※インタビューシリーズ「シリコンバレーから日本を考える」では、櫛田健児氏(スタンフォード大学ジャパン・プログラム リサーチスカラー)がシリコンバレーの企業・スペシャリストにインタビューし、日本の未来・可能性について掘り下げます。
<目次>
・日本市場は難しい?米国スタートアップから見た日本市場
・日本で海外ソフトウェアを売る方法
・有力スタートアップが続々と日本市場に参入している
日本市場は難しい?米国スタートアップから見た日本市場
――今はシリコンバレーのスタートアップが日本市場に多く展開しています。シリコンバレーのスタートアップにとって、日本市場は何が魅力的なのでしょうか。
まず、マーケットが大きい点ですね。Apple、GoogleやAmazonなどの大手テクノロジー企業は日本で素晴らしいビジネスを展開していますし、法人向けのソフトウェア企業のSalesforce、SlackやZoomも日本市場で大きな成功を収めています。
テクノロジー分野の起業家がグローバルにビジネスを展開しようとした時に、日本市場は非常に大きく魅力的で、いつかは進出したいと考える市場だと思います。
代田 常浩(WiL Partner)
2005年東京大学経済学部卒業後、リーマン・ブラザーズにてM&Aや資金調達案件に従事。2008年からバークレイズ・キャピタルにてTMT業界におけるM&A案件に注力。2012年にスタンフォード大学にてMBA学位取得後、Evernote入社。アナリティクス担当副社長、事業オペレーション担当副社長を歴任。2016年にWiLに参画。ソフトウェア及びインターネット分野での成長企業への投資に注力。Algolia、Asana、Auth0、Kong、mmhmm、MURAL、及びTransferWiseへのWiLによる投資を主導した他、Automation Anywhere及びBirdEyeへの投資に関与。
聞き手:櫛田 健児(スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar)
1978年生まれ、東京育ち。スタンフォード大学で経済学、東アジア研究の学士修了、カリフォルニア大学バークレー校政治学部で博士号修得。2011年より現職。主な研究と活動のテーマはシリコンバレーのエコシステムとイノベーション、日本企業はどうすればグローバルに活躍できるのか、情報通信(IT) イノベーション、日本の政治経済システムの変貌 などで、学術論文や一般向け書籍を多数出版。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)などがある。https://www.kenjikushida.org/
――政府機関の方や大企業のトップの一部は「人口も減っているし、経済成長も減速している」と、日本市場に対して暗い見方をしています。シリコンバレーのスタートアップにとって、日本は本当に大きな市場なのでしょうか?
現時点での日本市場は大きい市場です。例えば、Salesforceの日本法人の年間売上は約1000億円あり、Salesforce全体の売上の5%以上を占めています。スタートアップにとって、今後5〜10年で大きいビジネスを作りたいと考えるのであれば、日本市場は有力な選択肢になるでしょう。
――シリコンバレーのスタートアップから見た日本市場の特徴は何でしょうか。
コミットしないとうまくいかない、難しい市場と認識されています。文化、特に商習慣の違いは、非常に大きいものと考えられています。また、産業によっては規制の違いも大きいです。例えば、ライドシェアが日本で大きくならない理由は、地場のタクシーネットワークや規制も影響しています。
またスタートアップはステージにもよりますが、多くの場合、生き残りをかけてビジネスをしています。1〜2年後に生き残っているかわからない設立初期の海外スタートアップにとって、日本市場を優先するのは難しいでしょう。
一方で、Salesforceは日本市場に長期でコミットしてビジネスを拡大させましたし、Slackも日本が彼らにとって世界第2位の市場であるため、日本に本格参入することを表明し、投資をしてきました。難しいけれども、大きな事業を作ることのできる市場と考えられていると思います。
Photo: Sundry Photography / Shutterstock
――規制に関してはEUの方が複雑な面があり、中国はそもそも参入できないかもしれず、東南アジアは国がたくさんあるなど、それぞれ特徴が違います。他国に参入する状況に比べて、日本市場はどうでしょう。
