コマツ CTO室 Program Director
冨樫 良一
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コマツ CTO室技術イノベーション企画部 部長
田畑 亜紀
※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit」のトークセッションの内容をもとに構成しました。
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シリコンバレーの技術で、建設現場をクールにカッコよく
冨樫:今回は、オープンイノベーションを進める「ピッチャー役」の私と、こちらから発信した成果や要素を受け、社内展開・実用化を進める「キャッチャー役」の田畑とで、コマツの現状についてお話していきます。
現在、私は世界の旬な地域・技術・人と連携しながら、オープンイノベーションを進めています。そこで得た情報や技術は「未来でこう活かす」と具体化して映像化します。そして、その映像は全社員に共有され、共通のビジョンのもと一人ひとりが業務を進めています。
Image: コマツ
次に、シリコンバレーでの取り組みについてお話しします。最初の連携はドローン技術をもつSkycatchでした。これにより、短時間で建設現場の地形をとらえる「スマートコンストラクション」というビジネスモデルが誕生しました。2015年の開始以来、4年半で9200を超える現場で導入されています。
2017年には、複数のパートナー企業を巻き込んで「LANDLOG」という建設IoTプラットフォームを立ち上げ、一層の現場最適化が進んでいます。
Image: コマツ
コマツでは「ダントツ商品・ダントツサービス・ダントツソリューションの創造」をビジネス戦略としています。「商品」「サービス」までは自社でできますが、大事なのはその先。お客様へ「ダントツソリューション」「ダントツバリュー」を提供することです。そのためには経営陣から現場まで、全社員にイノベーションを肯定的にとらえるマインドが必要だと考えています。
社内の様々な部署を巻き込んだ現在進行形のイノベーションの事例として、現場にイノベーションを体感してもらう取り組みが進行中です。その1つ目が、炭素系複合素材を用いた治具の軽量化です。中高年層の多い現場では、非常に有用です。2つ目は、ARを活用した複雑な作業工程の作業効率化です。
そもそも建設現場は「3K(きつい、危険、汚い)」とされ、課題が山積みです。日本、アメリカ、シンガポールのデータを見ると、いずれも死亡災害件数が全業種中で最も高い。また、労働就業者の減少・高齢化という問題もあります。ただでさえ人手不足が進むなか、今後10年間でさらに100万人減るといわれており、他の産業と比べてかなり高齢化も進んでいます。
Image: コマツ
こうした問題解決のため、「建設現場をクールに、カッコよく」変えることが必要です。つまり、機械の無人化・機械操作の容易化・安全性向上が求められます。そのためにシリコンバレーでは、先ほどお話した「コマツの将来ビジョン映像」をお見せしながら関係者とディスカッションし、当社に足りない技術を補完してくれるパートナを探すという活動を行っています。
さて、ピッチャーである私は、シリコンバレーを中心とした世界を回りながら、日々さまざまな「球」を投げています。それを社内のキャッチャー役である田畑がどう処理し、社内展開・実用化していくかが、今後のテーマです。
そこに立ちはだかるのが「実務の壁」であり、多くの会社が同様の悩みを抱えているのではないでしょうか。キャッチャー側は実際にどう動いているのかを、田畑からお話しします。
Image: コマツ
オープンイノベーションを阻む「マインド」の壁
田畑:私は昨年から「キャッチャー」として、オープンイノベーションの社内展開や実用化の促進に従事しています。
さて皆さん、白鳥をご存知かと思います。白鳥の泳ぐ姿はとても優雅ですが、水中では懸命に足をばたつかせています。そのように、世界中を華々しく飛び回る冨樫を水上の白鳥とすれば、我々キャッチャーは水面下で一生懸命にもがく足のような存在だといえます(笑)。
イノベーションを進めるうえでの難しさはいろいろあります。ピッチャー側からすると、どんどんボールを投げてプロジェクトを起こしたいのに、投げる相手がいない。
一方、キャッチャー側からすれば、次々にボールが投げ込まれてさばく暇がない。「すでにボールは投げ込まれており、新しいボールはいらない」「今すぐに使えるボールならば必要だが、先々のためのボールを投げられても……」と。これが、コマツの現状でもあります。
こうした状況を打破するためには、オープンイノベーションをミッションとする体制作り、オープンイノベーション自体を評価することでモチベーションを上げる人事・評価制度が必要です。また、ピッチャー・キャッチャー間のストライクゾーンの乖離については、映像化している将来ビジョンをより現実的な形にまとめ、時間軸の入った技術戦略マップを共有することも必要だと考えています。実際に、そのための活動もスタートさせています。
