スタンフォード大の櫛田健児氏は「シリコンバレーの日本企業が陥る、10のワーストプラクティス」の中で、日本企業は「バブルのまっただ中にやってきて、バブルがはじけた後に撤退」という失敗事例を挙げている。コロナショックが世界中で猛威を振るう中、日本企業は過去の経済危機から何を学べるのか、今回のコロナショックで日本企業はどうすべきなのか。シリコンバレーを20年見てきた櫛田氏に聞いた。

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コロナショックは過去の経済危機と何が違うのか

―今回のコロナショックはドットコムバブル崩壊、リーマンショックといった過去の経済危機と何が違いますか。

 一番の違いは、今回のコロナショックは、外的要因によってもたらされたという点です。ドットコムバブルもリーマンショックも、危機の前に「これは価値を生み出すものではない。ハッタリなのでは」という理解が広まり、そこから急にみんな資金を引き上げました。

 ドットコムバブルは、1995年のNetscapeのIPOから始まりました。「インターネットは何か大きな価値を生み出すに違いない」と、皆がチャンスを求めて投資して、バブルになったわけです。しかしほとんどのインターネット企業は、期待された価値を生み出しませんでした。結局「提供している価値がわからない」「じゃあ資金を引き上げよう」ということで、一気にバブルが崩壊しました。

 リーマンショックの時は、ITが活用されて金融市場で行き過ぎたリスクテイクが行われました。簡単に言うと、金融機関は非常にリスキーな住宅ローンをうまく切り刻んで、投資商品化していました。格付け機関も安全だと太鼓判を押していたため、世界中でリスキーな証券が大量に発行されました。しかし、リスキーなローンはどう切り刻んでもリスキーなことに変わりはなく、不動産バブルの崩壊とともに世界的な金融危機が起こりました。

 一方、今回のコロナショックはどうでしょうか。世界中にウィルスが流行して感染しているという衝撃はありますが、「本質的な価値の作り方」が否定されたわけではありません。スタートアップがテクノロジーを使って深いペインポイントを解決する、という手法は影響を受けていません。

 コロナによって、人々のライフスタイルやワークスタイルは大きく変わりました。それによって、これまで優良なスタートアップが提供してきた価値が不要になるケースはあります。しかし、それはコロナショックで人々の生活が変わり、「ペインポイントが何なのか」が急速に変化したのであって、「価値の作り方」に問題が生じたわけではありません。

 今回のコロナショックは多くのスタートアップにとっての危機ではありますが、私は希望を持って見ています。シリコンバレーの人々はかつての経済危機の経験を活かし、すぐに次の未来のビジョンを掲げ、事業をピボットして、ドンピシャなソリューションを作ろうと動いています。今後、シリコンバレーからウィズコロナの時代のサービスが続々と生まれてくるでしょう。

櫛田 健児 (くしだ けんじ)
スタンフォード大学アジア太平洋研究所
Research Scholar
1978年生まれ、東京育ち。スタンフォード大学で経済学、東アジア研究の学士修了、カリフォルニア大学バークレー校政治学部で博士号修得。2011年より現職。主な研究と活動のテーマはシリコンバレーのエコシステムとイノベーション、日本企業はどうすればグローバルに活躍できるのか、情報通信(IT) イノベーション、日本の政治経済システムの変貌 などで、学術論文や一般向け書籍を多数出版。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、などがある。日米のメディアではニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、日本経済新聞、日経産業新聞、朝日新聞、日経ビジネス、週刊エコノミストなどに記事やインタビューなどが掲載され、NHK、PBS NewsHour、NPR などに出演。複数の日本企業や政府機関に対し助言などを行っている。https://www.kenjikushida.org/

優良なスタートアップが生き残るとは限らない

―どんなスタートアップが消え去り、どんなスタートアップが勝ち残るのでしょうか。過去の経済危機との違いはありますか。

 過去の経済危機では、バブルが弾けるとバブルだった企業がなくなり、本質的に強い企業のみが残ります。それはバブル前と後で、本質的なペインポイントは変わっていないからです。

 しかし、今回はペインポイントが変わっているので、いままで必要だったソリューション、解決法が必要なくなり、そのサービスを提供していたスタートアップがめちゃくちゃ大変な目に遭うケースが多く出てきています。 

 最初から価値がなくハッタリをかましていただけのスタートアップは当然淘汰されますが、優良だった素晴らしいスタートアップも潰れたりピボットを強いられることもあります。これが過去の経済危機との大きな違いです。

