SOMPOが本業以外に巨額投資する理由
――まずSOMPOホールディングスの概要についてご紹介をお願いします。
SOMPOホールディングスは、傘下に4つの主要事業があります。当社は損害保険事業から立ち上がった会社ですので、1つ目は損保ジャパンを中心とした国内損保事業です。2019年度のトップライン、そして、ボトムラインにおいても、国内損保事業が最も大きな比率を占めています。
3つ目は、生保事業をSOMPOひまわり生命が展開しています。SOMPOひまわり生命は、業界でも非常にユニークなポジションを確立している会社です。「インシュアヘルス」と呼び、保険に健康をサポートする機能を組み合わせて提供しています。
4つ目に、2015年から介護事業をSOMPOケアが展開しています。全国で、施設介護から在宅介護まで幅広いサービスを提供しています。この介護事業は、他のメガ損保グループと違い、当社がユニークなポジションを確立している理由のひとつでもあります。
現在の主要事業は国内損保事業ですが、これを変革し、主要事業を大きく変えていくことが、グループCEOである櫻田のビジョンです。
私たちのビジョンは「安心・安全・健康のテーマパーク」です。これは単なるスローガンではありません。当社は、保険会社なのですが、自らをディスラプトし、「保険が必要ないほどの安心・安全・健康な世界」を実現したい、というビジョンを掲げています。
具体的に、実際にアクションを取っている事例を4つ紹介します。
まずは、自動運転領域です。当社は、2020年8月に自動運転システム開発を手がける、日本のスタートアップ・ティアフォーに約98億円の出資をし、資本提携契約を締結しました。両社で「自動運転プラットフォーム」を開発し、MaaSやスマートシティ分野での新サービス創造を目指しています。
2つ目は、フィットネス領域です。バーチャルそしてリアルな事業にも出資し、事業化を目指しています。
3つ目は、介護領域です。現在SOMPOケアを中心に、介護の質的向上と、介護を受ける方のQOLの向上を目指して事業化を進めています。
最後に、災害・事故の領域です。One Concernというシリコンバレーのスタートアップと戦略的パートナーシップを締結しました。One Concernは、災害科学とAI・機械学習技術を組み合わせて自然災害の被害を予測するシステムを持った会社で、いま熊本市で自然災害の実証実験を行っています。2020年も南日本を中心に、非常に大きな災害がありましたが、これを事前に予知することで、災害被害を減災することを目指しています。
「デ島(デジマ)」の開設とABCD戦略
――「安心・安全・健康のテーマパーク」というキーワードを掲げ、保険事業以外の領域にも巨額な出資をしている点が印象的です。SOMPOさんのデジタル化へのアプローチについて教えてもらえますか?
当社では、まず「Digital Transformation Network」という、ネットワーク作りから始めました。
「Digital Transformation Network」では最初、2016年にSOMPO Digital Labを東京に作りました。日本語では「デジタル戦略部」と呼んでいる部門ですね。
これをSOMPOホールディングスの中に作ったということが大きいと思います。完全に外に出すのではなく中間的な位置付けとしました。楢﨑はDigital Labを、デジタルの「デジ」と出島の「島」を掛けて、「デ島(デジマ)」と呼んでいます。
まず東京、次にシリコンバレー、2017年にテルアビブにもDigital Labを作りました。この3つのDigital Labが有機的に連携することで、オープンイノベーションのハブになります。そしてスタートアップとのコラボレーションを通じて、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの両方を起こすことを目指しています。
Image: SOMPOホールディングス HP コーポレートサイトにも「保険の先へ、挑む」というキャッチコピーを掲げている。
持続的なイノベーションは、既存事業を進化させ深堀りすること。破壊的なイノベーションは、自らをディスラプトするようなことに取り組み、保険事業そのものだけでなく、保険事業を壊すような隣接領域も含めてイノベーションを起こす取り組みを行っています。
最近、AI、Big Data、CX Development、Design Thinkingを4つの戦略とし、これを語呂が良いので「ABCD戦略」と呼んでいます。この4つを、新入社員から役員まで、皆が持つべきだと考え、教育研修や実務を通じた能力開発に取り組んでいます。また、Digital Labに蓄積されるノウハウをグループ内にフィードバックする仕組みも構築しています。
トップが最初から強くコミットした
――DX実現のためには、デジタル専門の組織を作るだけでなく、事業部門を巻き込む必要があります。Digital Labと事業部門などの組織連携は、どのように実現したのでしょうか?
