産業機器やモバイル機器に適用される様々な部品を世界中に提供する日本の総合電子部品メーカー、TDK。そのCVCに当たるのが、2019年に設立されたTDK Venturesだ。わずか4年で31社のグローバルスタートアップに投資し、他のCVCからも「とにかく勢いがすごい」という声が上がる。たったひとりで東京拠点を担う吉川 千晶氏に、高速意思決定サイクルや、スタートアップとの提携スキームなどを聞いた。

吉川 千晶
Startup Liaison
12年間、TDK株式会社の電子部品営業・マーケティングとして勤務したのち、2022年2月より現職。営業時代は、超小型集積モジュール(Front End Module)の北米顧客向けチームで、アジア地域の営業リーダーを務めるなど、海外事業に長く従事する。現在はTDK Venturesにて、出資候補であるスタートアップとTDKグループにおけるシナジー・戦略的価値の探索や、既存ポートフォリオ企業との継続的な協業機会の創出などの活動を推進。

ターゲットは「社会・地球に貢献する技術をもつトップ企業」

―まずは、TDK Venturesの概要から教えてください。

 TDK Venturesは米国のカリフォルニア州サンノゼの本社のほか、ボストン、バンガロール(インド)、東京に拠点があり、メンバーは計24人。パーマネントのメンバーとしては日本人は私1人です。おそらくほかのCVCではあまり見かけないであろう「スケーリングチーム」という部門があります。ここでは投資したスタートアップとのポートフォリオの成長を支援するため、プレスリリース作成のヘルプや、CxOのリクルートサポートなど、スタートアップの成長に必要な多様なサービスを提供しています。

 私の役割は、大きく3つあります。最も大事なのは「投資検討しているスタートアップとTDKグループとの間にどのような戦略的価値・シナジーが見いだせるかを探索し、投資委員会まで併走する」こと。2つ目は「TDK Venturesが投資したポートフォリオについて精力的かつ継続的に宣伝し、新しい協業の機会を狙っていく」こと。3つ目は、「TDK Venturesは投資をしなかったが、シナジーが期待できるスタートアップをTDKグループに紹介する」こと。

 ポートフォリオカンパニーは計31社あり、8割ほどが米国の会社です。今までに3社がM&Aされ、1社がIPOを実施しました。ユニコーン企業は今のところ1社ですが、間もなくもう1社が発表される予定です。

image: TDK Ventures

―投資対象について教えてください。

 サステナブルな社会に繋がるような、グローバルのアーリーステージのスタートアップが投資対象です。ファンドは現在3つあり、最近アナウンスしたのが「ファンドEX1」です。こちらでは北米に加え、欧州における電動化や脱炭素化といったクリーンテック分野に注目し、投資を行っていきます。

 TDKのコア事業はエネルギー・材料・プロセス技術・センサー・部品類などですが、TDK Venturesは、再生可能エネルギー・AR/VR・医療や健康・ロボティクス・次世代情報通信インフラ・IoTなどTDKで「7つの海(重点市場)」と呼んでいる、重点市場を見ています。その分野のさまざまなスタートアップと会うことで、今後のマーケットやニーズの広がりを予測し、TDKがそれらの市場で魅力的な製品を提供していくことに貢献していくことをミッションとしています。

 現在の投資テーマは、材料技術からアプリケーションに繋がる様々なスタートアップに投資しておりまして、コネクティビティコンピューティング、次世代モビリティ、ロボティクスなど非常に広いですが、「社会や地球に貢献できるスタートアップ技術」ということは共通しています。ですので、財務的リターン・戦略的リターンに加え「魅力的でサステナブルな社会に繋がること」の3つを兼ね備えて初めて「TDK Venturesにフィットしたスタートアップ」といえます。

