最大化への必須要素 ①チーム作り
―財務リターンと事業シナジーの最大化を実現する上で、特に「チーム作り」と「事業会社(親会社)との連携」に注力したそうですね。まずは、チーム作りについて教えてください。
チーム作りにおいては、着任時、「投資経験のないメンバーの育成」「あいまいな投資基準の見直し」「個人プレイからチームプレイへの変革」という3つの課題がありました。
1つ目の「投資経験のないメンバーの育成」からお話しします。
シリコンバレーオフィスは日本のドコモからの出向者と、現地ローカルスタッフとのハイブリッドチームとなっています。2020年、私が着任する直前には5人の投資経験者が在籍していましたが、日本への帰任や退職などで、投資経験のある出向者は実質ゼロになってしまいました。しかも、当時はコロナ禍の真っただ中。日本からのリモートで、メンバーを育成しなければなりませんでした。
そのような状況下でまず行ったことは、主に「インベストメントミーティングの開催」と「チーム制の導入」です。
情報共有的なミーティングは以前も行っていましたが、VC経験のあるローカルメンバーを中心としたインベストメントミーティングを週次で開催しました。ミーティングでは、過去の投資内容や市場環境などのレクチャー、ディールキラーのチェック、NTTグループへの紹介先選定の議論などを週次で行い、経験のないメンバーがディールソーシングやそのプロセス、スタートアップとの交渉などをOJT的に学べるようにしました。
投資の実務においては、個人プレイではなく「チーム制(経験豊富なローカルメンバー・投資経験のない出向者・私)」にし、随時1on1ミーティングでのフォローも行うようにしました。以前は、メンバーが抜けるとその人が築いてきたスタートアップとの関係や案件も切れてしまうという問題があったのですが、そうした課題も徐々に解消できつつあります。
チーム制にしてから3年ほど経った現在は、ほぼ出向者とローカルメンバーのペアで案件を進められており、進化を実感しています。
image: NTT DOCOMO Ventures, Inc.
続いて、2つ目の「あいまいな投資基準の見直し」についてです。こちらでは、まず「追求すべき投資条件や権利」「避けるべき案件」「狙うべきステージ・その想定投資金額」「担当者の役割」などを明文化した「投資プレイブック」を作成しました。
さらに、プレイブックを補完するツールとして「チェックリスト」を作成。交渉や取引時に確認すべき事項を150項目ほどでまとめ、担当者・管理者でクロスチェックしながら進めるようにしました。ただし、リストに沿わない項目があったからといって、その案件は「即却下」ではありません。あくまでチェックリストは投資の質を高め、リスクを回避・転嫁・軽減・受容するための方策を議論し、学びに変えていくためのツールとして使っています。
image: NTT DOCOMO Ventures, Inc.
3つ目の「個人プレイからチームプレイへの変革」については、チーム体制でのレポート作成やイベント開催に関する取り組みです。
まず、2021年夏からシリコンバレーやスタートアップの状況をまとめたレポート『NTTドコモ・ベンチャーズマンスリーレポート』を作成し、親会社やNTTグループ各社に向けて発信しました。レポート自体は以前から作成していましたが、担当者が個々人で属人的に作成・発信していたものを、チームで協力しながら作成する方針に変えたのです。
月ごとに当番制で編集長を決め、編集長が月別テーマと資料作りをリード。各テーマに沿った情報をメンバーそれぞれが出し合い、ひとつのレポートにまとめていきます。
レポートはA4で30枚ほど。「休み明け月曜の朝イチでも手に取りたくなる内容」を意識し、興味を引くタイトル付けや、ビジュアルの多用といった工夫をしています。
なお、内容に興味をもってくれた事業部とはミーティングを実施しており、本レポートは事業創出や事業貢献のツールとして機能中です。
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さらに、優良スタートアップをシリコンバレー周辺で活動する日本企業に紹介するイベント『NTT DOCOMO VENTURES Connect』も開催しました。
イベントの狙いは、チームワーク・チームプレイの強化だけでなく、NDVのアピールポイントの確立です。米国のスタートアップに多額の投資をしようという人・企業がごまんといる状況のなかで、「お金」以外の付加価値をいかに高め、協業を創出していくか。そうしたことをチーム内でかんかんがくがくの議論をしながら、互いの信頼関係を築き上げていく。イベントにお越しいただいた方々のためにも、良いスタートアップを見つけていく――そんな相乗効果を狙っています。
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ちなみに、こうした数々の取り組みは同時にスタートさせたわけではなく、チームや個人の習熟度を見ながら3年ほどをかけて導入しました。段階的に行ってきたからこそ、定着したと思っています。
最大化への必須要素 ②事業会社との連携
―「事業会社(親会社)との連携」についてはいかがでしょうか。
当社ではスタートアップと事業会社とのマッチングを社内KPI(重要業績評価指標)のひとつに設定しており、シリコンバレーオフィスでは昨年度、前年度の約2.5倍となる149件のマッチングを実現しました。
ただし、課題もあります。マッチングの際は我々が事業会社に「こういうスタートアップに会ってみませんか?」と働きかけることをきっかけに話が進むケースが多いのですが、それではどうしてもスピードが落ちてしまう。事業会社へ闇雲に「このスタートアップどうですか?」「会ってみませんか?」と言っても協業のイメージが湧かないのは当然ですし、とはいえ我々も事業化に関するノウハウが十分ではありません。
理想は、日頃から事業会社と我々とで「こういう事業をやりたい」「どういうスタートアップにコンタクトを取るべきか」という議論を重ねておき、一緒に最適なスタートアップへアプローチをかけていくスタイルです。
そこで、ドコモの経営企画部と我々が連携してスキルや知識を相互補完し、スタートアップ技術を活用した新規事業を加速させていこうと始めたのが、「100日プラン」です。
まず、我々が新規事業テーマを複数提案し、経営企画部との間で絞っていきます。その後、活動時間を「100日間」と定め、双方が連携してスタートアップとのコミュニケーションを含めた具体的な行動を起こしていく。100日が経った時点で、実践内容・結果・新規事業創出への課題などを総括する、というものです。一言で言えば、具体的な行動を伴うフィージビリティスタディですね。
当然、100日間で新規事業が形になるわけはありませんが、行動しないことには何も始まりません。「まずは一緒に行動し、どんな結果や課題が見えたかという学びを得ることが大切」という前提で進めています。
image: NTT DOCOMO Ventures, Inc.
