米国の名門VCであるVenrock。その名の由来は、ベンチャー(Venture)とロックフェラー(Rockefeller)であり、財閥ロックフェラー家による投資活動がルーツとなっている。1969年の設立以来、約50年に渡り、IntelやAppleなど数々のスタートアップを支援してきた有名VCであるが、その実像は日本でまだ広く知られていない。後編では、Brian Ascher氏にコロナ危機での投資戦略などについて聞いた。

危機下こそ、ビジネスの基本原則に戻れ

―コロナ危機はスタートアップに大きな影響を与えています。スタートアップの選略はこれまでと何が変わりますか。

 スタートアップが最初に考えているのは、現在のパンデミックスや不況が、自社にどのように影響するかです。クルーズ会社のように大きな打撃を受けている会社もあれば、Zoomのように好調な会社もあります。

 いま特定分野ではニーズが爆発的に増えています。例えば、遠隔医療の分野ではDoctor on Demandのように医師とのビデオ診察を可能にする会社や、そのメンタルヘルス版であるLyraなど、様々なスタートアップが伸びています。中小企業向けの融資もニーズが急増しています。

 クラウドアプリケーション、クラウドセキュリティ、コラボレーションツールなどの分野も伸びています。例えばDynamic Signalは、従業員のコミュニケーションやエンゲージメントプラットフォームを提供しており、トヨタも活用しています。

 一方で、旅行業、小売業、飲食業にとっては非常に厳しい時期です。もしあなたがレストラン向けのソフトウェアを販売しているのであれば、事業規模を調整しなくてはいけません。

 現在、追い風の分野にあり、18ヶ月は困らない事業資金があるのであれば、攻めのチャンスです。特に同業他社が守りに入っているなら、マーケットシェアを獲得できる良い時期になるでしょう。

 しかし、幸運な立場にあるスタートアップも、今では会社をより効率的に成長させ、堅実に経営する重要性を感じているはずです。今の状況がいつまで続くのか、誰にもわかりません。今は大規模な投資をテコにした急成長ではなく、ビジネスの基本原則に則った行動が求められています。 

Brian Ascher
Venrock
Partner
1989年プリンストン大学にて生物学・経済学の学位を取得後、1993年まで戦略コンサルティ ングファームMonitor Groupにてコンサルタントを務める。1995年スタンフォード大学にてMBA取得。会計ソフトの大手IntuitにてSenior Product Managerを務め、1998年にKauffman FellowとしてVenrockに参画し、Partnerに就任。エンタープライズSaaSを中心に、FinTechなど幅広く投資を行っている。

過去の経済危機と何が違うのか

―ドットコムバブルの崩壊や、2008年の世界金融危機と共通点や相違点はありますか。

 すべての危機に共通している点は、私たちはそれを乗り越えることができるということです。

 今は暗く怖い時期で、このまま世界が未来永劫変わってしまうのではないか、と感じるかもしれません。過去の危機でも同じような経験をしましたが、私たちは乗り越えてきました。「長く生きれば幸運が訪れる」ということわざがあります。大事なのは生き残ることです。こうした状況では「現金は王様(Cash is king)」になります。そして、既存の顧客を大切にしましょう。

 一つ違う点を指摘するならば、今回のコロナ危機は経済危機ではなく、健康危機からもたらされている点です。これはドットコムバブルの崩壊や金融危機とは明らかに違います。過去の危機は、ある意味自分たちでもたらしたものでした。

 一方、現在の危機は、自分たちではコントロールすることができず、私たちの生命にも関わります。そのため人々は混乱し、恐怖を感じています。私たちは皆、在宅勤務の方法を探し、従業員がウィルスに感染した場合の事業継続性についても考えなくてはいけませんでした。

 この難局を乗り越え、生き残るためにはどうしたらいいのか? それはビジネスの基本原則を守り続けることだと思います。リーダーシップを発揮し、コミュニケーションを取り、同業他社よりも良いサービスを顧客に提供し続ける。これが唯一の成功のレシピだと考えています。

―コロナ以降も、企業の採用や人々の働き方は変わるでしょうか。

 景気が回復しても、企業はこれまでと同じペースでは採用しないと私は予想しています。企業は採用を控え、業務の自動化が進んでいくでしょう。これはテック業界にとっても追い風になります。

 また今回のコロナ危機を通じて、リモートワークを効率的に行える人が増え、企業もリモートワーカーを管理できるようになりました。今まではシリコンバレー内でエンジニアを取り合っていましたが、今後は世界各地にいるエンジニアとリモートで仕事を進める企業が増えるんじゃないでしょうか。

「ハゲタカ投資家」にはなるべきでない

―投資家はこの局面で何をすべきでしょう。

 スタートアップと同じように、現在のパンデミックスやコロナ不況が、企業にどう影響するかをまず把握すべきでしょう。

 例えばロボット工学やバイオテクノロジー分野のように、リモートワークでは開発や製造が難しい分野もあります。しかし、これらの分野は今は逆風でも、今後需要が増加すると言えるかもしれません。

 例えば小売業や物流におけるロボットのニーズは、今後高まっていくでしょう。当社は、SaaSのサプライチェーン管理のRetail Solutionsと、店舗の商品棚をスキャンする在庫管理ロボットのSimbeに投資しています。どちらのスタートアップも、店舗内の棚に適切な商品を、適切なタイミングで提供することを目的としています。

