DENSO International America VP, Innovation
鈴木 万治

自動車部品サプライヤーとして知られるデンソー。同社がシリコンバレーで取り組むのは、自動車分野だけではない。今回はDENSO International Americaの鈴木万治氏に、新領域での取り組み、スタートアップとの協業のポイントなどについて聞いた。
(モデレーター:Stanford University APARC 櫛田健児氏)
前編はこちら

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit 2019 Tokyo」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

シリコンバレーで精一杯もがいてわかったこと

櫛田:鈴木さんは2年前にシリコンバレーへ初めて来られて、短期間でいろいろ学びを得ました。私が心配するのは、鈴木さんが1年後に帰国し、別の赴任者が1から同じ道を辿ることです。多くの企業が何度もこのワーストプラクティスを繰り返しているので、ぜひ避けてほしいと思います。さて、最後の失敗例でお話されていた「時間」「完成度」の差は、どうやって埋めていきましたか?

鈴木:多くの方々が苦労している点だと思います。ただ、議論していても始まらないので、とにかく前に進めるしかないですね。

 先ほどお話ししたように、スタートアップのリソースは「ひらめき」です。ですから、仕様書を求めても夢のようなものが上がってきて、本社にそのまま渡したりすると激怒されるわけですが(笑)。本社には「スタートアップはひらめきこそが魅力」と、スタートアップには「日本企業とはこういうところ」と互いの長所や短所を説明しながら、両者の攻防の間をほふく前進しているようなイメージです。忍耐は必要ですが、それ以上にポジティブが大切。そこはどんな仕事でも同じですよね。あきらめず信念を持って続けていけば、わりと前に進めると思います。

 あとこの2年間シリコンバレーで、精一杯もがいて分かったことは、シリコンバレーのエコシステム。ステークホルダーがどんな人たちで、彼らがどう動いているかなどの仕組みです。私たちは、ともすると技術だけに目が行きがちですが、シリコンバレーでは「誰がやっているか」が大事。そういう仕組みを理解することで、もつれていた紐が少しずつほぐれていきました。

鈴木 万治(すずき まんじ)
DENSO International America
VP, Innovation
1986年、日本電装株式会社(現株式会社デンソー)に入社。宇宙機器開発、R&D、CAE、モデルベース開発、EMC、故障診断など、ほぼ4年毎に異分野の全社プロジェクトを担当。R&Dからアフターマーケットまでの全ての開発のライフサイクル、またメカ・エレ・ソフトの各分野の実践経験、スキルと人脈を持つ。2004年にCMUとINSEADでビジネスの基礎を学ぶ。2017年からSilicon Valley Innovation CenterのVice President, Innovationに就任。2018年からは、シリコンバレーと中国の両睨みのため、电装中国投资有限公司の创新推进事业部总经理も兼任。

櫛田 健児 (くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

今ない市場の皮算用は、ほとんど意味がない

櫛田:仕事を進めるうえで、どんなことを大切にしていますか?

鈴木:たとえば今日紹介した農業ビジネスは、規模だけを見たらまったく魅力は感じられません。おそらく多くの企業でも、シリコンバレーで新事業を進めるとなったら、「いくらぐらいのビジネスになる?」と皮算用から始めるのではないでしょうか。

 でも、一番大事なことは、スタートアップともよく話すのですが、どれだけワクワクするか。「これができたらすごい!」というモチベーションです。たとえばFacebookやGoogleができたときに、今のような市場はなかったわけです。今はない市場の皮算用は、ほとんど意味はありませんよね。日系企業の人たちと話をして気になるのは、そこですね。まず事業規模の数字ありきで、ワクワク感がない。シリコンバレーでは「どれだけワクワクするか」が大事。人がワクワクするものが、新しい市場を創り、事業として育っていくのだと思います。

櫛田:規模ではなく何をやっているか、ですね。たしかに、シリコンバレーで行われているコラボレーションには「ワクワク」がありますよね。「こんなふうに仲間ができていくんだ」とか。スタートアップにとっては、社歴や事業数はどうでもいいことです。多くの場合、スタートアップから見る大企業は不利な側面だらけですが、どんなふうにデンソーのアドバンテージをアピールしていますか?

鈴木:私は、最初に、スタートアップのペインポイントを分析しますね。そこをカバーできる価値を私たちが提供できれば、一緒に組める。シリコンバレーは一期一会的なところがあり、1回「ダメだ」と思われたら次はありません。そんな感じで、二度目はない真剣勝負の場ではありますが、わりとそれを楽しみながらやっていますね。

どんな国、業界でも、人との信頼関係が大事

櫛田:なるほど、スタートアップにとってのペインポイントを分析して動いているのは素晴らしい。では、ここまでの活動で「想定通りうまくいった」というと?

鈴木:「エンドユーザーのお客様と話すことが大事だろう」と考えていましたが、実際にそうでした。今日お話しした農業ビジネスで、今のお客様とは農家の人たちですが、非常に有益な議論ができています。

 「どんな国でも、どのような業界でも、人との信頼関係でビジネスが成り立つ」ということも思い通りでした。「デンソーっていいな、Manjiは、なかなかいいな」と思ってもらえると、どんどん人を紹介してもらえます。自分の評判も含めて、いい噂は予想以上に広がるのでうれしいですね。

櫛田:想定外の難しさとは?

鈴木:先にもお話したので繰り返しになりますが、大企業の特性でもあるのでしょうが、「数字」ですね。事業計画で数字が出てくると「100億円までいかないの?」という感じで、本社の熱が冷めてしまう。事業成長については当然考えなくてはならない部分なので、理屈では分かるのですが、なかなか難しいですね。今はない市場に関しては、数字以外のことを議論すべきという風潮が出てくるとよいのですが。

櫛田:鈴木さんはシリコンバレーを担当すると同時に、中国の深圳や上海にもよく行かれていました。シリコンバレーから見た深圳はどうですか?

鈴木:シリコンバレーと同じで、中国や深圳もエコシステムを理解することが大事です。深センのエコシステムは、シリコンバレーとはまた大きく違います。深圳に行かれる方は、「誰がイノベーションを動かしているか」を見極めるといいでしょう。実は、巷でいわれている人とは全く違う人物が、ハンドルを握っている場合もあるかもしれませんからね。



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