米国の名門VCであるVenrock。その名の由来は、ベンチャー(Venture)とロックフェラー(Rockefeller)であり、財閥ロックフェラー家による投資活動がルーツとなっている。1969年の設立以来、約50年に渡り、IntelやAppleなど数々のスタートアップを支援してきた有名VCであるが、その実像は日本でまだ広く知られていない。今回、Venrockで22年投資を行っているBrian Ascher氏に、VenrockのルーツやSaaSスタートアップ投資の原則などについて聞いた。

ロックフェラー家にルーツを持つ名門VC

―Venrockはロックフェラー家にルーツを持つVCですが、日本ではまだ広く知られていません。

 Venrockのルーツは、ロックフェラー家によるハイテク分野への投資活動にあります。1930年代にロックフェラー家では、航空産業などハイテク分野の起業家に投資をしていました。そしてその活動が発展し、1969年にロックフェラー家と外部の専門家でベンチャーキャピタルを設立したのです。これがVenrockの始まりです。

Image: Venrock

 現在は、テックとライフサイエンス分野の両方をカバーし、アーリーステージでの投資を専門にしています。これまでIntel、Appleなどの企業にアーリーステージから支援する幸運に恵まれてきました。

 私自身は、Venrockで22年投資をしており、特にSaaSを専門としています。また業界としてはフィンテック、コンシューマー、インフラ分野にも注力しています。

―なぜVenrockでは一貫してアーリーステージを専門としているのですか。

 なぜアーリーステージかと言うと、スタートアップに最も深く関わり、大きな支援ができるからです。

 スタートアップは、アーリーステージに今後の成長に関わる重要な意思決定を行います。それは、プロダクトマーケットフィット(Product Market Fit 以下PMF)を見極め、初期メンバーを採用し、成長戦略を策定し、企業文化を醸成することなどです。

 実際、アーリーステージの企業に深く関わると、かなりの時間が取られるため、真のパートナーシップを求めている起業家だけに集中し、意識的に他に手を広げないようにしているのです。

Brian Ascher
Venrock
Partner
1989年プリンストン大学にて生物学・経済学の学位を取得後、1993年まで戦略コンサルティングファームMonitor Groupにてコンサルタントを務める。1995年スタンフォード大学にてMBA取得。会計ソフトの大手IntuitにてSenior Product Managerを務め、1998年にKauffman FellowとしてVenrockに参画し、Partnerに就任。エンタープライズSaaSを中心に、FinTechなど幅広く投資を行っている。

本当に解決するに値する問題なのか、深く深く掘り下げる

―アーリーステージのスタートアップは見極めが難しいと思います。BrianさんはSaaSビジネスに投資する際、どうやって見極めをしていますか。

 私自身はプロダクト中心主義の創業者や、リサーチを重視している企業に惹かれます。例えば、顧客10人にヒアリングすれば、どんな問題を抱えているのか、何に我慢をしているのかが見えてきます。スタートアップの仕事は、その問題点を深く深く掘り下げ、それを解決するソリューションを作ることです。

 私は、表面的な勢いやひらめきを追うよりも、物事を深く深く掘り下げ、真実を見つけるまで考えます。プロダクトがローンチされていない段階では、LTV(顧客生涯価値)やCAC(顧客獲得単価)などの数字はまだ出ていません。ですから数字を見ることではなく、問題を理解することに時間を費やすべきなのです。

 投資するタイミングでは、「これは本当に解決すべき重要な問題なのか」、そして「起業家がこの問題を解決できるアイデアと実行力を持っているか」を自身に問い、見極めています。

―問題が解決すべきものであり、それを解決できる起業家だと、どのように判断するのでしょうか。

 まず出発点は「その問題は解決に値する問題なのか。そして、それは非常に大きな問題なのか」を判断することです。

 この問いにイエスであれば、次は創業者のマーケットフィットを見ます。これは、創業者が、その業界で働いてきたケースや、顧客としてその業界における問題を感じてきたケースもあります。例えば、Zoomは皆がよく知る例ですね。創業者はWebExの開発に長く関わり、問題を熟知していました。

 当社が出資しているEvident.io(2018年Palo Alto Networksが買収)は、顧客として問題を感じて起業した例です。Evident.ioは、クラウドにおけるセキュリティサービスを提供しています。AWSやAzureなどのプラットフォームでは、セキュリティホールを残さない対策が必要になります。創業者2人は、ユーザーとしてこの問題を理解していました。