オープンイノベーションの社内展開において、いちばんの壁は「マインド」です。技術者たちは自分たちの技術に誇りをもっており、その技術を軸に動きたい。しかし、そういう自前主義の考えを壊していかないことには、オープンイノベーションは成功しません。
そのためには、イノベーション人材を育成するレベルの高い研修プログラムをはじめ、さまざまなトライによってマインドを醸成していく必要があります。
マインド醸成において最も有効なのは、「このままではダメになる」という危機感や、「このスピード感はすごい」という畏敬の念を「体感」すること。それにより、旧態依然とした価値観も破壊できます。
社内外メンバーでの共同研究、アイデアソンが効果的
田畑:実際にそういった効果を得られた、協業プロジェクトの実践事例をご紹介します。
1つはシリコンバレーの研究機関との共同研究です。テーマは「将来のHMI(遠隔操作、多様オペレータ、埋設物見える化など)」。同機関の無尽蔵な引き出し、豊富なイノベーティブ人材、圧倒的な信頼感を目の当たりにしたコマツの共同研究メンバーたちは、非常に大きな刺激を受けました。現在も、研究は順調に進んでいます。
もう1つは、シリコンバレーのスタートアップとの農業向け半自動走行建機の開発です。簡単にいうと「建設機械に農業用のアタッチメントを装着して、半自動で走らせる」というものですが、凹凸の多い田畑内を正確に動ける機能や超低速走行が必要となる非常に難しい開発です。ですが、スタートアップ側はたった数週間で、非常に高性能、かつ非常に低価格なシステムをつくりあげたのです。
それを目の当たりにしたときの我が社の技術チームは、「すごい…」と完敗状態。それ以来、すっかりオープンイノベーションのシンパになってしまった。なお、この技術は現在量産に向けて準備中です。
実際にオープンイノベーションを体感した社員は、このようにみるみる変わっていきます。そこで、まだ体感していない若手の技術者のために、イベントを企画しました。それが、今年4月に開催したアイデア共創イベント「コマツアイデアソン」です。
海外では過去2回ハッカソンを開催し、それぞれ優勝したスタートアップと共同プロジェクトを実施した経緯はあるのですが、国内で社内を対象にしたアイデアソンは初めてでした。ただ、社内メンバーだけでは斬新な企画は出にくいということは分かっていたので、社内外の混合チームで競うことにしました。
テーマは、「建設現場を魅力的に」との思いから、「人・地球・現場」視点でクールにとしました。さまざまなアイデアが出たなかで、優秀賞を獲得した1つのアイデアに、我々は大変驚かされました。
「健機食堂」と名付けられたそのアイデアは、建設現場のある地域の食材を使った健康に配慮したメニューを提供する移動式の食堂をつくり、現場の人たちの健康増進を図り、地域の方々にも利用していただいて親睦を深めるというものです。コンセプトは「食を通した作業者の健康増進」「地域住民との共存共栄」。
Image: コマツ
「建設現場と食をつなげる」という発想は、コマツの社員だけでは決して出てこなかったでしょう。「社会課題の解決」という企業理念との親和性も高いですし、アイデアとしても面白い。参加した若者たちもこのコンセプトに非常に共感し、「自分も関わりたい」という声が多く上がりました。
「こうした思いがやがてコマツのオープンイノベーション活動の核となる」という可能性を感じられるイベントとなったと自負しています。なお、健機食堂は現在、建設会社と食堂を展開する企業の協力を得て、ビジネスモデルの検証を考えています。
コマツではこのように試行錯誤しながら、オープンイノベーションやそのためのマインド醸造への取り組みを行っています。
イノベーション促進のカギは「ワクワク感」「スピード」
櫛田:素晴らしいですね、さすがコマツさんです。顧客のペインポイントを理解し、解決に向けた取り組みを行っています。同時に、日本企業のペインポイントでもある「どうすればオープンイノベーションが前進するか」「ピッチャー側とキャッチャー側のストライクゾーンの乖離をどうするべきか」「旧態依然とした価値観をどう破壊するか」といった危機意識にも刺さる内容でした。
さらに、「ワクワク感」の大切さも伝わりましたね。「今のままではダメなのは分かっているが、進む道が分からない」という状態を、どう打破するか。コマツさんでは、社長や会長がシリコンバレーを訪れて進捗議論をするなど、トップが動いています。また、農業用半自動走行建機の開発現場を日本の技術者たちにも見せた。トップだけでなく現場の社員に対しても、「ワクワク」を体感させたわけです。
さて、「これは想定外にうまくいった」という取り組みはありますか?