米国発のソフトウェア企業にとって最も進出しやすいのはカナダ、英国、オーストラリアなどの英語圏で、実際そういった国々が国際展開の第一歩になることが多いです。
中国の市場は巨大ですが、データの取扱いや現地での規制・競争の関係で米国発企業が積極的に事業展開をするのは難しく、また東南アジアの国々は高成長ですが市場規模が限定的なため優先順位が低くなることが多いと思います。
一方、日本市場は単一で大きいマーケットで投資に値する市場と認識されていますが、言語の壁があります。近年ソフトウェアサービスの多くは、ユーザーが勝手に自分で登録して使い、クレジットカードで支払いを済ませ、草の根的にユーザーが広がるスタイルです。日本語に対応していない英語のソフトウェアは、対象ユーザー層にもよりますが、日本国内で草の根的に広まる程度にも限界があります。英語圏以外のヨーロッパの国と比較しても、日本は英語に対する許容度が低いかもしれません。
さらに、日本市場で主流になるためには、日本語対応やカスタマーサポートの提供など、日本市場向けに様々な手を打つ必要があるものの、日本という単一市場における単一投資になるため、「ちょっと慎重にやろう」と考えるスタートアップが多いのは否めません。
日本で海外ソフトウェアを売る方法
――スタートアップが「日本市場は難しい」と自らハードルを上げすぎてしまうのは、惜しい気がしますが。
そうですね。比較的初期から日本で成功することができる事業が存在するのも事実ですから。例えばソフトウェアエンジニア向けのツールなどは、日本のユーザーも海外のサービスをそのまま使うことに慣れています。こういったツールは参入初期に大きなローカライズが必要なく、日本での立ち上げがスムーズです。日本のエンジニアからボトムアップで広まり、その流れできちんと日本市場への投資を行った結果、日本の大企業も使い始めるケースも存在します。このようにボトムアップで広まる場合、非常に良い初速が得られることがあります。
一方、顧客に対してトップダウンで販売しなければならない法人向けソフトウェアの場合、日本進出はレイターステージとなるケースが多いです。顧客がトップダウンで組織的に意思決定をする必要がある、大規模な業務変更が必要なため、スタートアップが日本に行き、顧客のトップと話し、粘り強く価値を伝える必要があるからです。
――20年前の米国では、VCがスタートアップに対して、日本市場ではなく中国市場を目指すよう促しました。しかし20年経ち、中国市場で展開するのは難しくなり、一方で日本市場ではいくつもの成功事例が生まれました。シリコンバレーのVCは日本市場に対してどのような感覚を持っているのでしょうか。
「日本は良いビジネスを作れる可能性のあるマーケット」と認知されていると思います。ただ、全ては優先順位づけがありますから、VCがスタートアップに対して「日本に行くべきだ」と旗を振っているかというと、そういうわけではありません。
シリコンバレーの有名サービスの中には、まだ日本進出していないにもかかわらず、すでに日本で多く利用されているケースがあります。私たちはそういうサービスを見つけると、スタートアップ側にコンタクトして「あなたたちのサービスは、日本で結構使われているから、一緒に日本市場の調査をしませんか」と声をかけます。たいてい「本当なの?」と驚かれるのですが、実は調べてみると「全ユーザーのうち10%が日本にいた」ということも珍しくないんです。
有力スタートアップが続々と日本市場に参入している
――具体的にWiLが日本展開を支援している企業はどこでしょうか。
数多くあるのですが、まずAsanaが挙げられます。Asanaはメールに代わって、仕事のコミュニケーションやタスク管理を行えるソフトウェアです。昨年にニューヨーク証券取引所に上場し、日本市場でも急速に広まっています。
――スタートアップに対して、日本に対して「こういう勘違いや間違いはしない方がいいよ」という点があれば教えてください。
トヨタのような、グローバルに認知された大企業だけが日本企業ではありません。日本に行くと決めた時に、営業で大企業だけ狙い撃ちしようとしても、難しいことがあります。
他の市場と同じように、日本市場でも特定のセグメントの企業が何らかの理由で、非常に関心を持つケースがあります。まずは自社のサービスに関心を持っている企業からアプローチして、日本市場でコミュニティやエコシステムを構築することが大事です。その先に、SalesforceやMicrosoftのように日本での事業が全社の成功に貢献する規模の事業に成長する道のりが待っているのです。