 または、顧客の抱える問題に対して共感し、深く掘り下げ理解することで問題を解決している企業もあります。私たちが投資しているContract Wranglerのサービスは、日本のメガバンクも利用しているサービスです。同社の創業者は、企業の顧問弁護士だった人物で、米国政府の監督機関でも働いた経験がありました。

 一般的にビジネスを始めると、顧客やベンダーとの契約、NDAや雇用契約など、20以上の異なる種類の契約書に署名することになります。そして例えば、銀行のような大企業では、時間の経過と共に、数十万から多ければ数百万の契約が蓄積され、個々の契約の内容を把握することは非常に困難になります。

 多くの企業は、契約を結ぶまでは、その内容について手を尽くして交渉する傾向がありますが、最後は疲れ切ってしまい、契約書に署名した後は、どこかに保管され、詳細については忘れてしまいます。Contract Wranglerの創業者は、機械学習を使って、契約における主要な用語を抽出するシステムに、弁護士による品質保証サービスを加えたSaaSソリューションを構築しました。これも、創業者によるマーケットフィットの良い例です。

起業家と投資家が陥りがちな錯覚

―大きな問題が見つかり、創業者のマーケットフィットも確認できた。その後、どんなステップが待っているのでしょう。

 その次は、プロダクトのマーケットフィットで、その後にスケールです。

 プロダクトのマーケットフィットの見極めは、思っているよりも難しいものです。創業者や投資家は実際に「フィット」する前に、自分たちのプロダクトは「フィット」していると思いたがります。少数の顧客がプロダクトを使って満足しているのを見て、勝ちを宣言したがりますが、実際はまだマーケットフィットしていないケースも多いのです。

 顧客のプロダクト利用方法がスケール可能なものになっているか、これが成功のポイントです。テクノロジーの世界では、プロダクトがほとんどの仕事をしてくれなければいけません。顧客ごとにカスタマイズを施し、汗を流してサービスを提供するコンサル会社であってはいけないのです。

 そしてスケールするためには、創業者が営業をして顧客を獲得していくフェーズを乗り越える必要があります。創業者はそのプロダクトを作り上げた張本人ですから、情熱があり、非常に多くの知識を持っています。

 スケールするためには、新たに営業担当者を採用する必要があります。採用した営業担当者は、まじめに熱心に働くかもしれませんが、24時間365日全てをかけている創業者とは違います。営業担当者は、会社を支えるために、自分の年収の4倍、5倍以上の売上を上げる必要があり、営業担当者が変わってもコンスタントに売上が上がる必要があります。これが、スケールするということです。

 ただし、このプロセスを急ぐのは危険です。例えば、顧客が4社になり、まだ多くの労力を要しながら顧客を満足させられている段階で、営業担当者を10人雇っても結果は出せません。結果が出ない理由は、営業担当者の能力にあると考えられがちですが、実際は、プロダクトがまだ市場に適合していないのです。

 私たちは、営業担当者別の売上データを可視化し、一定の基準値を超えてから、投資に踏み切るようにしています。スタートアップが営業担当者の採用を急ぐように、投資家も多すぎる資金を早すぎる段階で投入してしまいがちです。しかし、それはスタートアップを失敗に導くことになりかねません。

 消費者向けビジネスでは、ユニットエコノミクス(顧客当たりの収益性)を実現しなくとも、大規模な資本でマーケットシェアを拡大することができます。そしてシェアを獲得した後に、ユニットエコノミクスが追いつくこともあるでしょう。しかし、財務基盤が安定していないスタートアップは困難な状況を迎えることになります。実際、現在のコロナ危機下で私たちはそれを目の当たりにしていると思います。

後編に続く。

特集:シリコンバレーコロナショック

#1 【500 Startups】コロナ禍、スタートアップ投資はこう変わる
#2 【Lightspeed】米国屈指のVCが語る、危機下における5つのインサイト
#3-1 【Venrock】シリコンバレーの名門VCが語る、SaaSスタートアップ投資の原則
#3-2 【Venrock】50年の歴史を持つVCは、コロナ危機をこう見る
#4 【スタンフォード】コロナ禍こそ、オープンイノベーションのチャンス



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