コマツ CTO室 Program Director
冨樫 良一Ryoichi Togashi

<モデレーター>
スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar
櫛田 健児Kenji Kushida
無人ダンプをはじめ建設現場全体をICTでつなぐ「スマートコンストラクション」で広く知られているコマツ。同社CTO室Program Directorの冨樫良一氏は「Silicon Valley - New Japan Summit」に3年連続で登壇し、毎回新たなイノベーションの取り組みを紹介してくれている。いまコマツの新たなイノベーションのターゲットは農業・林業。編集部では、コマツの新たなシリコンバレーでの取り組みを「Komatsu3.0」として紹介する。

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

冨樫 良一(とがし りょういち)
1993年コマツ入社後、新事業推進業務に従事。自走式粉砕機、ハイブリッド油圧ショベル等の設計開発を手がけたのち、オープンイノベーション推進業務を経て、2014年、現職であるCTO室Program Directorに。1年の約半分をシリコンバレーで過ごし、世界の先進技術の情報収集・調査にあたる。また、社外委員会活動として、研究産業・産業技術振興協会の研究開発マネジメント委員会委員長を務める。
櫛田 健児(くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

すでに豊富な導入実績をもつ「スマートコンストラクション」

櫛田:常に先進的な取り組みをされているコマツさんですが、今現在も我々の期待を裏切らず、驚きのスピード感で次のステップへ進んでいるそうですね。

冨樫:ありがとうございます。私自身はこの場に3年連続、3回目の登壇となりますが、「ここに出るためにやらなければ」という気持ちでチャレンジを続けています。コマツでの日々は、刺激とイノベーションの連続です。

 なお、今回の講演につきましては、まず当社の成長・進化についてお話しさせていただき、その後は櫛田先生との対談形式で、当社の取り組みを統合的に深掘りしていきたいと考えています。

 まず、成長・進化について。建設・鉱山分野への機械提供が売上の9割を占める当社では、事業戦略に3つのフェーズがあります。

Photo:Rod Searcey

 第一段階が「品質の高い商品(建機)づくり」です。建設や鉱山といった過酷な現場で使われる建機は、頑丈でなければいけない。とはいえ地球とけんかして使うものですから、どうしても故障は起きてしまう。そのときにいかに早く直すかが大事なので、世界中に救命救急室というべき整備工場をつくっています。地球上には200近い国がありますが、コマツはそのすべてに社員がいるような企業なのです。

 第二段階が2001年から取り組んでいる「機械の見える化」。通信システムを活用し、建機の品質維持や稼働管理を行なってきました。

 第三段階が「施工現場の見える化・最適化」です。2008年よりチリ、オーストラリア、カナダで導入している無人ダンプトラックに加え、2015年以降はシリコンバレーとの協力体制に基づく「スマートコンストラクション」に注力しています。これは現場の調査・測量から、設計、施工、その後の維持保守まで、建設現場のプロセス全体をICTでつなぐことで、生産性の大幅向上をめざす取り組みです。

 現況測量においては4年以上前からSkycatch協業し、ドローンを使って短時間で高精度なデータを収集。そのスピードは我々自身も驚くほどで、現場写真を撮影して3Dデータを生成するまでに1日を要していた作業が、わずか20分ほどで完了するようになりました。

 現在はSkycatchのほか、NVIDIA、Swift Navigation、Autodesk、Intelなど様々な企業と協業しながら、新しいビジネスモデルを作っているところです。なお、スマートコンストラクションは日本国内で6400の導入実績をいただいており、現在は海外展開を試みています。

櫛田:Skycatchとの協業により、大幅な生産性の向上が実現しました。冨樫さん自身も大変なスピードだと感じていらっしゃるようですが、ぜひ推進を続けてほしいですね。

ビジョンの共有がイノベーションを加速させる

冨樫:事業を推進するうえで大事なのは「ペイン・ポイント」「将来ビジョン」です。

 まずペイン・ポイントですが、我々の業界は労働不足が大きな課題です。2026年には128万人の人材不足が見込まれている。この状況をどう打破するか。

 ポイントのひとつに、「子どもたちが将来この業界に入りたいという夢をもっているか」が挙げられます。「電車や飛行機が好き。将来は運転手やパイロットになりたい」というお子さんは多いですよね?