 あともう一つ、これは私たちの考えですが、「ハゲタカ投資家」になってはいけません。この危機に乗じて、投資家の中には非常に厳しい条件、価格で、スタートアップと交渉しようとする人がいるかもしれません。

 Venrockの哲学は、投資家と起業家は、バランスが取れた関係を保つことです。ここ最近は、起業家が圧倒的に優位でしたが、コロナ危機でそのバランスは変わりました。しかし、今回の危機に乗じて、投資家が優位に立とうとすべきではありません。

 投資家は資本を提供してリスクを取り、さまざまな支援を提供しますし、起業家はスタートアップを成長させるために驚くべきハードワークをしています。双方のリスクと提供機会に応じてフェアな取引をすることが大事です。そして最終的に双方がバランスよく成功の報酬を得られることが大事だと考えています。

―スタートアップが生き残れるように、投資家は具体的にどういった支援をすればいいのでしょう。

 まずは、スタートアップが事業継続に必要な現金を確保しているか確認することです。十分な現金がない場合は資金調達が必要ですが、事業規模を調整して、現金ができるだけ長く保つようにすべきです。

 経験豊富なCEOであれば、こういった危機下の対応は心得ていると思いますが、経験のないCEOにはアドバイスが必要かもしれません。

 投資家にとっては、顧客の紹介、パートナーの紹介、人材の紹介などを通じて、スタートアップとのネットワークを深める良い時期になります。

 またスタートアップの中には採用している企業もあれば、解雇している企業もあります。解雇された社員が、他の投資先企業やテック業界の他の企業で仕事を見つけることができれば、大きな助けになるでしょう。

 いま私たちは少なくとも、出張やカンファレンスに参加する時間は減っているはずです。その時間を使って、投資先のスタートアップについて真剣に考え、プロダクトマーケットフィット、スケールや市場参入フェーズに向けたサポートをすべきだと思います。

 そして最も重要なのはパニックにならず、建設的なパートナーとしてスタートアップとともに問題の解決に努めることです。

「ツアーで終わる大企業」からの脱却

―日本の投資家は一般的にリスクを嫌う傾向があります。リスクを回避しすぎないようにするためには、どうしたらいいと思いますか。

 投資は小さく始めてもいいと思います。現在は、経済的に大きなリスクを背負うには良い時期ではありません。

 小さく始めるのであれば、人間関係に重きを置いて投資をしていくのがいいと思います。投資額は小さくても、お互いにコミュニケーションを取って理解し合い、密に連携することで、信頼を築くことができます。信頼が最終的にパートナーシップを成功させるのです。

―スタートアップの海外進出を支援した経験はありますか?どうすれば日本進出がうまくいくでしょう。

 最初に日本での良いパートナーを見つけることが重要です。多くの場合、販売代理店やシステムインテグレーター、コンサルタントが良いパートナーとなります。そして、もしパートナーを通じて初期的な成功が実現すれば、日本でチームを作る段階に移行するでしょう。

 私が思うに、最初はパートナーから始め、小さなローカルチームを立ち上げ、最終的にはそのチームを拡大していくステップがいいと思います。

―シリコンバレーのコミュニティは、よそ者だと入りづらいと言われます。インサイダーになるための方法はありますか。

 私はインサイダーとして長くシリコンバレーにいるからなのかもしれませんが、シリコンバレーを閉鎖的とは思いません。シリコンバレーには、ガイダンスやコミュニティに紹介してくれる経験豊富な起業家や投資家が多くいます。

 何が重要かというと、最後までやり通すということだと思います。今は違いますが、過去には、大企業の幹部グループが、例えば、シリコンバレーを5日間訪れ、約20社と面談して帰国することがありました。「イノベーションを起こしたい」と言うので、注目のスタートアップとの面談をセットしたのですが、帰国後に何も起こりませんでした。本社に戻ると、幹部たちは日々の業務に追われ、新しいことは何も始まらなかったのです。

 もしあなたが実際にスタートアップとの契約やパートナーシップにコミットし、リソースを割くことを厭わないのであれば、シリコンバレー内で着実に信頼を得られ、コミュニティに入りやすくなると思います。

 一気に大きな取引をする必要はありません。小さく始めて、早期の「勝ち」をつかむことをおすすめします。

―最後に日本の読者にメッセージをお願いします。

 スタートアップにコミットし、小さく始めていくことが大事です。真のパートナーになるためには努力を惜しまないでください。「ドル(お金)」より「努力」を優先させましょう。

 シリコンバレーのスタートアップは、国外市場に参入し成長することを目指しています。ですから日本企業とは、もっと関係性を発展させ、真のパートナーになりたいと考えています。

 今は一緒に「旅」を始める絶好のタイミングです。

特集:シリコンバレーコロナショック

#1 【500 Startups】コロナ禍、スタートアップ投資はこう変わる
#2 【Lightspeed】米国屈指のVCが語る、危機下における5つのインサイト
#3-1 【Venrock】シリコンバレーの名門VCが語る、SaaSスタートアップ投資の原則
#3-2 【Venrock】50年の歴史を持つVCは、コロナ危機をこう見る
#4 【スタンフォード】コロナ禍こそ、オープンイノベーションのチャンス



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