全く新しい組織を作ったので、そもそも人は誰もいません。ですから、そこにどこから人を持ってくるかという、基本的な課題がありました。
当社は、損害保険が主な事業ですので、まずは、損害保険のビジネスを理解している優秀なメンバーに「デ島」に来てもらうことから始めました。
そして、そのメンバーをデジタル化し「教師」に育てます。最初にデジタルがわかり損害保険ビジネスがわかるメンバーを育て、そのメンバーを元の部署に戻す。そして彼らが、自分たちの部署のDXを推進していく。ビジネスがわかる人をデジタル化し、強力なエバンジェリストを作っていったわけです。
事業会社からDigital Labに来てもらう際は、出向、転籍、兼務と、様々な形を取り、ビジネスユニットと接点を持ち続けられるようにしました。「デ島」の中で勝手にやっていることではなく、事業にフィードバックしていく形を取ったのです。
――事業部門からエースを引き抜いて、デジタルのケイパビリティを備えさせた上で、また事業部門に戻すと。デジタルチームと事業部門の人材交流を仕組みとして埋め込むのが大事だと感じます。
当社の場合、トップが最初から強くコミットしたことも非常に大きいです。
グループCEOの櫻田自身がアンテナを高く張り、Digital Labのような部門が必要だと判断したところから始まり、そこにはグループ内の様々な事業部門や、外部からも優秀な人材を集めました。こうした、トップのコミットメントが、組織連携を成功させた所以であり、実際にグループ内の人材を集める際に軋轢を生まなかった理由なのです。
――米国のビッグデータ分析大手のPalantir Technologiesとの提携も、櫻田さんがビジョンを語り、直接交渉を行い成功したそうですね。やはりトップのコミットが不可欠なんですね。
ええ。他にも、損保ジャパンCEOの西澤敬二も、Digital Labに相当コミットしています。彼自らが直接シリコンバレーやテルアビブに出張して、現地現物をその場で見て、持ち帰り、幹部に伝えるということを繰り返しています。櫻田だけではなく、複数のトップのコミットメントがあったことが、非常に大きかったと思います。
Image: SOMPOホールディングス SOMPOはPalantirに5億ドルを出資。共同で「安心・安全・健康のリアルデータプラットフォーム」を立ち上げることで合意した。
IBMからSOMPOへ電撃移籍した理由
――「共同CDO」と言う役職は今まで聞いたことがないかもしれません。そもそも尾股さんがSOMPOホールディングスに移った背景と、現在の役割を教えてもらえますか。
私はSOMPOのCDOに就く前は、日本IBMでCDOとしてデジタルビジネスグループをリードする役割を担っていました。現在、共同CDOである楢﨑は、CDO界隈では有名人でして、私も直接会う前から知っていました。その楢﨑と会う機会があり、SOMPOの面白いチャレンジについていろいろと聞く中で、彼から「SOMPOホールディングスに入らないか」と入社の誘いを受けたのです。
その後、SOMPOホールディングスのグループCEOの櫻田とも会ったのですが、その時の話もとても印象的でした。「今までで一番失敗した経験は何だ?」と聞かれ、私が過去に失敗した事業のことを話したところ、「尾股さん、それは成功だよ」と。失敗からどういう学びがあったのか、それを櫻田は聞き取っていたようで、「そういうチャレンジをSOMPOでやってくれないか」と言われました。
楢﨑が2016年からSOMPOでやってきたチャレンジを聞いた時、これは非常に面白そうだと思いましたし、楢﨑と櫻田の人としての魅力にも惹かれました。そこでSOMPOホールディングスに移籍することにしたのです。
現在は、グループCDO(共同)とグループCIOを兼務しています。これは、ガートナージャパンが提唱する「バイモーダル」を実践する非常にユニークなポジションで、私自身この役割を楽しんでいます。
共同CDOとしての役割分担は、私が4つの主力事業の横串のDXを主に担当しています。そして、共同CDOの楢﨑が新たなデジタル事業そのものに取り組んでいます。やはり、1人のCDOではできる範囲が限られますので、楢﨑と私、2人のCDOが共に取り組み、両輪となることで、SOMPOホールディングスのDXを完成できると考えています。
楢﨑と私は自分たちのことをテニスのダブルスプレイヤーのようなものだと考えています。最初のサーブの後は、前後左右して、2人でゲームをプレイしていく。そういったイメージですね。
Image:sirtravelalot / Shutterstock
デジタルチームの6割は外部採用。タレントがタレントを連れてくる
――海外のDigital Labは人材の採用はどのように行っているのでしょうか。特に海外の人材は、報酬などの面で、日本の雇用条件では魅力を感じてくれないことがあります。そのあたりはどのように解決しているのでしょうか。