 実は我々の業界も、非常に子どもに人気があります。建機や重機のおもちゃが大好きなお子さんは多く、5歳以下のお子さんの間では、私たちの業界人気はおそらくトップ3に入るのではないでしょうか(笑)。

 ですが、20年後はどうなっているかというと……なかなかこの業界に入ってこない(笑)。「建設・土木業界に入りたい」と思える状況をきちんと作らないといけないと感じています。

 さて、コマツにはほかにも様々なペイン・ポイントが存在します。たとえばマイニング分野は、厳しい環境下での24時間稼働をどうオペレーションするべきか。工期が非常に限られているうえ、作業環境・工程も複雑なコンストラクション分野では、どう安全性を守り、いかに日々のマニュアル業務をこなすか、という課題がある。

 開発・生産分野では、開発部隊と生産部隊が連携をとり、顧客ニーズを把握したうえで商品づくりを行わなければならない。模造品対策という大きな問題もあります。

 そういったペイン・ポイントを踏まえたうえで、将来ビジョンをどう描き、どう社員に浸透させていくか。そのために、コマツでは映像を制作しています。当社には6万人もの社員が在籍し、その7割が外国人です。すると、言葉で何かを伝えるのは難しい。ダイレクトにメッセージを伝え、そのビジョンを共有する手段として、映像は非常に効果的です。

 たとえば2001年に制作した将来ビジョンについての映像では、すでにICT建機のビジョンを描いていました。無人ダンプトラックに関しても、「いずれはキャブ(運転室)のないものに」というビジョンを描いてはいましたが、2008年の商品化の時点ではまだ存在しており、2016年のMINExpo(ラスベガス)でキャブなしの無人ダンプトラックの出展に至りました。

 余談ですが、キャブがないということは、運転手の安全性や乗り心地などについての考察が不要となるため、開発工数が激減するというメリットがあります。また、「前後」の概念がないため、積み荷を終えて切り替えしなしに来た道を戻れるなど、作業時間の短縮にもつながります。

 そして最新版の将来ビジョンについての映像では、未来のマイニング、未来のコンストラクションをご紹介しています。

Photo:Rod Searcey

 まず、未来のマイニングについて。こちらは「全世界の鉱物をどうとらえるか」という広い視点が入口となっています。地下の状況は簡単に見えないため、鉱山の下に何が眠っているかわからりません。10人の鉱物学者がいたら、10通りの答えが出てくると言われるほどです。

 コマツの考える未来像の一案としては、無人でボーリング調査を行い、コアサンプルを無人機で研究所まで運び、詳細な地下地図を作成する。また掘削時にリアルタイムで含有鉱物を判断しながら、マイニング作業を効率的に運用する。さらに重機の消耗部品については、地産地消のように現地で製造・使用を行う。また無人のロボットが鉱山現場を24時間パトロールし、リアルタイムに現場の状況を把握するなどが実現できないかと考えています。

 鉱山現場プロセスは完全な無人で運用されるようになるわけです。これは地上・地下だけでなく、海の下についても同様です。さらには、宇宙にも目を向けたいという思いももっています。

 次に、未来のコンストラクションについて。工事現場への土砂の搬入、そして工事現場から搬出される建設廃棄物ゼロを目指しています。また人が乗る機械と無人機械をいかに上手く協調させるかが重要な世界になります。人手不足が深刻になるため、たとえばニュージーランドにいるゲーマーが遠隔操作でアメリカの現場にいる重機を操作するということも行われます。

櫛田:素晴らしいですね。新技術をどう考え、どんな根拠をもって未来を描くか。具体的なビジョンがないと映像には落とし込めないだけに、細かな点に至るまで考え尽くされていると感じました。

