はよく「ワクワクセンサーが働くか」と言っていましたが、そうした感性を大事にしており、紹介時点ではステージなどには特にこだわっていません。
あともう一つは、スタートアップの評価です。資金調達額や、入っている投資家の顔ぶれ、CEOやCTOなど経営陣の評価をもとに判断します。
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実際のソーシングではスタートアップのビジネスモデルを理解し、既存事業と組み合わせて日本市場でどう成長させるかをイメージする必要がありますが、こうしたスキルは普通に仕事をしているだけではなかなか身に付きません。
そのため、今年からチームでの勉強会をスタート。新事業の発想方法・ビジネスモデル構築・プロジェクトの進め方などを学んでいくことで、スタートアップ側の発想やビジネスモデルなども分析できるようになってきました。
スタートアップとの初回ミーティングでまず大事なのは「誠意」。つまり、スタートアップへのリスペクト、貴重な時間を割いてくれていることへの感謝、彼らがとらえるペインポイントや解決策への共感などです。
我々のような日本企業は世界の真の大手企業と比べてはるかに小さな存在であり、シリコンバレーでは選んでもらう立場であることを理解することが大事でしょう。
そうした状況を理解したうえで、連携した場合のメリット、日本市場での想定事業案などを明確にし、話を進めていきます。アプローチ次第では、スタートアップやべンダーから断られる可能性も、当然あります。
パートナーシップ締結に向けて留意すべき3点
パートナーシップ締結に向けては、3つの点を意識しています。
1つ目は、スタートアップと自社の違いを理解したうえで、自分たちが歩み寄ること。スピード感、事業部門からのフィードバック、NDAのひな形提示などは怠らないこと。案件検討中止になったときも、きちんと対応することが必要です。
2つ目、スタートアップにとっての価値・メリットをしっかり伝えること。優秀なスタートアップは引く手あまたであると理解したうえで、協業によって自分たちが提供できる価値やメリットを伝えていきます。
3つ目、自社にとっての価値は何かを考え抜くこと。そのスタートアップとの具体的な協業イメージ、理想的な最終形、技術検証をする際の成否のポイント、技術検証の次のステップなどを整理しておきます。
特によく聞かれる「Next Stepは?」という問いには答えられないといけません。そのうえで、必要以上に譲歩はせず、スタートアップと対等なパートナーシップを結ぶことが大切です。失敗することも想定し、ポートフォリオ戦略で進めるとよいでしょう。
さて、フォーカスすべきは契約締結後です。スタートアップとの良好な関係性を保ったまま、いかに事業を継続・拡大させるか。パートナーシップ締結はゴールではなく、ビジネスの始まりなのです。
そのために我々は、体制チェックリスト(自社とベンダー双方)や必要なミーティングとアジェンダ、資料テンプレートなどで、体制・活動のガイドライン化を行っています。こうしたことを怠ったためにスタートアップとの関係が悪化し、事業化もうまく進まなかった経験があるからです。
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インサイドセールスとカスタマーサクセスの強化も必要です。SaaSやサブスクリプション商材の増加に比例し、効率良く多売する必要性が高まっています。
新型コロナウイルス感染症の影響でフィールドセールスがしづらい状況では、インサイドセールスはより重要になります。加えて、購入後のカスタマーサクセスを強化してリニューアルやアップデートなどにつなげていくことも、事業継続・拡大には重要な要素となります。
目指すはグローバルで戦える組織づくり
最後に、今後に向けた我々の取り組みを2つお伝えします。
1つ目は、出資しているVCへの参画です。我々が対象とするセクターのスタートアップトレンドを理解するため、インターンのようなかたちでVCに参画し、投資チームと共にディールソーシングからデューデリジェンスまで関わるようにしています。
不足しがちなアーリーステージやシードのスタートアップ企業の情報を得るために、この方法でアプローチやディスカッションできることは非常に有用です。さらに、シリコンバレーのスタートアップ企業家やVCとのネットワーク構築、VC投資プロセスへの理解と知見の深化のためにも有用です。
2つ目は、Hitachi Solutions America主導でのニーズ調査・検証です。たとえばアメリカでは、複数のパブリッククラウドを一つのシステム内で使い分けられる「マルチクラウド」の普及がかなり進んでおり、この分野に長けたスタートアップも出てきています。ですが、クラウド自体の普及もまだ低い日本では、まだニーズの高まりは見られません。
このように、後々日本でのニーズの高まりが予想される分野については、我々が技術の調査・検証をしておき、適切なタイミングで日本へ紹介・推進させる取り組みを行っています。将来的には、我々が技術検証まで行うことも視野に入れています。
我々は「グローバルに戦える日立ソリューションズ」をつくるために、活動を進めています。今回ご紹介した当社の取り組みは、ベストプラクティスではありません。今後も、さらに良いプロセス・ノウハウをつくり上げていきたいと考えています。