Digital Labは別会社ではなく、SOMPOホールディングスの中にありますが、報酬設計に関しては現地の相場や商慣習に合わせられるようにしています。本人たちが納得してくれなければ来てくれませんから、現地メンバーも納得してくれる報酬を設定しています。
シリコンバレー拠点のCEOであるAlbert Chuは、スタートアップを長く経験した人物で、大学のイノベーションも経験しています。もともとはアドバイザーとして長く関わってくれていたのですが、今年からCEOをやってくれています。
テルアビブ拠点のCEOであるYinnon Dolevは、イスラエル軍にいた経歴もあり、GEでDXを担当していた人物です。2人とも、楢﨑ネットワークなんですね。楢﨑は、スタートアップの経験が長いので、世界中に巨大なネットワークを持っています。そのネットワークを通じて、レーダーに引っかかってきた人たちを引き寄せています。
ネットワーク内の人脈だけでなく、外の人脈を介して紹介されることも多いです。リファラル採用とでも言いましょうか。やはりタレントがタレントを連れてくる、ネットワークを作ることが重要だと思います。「Know How」よりも、「Know Who」なんですよね。
――Digital Labはどのくらいの人員で、どういったメンバーが所属しているのでしょうか?
Digital Labの人員は百数十人です。グループ全体では0.25%程度ですが、数よりも質が重要だと思います。
どんな人が所属しているかというと、経営、新規事業開発、CVCなど、様々なファンクションを持った人材が社内外から集まっています。
――百数十名いるデジタル組織はなかなか見ませんね。
実は、Digital Lab全体では6割が社外からの人材です。Digital Labの中に、内製開発チーム「Sprint Team」の担当者が40人ほどいますが、このチームは9割が社外から入ってきた人材です。グループの事業会社から出向や兼務している社員や、フリーランスの方もいますが、Digital Labではほぼ全員が専任です。
4年間で300件のPoC、50件のサービス化を実現
――デジタル部門での目標設定はどうしているんでしょうか。
PoCとサービス化の件数です。あとはプレスリリースを想定するということです。「世の中にこういうことをアピールするんだ」というプレスリリースから逆算して、価値を評価するということをやっています。これはアマゾンがやっている手法を参考にしていますね。
2017年から現在までで、PoCは累計300件を超えており、サービス化した案件は50件に近づきます。具体的に何をやっているかと言うと、UIやUXのデザイン、基幹システムの外側で起きる開発案件、たとえばチャットボットを作るなどです。その他に介護分野でAIを活用してオペレーションを学習するモデルを作り実装したり、様々なことを事業部門と一緒に取り組んでいます。
――かなり件数が多いんですね。
私たちが行うのはPoCまでで、システムを実際に開発することになると、SOMPOシステムズという会社があり、そこでエンドまでやることが必要になります。入り口のところでビジョンを共有しておかないと、PoCが終わった後にいきなり渡してもつながりません。
Digital LabのPoCだけで終わらせない、関係部署とつながる仕組み作りが重要だと思っています。事業部門と絶えずコミュニケーションを取りながらやってきた結果、サービス化に成功したのが37件、今年の分も入れたら約50件ある、ということです。
Image:Gutesa / Shutterstock
――PoCをするかしないかの判断軸は何でしょうか?
まずはビジネスインパクトです。ROIの観点で、開発にどれくらいコストがかかり、その結果として売上と利益のインパクトがどれくらいあるかです。
定性的な面で言えば、業界や業界を超えてユニークな取り組みか、そしてビジョンにつながるかがポイントです。
――事業会社のスタートアップ投資には、さまざまなジレンマも生まれます。どう対処していますか。
まず投資するスタートアップのステージをシードからレイターまで、幅広く対応できるようにしています。次に、地理的にもシリコンバレー、イスラエル、欧州まで網を広げています。また、CVCのような形態だけでなく、ファンドオブファンズなども行っています。こういったマルチにカバーするやり方が功を奏しているのだと思います。
また、当社はスタートアップ投資については、リサーチ機能とも考えています。シリコンバレーとイスラエルではシーズベースの活動、東京ではニーズベースの活動をしています。シーズの発見については、アーリーステージのスタートアップにリーチしていないといけません。そういった役割分担も考えながら、スタートアップ投資をしています。