冨樫:ARを使った現場作業の事例でしょうか。建設現場でタブレットを手にしながらの作業は、「若者には受けても、55歳以上の人たちには受け入れられないのでは?」と思っていましたが、実際は中高年層にも非常に受けた。面白い発見でしたね。
櫛田:では、想定外に難しいと感じた取り組みは?
田畑:キャッチャー側の部門からすると、仕組みが整っていない分、意欲はあってもなかなか進まないというジレンマがあります。いま抱えている案件で手一杯で、なかなか次に取り掛かれない……まだまだ改善が必要です。
櫛田:現状での突破策はありますか?
田畑:トップダウンというか、「これをやって」とねじ込み、「やらざるを得ない状況をつくった結果うまくいった」というのは、割とあります(笑)。ただしこの場合は、「オーダーがしっかりしている」という前提が必要ですが。ほかに、PoCを始めるときの予算の裁量をキャッチャー部門でもつことで、スピーディに回るということも挙げられます。
冨樫:シリコンバレーでいちばん大事なのは、スピード感です。スタートアップは実行力・実力ともに高い。「PoCする」と決まったら、あっという間に終わる――では、次は? もちろん、「次」は必ず来るものですが、想定以上に早く来るのです。PoCスタート時には予算部門にも入ってもらい、MVPなり試作なりといった「次」の予算準備をしておくことが大事。当社の今までの成功パターンは、すべてこの段取りで行われました。
櫛田:なるほど。スピードがとにかく早くて次がすぐ来てしまうから、事前準備が大事だと。初めから「すぐに次が来る」と知っておくことが必要なわけです。そうでないと、プロジェクトが途中で止まってしまう。私もよく、スタートアップから相談を受けます。「PoCはうまくいったのに、日本企業はそこから進まなくて。これって根回ししているの? それとも、たらい回しされているの?」と(笑)。
では最後に、さまざまな取り組みを進めている方や企業に対し、シリコンバレーの活用方法や付き合い方を教えてください。
冨樫:「1%の力学」が大事だと思っています。シリコンバレーには300万の、アメリカには3億の人がいる。とはいえ、アメリカでは1%の人材と1%の予算があれば、かなりイノベーティブなことができる場所なのです。これは企業にも当てはまることで、1%の力学で大きく動くはず。その「1%」の人たちに対しては片目をつぶり(笑)、さまざまな権限を与えて動いてもらうといいのではないでしょうか。
田畑:先ほどお話しした「ワクワク感」がまず大事。なるべく多くの社員に体感してもらうため、あの手この手で仕掛けていくことが重要だと感じています。
櫛田:コマツさんには「ダントツ」の方法論で、これからも突き進んでいただきたいですね。
編集部からのお知らせ:日本企業が海外スタートアップと連携するための注意点・方法・事例などをまとめた「シリコンバレー発、オープンイノベーションガイドブック」を無料提供しています。こちらからお問い合わせください。