 こうした未来ビジョンについての映像は、社内意識を共有するだけでなく、社外で新たなパートナーをつくる際にも有効ですよね。この場にいる方々にも、ぜひこうした映像制作をおすすめしたいです。

直感的かつ的確な判断に不可欠なHMI

冨樫:今後はHMI(Human Machine Interface:人と機械が情報をやり取りするための手段・装置)がすごく重要になると考えています。

 たとえば、アナログ表示の時計とデジタル表示の時計、どちらが本能的に分かりやすいか? 私ぐらいの世代はアナログ表示の方が分かりやすいと思うのですが、小学校3年生以下に聞くと、ほぼデジタルの方が分かりやすいと答えます。であれば、HMIの作り方も根本的に変える必要がある。

 今後はデジタルネイティブがどんどん増えていきます。とくに我々のように生産性も安全性も重要な業界では、限られた判断時間のなかで直感的にとらえられる装置や機器が必要となってきます。ひとりが複数の機械をオペレートし、遠隔操作も当たり前となる時代において、どんなHMIにするべきかは常に気を配っていかないといけません。

櫛田:そうですね、ARやVRをどんなHMIで行うべきかについても世代によって変わってきます。補完関係が多い技術ですが、共同開発パートナーは多いのですか?

冨樫:はい、HMIについてもシリコンバレーはとてもいい環境です。非常に感度のいいメンバーが揃っており、メーカーだけでなく研究所や大学などとの連携も取りやすい。さまざまな切り口で、先進的な開発が行えます。

Photo:Rod Searcey

シリコンバレーの知見で農業改革

櫛田:コマツさんは、農業においてもシリコンバレーとつながりをもっていらっしゃいますよね?

冨樫:そうなんです。「コマツが農業?」と思われた方も多いかもしれません。コマツでは日本の地方創生や一次産業を大事にとらえており、CSRの一環として活動しています。

 たとえば石川県ではコマツだけでなく県や大学、研究所など、地域の産学官で連携をとった農林業のイノベーションを行っています。「農業従事者の収入を上げる」というケースでは稲作農家の現場に赴き、コマツの視点でバランスシートをチェックしました。すると、苗の栽培に最もコストがかかることが分かった。そこで、こんなやり取りが行なわれました。

 「苗を植えるのではなく直蒔きにしては?」「田んぼは凹凸が大きいため、水深にばらつきが出る。すると、発芽したときの成長の度合いにばらつきが出てしまう」「では、ブルドーザーで田んぼを平らにしましょう」「そんな重いものが入ったら、ズブズブ沈んでしまう」。

 ですが、実際に我々の重機は、とても足回りが太い。つまり設置圧がすごく低く、トラクター以下なんです。ということで、直播の問題はクリアしました。が、実際に撒いてみると、種をカラスが食べてしまう。では、くちばしが届かないように5cm以上のV溝を作り、そこに種を撒きましょうと。

櫛田:コマツのICTブルドーザーを使えば、そうしたことは容易だと。

冨樫:そうなんです。当社の技術によって苗栽培から直播栽培へシフトでき、田植え作業が不要になることで、コストや労力の削減が可能になります。すると今度は、「今日の田んぼは明日の畑、という考えもできる」という方向へ話が進みます。これまでの「田んぼはずっと田んぼ、畑はずっと畑として使う」という概念をダイナミックに変えていけるのではないかと。

 少し前に「じゃがいもが不作でポテトチップスの値段が上がる」という現象がありました。でも、使っていない田んぼを畑にすれば、じゃがいもを作れると。ブルドーザーを使えば、田んぼと畑を簡単に入れ替えられるのです。単純に地面を平らにするだけでなく、たとえば人力では難しい1度の傾斜をつけることもできます。

Photo:Rod Searcey

 また、大豆、そば、ネギなど作物によって畑の作り方を変える必要があるときも、ブルドーザーを使えば簡単に畑の仕様が変えられる。当社の技術は農業改革にも利用できるわけです。