 一方で、人々の暮らし方や働き方の大きな変革によって、新しいペインポイントが生まれています。そのペインポイントに対して、新しい価値を提供できた企業が大きく伸びるでしょう。

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―いまはオンライン教育、コラボレーションワークツール、遠隔医療などが急速に花開いています。

 もともとAIによって仕事の自動化の流れが進んでいました。それが、今回のコロナショックでその流れはさらに加速しています。人と人が直接触れ合わずに提供できるサービスを、皆が強く求めているからです。

 例えば、いまシリコンバレーの街を走っている宅配ロボットなども、これからもっと伸びるかもしれません。これまでは実用化まではほど遠いと思われていたかもしれませんが、いまならば人間がデリバリーするより良いと考える人もいるでしょう。ユーザーが増えれば、サービスの改善がどんどん進んでいきます。

 自動化を進めることによって、これまでだと労働者側にも雇用が失われるという抵抗がありましたが、いまは逆です。「健康を失うリスクは取りたくない。できるだけ自動化して、人が密集する職場はなくしてほしい」となるわけです。

 グーグルを始め、多くのシリコンバレーの大企業は2021年の6月、7月までほぼ完全にリモートワークを導入することを決めました。これによってその場凌ぎのリモートワークではなく、1年以上の長期的な状況となりました。そのため、例えば社会のプロジェクトの進め方やコミュニケーションの取り方、生活の進め方といった様々な領域で本格的な投資をするインセンティブが生まれました。

 会社での働き方や組織の回し方など、資金以外の時間や労力の投資をしてベストな働き方と組織を作り上げた企業こそが強くなります。うまくいかない企業は厳しい競争環境で淘汰されるので、これらのペインポイントを一部でも解決するスタートアップにとってはチャンスなわけです。

 このシリコンバレーでの新しい社会のあり方が見えない日本企業は、大きな機会損失をするかもしれません。幸いにも日本での感染者数、死者数が低かったことが理由で、シリコンバレー側とペインポイントを共有できておらず、見えていない機会が増えたというのは何とも皮肉なことです。これからはシリコンバレーに置いている駐在員の役割や情報源などが一層大事になっていくでしょう。

Image: Kaponia Aliaksei/ Shutterstock.com

いまこそ「両利きの経営」に取り組め

日本企業が陥るワーストプラクティスとして「バブルのまっただ中にやってきて、バブルがはじけた後に撤退」するという話がありました。今回のコロナショックではどうでしょうか。

 「両利きの経営」という概念がようやく日本でも浸透しました。企業は利き腕である本業に改善を加えながら、もう一方の腕でまったく新しいイノベーションに取り組む、「両利きの経営」をする必要があります。

 しかし本業が調子のいい時は、なかなか本業以外の事業は伸ばしにくいものです。経営陣は、新規事業に本業と同じような貢献度を期待しがちです。「イノベーションやシリコンバレーもいいが、3年以内に100億円の売上が出るのか?」と。もちろんそんなに短期間で成果が上がるわけはないのですが・・。

 本社の事業部長がシリコンバレーにやってきて、さんざんイノベーションの話をした上で最後に「わざわざ新しいイノベーションを頑張らなくても、いまは既存事業がめちゃくちゃ儲かっているんだよね」と言って日本に帰っていく。これが本業が好調なときの事業部の対応です。

 しかし、いまは既存事業がガタ落ちし始めている大企業が増えています。こういう状況ではまず止血を考えがちですが、その影響で新規事業やイノベーション活動の予算も完全にカットしたら立ち直れるでしょうか?

 世界が元に戻れば、既存事業がまた伸びて回復するということを願うのは、新しい生活様式と経済の仕組みにはならないことを前提としているようで、心配でなりません。もちろん、苦しいときはいろいろなコストカットも必要でしょうが、コストカットを通して新しい価値を作り出した企業はほとんど聞いたことがありません。

 いまは新しい価値の作り方、いままでの評価軸ではない別の形を模索しなければならない時期です。むしろいまこそ経営トップのサポートも得られるタイミングかもしれません。既存事業のオプティマイゼーションのみに経営資源や優秀な社員たちを投入したほうが業績が良くなる時代ではないので。この状況で経営トップのサポートを得れば、新しいことに取り組む上で大きな追い風になります。

 いまこそエースたちをシリコンバレーやイノベーション部門に送り込み、土を耕させ、新しい芽を植えさせる時期でしょう。新しい土壌を作るタイミングとしてはいまがベストなのです。すぐに本業の穴を埋めるほどの売上は立てられないでしょうが、長期的に見たら次の事業の柱を育てられるんじゃないでしょうか。

