世界有数の経済規模ながら、ユニコーン企業の数は低空飛行を続ける日本。なかなか特効薬が見つからないこの問題に、米国のベンチャーキャピタル(VC)、Sozo Venturesの共同創業者のフィル・ウィックハム氏らは人材育成の観点からアプローチするべく、日本で新たにNPO法人「イレブンケーエス(11KS)」を先月立ち上げた。

目次
日本から世界に飛び出すリーダー育てる
目指すは日本版「カウフマン・フェローズ」
日本のエコシステムを縛る“呪い”とは

日本から世界に飛び出すリーダー育てる

「米国では一般的ですが、日本ではめずらしいため背景と理念を説明します」。ウィックハム氏が会見で開口一番こう切り出したように、11KSは日本ではめずらしいスタートアップエコシステムの人材育成に特化した機関として設立された。

 対象は起業家、ベンチャーキャピタリスト、大学などの教育関係者などで業界のリーダー候補を養成することを目的としており、教育プログラムや研究、カンファレンス開催などによる知見とノウハウの共有を軸に養成を行う方針。

 11KSの設立当日には初のカンファレンス「Unlock Japan Summit」を東京で開催したほか、2025年1月からは講義と実習形式による教育プログラムの第1期生の募集が開始される。

 名前の由来は、地球重力圏の限界や月軌道を飛ぶ探査機などが大気圏に突入する速度「11km/s(秒速11km)」で、日本から世界に飛び出すリーダーを育てるという思いを込めた。ウィックハム氏が個人として設立時代表理事に就任し、東京大学副学長の染谷隆夫氏、慶応義塾大学塾長の伊藤公平氏がそれぞれ理事を務める。

イレブンケーエスを設立した背景について説明するウィックハム氏(TECHBLITZ編集部撮影)

目指すは日本版「カウフマン・フェローズ」

 なぜ、VCの代表が教育に熱心に取り組むのか。この問いに対して、ウィックハム氏は「(自分自身も)優れた教育機関の影響を受けたことが大きい。日本への『贈り物』を創造し、日本のイノベーションを加速させる手助けとしたい」と述べた。

 同氏が指す「優れた教育機関」とは、米国で数多くのベンチャーキャピタリストを世に送り出している養成機関「カウフマン・フェローズ」だ。同氏は1995年の設立初年度に1期生として参加し、その後にはCEOなどの要職も歴任。Sozo Venturesの共同創業者である中村幸一郎氏もカウフマン・フェローズを2009年に修了し、同年にSozo Venturesを設立した経緯がある。

 カウフマン・フェローズは、Salesforceに投資したJason Green氏(Emergence Capital創業者)やSlackやFigmaに投資したMamoon Hamid氏(Kleiner Perkinsのパートナー)のような著名投資家を輩出した実績で知られ、2年間の教育プログラムや業界関係者とのネットワークの強みが特徴。

 スタートアップエコシステム内での影響力も大きく、現時点で「フェロー」は世界各地に940人おり、そのうち680人がVCの代表を務めている。また、2024年3月時点でグローバルに存在するユニコーン企業のうち実に15%がフェローの手によって生み出され、イグジットを果たしたスタートアップの総企業価値は3,290億ドルに達している。

ウィックハム氏は、日本の「問題(Problem)」はそのまま「チャンス(Opportunity)」になり得ると語った(同上)

日本のエコシステムを縛る“呪い”とは

 日本はグローバルなスタートアップの創出で遅れを取っているが、こうした状況をウィックハム氏はどう見ているのだろう。

「日本の市場規模は、スタートアップ向けの規模としては中途半端に感じます。(日本市場は)中国や米国ほど巨大ではないが、他のどの国よりも大きい。ある程度の収益を確保し、雇用を創出することはできるが、日本国内だけでユニコーン企業になるには不十分」だと指摘。「帯に短し、たすきに長し」とも言える日本の市場規模が、“呪い”とも言える状態になっていると分析している。

 では、こうした状況を打破するためには、どんな変化が必要なのか。実のところ、同氏はこの状況を問題とは考えておらず、むしろ巨大な機会と捉えているという。

「例えば、エストニアのような人口規模の小さな国も成功したスタートアップを多く輩出しています。Skypeもその1社です。エストニアの起業家やその投資家たちは、グローバル市場で戦うことを前提に会社を設立しています。英語での企業運営を標準とし、米国で法人登記を行い、米国会計基準を使用します。彼らは米国の資本市場にアクセスする可能性を最大化しようとしています」

「現在、世界中から企業が台頭していますが、米国の資本市場は依然として他には代えられない存在です。グローバル市場でその分野のリーダーになるためには、トップティアのベンチャーキャピタル投資家とつながり、最終的にはウォール街でのIPOを目指す準備が必要だと私たちは信じています」

同氏は「シリコンバレーは唯一無二の存在」と前置きした上で、「日本は、ベルリンやニューヨークと並ぶイノベーションの拠点となり得る」との未来像を示した。日本の潜在能力を解き放つには、すでに存在する才能を活用し、世界的なリソースにアクセスできるようにすることが鍵だとし、日本政府への要望として、税制や移民、規制の分野でスタートアップによりフレンドリーな環境を作ることを提言した。



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