経営企画部との連携によるメリットは、大きく2つあります。
まず、経営企画部は会社の方向性や各部門の動きを把握しているため、「プロジェクトにコミットする適切な人材・チームを、適切なタイミングで紹介してくれる」こと。
さらに、経営企画部が参画してくれることで、会社として認識された活動であること、つまりお墨付きも得られるので、社内において協業の意義を説明しやすくなり、各事業部に納得して参加してもらう部分において、大きな意味がありました。
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NTTグループは非常に大きな組織であり、人・モノ・金というリソースもあるため、たいていのものは自社でまかなおうという発想になりがちです。しかし、それではノット・インベンテッド・ヒア・シンドローム(自前主義症候群)に陥り、やがては取り残されてしまうリスクもあります。
スタートアップとの協業には、自前で手掛けるよりも「早く、安く、いいものができる」というメリットがあります。何年も費やして自分たちでイチから作るのではなく、もっと素早く。そのために、「まずは100日間で仮説を作って検証してみよう」と始めたのが、「100日プラン」なのです。
これまでミドル・レイターステージの2社をパートナー企業として「100日プラン」を実行していますが、そのうちの1社が、通信設備やEV充電インフラなどを管理システムを提供する「Sitetracker(サイトトラッカー)」という会社です。
同社については、主に次の4ステップを踏んでプランを遂行し、現在も商材化に向けた検討・行動を継続しています。
1. 情報のシンクロ
ドコモ経営企画部とサイトトラッカー社が対面し、お互いにどう貢献できるのかという認識のすり合わせ
2. 社内での検証
グループ内でサイトトラッカーの技術を利用し、理解を深める
3. ニーズの確認
日本国内でのニーズ・マーケットについてのディスカッション
4. 商材化へのアプローチ
ドコモグループの既存商材との統合性・差別化などの検討
仕組みの質を高めてカルチャーとして根付かせる
―社内における戦略リターンの定義や、数値目標はありますか?また、投資をする段階で事業シナジーをどの程度イメージできているのでしょうか。
リターンの定義や数値目標については、難しいところがあります。商材化やコストダウンといった具体的な成果は、当然評価されます。一方で、PoC(概念実証)の結果として明らかになった欠点や、協業の見送りといった判断も有益な学びであり、成果の一部として捉えています。
また、事業シナジーのイメージについては、かなり細かく描いています。「最初のステップでは〇〇を行う」など段階ごとのイメージ・やるべきことを明確にしながら長期的な視点でのストーリーを描き、投資委員会の資料にも組み込んだ上で意思決定をしています。
―「100日プラン」終了後の「Go」「No Go」の判断基準についてのプレイブックはありますか?
正直まだ悩んでいる段階ですが、プラン実行後に経営企画部長から受けたアドバイスなども取り入れながら、作成していきたいと考えています。いずれにしても、こうしたチャレンジの積み重ねを当社のDNAとしながら、人が入れ替わっても維持できるような仕組みづくりのチャレンジを続けていきたいですね。
―今回お話しいただいた取り組みを通して、どんな実感を抱きましたか?
投資活動のゴールである「財務リターンと事業シナジーを最大化」のためには、メンバーの能力を引き出すことが必須であり、そのためには、まず「CVCの活動の仕組みを作る」ことが大事だと感じました。
繰り返しになりますが、投資プレイブックやチェックリストなどのルールを作って質を担保するとともに、社内のさまざまな事業部に知ってもらうためにレポート作る。場合によっては、PoCや「100日プラン」のようなスキームを使う。そこで好結果が得られたスタートアップに関しては『NTT DOCOMO VENTURES Connect』のような自社イベントでプロモートし、ビジネスを大きくしていく。我々は2~3年をかけて、そういったことを実践してきました。
CVCのリアルな現場では、人も入れ替わりますし、必ずしも投資経験があるメンバーばかりが集まるわけでもありません。そうしたことを受け止めた上でオペレーションを仕組み化させ、メンバーに任せながら組織に定着させていく。
一方で、ルールからはみ出すものは安易に切っていいのかといった部分もチームでしっかり議論しながら、仕組みの質を高めていくことが非常に大事ではないでしょうか。
日々のこうした改善や挑戦の積み重ねがその企業の質を上げ、唯一無二のカルチャーが根付いていくのだと思っています。
image: NTT DOCOMO Ventures, Inc.