 投資の際に特にこだわっているのが「Global King of The Hill」。つまり、市場のトップになる会社の見極めであり、そのためのスクリーニングに非常に時間をかけています。とはいえ「Hill」、つまりマーケットが小さくてはインパクトも見込めないため、100億ドル以上のTAM(Total Addressable Marcket:実現可能な最大の市場規模)を基準としています。

image: TDK Ventures

準備は入念に、投資は即断即決

―投資プロセスについて教えてください。

 当社では「ディープ・エクスプロレーション(深掘り探索)」に基づいて投資を行っています。一口にクリーンテックと言っても、バッテリーリサイクル、水素関連、核融合、農業ロボットなどさまざまな技術があります。まず深掘りする分野を決め、そこに紐づいた投資を行っていくのです。

 具体的な流れとしては、まず投資チームがマネージングディレクターに深掘りする分野を提案します。ディレクターの承認を経て、投資チームがその分野について分析したブリーフィングいうレポートを作成します。

 ブリーフィングの作成には、非常に時間も労力も知力もかかります。どのようなスタートアップが存在するかというソーシングからスタートし、実際に彼らと会って話をしながら、どんなクライテリアを持ってるスタートアップが市場で勝っていくのかという「King of The Hill」を分析し、まとめ上げる。どれだけスピーディに行っても3ヶ月、なかには1年ほどかかったテーマもあります。また、作成と並行して、社内会議時にスタートアップのプレゼンテーションやフィードバックを行っていきます。

 ブリーフィング作成完了後に行われるのが「デビルズ・アドボケイト(悪魔の意見)」。「なぜ投資しないほうがいいのか」を議論する会議です。それらを経て投資ディレクターが投資委員会へもっていくと決めると、投資委員会へ進むことになります。

 デビルズ・アドボケイトと並行して、デューデリジェンスやシナジーの探索も行われます。後者については、投資委員会でプレゼンテーションする「戦略的価値をどう位置付けるか」についての準備です。そのスタートアップにはどんな技術があり、どんな製品で活用できるか、実現可能性はどうか、それによってどのようなシナジーが期待できるか、など。TDKグループの4部門ほどのメンバーと話して、策定していきます。

 投資決定後は、エンゲージメントチームののPortfolio Program Managerが引き継ぎます。興味を示したTDKグループのメンバーを招いてのキックオフミーティングを開催し、協業に入っていきます。

 なお、投資委員会は、経営戦略部門のトップ・R&D部門のトップ・CFOの3名で構成されています。委員会開催の48時間前までに資料を送り、委員会当日までに事前レビューしてもらいます。当日は投資ディレクターによるプレゼンテーションやQ&Aを行い、その場で投資の可否を即決するルールです。

image: スタートアップに投資するまでのプロセス図(BLITZ LIVE動画より抜粋)

「事業の種を見つける」という共通認識

―「戦略的価値をどう可視化するか」「親会社へのプレゼンテーションをどうするか」について、悩まれる担当者は多いと思います。このあたりについてはいかがでしょうか?

 私達も試行錯誤を繰り返している状況ですが、いくつかご紹介させていただきます。

 1点目は、先ほどお話したブリーフィングについてです。4年間で作成した全63件をTDK社内Webで公開していますが、正直なところ、十分に活用されているとは言えません。ブリーフィングにあるスタートアップについてのウェビナーを開催したり、TDK拠点訪問の際に、ポートフォリオ(投資したスタートアップ)のCEOにオンラインでプレゼンしてもらうなどの機会は設けていますが、さらに事業活用への推進を続ける必要があると思っています。

 2点目は、協業状況について「TDK Ventures・ポートフォリオ・カンパニー・ブリーフィング」を四半期ごとに更新しています。スタートアップの特徴や協業に関して記載されているレポートです。協業から生み出された売上については、現状は記載はないですが、トラッキングを始めたところです。今後、未発売製品について、予測値を事業部から出してもらうよう、取り組んでいきたいと思っています。

 ブリーフィングの中に含めている、"エンゲージメントチェックボード"(下図)をご紹介します。こちらは、協業状況を一枚で把握できる資料が欲しいという、CFOからのリクエストに応じて作ったもので、スタートアップと部門・関連会社ごとの協業段階(引き合わせ・エバリュエーション・技術採用の決定・製品のローンチなど)が色分けされて表示されていることが大きな特徴です。