 似たような事例で、インドネシアの稲作も変えられると考えています。同国では非常にお米が好まれていますが、人口は世界4番目に多く2億6000万人もいる。今後もますます増える見通しです。

 「自給自足で米を賄いたい」という思いはあるが、小さな島々からなる地形ゆえに、田んぼの開発が進んでいません。そこでブルドーザーを使えば、開墾も田んぼの整備もできて一石二鳥となるわけです。

櫛田:熟練の技も必要ありませんしね。農業のこうした現場にブルドーザーを入れようというのは、これまでのロジックからすればあり得なかったことです。まったく違う業界の視点を入れることで、業界内で感じてきたペイン・ポイントが解決される。さて、農業でもシリコンバレーの知見が活かされている?

冨樫:建機を農業用途に転用する際に重要なのは、小型の建機を使用するため、追加となる制御装置は安く高精度なものにする必要があるということです。

 この実現に向けてシリコンバレーは最適の場所でして、濃密なヒューマンネットワークのもと、シリコンバレー内の独立したスタートアップ同士を結び付けて、農業とIoTをつなげる新たな農業用建機を実現することができました。

 シリコンバレーにはさまざまな分野のエキスパートが集まっています。それぞれの得意分野を適材適所で発揮しながら、コマツのビジネスに参画してもらっています。

林業でも活躍。画像解析で「この切り方をすると〇円」と分析

櫛田:補完関係のありそうなコラボパートナーを、コマツさんが引き合わせたと。林業においても、新たな取り組みが進んでいるそうですね?

冨樫:コマツはスウェーデンとアメリカに林業機械の製造工場がありますが、林業の世界もすごく面白いですよ。生えている木の根を重機が掴んで横倒しにし、枝払いをして輪切りにする――1本にかかる作業時間はわずか20秒、1分間で3本分が完了するまでになりました。

 ただ、木の種類をインプットする作業が、唯一マニュアル作業として残っている。現在はNVIDIAと協力し、木の種類を画像解析して自動でインプットできる仕組みをつくり、より生産効率を高めようとしているところです。

櫛田:木をバサッと抜いている間に木の状況を見て、どんな切り方をすれば高値がつくといった分析もできてしまう?

冨樫:そうです。根元を抜いて枝払いをした瞬間に「これは〇〇という木で直径は〇cmで、この切り方をすると〇円ほどになる」という情報を瞬時につかめます。

 林業とは非常にIoTが進んでいる分野です。コマツのなかで最もIoTが進んでいる分野も、実は林業なんですよ。

櫛田:労働力不足の解消については、どうお考えですか?

Photo:Rod Searcey

冨樫:先ほど申し上げたとおり、今後は128万人の労働者不足が予想されています。その解消には「健康経営」が有効です。

 具体的には「現役オペレーターの健康をいかに維持するか」、さらに「障がいのある人にいかに我々の現場に参加・復帰してもらうか」。

 前者については、現場オペレーターには腰痛をもった方がすごく多いので、その予防について考えていかないといけません。

 後者についてですが、アメリカの人口3億3000万人のうち、障がい者の割合は15%、約5000万人です。そのなかで下肢障がいの方は210万人と障がい者全体の0.6%ですが、ここが実は毎年増えているのです。

 その原因は糖尿病であり、毎年18万5000人が足を切断しているそうです。彼らをいかにケアし、一緒に働いてもらうかが大事だと考えており、現在シリコンバレーの方たちの協力を仰いで対応を進めているところです。

櫛田:なるほど、コマツさんはダントツの取り組みでしたね。冨樫さんに「トップはこれらの取り組みをどう理解していますか?」と聞いたところ、「会長や社長がシリコンバレーにやって来て、実証実験の結果など現場の様子をしっかり把握している」とのことでした。企業のトップがわざわざ足を運んで現場を知る――まさにコマツの現場主義を実践されている点も、素晴らしいと感じました。

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