 しつこいようですが、これまでの不況を見ても、ひたすら耐えてコストカットして、その結果、新しい価値を生み出して勝ち組になったケースはほとんどありません。外部からのディスラプションをただただ耐え抜いたケースもありません。

 しばらくして景気が回復した時には、勝ち組の顔ぶれは大きく変わっていると思います。Teslaの動きを見ていると、まさにそうだと感じますね。Teslaの価値の作り方は、いままでの自動車業界のそれとは根本的に違います。Teslaはこの不況の中、進化をするためにさまざまなデータを集め、新しい改良を加え、どんどん力をつけていっています。景気が回復したら、皆が次に買う車はTeslaのモデルYになっていた、こういう世の中になりえるのです。

 米国では、2019年に大衆向けのセダンタイプであるTeslaモデル3は、ホンダアコードやトヨタカムリの半分以下の売上でも、実はプリウス全車種の倍以上売れました。2020年の1月から6月にかけて、パンデミックが米国で猛威を振い、死者15万人以上出すなかで自動車産業の売上は大幅に落ちましたが、TeslaのModel 3はなんと、カムリの7割ほど売れています。私の近所はほとんど一戸建ですが、ほとんどの家は車を2台以上所有していて、そのうちの1台がTeslaという家が4割近くに上っています。

―景気が悪い時にシリコンバレーやイノベーション活動から撤退するのはなぜでしょう。どういう力学が働いているのですか。

 シリコンバレー活用戦略やイノベーション投資の費用対効果は、短期的に測れるものではないですよね。しかし不景気になると、「投資した金額に見合ったリターンが出てないじゃないか」という声がすぐ出てくるのです。そして想像力に欠けるコストカット屋さんは、マイナスになっている部門は切るべきだと判断してしまいます。

 では、そういう撤退判断をして、例えばドットコムバブルが弾けた後に、インターネット上で価値を作り出した日本企業がどれだけありますか?

 またリーマンショック以降にシリコンバレーではTeslaが急成長を遂げています。その他にもDropboxであったり、AirbnbやUberなどが台頭したのもリーマンショックの後です。こういった企業に深く関与できた日本企業はどれくらいあったでしょうか? ソフトバンクや楽天はUberやLyftに出資しましたが、他の大企業はどうだったでしょうか。

 日本企業の強みは、短期ではなく長期で経営できる点です。それにも関わらず、新規事業やイノベーションにおいては、短期的なROI(投資利益率)を追いかけてしまう。この傾向は危険だと思っています。

―これは現場というより、トップの意識の問題でしょうか。

 現場からもこういった感覚をトップに提言していくべきでしょう。景気が悪い時こそ、前向きに新しい価値を作るビジョンも必要だと。

 シリコンバレーでは、積極的に未来のビジョンが発信されています。そのビジョンをヒントに、社内でブラッシュアップしてビジョンを出したら、チャンスになると思います。

 シリコンバレーは、いまもなお健在ですし、これからもっと力を発揮すると思っています。先ほど話した通り、シリコンバレーの価値の作り方というのは、徹底したユーザー目線で、深いペインポイントを解決する方法です。ユーザーのペインポイントを発掘し、どれくらい深い課題かの深度を測り、その解決法を提供し、スケールさせる。これがシリコンバレー流の価値の作り方です。これはコロナ禍でも十分に適用できる方法だからです。

 例えば、今回のコロナ禍で夫婦カウンセリングはもっと伸びるかもしれません。これまで「夫婦でカウンセリングを受けています」と言うと、離婚の危機とか、精神病のような扱いをされるケースもあったと思います。しかし、料理教室を受講すると食事がもっと美味しく楽しくなるように、カウンセラーから効果的なコミュニケーションについてコーチングを受けると、家族間で健全な関係を保ちやすくなるのです。

 もちろん、対面でのコーチングは無理なのでオンライン、しかもスケール可能にするにはチャットボットを使ったアプリでのコーチングも出てくるかもしれません。もちろん、ギミックのようなサービスは誰でも作れますが、そうではなくて実際に役立つことが大事です。そしてコーチングを受けるプロセス自体にペインポイントがなく、効果的にサービス提供できる企業が「価値」を作り出し、急成長できるのです。