 3点目として、DXとエネルギーに関するナレッジ共有イベントをそれぞれ年1回ずつ開催しています。こちらはYouTubeでも公開しており、どなたでもご覧いただけるようになっています。

image: TDK Ventures

―投資委員会では苦労する場面も多いと思うのですが、いかがでしょうか。

 TDK Venturesが探索するのは「新しい技術・新しいマーケット・新しいソリューション」です。個人的に「TDKグループの事業とはかけ離れているのでは?」と感じても、投資委員会側が大きな期待をかけてくれているケースも多いですね。実際、既存部門とのシナジーなどをどう考えるかで、投資委員会の後に、委員会のメンバーから「きっと、周辺に何かあると思うので、ここからTDK Venturesは、事業の種を探し続けてください」という言葉をかけてもらったことで、「それこそが私たちのミッションなのだ」と腑に落ちた経験もあります。既存のものや現在のものだけにとらわれず、「未来を見て、バックキャスティングで製品やソリューションを生み出すことに貢献しなくてはいけない」という自身の立ち位置を再認識できましたね。

アナログに地道に協業機会を探っていく

―技術活用や事業シナジーについてのアイデアは、どのように生まれるものですか?

 ある製品の事業部には必要ない技術であったとしても、その製品の部品を作るためには必要な技術というものもあります。直接的な協業だけが戦略的価値ではなく、その技術が事業にビジネス的な影響を与えるケースについても考えるようにしています。あとは、いろいろな人と話すことですね。「〇〇に役に立つんじゃない?」「〇〇さんにも話してみるといいよ」というひと言から糸口が見つかることも、すごく多いです。

―そもそもTDKでは、事業シナジーや協業をポジティブにとらえる社風があるのでしょうか?

 事業部・地域・人によってそれぞれであり、臨機応変な対応を心がけています。たとえば、最近TDKグループに入ったアメリカのスタートアップですと、「ちょっと話してみよう」というときのハードルはすごく低いですね。日本の場合は最初のハードルは高いですが、懐に入った後は話がしやすくなるケースが多いというか。それこそ、TDK Venturesという組織の事業内容やミッションから説明し、関係を深めながらスタートアップを紹介していく……というステップを踏みながら、少しずつ認めてもらう感じですね。

―親会社や事業部が協業に積極的でない場合、巻き込むためのアイデアのようなものはありますか?

 積極的でない理由には、時期や技術などがフィットしないという物理的なものに加え、「協業の仕方がよく分からない」「面倒」といったマインド的な理由もあると思います。後者の場合は、やはりコミュニケーションが大事かなと。相手はどんな企業なのか、協業の目的は何なのかということを、きちんと説明することから始めます。その際も、Zoomだと意外と本音を聞けなかったりするので、なるべく対面でお話しするようにしていますね。さらに「興味をもてない」という理由もあると思いますが、その場合は「どんな分野や技術に興味があるのか」についてヒアリングしながら、アナログに地道に、フィットするスタートアップを紹介できるように進めています。

―「このスタートアップはすごい」「協業がうまくいきそうだ」と感じる共通項のようなものはありますか?

 基本的なことですが、「レスポンスが早く、約束を守る」ということは、まず挙げられますね。すぐに反応が来て、責任をもって取り組んでくれるという。人間的に信用できる相手であれば、協業もうまく進んでいくのではないでしょうか。たとえ関係継続が難しい場合も、フェードアウトさせるのではなく、「それはできません」などきちんとクローズできる相手であれば、信頼関係は損なわれません。

―TDK Venturesと他のCVCとの違いはどのような点にあるとお考えでしょうか。

 TDK Venturesの特徴は、組織としても、スタートアップ側に対しても「良いVCであろう」「良い投資家であろう」という姿勢を持っているところだと思います。やはり良い投資家でないと良いスタートアップには出会えませんし、スタートアップが投資家を選ぶ際には「どんな人に投資をしてもらえば、自分の会社は成長するのか」を考えるものです。ですから、私たちは心を砕いて、ポートフォリオが成長するような手助けをしながら、良いシナジーを生み出していく。その繰り返しだと考えています。

image: TDK Ventures



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