 いまシリコンバレーから見ると、生活のあらゆる面、仕事をこなすあらゆる面で、新しい深いペインポイントが生まれていて、チャンスにしか見えません。こういう考え方が大事なのです。

Image: Ivan Marc / Shutterstock.com

日本企業はスタートアップエコシステムに何が貢献できるか

―日本企業で参考になるイノベーションの進め方をしているのはどこでしょうか。

 特にパナソニックに注目しています。パナソニックのシリコンバレーをフル活用したCVCは以前から注目してますが、いまはシリコンバレーの松岡陽子(通称、ヨーキー)さんのチームですね。松岡さんは徹底したユーザーファーストで、深いペインポイントを解決するという思考を持っています。

 松岡さんのチームはGoogleやAppleなど、シリコンバレーのトップ企業出身者たちで編成されています。もともと彼らは毎日出社しなくてもいい働き方に慣れていましたので、コロナで在宅勤務になっても、問題なく突き進むことができます。パナソニックにしてみれば、シリコンバレーのチームがシリコンバレーのスピードでそのまま進めていけることから学ぶものも多く、有利だと思いますね。

 またパナソニックには社外取締役に冨山和彦さんもいて、会社としてコーポレートトランスフォーメーションを力強く推進しています。コストを減らすためのトランスフォーメーションではなく、新しい価値を作るためのトランスフォーメーションに向けて動いています。

 もちろん、以前からずっと日本企業のシリコンバレー活用の模範例として挙げているのはコマツです。コマツの例はこれまで数多くのイベントやイシンからの記事にしているので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

 要するにトップからの手厚いサポートと明確なユーザー視点からの未来ビジョンを動画に落とし込み、ワクワク感を引き出すようなプロジェクトと、シリコンバレーのスタートアップと双方に価値がある情報のギブアンドテイク、そして何よりも決断と実行のスピードです。しかもコマツは歴代経営者が日本人で、とっても日本的な側面が強い企業でもあるので、多くの日本企業にとって参考になるはずです。

―コロナ禍、日本企業がスタートアップエコシステムに貢献できることは何でしょうか。

 日本の大企業は、キャッシュを持っています。キャッシュのある日本企業にとって、スタートアップへの資金面でのサポートは十分にできるでしょう。もともとスタートアップエコシステムへの投資というのは、大企業の設備投資に比べれば大したことがなく、十分に対応できると思います。

 これまで日本の大企業は、海外の機関投資家から「内部留保しすぎだ、キャッシュを持ちすぎだ」と叩かれていました。たしかに度を過ぎた溜め込みは良くないのですが、ある程度はキャッシュを持っておいたほうがいい、ということも今回の危機でわかったでしょう。

 では資金面以外で、スタートアップエコシステムに貢献できることは何か。それは、経営トップのコミットや戦略面でのサポートです。いまこそスタートアップとのコラボレーションに経営資源を投下して、ペインポイントを解決するチャンスです。

 ポイントはスピードです。スタートアップと組むインセンティブの一つが、物事を早く進められることです。もちろん内部だけで解決策を作り上げられるケースも多いでしょうが、外部と組んだ方が圧倒的に早いんです。

 何か新しいサービスを出す場合、それがいくつかの別のサービスと連動するものだったとしたら、全てを内製するより、それぞれの領域のトップクラスと組んだ方が最終的に良いサービスになるはずです。

―後に日本企業へのアドバイスをお願いします。

 いま日本企業はオープンイノベーションをするチャンスだと思います。

 コロナの影響を考えると、日本は本当に幸いにして、米国のような最悪の事態にはなっていません。米国の大都市はパンデミックのワーストシナリオに近い動きをしています。それに比べれば、日本もダメージを受けていますが、パンデミックの猛威が直撃するまでには至っていません。

 だからチャンスなんです。既存事業のパフォーマンスは悪くなりますが、キャッシュは持っており、新しいペインポイントも見えている。新しい価値を作りにいくチャンスです。コロナと共に生きる、あるいはポストコロナの未来ビジョンをさまざまな領域で作っていくことをお勧めします。

特集:シリコンバレーコロナショック

#1 【500 Startups】コロナ禍、スタートアップ投資はこう変わる
#2 【Lightspeed】米国屈指のVCが語る、危機下における5つのインサイト
#3-1 【Venrock】シリコンバレーの名門VCが語る、SaaSスタートアップ投資の原則
#3-2 【Venrock】50年の歴史を持つVCは、コロナ危機をこう見る
#4 【スタンフォード】コロナ禍こそ、オープンイノベーションのチャンス

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